第112話 家に帰るまでがクエスト

 リターントリップエフェクト――帰り道は行きよりも早く感じる現象があるとは言えど、距離があるので疲れるものは疲れる。エルフの里を出て森を抜け、草原を旅した数日でアヴェラたちは音をあげた。

 延々と変わらぬ草原の風景、照りつける日射し。次第に口数が減り、足は棒のようになって痛く夜の冷え込みもあってろくに睡眠もとれない。

 結局それで見かねたヤトノがカオスドラゴンを呼びつけ、アルストル近くの人目につかない場所まで運んでもらったのであった。旅の苦労を知ったのが、今回の一番の成果だったかもしれない。

 そしてアルストルに戻ったアヴェラたちは、コンラッド商会を訪れている。

「ちょっと待って。もう一度言って欲しいの」

 何度も瞬きする幼馴染みニーソにアヴェラは頷いた。

「分かった、もう一度言おう。エルフの里と交易の約束をしてきた。その内に品がここに運ばれて来るはずで、窓口はニーソと伝えてあるから、よろしく」

「どうしてクエストに行って交易になるの?」

「美味いものがあったから」

「なるほどつまり……その交易で、美味しいものを手に入れてアヴェラに渡せばいいってことなのね」

「流石に分かってらっしゃる」

 賢いニーソには全てお見通しらしい。

 長い付き合いの幼なじみというだけでなく、しっかりアヴェラを見て育ったからに他ならないのだろう。ヤトノが感心して頷くぐらいに出来た娘である。

「では、そういうわけで頼む」

「あのね、交易って簡単に言うけど大変なのよ。うちの商会の中だって調整があるし、倉庫の場所確保とか手配があるの。それにエルフと交易なんて、商会組合や他のお店からの風当たりもあるし、義理立てとかもあるの。販路だって枠が限られてるから、それをどう確保して誰に販売するとか。そういうの大変って分かってる?」

「分かってなかった。でもニーソなら大丈夫と信じている」

「信じてるって……もうっ、仕方がないんだから」

 たちまちニーソは拗ねた素振りをしつつ照れた様子になってしまう。

 横で飲み物を貰っていたノエルとイクシマは、平たい目をして今の気分を表明するばかりだ。


「それで交易品って、どんなものなの」

「穀物と調味料だ。名前はエルフ流ではなくって、米と醤油と味噌で頼む。後で間違えないように指示する。そこ大事だからな」

 ライコッヘンだのゾヤゾーゼだのと妙な名前――エルフ的には正しいが――で通されては気分が違う。気分が違えば味も微妙に違う気がしてしまうため、名前は大事だ。たとえイクシマが不満そうであったとしても、アヴェラとしてそこは譲れない。

「この辺りにない珍しい品って事ね」

「ああ、間違いない。今までずっと探して見つからなかったから」

「昔から市場とか行ってたのって、もしかしてそれ?」

「覚えていたのか。そうだその通りだよ」

「そうなの、見つかって良かったね。そっか、珍しいなら何とか売れると思う。でもね、珍しい食べ物なら調理方法も大事なの。どうやって食べるかが分からないと、物珍しいだけでは誰も買ってくれないと思うのよね」

「安心してくれ、それに関してはエルフより詳しい」

「またアヴェラの謎知識? でもそれなら。えっとね、試しに一緒に料理しようね」

「任せてくれ。しっかり教えて差し上げよう」

「ふふっ、楽しみ」

 嬉しげに笑う。

 ニーソにとってアヴェラに教わる事は昔から楽しみである。それは新たな知識が得られるからだけではなく、自分だけを見て話して説明してくれるからだ。しかし最近はそんな機会もなかなか無いため、満面の笑みで喜んでいる。

「それと頼み事ばかりで悪いが。クエストの報告に行きたいんで、ナニア様への繋ぎを早めに取ってくれるか」

「あっ、ちょうどこれから納品に行くの。一緒に行けるのよ」

「納品?」

「何かは気にしないで。アヴェラには見せられないものだから」

 顔を赤くにしたニーソは両手を振って慌てふためく。何か分からぬアヴェラは逆に興味を抱いてしまって問いただそうとする。

「気になるな」

「だーめ。教えてあげないの」

「内緒事は酷いな」

 はたから見ればじゃれ合っているようなものだ。

 ノエルとイクシマは飲み物を啜る音を大きくし、顔を出そうとしたコンラッドが、そっとドアを閉め立ち去ったほど暗黒の雰囲気を醸しだしていた。


◆◆◆


 アルストル家の私的な客間は広々として、内装も見事であれば贅の尽くされた調度品が幾つも並ぶ。貴族にしては簡素でシンプルではあるものの、しかしエルフの里の簡素さを追及した佇まいの方が好みだとアヴェラは思った。

