第107話 いつの世にも、どこの世界にも

 屋敷から一段上にある、白壁赤柱に黒い屋根の立派なエルフの居城。

「下らん事を言わないでくれ!」

 立派な門を警護するエルフの衛視は鋭い声で言い放った。最初の対応からして上から目線で偉そうであったのだが、事情を話そうとするイクシマの言葉を途中で遮ったあげく怒鳴りつける始末だ。

 煌々と焚かれた灯に照らされた衛視の鎧兜は立派なものだ。しかし、どの装備も新品の如く綺麗。普通は鍛錬など多少でも行えば、知らず知らずに傷や擦れが増えていくものだが、そういったものは一つも見当たらない。

「ここにフェルケルが襲って来たとして、それを防ぐのが我々衛視の役目! 貴様は我々では頼りないと愚弄するつもりなのか!?」

「そんなつもりは少しもありませぬ。ですが、その恐れがあるという事で……」

「お前らディードリの一族は、敵をここまで近づけぬのが役目のはず。つまり貴様らがしっかり働けば何の問題もないではないか!」

「しかし、そうではなく……」

「煩い黙れ。貴様ら一族が敵を倒さぬのが悪いのだ、とっとと行って戦ってこい!」

 取り付く島もない程ではないが、けんもほろろといった具合である。

 犬でも追いやるように手で払われたイクシマは、少し離れた場所に待機するアヴェラとノエルの元へと戻って来た。緊急時に備え担いできた戦槌の石突きが、がりがりと地面を削っている。

 それでも哀しそうに微笑してみせた。

「どうやら備えは万全って事のようじゃ」

「まあ進言はしたんだ、ここに来たのは無駄足じゃないさ」

「そうであって欲しいのじゃがな」

 イクシマはちらりと後ろを振り返る。

 あの衛視のエルフは嘲笑するような顔つきで仲間と談笑している。緊張感なんてものは皆無で、里が陥っている危機など少しも気にしておらず、ここまで敵が来るなど少しも想像していないに違いない。

 いつの世も、どこの世界でも同じだとアヴェラは思った。

 世の中に多大な危険が蔓延し大騒動になったとしても、正常性バイアスを作用させ、自分にとって都合の悪い情報を無視し過小評価する者は多数存在する。それどころか、自分の正常性バイアスを維持させるため、正しく恐れる人々を揶揄したり馬鹿にして否定することに躍起となる人もいる。

 だから里が目の前で襲撃されていようと、笑っている奴がいても不思議ではない。

「用事が終わったならさ、そろそろ戻ろうよ。皆が心配だからさ」

 ノエルは下の階層に続く階段を見ながらソワソワしている。

 屋敷に残してきた兵士や避難民を心配しているのだ。共に戦った兵士たちもそれなりに実戦慣れして、ちょっとした襲撃程度であれば充分に防げるはずだが心配は心配なのだ。

「そうじゃな、早いとこ戻るとしようかの」

「足元が暗いから気を付けてね」

「というかな、ノエルの方が心配じゃな。何もないとこで転ぶわけじゃし」

「ふふーん。今日の私は絶好調で何故か不運――」

 その時であった、悲鳴が聞こえてきたのは。

 振り向けば、同じように振り向く衛視たちの後ろ姿があった。つまり、その悲鳴は城の中から響いているのだ。次々と聞こえ、容易ならぬ様子が伝わってきた。

「おい、これは」

「うむ、予感的中じゃな」

「だね、行かなきゃ」

 三人で顔を見合わせ頷き合うと、踵を返し城に向け走りだした。

 門の前では、あの衛視たちがまごついていた。

「何をやっとるんじゃ、早う助けに行かぬか!」

「し、しかし我々の役目は門の守りであって。ここを離れて動くわけには」

「えーいっ! もういい、邪魔だそこをどけいっ!」

「ここを通るには許可が――」

「やかましいいいっ! 押し通るっ!」

 イクシマの剣幕と何より地面に叩き付けられた戦槌の一撃に、衛視たちは怯んで身を仰け反らせる。その隙にアヴェラたちは、素早く門を通り抜け城の中に入った。


 辺りを見回す。

 足元は歩く場所を示すように石畳が並び、後は砂利敷き。左右には衛視や従者の待機場らしい建物があり、正面にはまた門がある。

 悲鳴は次の門の向こうだ。

「宮殿の方じゃな! 行くぞ!」

「ねえ、そこまで入って大丈夫なの!?」

「今更じゃ!」

「確かにそうだよね、うん」

 そんな声をアヴェラは黙って追いかける。

 目の前ではイクシマの金髪がさらさら揺れ、ノエルの黒髪が元気に跳ねている。さらに身体には白蛇状態のヤトノが巻き付いている。辺りに神経を張り詰め注意を払いながら、段々といつもの調子が出てきた。

