第83話 パーティの仲間

「アヴェラのバカァ!」

 鋭い声がコンラッド商会に響き、これに驚かされた従業員や客が振り向いた。

 商会の中で一目も二目も置かれるニーソが大きな声をあげたのだ。

 看板商品製作に多大に貢献し会頭の覚えも目出度く、アルストル家令嬢とも個人的交友を持っているという事で、もはや次期番頭とさえ囁かれだしている。もちろん、それだけにニーソの躍進を快く思わない者も存在し、揚げ足を取ろうと虎視眈々と狙ってもいた。

 年配従業員が止せばいいのに注意に行ったのも、そうした理由だろう。

「ちょっと君ねぇ、最近ちょっと上手く行ったからってねぇ。お客さんの前で大きな声を出すとかってのは、常識的にどうかと思うよ。少なくとも私は、そういうのは駄目だって若い頃に教わったもんだがねぇ」

「…………」

 ニーソは無言で相手を睨んだ。

「ひぃっ!」

 その途端、年配従業員は回れ右して逃げだした。成り行きを見守っていた他の従業員たちは急に忙しげとなって、自分の仕事に集中しだす。生物の本能として、この怒れる少女に関わらるべきでないと悟ったのだ。

 ただしアヴェラは、そんなニーソを怒った仔猫みたいだと思った。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないか、確かに危ない目にあったけどな。冒険者にとって危険は付きものなんだ」

「違うのっ。アヴェラはどうして私が怒っているのか分からないの!?」

「ん?」

「危ない目に遭ったのことは心配するけど怒る事じゃないの。そんな事より、私が怒っているのは――」

 ニーソの澄んだ碧色した瞳は、ひたとアヴェラを見据えて放さない。

「私に頼ろうとするのを遠慮したからなの」

「そりゃまあ迷惑掛けたくないから」

「分かってない、分かってないよアヴェラは!」

 バンッとテーブルが叩かれる。

 周りの従業員が首を竦めるものの、アヴェラはニーソの下唇を噛んだ姿が昔と変わらないと思っていた。子供の頃から怒ると、よく分からん主張をしだすのだ。とはいえ両隣に座るノエルとイクシマは揃って頷き、わかるーなどと呟いている。

 とりあえず形勢は悪そうだ。

「あー、分かった分かった。何だか分からんが、とにかく分かった。分かったから話を進めて武器の件を話そう。ニーソに頼まないと、どうにもならないからな」

「だから……本当、分かってない……なんでこんな……もうっ……バカバカっ。仕方ないから許しちゃうから、本当に仕方ない人」

 何度も小さく呟き、最後に軽く睨んで深々と息を吐いたニーソ。それをノエルとイクシマは尊敬の眼差しで見ている。まるで賞賛に値する何かを為したような具合だ。

 しかしアヴェラには良く分からぬ。

 とりあえず怒りは収まったらしいと、浅はかに喜んだ。もちろんそれは大間違いで、いつか必ず何かの機会に言われる事は間違いない。ただしそれは、アヴェラとニーソの付き合いが今後も長く続くという意味でもあるのだが。


「がっつり頼らせて貰うが、何か良い武器はないか?」

「その前に確認させて貰うね。予算はどれぐらいあるの?」

「例のお手伝いの分でお願いしたい」

「うーん……」

 ニーソは胸の下で腕を組み軽く考え込んだ。とりあえず商会の商談場は元の雰囲気に戻っている。やはりニーソは、この場の雰囲気を支配出来るだけの実力と立場になりつつあるらしい。

 アヴェラの言うお手伝いとは、もちろん呪われた装備の解除の事だ。

 呪いが簡単に解呪できるとバレぬよう慎重に行っているものの、かれこれ三十本ぐらいは解呪を行っている。一本で5万Gとしても150万G、流石にそれは虫が良すぎるとしても、100万Gぐらいはあって欲しいところだ。

 幾らあるのかは把握していない。

 事細かに確認するのも無粋と聞く気がなかった事もあるが、その管理をニーソに一任し運用しておいて貰ったからだ。

「でも、どれぐらい使うつもりなの?」

「それなら全部でも構わない」

「全部!?」

 ニーソは目を丸くしアヴェラを見つめたかと思うと、目線を虚空に彷徨わせた。

「そっか、全部なの。そうなると困っちゃうな……その金額に見合う武器となると……うーん」

「安すぎたか」

「えっ、逆なの逆。お金言ってなかった? 今は1千万Gちょっとだよ」

 予想より遙かに高い額であった。だが、アヴェラは少なくとも表面上は驚かなかった。なぜならば代わりに驚いてくれた者がいるのだから。

「ふええええっ!? なんぞそれ! お主、冒険者になって少ししか経っておらんじゃろ。どうしてそんな金額を持っとるんじゃって!」

「コンラッドさんの買い取りが高すぎたか」

「あれか、つまりあれか? ここでやっとる手伝いってやつなんか!?」

「そうなんだが、ちょっと予想外すぎた。困った、これではコンラッドさんに借りが出来てしまう……」

 唸ったアヴェラの前でニーソは手を横に振ってみせた。

 なにやら言いたげな様子で胸を張るため、元からしっかりある胸が強調され気味だ。何にせよ、ちょっと得意げな様子で可愛らしく小威張りなんぞしている。

「それ違うの。アヴェラのお金は私が増やしたの」

「増やしたって、どうやって?」

「ずっと昔にアヴェラがカブシキ投資とか、サキモノ取り引きって事を教えてくれたでしょ。あれを思い出して、穀物とか鉱石の値動きを見ながら買ったり売ったりしたの。そうしたら、凄く増えたのよ」