 待機しているのは、今現在ニーソが納品をしているからだ。

 あくまでも、ニーソが納品に来た用事にアヴェラたちが引っ付いて来たので当然というものである。試着がどうこう言っていただけあって、待ち時間は意外にあった。

 出された飲み物をちびちびと飲みつつ待つ事しばし。

 ようやくナニアがやって来た。普段着がドレスであるのは、流石は大貴族である。

「お帰りなさい。ですが、随分と早かったわね。少し意外すぎて驚いたわ」

「帰りはドラゴンに乗せてもらいましたので」

「ドラゴン……ああ、あの……」

 何かを思いだしナニアはどんよりした。きっとドラゴンに対する憧れを打ち砕いたドラゴンの姿を思い出したのだろう。しかも気軽な便利屋扱いされた事実を知って、ますます哀しそうに項垂れてしまった。

「それで報告なのですが、よろしいでしょうか」

 アヴェラが辺りに目を配れば、それを察せられないナニアではない。

「大丈夫よ。ここで喋っても問題はないわ」

「では、言われたままをお伝えします。エルフの方の言葉は”既に見つけて、いずれ分かる”との事です」

「……なるほど。有益な情報です、とても有益な」

 ナニアは口元に手をやり考え込んでいる。

 室内に沈黙がもたらされ、イクシマですら何も言わない。

 このナニアが占いを求めたのは人探しのためで、身分ある者が人探しをするなど厄介事以外の何ものでもない。あまりそうした事に首を突っ込まぬ方が良いのは間違いない事だ。

「ありがとう。今の情報だけでも、とっても気が楽になったわ」

 既に用意をしていたのだろう。ナニアはドレスの袖口から器用に幾つかの品を取り出し、テーブルの上に置いた。まず宝石があって大粒で透明度も高く澄んでいる。次に指輪が幾つかで、素材は様々で簡素なものや精緻な彫り込みのされたものがある。


「宝石は好きに換金して下さい。指輪ですが、私が現役冒険者の時に使用していたものです。それぞれ体力、力、防御を向上させる効果を秘めています」

「えっ、ものっそい高い品じゃろって。そんなの貰ってしまって良いんか?」

「こう言ってはなんですが、私にとっては金額はあまり関係ありません。むしろ、こうした品々は溜まる一方なんです」

 ナニアぐらいともなれば、売る必要のない身分となる。そうなると軽々しく装備を手放せば余計な勘ぐりをされ、様々な憶測が囁かれあらぬ噂を立ちかねないだろう。

「このまま保管しておくよりは、皆さんのように信用出来る者に使って貰った方がずっと有益です。もちろん私のためにも」

 どうやらこれからも働いて欲しいと念押しをされているようだ。

 つまり何かの厄介事に首を突っ込まねばならないという事である。だが、しかし報酬を受け取らないという選択肢はない。

「ありがたく頂きます」

 アヴェラは品良くそれらを受け取り、小袋にいれ懐に仕舞い込んだ。

 宝石は売って山分け、指輪は丁度三つなので誰がどれを使うか要相談であろう。

「ついでにお願いがあって、頼んでもよろしいですか」

「構わないわよ。何かしら」

「エルフの里と交易を取り付けてきました。窓口はコンラッド商会のニーソとして話はついてますので、出来れば後ろ盾をお願いします」

「あら、なかなか楽しい事になっているわね。それぐらい構わないわ。エルフは閉鎖的なのに交易を承諾するなんて凄い事ね」

「食品と調味料になりますけど、量が少量となる見込みです。良かったら、高級志向な人たちの集まりの時にでも使って頂ければ」

 アヴェラは一生懸命に売り込んだ。

 なにせ売れなければ交易がなりたたず、そうなれば流通が止まって自分が食べられなくなってしまうのだから。その点で、アルストルの御令嬢であるナニアが使用した食材となれば、宣伝効果は抜群だろう。

「何かの集まりに使うよう指示するわ。でも、まずは美味しくなければダメよ」

「大丈夫です。絶対の絶対に美味しいですから。必要であれば百でも二百でもレシピを用意してみせますから。しかも美味しいものを!」

「大きく出たわね。いいでしょう、届いたら試食させてくれるかしら」

「ええ、喜んで」

 アヴェラは勢い込んだ。

 こうなると試食会のための試食を自宅でせねば――そこで気付いた。つまり、そろそろ家に帰らねばマズいということに。

 アルストルの門をくぐった時に門を守る兵士たちに挨拶をしているわけで、するとアヴェラ帰還の一報は兵士たちの情報網によって、トレストとカカリアの元にまで間違いなく即座に伝わっているはずだ。

 帰還したにもかかわらず、一向に家に顔を出さない息子に二人がどんな騒ぎを起こしているのか。考えるだけでも恥ずかしくなってくる。

 とてもマズい、実にマズい。

 アヴェラは和やかにナニアと談笑するものの、内心冷や汗を浮かべ、家に帰った時の対応を必死に考えるのであった。

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