第84話 きっとよくある危機
商会裏手にある試しの場。
アヴェラは軽く腰を落とし気味に立ち、グレイブの長柄を中央やや上を右手で、肩幅ほど離した下を左手で握る。長柄の先に剣があるような代物のため、これぐらいで構えねば振るった際の勢いが止めきれない。
軽く上下させれば重心が先端にあると良く分かる。しかし、それは重すぎる程ではなく頃合いだ。突きにも使用出来るよう配慮がされているのだろう。
構え、振り上げ、振り下ろす。
緩やかな仕草だが、木製人形が軽々と両断される。もちろんヤスツナソードの斬れ味には及ばないが、それでも極めて鋭いと言えた。
まだ試し斬りの木製人形は幾つもある。
それらを前に軽く息を吸って一瞬止め、そして動いた。
「はっ!」
そのまま右から斬り上げ、石突きで突いた後に回転させ再度斬る。左右の手の位置を替え左から斬り降ろし、先を翻し素早く斬り上げる。そのように鋭い刃を陽光に煌めかせ、足の位置を組み替え右に左に動きながらグレイブを振り回す。
動きを止め腰に腕をつけ、身体を捻って真横に一閃。
最後に残った木人形は見事に真っ二つとなり、地面に散る木屑の仲間入りをした。
「こんなものか」
アヴェラが息を吐きノリフサグレイブを肩に担ぐと、パチパチと拍手が響いた。
木陰のベンチに座り込むノエルとイクシマが笑顔で手を叩いている。ニーソは少し席を外しているが、もし居れば同じように手を叩いていたに違いない。
「見事なもんじゃな。随分と扱い慣れとるでないか」
「武器の扱いは、グレイブ関係も含めて父さんに習ったからな。普段は甘いくせに、稽古となると厳しくて苦労したよ」
「良いではないか、羨ましいってもんじゃ」
「そうだな。良い人たちで良かったと思うよ」
他人事のように聞こえる言葉にイクシマは訝しげな顔をした。その物問いげな視線に気付かぬフリをして、アヴェラは手で顔を扇ぎながらベンチの空いた場所にどっかと腰を下ろした。
「しかし暑いな」
誤魔化すために言ったが、その言葉の通り実際に軽く汗ばんでいる。
動いた事もあるが晴れた空からの日射しを浴びればそれだけで暑いのだ。穏やかな風の存在が救いだった。
「剣より使いやすかったりする?」
「うーん。でもまあ、慣れてるのもあるが、ヤスツナソードの方が使いやすいかな。あっちの方が斬れ味もいいし、何より呪いがあって便利だから」
「呪いが便利って言い方はどうかと思うけどさ……そっか呪いか、呪いがあるんだよね……」
言いながらノエルは腕を組んで考え込みだした。そうするとまるで、胸を下から持ち上げ強調しているかのようだ。
どきどきしながら目の保養をするアヴェラだが足を踏まれてしまう。
「お主なー、どこを見ておるんじゃって」
「別にどこも見てない」
「まったく、これじゃから。それに……見るなら他にも見るべき相手とかあろうが。例えばなんじゃ、こっちの方とか。あー、つまり分かるじゃろが」
「分からん」
「お主なー! そんぐらい察しろよー! この馬鹿たれがぁ!」
突然咆えたイクシマに、また足を踏まれてしまう。しかも、さっきよりも強くだ。
「分からん事を行ったあげく、いきなり何する。このコレジャナイエルフめ」
「誰がコレジャナイエルフじゃあああ! もはや許すまじ!」
「うるさい奴だな。騒ぐな、静かにしろ」
アヴェラはイクシマの頭を小突いて黙らせた。
辺りはコンラッド商会の建物に三方を囲まれ、一方は林となっている。ただし街中の事であるため、林と言っても珍しい木々が植えられたものだ。
結構に広く、これだけの敷地を保有する商会に改めて感心する。
そんなアヴェラの腕がちょんちょんと
「どうした?」
「あのさ、ちょっとだけ気になったんだけどさ……あの落とした剣って、アヴェラ君の元に必ず戻って来るんだよね」
「ヤトノに言わせるとそうらしいな」
アヴェラが頷くと、その襟元から白蛇が顔を覗かせた。ひょいっと飛び出すと、空中で少女の姿となって白い衣をなびかせ地面に降り立った。白い素足で跳ねるように向きを変え、笑っている。
「もちろんです。運命ですから! 御兄様とわたくしたちは運命で繋がっております。必ずや、あの剣も御兄様の元へと戻って参るでしょう」
「はっ! 取り憑いておるの間違いじゃろって」
「この小娘、なんて無礼な物言い!」
「ふーん、我は正直者なだけじゃ」
後は両者で威嚇の素振りをみせ牽制しあっている。喧嘩しているようだが、互いにじゃれ合って遊んでいるだけだ。