「こいつ投機家に……」

「あっ、でも安心して。アヴェラのお金は絶対に減らないようにしてたから。増えた分は全部回したけど、減った分は私のお金を補填しておいたの。だからアヴェラは少しも損してないのよ」

「お前……」

「私は一緒に行けないから、だから頑張ったの」

 そうは言うものの損失は全部自分が被って、利益の全てを差し出すのは何という健気さだろうか。この感謝をどうやって表すべきか、アヴェラは悩んでしまった。


「いろいろありがとう。そうなると全部というよりは、半分かそこらで何か良い武器を頼む。後は皆の装備も何か見繕ってくれると――うぐっ!」

 呻いたアヴェラがしばし息が止まったのは、脇腹に肘鉄を不意打ちされたからだ。しかも両方からである。それを為した二人は全く以て素知らぬ顔をしていた。

「それさ、アヴェラ君のお金だからさ。私たちに使うのって筋が違うと思うかな」

「ちゃんとニーソめの心意気を汲んで、お主に使わんか。この馬鹿もんが」

「そうだよね」

「そうじゃな」

 何故か非難囂々であるし、ニーソも照れたようにもじもじしている。

 解せぬ――と思いつつ、しかし余計な事を言わぬ方が良いとアヴェラは推察した。女性が結託して同意見を述べているときは素直にそれに従うべきだと、トレストから真剣な顔で言われた事があるのだ。

「分かった、何かいい武器はあるのか?」

「うーん……とね……」

 ニーソは口元に手をやり思案顔をする。ややあって、にっこりと笑う。

「グレイブでいいのがあるけど、それどうかなって思うの」

「長柄の武器か、使えない事はないが……」

「前はあのヤスツナソードでしょ。そうなると剣を使うとなると、むしろ勝手が違って戸惑うかなって思うの」

「なるほど確かに、それはあるな」

 あの剣は斬れすぎる程に斬れた。その感覚に慣れてしまったため、下手に剣を使えば感覚が違いすぎてしまう。それであれば、いっそ武器の種類から変えてしまった方が新しい感覚に慣れやすいかもしれない。

 アヴェラが頷くと賛同を得られたニーソの顔は嬉しげに綻んだ。

「うん、分かったの。ちょっと待っててね、持ってくるから。先に裏のグラウンドに向かってて」

 パタパタと小走りで奥に向かう姿には、少し前の怒っていた時の様子はどこにもない。少なくともアヴェラはそう思って安堵していた。


 商会の裏手に上質な砂が敷かれた広場がある。隅には空き樽や木箱が積まれているが、ちょっとしたランニングが出来る程度には広い。もちろんそこは、あのドワーフ鍛冶シュタルの裏庭にあった武器の試し場と同じ目的に使われる。

「よいしょっ、よいしょっと」

 ニーソは小さく呟き長い武器を胸の前に抱きながら運んできた。

 革鞘の下に長い柄のあるそれは、まるで薙刀のようだとアヴェラは思った。恐らくその印象は間違いないだろう。

 ニーソは長柄に掴まりつつ、背伸びしながら革鞘に手を伸ばした。

 鞘が取り外された瞬間、光が放たれた――実際には陽光を反射し光輝いただけなのだが、そうと感じて不思議ではない素晴らしい剣身が姿を現している。

 すらりと伸びた片刃の剣身は先に行くに従い厚みを徐々に増し、一転して鋭い先端へと向かい集束。青黒い鉄は明るく潤いすら感じ、そこに白刃が冴え冴えとして優美と力強さが共存する。その刃境は広狭激しく、しかも華麗なまでの模様となっていた。長柄も表面に精緻な紋様がさり気なく彫り込まれ全体に華を添えている。

「はい、これはグレイブの名手と呼ばれる人の作でノリフサグレイブって言うの」

 あの湖水の中に消えたヤスツナソードを野趣ある鄙びた風情とすれば、ノリフサグレイブは咲き誇る華やかさだ。

 少女たちはうっとりと感嘆しきっているが、アヴェラは冷静だ。

「これが五百万Gで折り合うのか?」

「うん、気にしないで。私の裁量で最大限の値引きなの。でも本当言っちゃうと仕入れ値と同じなんだけどね。他の武器の販売で補填しちゃうけど、コンラッドさんにも内緒なんだから」

「そういうのは今回だけにしろよ。次からはちゃんと儲けを取ってくれ」

「うん、だからアヴェラも私に遠慮したりしないでね」

「分かったよ。とにかく助かった、ありがとう」

 ニーソの中では、そこが譲れない部分という事らしい。アヴェラは感謝しつつ新たな武器を眺めるばかりであった。

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