 つまりダンジョンの中の気分だ。

「あそこだ!」

 門をくぐれば、中庭のように広い場所。

 その前方でエルフの女の子が走っているが、足を躓かせ両手を投げ出しベタッと転んだ。そこにフェルケルが甲高い叫びと共に棍棒を振り上げ襲いかかる。

「させぬっ! 雷神の加護よ、サンダーボルト!」

「スピードアップ」

 イクシマの放った紫電に続きノエルが矢のように飛び出した。それを追うアヴェラは集中しつつも、今の魔法を使ってみたいと考えていたりする。ただし絶対に反対されるので今は我慢だ。

 棍棒を振り上げたフェルケルは紫電のダメージを受け、さらには痺れ動きが止まっている。我に返ったところにノエルが飛び込み、その勢いのまま倒れたエルフを掴んで移動。そこにアヴェラが斬りつけ一撃で倒す。

 何も言わずとも三人ともそれぞれの役目を理解し連携が出来ている。

「間に合ったか!」

「いやいや、そうだけどさ。まだ次が来てみるみたいだよ」

 わらわらとフェルケルが現れる。

 その数は軽く十を超えるのだが、先程まで襲撃してきたフェルケルよりも体格が良く動きも俊敏。しかも装備も上質そうで鎧まで着込んでいるぐらいだ。

 エルフの子を連れ移動するが、フェルケルに回り込まれ中庭で対峙する。

 数は敵の方が上で衛視の応援はなく、足手まといの子供がいる。状況は宜しくないどころか最悪に近い状況。

 だが、アヴェラは笑った。

――これは最高に興奮する。

 前世では平凡に生き死んだが、今のこれは違う。圧倒的に不利な状況で、誰かを庇い守ろうとするなど、まるで物語りの主人公のようではないか。誰からも省みられず無為に死んだ男が、こんな最高のシチュエーションのただ中にいる。

 何故だか腹の底から笑い出してしまいそうな気持ちを必死に堪え、逸る気持ちを抑えヤスツナソードを力一杯握って前に出た。


「イクシマとノエルは下がっていてくれ」

 有無を言わせない声で命じると、アヴェラは自然な足取りで前に出た。そこには一回りは大きなフェルケルたちが思わず退しさる迫力がある。

 横からフェルケルが大鉈を手に襲いかかってきた。アヴェラが足を止めると、目の前を鉄の塊のような刃物が通過する。それは鼻先に風を感じる程の距離だ。

 瞬間、腰を捻るように一閃させたヤスツナソードがフェルケルを両断する。

 その時には次々とフェルケルが向かって来るのだが、アヴェラは興奮気味のまま右に左に位置を変え動き回る。

 体格差もあって大人の中を子供がフラフラと動き回るようにも見える。

 だが、その中でフェルケルの攻撃を躱し又は弾き、逆にヤスツナソードを振るえばフェルケルの腕が落ち足が飛び血が流される。

 一方的とさえ言える程の戦い振りだ。

 気付けば全てのフェルケルが倒れ、その中心でアヴェラは静かに佇んでいる。

「何だろうな、この気持ちは……」

 血振りしながら静かに笑うアヴェラの元にイクシマが駆け寄ると、目を怒らせながら足を蹴飛ばした。

「お主なー! 一人で何をやっとるんじゃって! 怪我でもしたらどうする!? いんや怪我どこでない場合だってあるんじゃぞ!」

「この通り大丈夫だったじゃないか」

「そういう問題ではなあああいっ! つまりその、何と言うか一人で突っ込むな」

「分かった。分かったから騒ぐなよ」

「こ奴め微塵も反省しておらん」

 ぶつくさ言うイクシマはさておき辺りは静かだ。どうやら、今のでフェルケルの奇襲部隊は全てだったらしい。被害がどれだけ出たかは不明だが、少なくともエルフの子は助けられたのだ。

 そして、まだ里では襲撃が続いている。

「よし戻ろう」

 踵を返し歩きだそうとしたアヴェラは奇妙に感じた。ノエルとその手元にいる少女の視線がおかしいのだ。もっと上を見ており――イクシマの首根っこを掴んで、思いっきり前に跳んだ。

 直後、それまでいた場所に何か巨大なものが激突するように着地した。

 地面が突き上げるように揺れ、辺りの建物が激しく振動。そこから幾つかが落下し激しい音を響かせる。

「はんぎゃあああっ! これキュクロプ!」

 アヴェラの倍はありそうな巨体がそこに立っていた。

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