そちらは放置しておき、アヴェラはノエルに頷いた。
「だ、そうだ」
「なるほど。それならさ、早めに回収した方がいいかなって思うけど」
「だけど水の中に沈んだだろ。回収のしようがない」
「うーん、そうなんだけどね。ちょっと気になるかな」
ノエルは妙に真剣な顔だ。
それに頷きながら、視線を青く晴れ渡る空へと彷徨わせた。
「出来れば回収したい気はあるな。なにせ元値は二千五百万Gらしいからな」
「それ仕入れ値なのよ」
タイミング良くやって来たニーソはトレイを持ち、人数分の飲み物を用意している。もちろんヤトノの分もばっちりだ。そして、金額を聞き驚き過ぎた様子のイクシマに飲み物を渡している。
「もしお店で売るってなると、どうかな……三千万G以上は絶対なの。はいどうぞ、飲み物」
しかしイクシマは金額を聞いて心の底から魂消てしまい飲むどころではない。
「な、ななな。なんじゃってえええ! あーりーえーんー! と言うか、そんなん使っとったんかー。しかも落としたー!? よし探しにいくぞ! 早いとこ探すんじゃって!」
「落ち着け」
「これが落ち着けるものか! 誰かに拾われたらどうするんじゃって! 三千万Gなんじゃぞ。必ず戻るってのも、どうなるか分からんじゃろが!」
「だから放っておけば必ず戻って来るだろ。心配するなよ」
アヴェラが宥めていると、ノエルが目を瞑りながら何度か頷いた。
「やっぱりそこが心配かな」
「むっ、何が心配なんじゃって」
「もしもだよ、もし誰かが拾ったら絶対に呪われちゃうよね」
「まあ、そうじゃろな。厄介なのに取り憑かれとるでな」
イクシマの言葉にヤトノが目を吊り上げ何かを言おうとするが、しかしアヴェラが頭に手を撫でてやり宥めて黙らせた。
先程は小突かれ黙らせられたイクシマは不機嫌そうだ。
「でもさ、その呪いってどうなるんだろ」
「どうっての何じゃ?」
「だからさ、アヴェラ君の元に帰ろうとするんだよね。そんな剣だとさ、単純に呪って終わりじゃないよね。だって拾ってくれた人が死んじゃったりしたら、剣は動けないよね」
「まあ剣に足はないでな」
「そうなるとさ、吟遊詩人の唄であるよね、所有者の精神を操る魔剣とかさ。そうなるのかな?」
ノエルが不安げに呟くとヤトノがしずしずと歩み寄って、その頭を撫でてみせた。片や座って片や立っているからこそ出来る状態なのだ。
「ノエルさん、よいところに気づきました」
自然と集まった視線の前で、ヤトノは何故か小威張りまでしてみせた。
「もちろん御兄様の元へ帰らんがため、その人間を傀儡として乗っ取り御兄様の元へと歩きだす事でしょう。この素晴らしく溢れる御兄様への愛! そう、愛と呪いは紙一重なのです」
「……我、聞いたことあるぞ。かつての魔王は魔剣に取り憑かれた犠牲者じゃとか何だとか。なんぞ、討伐隊が組まれるぐらいの大騒動になりそうな気がするんじゃが」
「それでしたら問題ありません」
「問題ないんか?」
「もちろんです。御兄様の元に戻らんがため、仮に傀儡が倒されたとしてもですね、剣は手近な人間に取り憑く事でしょう。邪魔が多ければ、斬った者どもをモンスターも含め下僕として操り一大軍勢を形成するでしょう! ですから大丈夫なのです」
「大丈夫くなーい!!」
大声をあげたイクシマの顔は真っ赤だが、ノエルとニーソは顔を青くしている。このままであれば、探索地から傀儡の軍勢が――しかも憐れな冒険者を乗っ取り――押し寄せてきかねない。そうなるとアルストルは大騒動だろう。
「それは止めさせてくれ」
アヴェラの言葉に、しかしヤトノは首を横に振った。
「無理です」
「あっさりと言うなよ、あっさりと」
「だって別の個体なのですから。直接ならともかく、姿もないのに言い聞かせるのは無理なのです。本体なら通信できると思いますが……きっと面白がって、余計な力を与えてしまうでしょう。ええ間違いないですね。むしろ放っておけば、このままでもやるでしょうね」
「やられたら困るんだが……こうなったら探索地に、早いところ行った方が良さそうだな。もしかしたら、既にモンスターに取り憑いて動いているかもしれない」
アヴェラの言葉にノエルもイクシマも、そしてニーソも力強く頷いた。
これは放っておけない危機的な案件だ。
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