第80話 復讐するはエルフにある

 そこは大木同士を繋いだ吊り橋だ。

 時より吹き上がる風が橋を揺らし、なかなか安定しない。足場板の間から遙か下の水面が見え、そこにある沈んだ都市の姿が尚のこと高度を感じさせていた。

「なんとなくじゃが、下を見ずに歩く方法が分かって来たぞ」

 イクシマは吊り橋の上を一歩ずつ、しっかりと歩く。

 前回来た時とは違い、その足取りはかなりマシだ。やや動きが硬すぎのきらいがあるものの、太蔓を掴む事もなくしっかりと足場板を踏んでいる。

「つまりこれはの、武術のコツと同じなんじゃって。即ち、相手を見ずして観るといったものぞ」

「えーっと、そう言われましても。私としては見ないと見えないんだよね、うん」

「心の目を使え、感じるのじゃ」

「ごめん無理」

 ノエルは薄目の状態で足元を確認しながら歩いている。

 足を踏み出すと吊り橋がギシギシ軋み、揺れる度に警戒をしてしまう。なにせ加護の関係で運が悪いのだ。足を踏み外さないか心配なのであった。

 そんな様子にイクシマは動きを止めノエルが追いつくのを待っている。

「仕方ないのー。ノエルよ、我に掴まるがよい」

「ごめん、ありがと」

「なんのなんの気にするでない。我らの仲ではないか」

 互いに手を取り合い、二人は用心深く進みだす。

 下から風が勢いよく吹いた。イクシマは赤衣が揺れ白い肌の腿が露わになるだけですんだが、横のノエルは赤と黒のリバーシブルになったマントが煽られ、バランスを崩しそうになっている。しかし互いに手を取り油断せず足を動かしているため問題はなさそうだ。

 先行するアヴェラはそちらを一瞥し確認すると、すたすたと歩きだした。

「ざっと確認した感じだと木の数は二十本かそこらか。どこかに下に降りる場所があるのだろうな」

「お主なー、ちょっとぐらい手を貸してくれてもいいだろがー」

「無茶を言うな。もしモンスターが襲ってきたら、誰が二人を守るんだ」

「むっ、そうなんか」

「空飛ぶタイプが居ないとは限らないだろ」

 この状況で襲われては最悪なのだ。今のところ確認できているモンスターはラオペグートだけだが、他に存在しないという確証は何もない。

 アヴェラの言葉に二人は不安そうに辺りを見回し、少しばかり足を早めた。


 たわんだ吊り橋を下っていき、そしてまた上り無事に対岸へと到着する。そこは木の幹周りにしっかりと固定された足場で、少しも揺れず安定した場所だ。

「なんだ何も来なかったか」

「いやいやいや、そこ残念そうに言うとこじゃないって思うよ」

「それはそうだが、せっかく警戒していた意味がない気がするんだ」

「違うよ意味ならあるよ。だってアヴェラ君が警戒してくれていたから、私もイクシマちゃんも安心して渡れたんだからさ」

「なるほど」

 にっこり笑うノエルを良い女の子だとアヴェラは思った。

 容姿とかスタイルとか、そういった外見的なものは当然として、何より他人に対し気遣いの出来る性格というものは本当に得がたいものだ。

 そして一方で、イクシマは勝手に進んで樹洞の中を慎重に覗き込んでいる。イクシマは唸りをあげ戦槌の柄を握りしめた。たぶんきっと、皆に気遣いして周囲を警戒しているのだと思いたい。

「おったぞ、ラオペグートめ! ここで遭ったが百年目じゃ! 前の恨み晴らさでおくべきか! 絶対に許さぬぞぉ!」

「おい止せよ、勝手に突っ込むなよ」

 アヴェラは手を差し出し制止した。そうせねば突撃しそうな雰囲気であったからだ。前回の惨劇を忘れていないと思うが、何せ相手がイクシマなのである。念の為制止をせねば不安きわまりない。

「むぅ、我を馬鹿にすんな! そんな事はせぬ!」

「偉そうに言うのならな、最初っから魔法を使って戦えよ。頭を使って戦う奴だったらな、誰も心配したりしないんだ」

「やかましい。とにかく我は一度した失敗を二度はせんって」

「どうだかな」

 アヴェラは呟くと、樹洞の縁に手をかけ頭だけ出し中を覗いた。

 そこにはラオペグートが一体いた。以前倒した個体ではないかと思うぐらいそっくりで、円筒形の身体を波打たせつつ這っている。時々止まっては短い触覚を伸ばし震わせており、まるで何かセンサー的に感知でもしているかのようだった。

