第87話 あるべきモノはあるべきトコに
――どうすべきか。
生きるという事は常に危険と隣り合わせ。死はいつだって身近に存在する。だからこそ人は常に考え続けねばならない。
「あそこっ、魔法で攻撃するから!」
ノエルの放つファイアアローにイクシマのそれが加わり、次々と水面に爆発の水柱が立つ。その中でパントドンは苦悶の動きをみせるが、しかしそれだけだ。深く水中に姿を消されてしまうと、もう手の出しようがない。
今度はイクシマが襲われ必死に走って逃げている。
「これでは倒せない」
アヴェラは思考を巡らせた。
相手は水中を自由に動き、好きなタイミングで潜り浮上し攻撃が出来る。
そうなると逃げるしかないが、桟橋通路を移動するのは極めて危険。そこを上手く走り抜けイクシマと合流し、そのまま木の上まで移動する事は容易ではない。というよりも不可能だ。
生き延びたければ、ここで何とか倒すしかなかった。
まさに緊急事態と頷いたアヴェラは両手で頬を叩き気合いを入れる。なぜだか満面の笑顔で、やる気に満ちあふれているぐらいだ。
「よし! ここは火力向上で何とかするしかないな!」
その宣言に悲鳴のような声があがる。
「もしかしてもしかしてだけど、まさか魔法を使うつもり!?」
「緊急事態だから問題ない」
アヴェラは自信を持って断言してみせた。今こそ自分の魔法の出番と張り切っている。魔法を使わないと約束はしたが、緊急事態は別なのである。
半眼となってパントドンを睨みやり詠唱。
「今ここに厄神の使徒が氷の神々に要請す、エターナルフォースブ――」
「それだめえええっ!」
まるでイクシマのように叫んだノエルがアヴェラへと飛びつき、今まさに放たれようとした魔法を阻止してみせた。きっとファインプレーに違いない。
「あのね今ね声が聞こえたの。お日様みたいな声で、世界が死ぬって」
「お日様みたいなって……まさか」
アヴェラは遙か彼方の空を見上げると、燦々と輝く太陽がそこにあった。もちろん、そこからの視線も感じる。おそらく、そういう事なのだろう。
「しかし今の攻撃ではどうにも――」
その時であった、水中から巨大な何かが現れたのは。水面を押しのけ盛大に水を滴らせ咆吼をあげる。
「なんだあれ……」
「ごめん、分かんない……」
アヴェラとノエルは呆然とそれを見つめた。
二人の視線が向けられた先、水中から姿を現したそれがいる。
強いて言うのであればパントドンだが、あちらこちら損傷し肉が崩れ骨の露出する部分さえあった。ゾンビパントドンと言うべきそれの額には、まるで角のように突き立った剣がある。
「もしかして、ヤスツナソード?」
剣の刺さったそれ――ゾンビパントドンが現れるなり、パントドンは怯えたように身を翻した。まるで逃げだそうとする動きに思え、実際それは間違いないのだろう。
「まあ確かに、人間でも同じ人間のゾンビが出れば逃げるよな」
「というかだけどさ。どうしよう、二体が戦って勝った方を倒せばいいのかな」
「そうだが、あっちのゾンビだが……」
剣の刺さった周りの肉は赤みを帯び、まるで血管が盛り上がったように浮き出ている。そして先程から軽い頭痛と気怠さが発生しており、これはヤトノが力を行使している時のそれに近い。
「もしかしてだが剣が操っていたりするのか?」
「流石は御兄様です、お気づきになられましたか」
ヤトノがすかさず現れ、白蛇から少女へと姿を変える。白い袖ごと両手を上下させ、なにやら得意げな様子だ。
「もちろん我が本体の呪いを受け誕生した剣なのですよ」
「だからって、なんであんなゾンビ?」
「原因は先程の発動しかけた御兄様の魔法ですね。声をかけられ大喜びした氷神どもが大量の力を寄越しておりましたが、その途中でノエルさんが邪魔したので力は霧散したのですが――」
言葉を途切れさせヤトノは薄く微笑む。
「その力を剣が利用し、これまでここで散ったパントドンを蘇らせたのです。お分かりになりましたか?」
「……厄神様の力が厄介という事は理解した」
「まあ、御兄様ったら酷いです。でもそんなところが素敵」
うっとりとするヤトノはさておき、目の前でパントドンはゾンビパントドンと戦闘中だ。もはやアヴェラたちの事など眼中にない。確かにゾンビに襲われている最中に、他の事など気にしてなどいられまい。
事情の分からぬイクシマは向こうで手を振ったり跳びはねたり大忙しである。
きっと危険が危なくデンジャーで逃げろと伝えたいのだろう。ヤトノはそれを見ながらクスクス笑っている。きっと後でからかうつもりに違いない。
二体のモンスターによる戦いが繰り広げられ、水面は荒れ激しい波が押し寄せる。
空を裂く音と共に打ち込まれた尾にゾンビは僅かに蹌踉めいた。きっと肉の一部が崩れたからだろう。だが腐り果てた肉で動けるモンスターに対し、それが有効打となるはずもない。
ゾンビはそのまま首を突き出し、突き上げるような体当たりがパントドンを突き飛ばし、大樹の幹へと激突させた。上から数えきれぬ葉が舞い落ち、さらに枝や実やモンスターが次々と落下。辺りに激しい水音を響かせる。
