第101話 家の敷居をまたいでみると
その屋敷は立派で堅牢そうな建物だった。
調度品や装飾品があっても武張ったもので、質実剛健といった雰囲気が漂う。そこに細剣や短弓を装備した兵士の姿が多くあるため、余計に武張った印象が強くなってしまう。
「イクシマの実家と言えば、それらしい雰囲気だな」
「我に対するイメージはなんなのじゃ?」
「勇ましく勇敢って感じだ」
「それは褒めとるんか」
渋い顔のイクシマは妙に大人しめだ。
薄く木の香りが漂い静謐さのある建物の中を進んでいく。
「勿論褒めてるつもりだけどな。それより、何でこんなに兵士が多いんだ?」
「ディードリの氏族はエルフの名高き矛なんじゃって。よって、ここより上層を守らねばならぬため多くの者がつめておる」
「なるほど近衛のようなものか」
「まっ、実際にはここまで敵は来ぬのでな。半分はお飾りなんじゃって」
内容が内容なだけに、声を潜めてひそひそ会話だ。
――でも、それだけじゃなさそうだな。
アヴェラはさりげなく辺りに目を配る。
案内する兵士は礼儀正しいが、しかし少しも微笑まず親しみは見せない。もちろんそれはイクシマに対しても同じである。自分の主の娘に対する態度ではなく、ただ単に来訪した者への対応といったものだ。そしてそれは、他の兵士や従者も似たものであった。
どうやらイクシマは、ここでもあまり歓迎されていないらしい。
「控えの間でしばし待つ事になるようじゃな」
廊下を歩く途中でイクシマが呟いた。
なお、ここでは入り口では履き物を脱いでいる。アルストルではそういった習慣はなかったため、前世の習慣があるアヴェラはともかく、ノエルはかなり戸惑っていたぐらいだ。
控えの間に案内され、扉が閉まると三人だけとなる。
「なかなか物々しいな」
「言ったじゃろが、我がディードリの氏族はエルフの名高き矛と」
「そういう意味じゃないんだがな……」
ここまで案内される様子を暗喩したつもりだった。イクシマが言葉の意味に気付かなかったのか、それともあえて気付かないフリをしたのかは分からない。
三人掛けの椅子にどっかり座り込み、軽く足を伸ばす。
「氏族で矛を名乗るって事は、たとえば盾の氏族とかもいるのか」
「もちろんおるが……ここでは口にせん方が良い話題じゃな」
「なるほど」
イクシマが眉をひそめた反応で何となくを察した。氏族的な対立もあったりとナイーブな話題に違いない。話題にするのも
「でも凄いよね、イクシマちゃんの家柄って立派だったんだ」
「家柄だけは立派なのは確かにそうよのう……しかし我は家から出された立場なのでな。そんなもん、何の意味もなかろ」
「そっか。じゃあさ、イクシマちゃんの家はアルストルにあるって考えでいい?」
「もちろんじゃって」
「良かった、ずっと仲良く一緒だからね」
「うむうむ。任せておけい」
ニカッと笑うイクシマであったが、急にその表情が引き締まる。エルフらしい先の尖った耳が微かに動き、黄金色した瞳が扉の方に向けられた。
「来よった」
エルフ特有の鋭い聴覚で人の動きを察知したイクシマは、扉を見やり微かな緊張を漂わせた。相手を迎えるべく立ち上がった姿にアヴェラたちも倣った。
「待たせたな」
扉が開くと同時に落ち着いた声が入って来た。
それはアヴェラの理想とするようなエルフであった。細身長身で緩いローブのような白い衣装を身に纏う。金色の髪から長い耳が覗き、若々しく整った容姿には堂々とした高貴さがある。アーモンド型をしたつり目はイクシマと同じ金色の瞳をしており、待っていた三人を一巡し見つめた。
「ディードリの氏族を率いる長のヤオシマだ」
つまりイクシマの父親なのだが、その娘であるイクシマは深々と頭を下げる。
「我が父よ、急な帰郷に加え無理な願いを聞き届けて下さり感謝します」
「感謝など不要。我が氏族のたとえ端くれでも関わった騒動、それが大きくなれば他の氏族が煩くなる。それだけだのこと」
「その点は申し訳なく」
親子の会話には到底思えなかった。しかもイクシマは表情を見るまでもなく声の様子で固い態度だと分かる。
会話が途切れた雰囲気にアヴェラは礼節を持ってヤオシマに頭を下げた。
「エイフス家のアヴェラと申します、イクシマ嬢とパーティを共にし、日々助けられています。この度はご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ありません」
「気にする必要なない。理由はコレに言った通りだ。さて、全員座るといい。先程は話す間もなかったが、ここまで来た用件を聞かせて貰おうか。さあ、掛けなさい」
穏やかな仕草で着席を促される。