「こっちに気付いてるのか」

「分かんないよね。モンスターって何を考えてるか分かんないけどさ、このモンスターは特にさっぱり分かんないよね」

「確かにな。さて、さっそく魔法を使って攻撃しよう」

「うん、そうだね。でもアヴェラ君は魔法禁止だからね」

「分かっているが……やっぱりだめか?」

「だーめ」

「そうか一人だけ仲間はずれか。哀しいな」

 アヴェラは寂しそうにぼやいたが、もちろんそれで許可が出るわけでもない。ノエルは軽く肩を竦めスルーした。魔法練習時の惨劇で懲りているのだろう。


「それじゃあイクシマちゃん、二人一緒にやろっか」

「うむ、我らの力を見せてやろうぞ」

「それじゃあさ、行くよ。一二の三!」

 樹洞の中に二人が勢いよく足を踏み入れると、ラオペグートはようやく反応し向きを変えた。テリトリーに入ると反応するらしい。しかし芋虫だけにその動きは遅い。その間にノエルとイクシマはしっかりと集中し、揃って手を突きだした。

 魔力が高まり何かの力が二人の周りに集まっていく。

「「水神の加護アイスブラスト!」」

 揃った声と同時に魔法が発動される。手の平では掴めない大きさの氷塊が発生、それは絡み合い螺旋を描きながら飛翔。ラオペグートの触覚辺りに命中した。

 鋭い高音が高らかに響く。

 その一撃はラオペグートの半身を真っ白に染めあげた。動きは完全に止まってしまい、まるで途中から氷の彫像になってしまったかのようだ。もちろん、それは間違いではない。

 戦槌を構えたイクシマが前に出た。

「よっし、今なんじゃって!」

「ちょっと待てよ」

「大丈夫じゃ! もう奴は凍っておる! さあ受けてみるがよい、我が恨みをっ!」

 完全に逆恨みで戦槌が勢いよく振り回され、ラオペグートの白く染まった部分に激突した。ガラスが砕ける時の音を重たくしたような音が響き、芋虫の半身は粉々に砕け辺りに飛散した。まともに残ったのは凍っていなかった部分で、その断面からは黄色みを帯びた体液が流れ出すものの、床にどろりと広がり異臭を漂わせるだけであった。

 イクシマは最高の笑顔で振り向き、手にした戦槌を誇らしげに突き上げた。

「どうじゃー、完璧な勝ち戦ぞ! 最っ高の気分よのー!」

「イクシマちゃんてばさ、今のバッチリなんだよ」

「そうであろそうであろ。くるしゅうない、もそっと褒めて讃えよ」

「一撃必殺凄いし格好いいよね。うん、イクシマちゃんが居てくれて助かるよ。いつも、ありがとうっ。私の最高の仲間だね」

「苦しゅうない、苦しゅうない! こうして助け合うのもパーテーの仲間というものよ。どうじゃー、まいったかー」

 反っくり返るほどに小威張りするイクシマであったが、大股でアヴェラの側に行ったかと思うと、黄金色した瞳の目をきらきらさせ見上げた。

 そこには期待があり要求の色がある。


「ほれ、我の活躍を見てなんぞ言うべき事があるじゃろって」

「凍った時点で倒せてたと思うが?」

「この状況でそれ言うん!? お主なー、素直になれよー」

「事実を言ったまでだ」

「また言いおった! なんて無礼なやつなんじゃ!」

 あまりの事にイクシマは拗ねたか怒ったか、その両方なのか。そっぽを向いて口を尖らせた。戦鎚を手首の捻りだけで回転させ、ドスンと樹洞の床に打ちつけている。

「少しぐらい褒めてくれたって良いじゃろが!」

「よくやったとは思っているさ」

「最初っからそう言えよー」

 イクシマがちらりと見返り頬を膨らませた。

 その不機嫌そうな顔も長くは続かない。素材回収係を自認するヤトノがラオペグートの蜜を瓶に回収したのを確認すると、勝利を噛みしめ機嫌良く戦槌で何度も床を突いた。

 どうやら機嫌が良かろうと悪かろうと、やることはあまり変わらないらしい。 

「さあ、これでラオペグートなんぞは敵ではない! よぅし、先に進もうぞ! 前はちっとも進めんかったでな、どんどん進んでガンガン稼ごうぞ」

「それは誰が原因だったと思ってるのやら……」

「我は知らんなぁ。とにかく行くぞ、ほれとっとと進めい! 冒険じゃ!」

 イクシマは体当たりするようにしてアヴェラを急かし、無理矢理ながら一緒に樹洞を出る。その後ろをノエルが笑い声をあげながら追いかけ……ゆっくりと後を追うヤトノは静かに楽しげに満足そうに微笑んでいた。 

 ただし隣りの木に移動したところで、あっさり梯子を見つけてしまい、全員で肩すかしを食らった気分で下に降りたのであった。

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