そしてゾンビパントドンが水中から飛びだしパントドンにのし掛かる。腐った肉から突き出す肋骨が突き刺されば――それが蠢き牙のように喰らいついた。
「うっ……」
ノエルなど口元に手をやり目を背けている。
戦闘が激しさを増すにつれ、アヴェラの感じる不調は強くなっていく。
厄神の力をヤスツナソードが使用し、それによって生じた厄がアヴェラを襲っているのだ。思わず膝を突きそうになるが、それをすかさずヤトノが支えている。
「すまんな」
「いえ問題ありません、これも良妹の役目なのです」
「もうすぐ戦闘も終わりそうだな……あれは酷い」
アヴェラは思わずといった様子で呟いた。生きたまま喰われるスプラッタな光景が繰り広げられ、ノエルは背を向けしゃがみ込み耳を塞いでいるぐらいだ。
「間違いなく言える事があるな」
「なんでしょうか?」
「早く捜索に来て大正解だったって事だ」
もしヤスツナソードを放置していれば、いずれモンスターたちを取り込んだゾンビ集合体が都市を目ざし移動していたに違いない。
ごくりと唾を呑み、自分の決断は正しかったとアヴェラは頷いた。
パントドンが消え去ると同じくゾンビパントドンも消え去る。だがヤスツナソードはそのまま残され、地面に落下し突き立った。その姿ときたら、まるで抜かれるのを待つ伝説の剣のようだ。ただし、剣の周りには禍々しい黒い靄のような蠢いているのだが。
「よっと」
普通であれば近寄ることさえ躊躇われるそれにアヴェラは手を伸ばし柄を握った。靄は確認するようにアヴェラに触れ、それから剣へと引っ込んでいった。
手にとって矯めつ眇めつ眺め見るのだが……傷一つない。
遙か上の階層から落下したにも関わらず、折れず曲がらず刃先が欠けるといった事もなく、それどころか金属の表面には傷も曇りもなく美しい。
「次からは落とさないようにしないとな、絶対に」
アヴェラは空だった鞘に剣を戻す。
内部を静かに滑って収まる感触、腰元に伝わるずっしりした重量感。それで不思議と安堵した気分になれるのは、やはりこの剣の存在に馴染んでいるからだろう。
辺りを見回せば平和そのものに静まり返っていた。
そびえるような巨大樹に岩壁を落ちる滝。鏡の如き湖面には幻想的な景色が映り込み、先程の戦いの名残と言えば湖面に未だ浮かぶ木の葉ぐらいのものだ。
この異世界ファンタジーらしい景色をしみじみと――。
「無事じゃったかあああ! うおおおおおんっ! てっきりこれで終わりかと思ったぞよ。というかなー、さっきのあれはなんじゃったんじゃ? むむっお主ー、その剣を見つけとったんか! そんで何がどうなったん!?」
「はあ……うるさい奴」
「なっ! 何故だ何故にいきなり、そんなこと言うん? 酷いじゃろがぁー! 我、心配しとったんじゃぞ。いくら我でも泣くぞ! いいか泣いてまうんぞ!」
「泣いてしまえ」
「ふええええっ! また酷いこと言いおった!?」
アヴェラは目を見張るイクシマから視線を逸らし頬を掻いた。
「まあ、イクシマが無事で良かったよ」
「お主なー、そういう事を言うんなら最初から言えよー!」
騒々しいイクシマ、苦笑気味のノエル。それで不思議と落ち着いた気分になれるのは、やはりこのメンバーの存在に馴染んでいるからだろう。
軽い金属音が響き……足元に鍵が転がった。
気付いたアヴェラは魚の紋様が刻まれたそれを拾い上げる。
「これは転送魔法陣の出口側用の鍵だな」
「パントドンを倒したから出たんだよね。でもさ、これって倒した事になるの?」
「どうなんだろな」
実際には、それをしたのはヤスツナソードの操るゾンビパントドンであって自分たちではない。それであるのに報酬の鍵が手に入るのはおかしいのではないかと、ノエルは疑問を抱いている。
アヴェラも考え込んでしまい手の中で鍵を回しもてあそぶ。
「問題ありません。御兄様の所有物たる剣が倒したのですから、これは御兄様が倒した事と同じなのです」
「そうなのか?」
「御兄様は普段から剣を使い敵を倒しているではありませんか。それと同じです」
「理屈は分かるが、同じとは思えないが」
「では召喚士はどうでしょう。魔物など使役して倒すのですが、それは召喚士が倒した事になりますよね。ですから、どこもおかしな点はありませんです」
「まあ……そうだな。あまり細かい事を追及しても仕方ないか」
「流石です御兄様。その適当さが素晴らしいです!」
「そらどうも」
ヤスツナソードを回収し人知れず世の平穏に寄与し、さらには転送魔方陣を使うための鍵まで手に入れた。つまり後は何をするかと言えば、扉を見つける事だ。
「全身ずぶ濡れだ。もう疲れたな、早いとこアルストルに戻って休もう」
収まるべきものが収まる場所に収まったことで事態は治まり、その過程にて新たな力を修める事が出来た。
結果としては良い冒険だったに違いない。
穏やかに揺れる水面を見つつ、アヴェラは仲間と共に歩きだした。
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