◇第八章◇

第88話 お出かけしながら合流とか

 その日。

 コンラッド商会からの使いがアヴェラの元へとやって来た。

 それはニーソからの伝言であったが、本来ならば本人が来るところ忙しすぎて手が離せないらしい。その謝罪も込みで使いの者は丁重に頭を下げ、伝えるべき言葉を伝え去って行った。

「御兄様、どういった用件でした?」

「簡単に言うと、ちょっと来て欲しいらしい」

「ふむ、あのニーソめも随分と偉くなったものですね。使いを立て御兄様を呼びつけるなどとは」

「別に気にする必要もないだろ。理由もあるし、その謝罪も入っていたわけだし。それにあいつの性格は分かっているじゃないか」

「むっ、御兄様がそう仰るのでしたら仕方がありません」

「急ぎの用件らしいし、とりあえず出かけるか」

 アヴェラは麻の服に家紋入りの上着を重ね、腰にヤスツナソードを帯び家を出た。

 それに白衣装のヤトノが付き従い、軽い足取りでスキップしながら白い袖をひらひらさせる。その無邪気さには通りすがりの者が微笑ましげに振り返るぐらいで、これが誰もが恐れる厄神の一部とは誰も思うまい。

「どうした?」

「はい、何がでしょう」

「妙に上機嫌そうじゃないか」

「もちろん御兄様とお出かけですから。しかも二人なのです、これはまるでデートのようではありませんか。ふむ、このままどこか遊びに行くのも良いかもしれません。如何でしょうか」

「そうもいかないだろ。でも、そうだな。今度、二人で青空市場に行くのも良いな」

「はい、やりました!」

 上機嫌なヤトノが軽く舞うような仕草をし――青天の中に雷鳴が響く。どこかに落雷したらしく、恐れをなした人々が慌てた様子で動き逃げだした。

 もちろん原因はヤトノで、流石は厄神といったところだろう。

 それで申し訳なさそうに目を伏せ、緋色の瞳で上目遣いをしているものの、心配は力の影響を受け目眩と立ちくらみでふらつくアヴェラに対してだ。世間を騒がせた事など――たとえ辺りが壊滅しようと――微塵も気にしないだろう。

「申し訳ありません。つい嬉しくて」

「ほどほどにな」

 アヴェラは額を押さえ辛そうに呟くが、そちらも落雷を気にする様子はなかった。

 そもそも、この世界における様々な現象というものは神々の権能によって引き起こされている。それであれば、ヤトノによる力の行使も自然現象の一つというのがアヴェラの感覚だ。

 だからあまり気にもしていないのだが、ヤトノは申し訳なさそうに見上げてくる。

「あの、少し休まれます?」

「いやいいさ。ニーソも急ぎの用事だったようだし、このまま行こう」

「分かりました、ではお詫びにわたくしが御兄様をお支えいたしましょう。ささっ、このヤトノめにお任せを」

 ささっとヤトノは横から抱きつきアヴェラを支えた。普通であれば若い男女のいちゃついく姿に見えてしまうところだが、しかし二人の馴染みきった雰囲気から妹に甘えられ軽く困った兄といった様子にしか見えていない。

 落雷騒動から落ち着いた人々は、ほっこり見ているのだった。


◆◆◆


「やっと来おったかー、遅いではないか」

 コンラッド商会まであと少しというところで、近くの石垣にイクシマが腰掛けていた。金色の髪をなびかせ飛び降りると、赤衣の裾をひるがえし小柄なくせに地面を踏み締めノシノシやって来る。

 まるで近所の悪戯っ子が知り合いを見つけやって来るぐらいの様子だ。

「我もニーソに呼び出されたんでな、ここで待っておったぞ」

「出ましたね小娘」

「挨拶代わりが、それえっ!? この小姑、失礼すぎなんじゃって!」

「誰が小姑ですか。この無礼者」

「がーっ!」

「しゃーっ!」

 顔を合わせるなり威嚇し合う両者だが、所詮は挨拶代わりだ。

 そちらは気にせずアヴェラが辺りを見回すと、向こうからノエルが軽く走って来た。最後にお約束のように躓き、予想していたアヴェラは即座に支えて受け止めた。

 女の子らしい甘やかで心地よい香りが鼻腔をくすぐり、支えた身体の存在感が温かな気分を与えてくれる。背中を預けられる信頼関係とは別に、何とも言えない不思議な気持ち――ずっと傍に居て欲しい気持ちが込み上げた。

 そんなアヴェラの気持ちを知ってか知らずか、腕の中でノエルがはにかんだ。

「ごめん、ありがと」

「気にしなくていいさ。それより足をくじいたりはしてないか」

「うん、心配してくれてありがと。大丈夫なんだよ」

「そうか良かった」

 和やかに語り合い、そっとノエルを立たせてやる。

 軽くはにかみあう様子を端から見れば、それは今まさに青き春を生きる男女のようだ。偶然通りかかったソロ冒険者が聞こえよがしに舌打ち――恐らくそれがソロがソロたる所以なのだろうが――通り過ぎていく。