だが、たとえ旅の仲間としてとはいえ、自分の娘が連れてきた男に対する態度としては、あまりにも素っ気なかった。どうやらアヴェラに対し、大した興味も無くどうでもいい相手としてみているらしい。
「アルストル大公爵に連なる方より、婆様に占いの依頼を承ってきておりまする」
緊張しきって畏まるイクシマも、娘が父に対する言葉とは思えない喋りであった。もちろん世の中には様々な関係の親子が存在し、仲良く楽しげばかりではないと分かっている。分かっていても実際に目にすると驚きしかなかった。
そして想像してしまうのは、かつてこの里に居たイクシマの生活だ。
普段のあの騒々しすぎる様子は、こうした重苦しい日々の裏返しなのかもしれない。今世の両親との関係を感謝すると同時に、イクシマを大切にし楽しく過ごせるよう配慮せねばと心に決めた。
「よって、婆様への面会に尽力されたく」
「ならん」
「そこを何とか」
「言葉が足らなんだが、実際に無理なのだ。婆様は最近伏せっておられるのでな」
「なんじゃって!? いえ、なんですって」
イクシマは口元を押さえ言い直すが、ヤオシマの表情は少しも揺るがない。
「ご高齢であらせられるが、しかし近頃はめっきり気落ちされてな。伺おうとしても誰も近づけるなと拒まれておる」
「えっ!?」
「どうにも最後にされた予知にて、近々里に大きな災厄が訪れると申された。その事が気になられているのかもしれん」
「災厄……!?」
「ああ、その為に里の警護も厳重にしている。しかしイクシマよ、今の反応からすると何か心当たりでもあるのか?」
「それは……」
イクシマはチラリと傍らを見やった。災厄が訪れるという言葉であれば、もう他にはないぐらい明確な心当たりが隣りに座っているのだ。
しかし何も知らないヤオシマは、そのイクシマの反応をアヴェラに回答を委ねたように受け取った。ようやく興味を抱いたようにアヴェラを見やった。
「何か心当たりがおありかな」
「そうですね……」
アヴェラは素早く計算をした。
ここで厄神の加護を口にすれば面倒になるだけで、引いてはそれはナニアに頼まれたクエスト達成を困難にするはず。それであれば話題としては避けるべきだろう。
「ここまで来る途中、森に近い草原辺りでですね。フェルケルと言いましたか、それに襲われた荷馬車の姿をみました」
「草原でだと……奴らの行動からすると珍しい動きではある」
「それから森に入ってから、死霊の群れに遭遇したぐらいですね」
「死霊の群れにだと!? それは……よく無事に生き延びたものだ」
「三人で力を合わせ撃退しましたので」
「なるほど」
死霊の王については口にはしない。適度に真実を語って余計なことは口にしないのが、話を誤魔化すときのセオリーのようなものだ。
「どちらの行動も常にないもの、これは異常と言える。良い情報を感謝しよう。そして死霊の群れと戦い生き延びた者であれば、当家に招く客人として実に申し分ない剛の者。大したもてなしは出来ぬが、ゆるりと滞在するが良かろう」
自分の娘を屋敷に滞在させる気はなかったのかと、多少の不満を抱くがそんな事は表に出さない。アヴェラは穏やかに微笑み、頷くように頭を下げた。
ヤオシマはちらりと窓の外を見やるが、この場合は元の世界で時計を見る意味と大差ない。つまり、これで歓談は終わりということだ。
「それでは部屋に案内させよう」
「ありがとうございます」
「準備が整うまで、ここで待たれるといい。そのように命じておこう」
そしてヤオシマは堂々とした歩きで部屋を出て行く。開いた扉の向こうから、外に控える誰かに指示する声が聞こえた。
扉が閉まる。
ようやくイクシマが深く息を吐いた。いかにも緊張が解けたといった様子だ。
ノエルが小声で呟く。
「えっとさ、あんまり言わない方がいいかもだけどさ。イクシマちゃんのお父さんって、いつもあんな感じ?」
「昔っからあんな感じじゃでな。そういうもんじゃって」
「私はお父さんがいないから分かんないけど……」
「なーに、我は気になんぞしておらんって。だがまあ、なんじゃな。アヴェラの家でのお父上とお母上を見た時は、少し羨ましく思うたのは事実じゃがの」
「それ私も同じかな。だったらさ、私たちの目標はアヴェラ君のお父さんとお母さんみたいな。あんな感じの家庭だよね」
「うむ、そうよのう。我らでそれを目指そうぞ」
「目指しちゃおうね」
何やら二人は囁き合い意気込んでいる。
しかしアヴェラは左腕を押さえる事に必死であった。どうやら今のヤオシマの態度は、ヤトノのお気に召さなかったらしい。そうしておかねば、今にも飛び出しそうだったのだ。
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