 照れたアヴェラは居住まいを正した。

「ノエルもニーソに呼ばれたという事か」

「うん、急ぎだって話だからさ」

「イクシマも呼ばれたそうだが……おい、そこ。置いていくぞ」

 話しながら視線を巡らせたアヴェラであったが、後半を呆れた様子で投げつけるように言った。まだ威嚇しあっていたヤトノとイクシマは、ようやく我に返り先を争うようにやって来る。

 それを後ろに引き連れ、ノエルを伴いコンラッド商会へ向かう。


 辺りはやや高級区画で石畳は幅広で、荷を満載した馬車がゴトゴトと音を響かせ通過している。薬品臭さを感じるのはポーション専門店の前を通過したからだが、それでポーションの買い足しをしておこうなどと考えてしまう。

「むう、なんぞ雨でも来そうじゃのう」

「確かにそうだよね。雲の感じだと今夜ぐらいから雨かな、明日まで残らないといいけどさ」

「そうよのう。出歩くと濡れてまうでな。ここらはローブを被るだけじゃでな、我の故郷にある傘なんぞあればいいのにのう」

「傘ってなに?」

「雨除けの道具なんじゃぞ、なかなか便利なんじゃって」

 楽しげな声を聞きつつ空を見やれば、確かに薄く青い空の遠くに底部の暗い雲も見えている。ノエルが言っていたように雨は夜ぐらいからだろう。

 コンラッド商会の建物は灰色石材が使用され静かな佇まいだ。簡素に見えてしかし細かな部分に細工が施され、分かるものには分かるさり気ない良さがある。

 どっしりした扉の前で軽く身支度を整えておく。

「お邪魔します」

 そっと挨拶しながら入っていくと、入り口脇に控えた店員が軽く表情を変えた。もちろんそれは顔見知りという事で、親しげなものになっただけで深い意味はない。

「これはこれは、エイフス家のアヴェラ様。どうぞ、いらっしゃいませ」

「こちらのニーソより連絡を頂き伺いましたが、宜しいでしょうか」

「はい、承知しております。ニーソさんは少し手が離せないため、お部屋に案内させて頂きましょう」

 穏やかに言った店員に付き従って移動する。

 店内は普段に比べ慌ただしくそしてざわついた感じだ。従業員への教育と指導が行き届いているコンラッド商会だからこそ抑えられているが、他の店であれば走って動いているに違いない。

 普段と異なる様子にアヴェラは訝しがりつつ、奥にある応対室に案内された。

 主に重要な客との商談や他人に聞かれたくない話をする時に使われる部屋だった。アヴェラたちが利用するとなると、もちろん後者が目的となるに違いない。


「何となく何かが起きそうな予感だな」

 ソファに腰掛けながら呟くとヤトノが小首を傾げ反応した。

「どうなされましたか御兄様?」

「つまり厄介な事を頼まれそうな気がしただけだ」

「ですがニーソめの頼みであれば、お引き受けになるのでしょう?」

「そりゃまあな。あいつの頼みなら断れないだろ」

 アヴェラは出された飲み物に口をつけた。ハーブティーなのだろう、ふわっと香って後味が良いものだ。あまり高いものでなければニーソに頼んで融通して貰おうかと思うぐらい美味しい。

「ん? 飲まないのか?」

 ふと見ればノエルとイクシマは手も付けず、むっつりした顔をしている。尋ねても返事もせず、二人して深々頷き合って飲んでいる。何だか不機嫌そうであった。

 理由をただそうとするが、その前に早足でニーソが入って来た。そして両手を合わせ――それはアヴェラの教えた謝罪のポーズだが――ながら頭を下げる。

「皆、ごめんね。呼びつけたりして、本当にごめんなさい」

「気にするな、ここにいる全員少しも気にしてない」

「ありがと、そう言ってくれると嬉しいかな」

「忙しいのか」

「うん、武器の大量受注があったの。だから大変で……これ内緒だけど、どうせすぐ広まるから先に言っておくね。多分だけど、戦争があるかもなの。この都市か別の都市かは分からないけどね」

「戦争か……確かに物資が動くな」

 剣と魔法でモンスターが存在する世界にも人間同士の争いが存在しないわけではない。恵まれた土地ばかりではなく、不毛な土地を治める国家もある。そうなると飢えて不満を持つ集団は生きるため、手っ取り早く略奪を目的とした侵略戦争を起こす。

「用件というのは、それだったのか。そうか、教えてくれてありがとう」

「あ、ごめん。用件はそれじゃなくって、実は伝言を頼まれたの。皆に依頼をしたいって。つまりギルド関係の事なのよ」

「……なるほど」

 ニーソを伝言役にして欲しいと頼んだ相手の顔を思い浮かべアヴェラは頷いた。

 どうやらこれからもう一カ所行かねばならないようだ。つまり領主の館のどこか指定された場所へと。

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