第79話 氷の魔法も……
イクシマは地面を蹴った。
それは爪先で地面を掘るような勢いある蹴り方だ。
「まあいい、我らは何も聞かなかったという事で、全てを忘れるとしよまいか。うむうむ、うむ……よーし、我は忘れてしまったぞ」
「私も忘れた忘れた忘れましたー」
「我らは何も知らんし聞いてもおらぬ」
「見てません知りません聞いてません」
二人で相談するように話し合うと、さっぱりした顔に――少なくとも表面上は――なった。そうでもしなければ気が休まらなかったのだろう。
「そんな事よりじゃ、真面目に魔法の練習をしようではないか。一番簡単な氷をつくるアイスの魔法からじゃって」
「よーし、私も頑張ってみるんだよ」
「日々努力を重ねてこそ魔法を習得できるのだぞ」
ノエルとイクシマは殊更張り切って氷系魔法の練習に取り組んだ。
「ではではでは、やります。水神の加護アイス……うーん、ダメか」
「ノエルよ、そんな事は無いぞ。自分の手を見てみるがよい」
「えっ……あっ! 少し濡れてる!? しかも冷たい」
「うむ! これは小さな成功じゃが、ノエルにとっては大きな成功じゃって!」
「やったね!」
手を取って跳びはねる二人の横で、アヴェラもまた魔法に取り組もうとしていた。傍にはヤトノが付き添い、両手を握って励ましている。
「さあ御兄様、頑張りましょう!」
「そうだな。氷の魔法について真面目に考えてみるとだな、実はこれは二段階の作業を一瞬でやっていると思う」
「二段階ですか、それはどういった事でしょう」
「つまり水を発生させる。そして、それを冷やして氷にしているわけだ」
「なるほど勉強になります」
腕組みをするアヴェラに、ヤトノはわくわくしながら紅い瞳を向けた。どこまで分かっているかは不明だが、何にせよ一生懸命応援をしている。
「まずは水の発生だな。何もない場所から水を発生させるのは大気中の水分を使用しているに違いない」
「ふむふむ」
「空気が膨張し温度が低下すれば、湿度が増して大気中の水分が飽和するはずだ」
「さすがは御兄様です。全く分かりませんが凄いです」
「それをイメージをしながら魔法を使えば、通常よりも効率的に水が生成される。そうすれば、使用される全体の魔法エネルギーが同一であれば余剰分は効果に回る」
「なるほど」
ヤトノの賞賛に気を良くしたアヴェラは力強く頷いた。そして自信たっぷりに自分の考えた理論で魔法を使いだす。
その時、ようやくノエルとイクシマはアヴェラの様子に気付いた。そして前回の惨劇――即ち火の魔法を習得しようとした時の事を思い出した。
「「待っ――」」
だが遅かった。
「水神の加護アイス!」
暴風が吹き荒れた。
それは音さえ響く程の突風であり、目の前で渦巻き状に回転する長い帯のようなものが天高くにまで立ち上がる。激しい大気の現象に少女二人の悲鳴が上がり――。
「ちょいさー!」
ヤトノが手を払い、暴風は消滅した。
辺りは何事も無かったかのように静まり返り、ふと見上げた空から落下してきたデコイが地面に激突し粉々になった。
「今のなんじゃあああっ! お主何をやったんじゃぁああ!」
「ううっ、髪がぼさぼさだよ。うわっ、イクシマちゃんも酷い事になってる。ほらさ、ちゃんと梳いてあげるからさ。うん、と言うか今の何?」
運の悪いノエルは暴風の中で砂埃をまともに浴びてしまい、軽く咳き込んでいる。全員が埃っぽい姿になっているのだが、しかしヤトノだけは何ともなかった。
アヴェラは軽く身体を叩いて砂を払った。
「今のは上昇気流だな……」
「はい?」
「瞬間的に気圧が低くなったせいで、周りの空気が引き寄せられ上昇気流が出来たんだ。それで塵旋風が発生したのだろう」
「あのさ、氷系魔法を使ったんだよね?」
「もちろんだ。気圧を低下させて水を生じさせようとした効果で、それが思いの外に範囲が広かったせいだな」
「……うん、何だか分かんないけど分かった事があるよ。今の禁止!」
ノエルはきっぱりと宣言した。
「というかなー、お前なー。何をやっておるんじゃって! きっと今のもあれじゃ、前の時みたく神様方から苦情殺到に違いないぞ」
指摘されたアヴェラは目でヤトノに目線で問うた。苦情が殺到しているとすれば、それは本体である厄神のところのはずなのだ。
「ええまあ。小うるさい風神どもが権能を侵すなと言って来たようです。しかし、ご安心を。我が本体は、もっとやれと言っておりますので」
「……そうもいかないだろ。どうもすいません」
アヴェラは誰もいない場所へと頭を下げた。とりあえず、周囲四方から感じる視線に対し代表して謝ったつもりである。流石に神という存在を、それも空気に関係しそうな風神を怒らせるのは良くないと思ったのだ。
「別の方法を考えるか……」
「いや、もう止めるんじゃ。お主がやると、ろくな結果にならん」
「安心しろ。とりあえずアプローチを変えてみよう」
アヴェラは腕組みしながら考え込む。
氷とは即ち水が固体になったもので、水分子が結合した結晶である。通常の氷であれば零度において発生するが、今は魔法の力によって常温下で発生している。
「常温で氷を存在するのは、確か高圧力下だったはず。そうなると、周辺気体から水分を抽出しながら圧力によって昇華させて固体化すればいいのだな。なるほど」
その呟きにノエルとイクシマは絶対に良くない事だと確信した。
アヴェラは目を開き自信満々で頷き手を掲げる。
「常温昇華、水神の加護アイスブラ――」
「やめんかあああっ!」
その瞬間、イクシマが瞬間移動したかというぐらいの速さでアヴェラを殴り倒した。恐らくそれは一世一代の渾身の素早さだったに違いない。そのため完全な不意打ちとなって、アヴェラは為す術もなく倒れてしまう。
「御兄様ぁ!」
即座に血相を変えたヤトノが駆け寄り大事そうに抱え上げ、膝枕をした。
「御兄様、大丈夫でございますか。この小娘、なんという事を! 許しませんよ!」
「今、今のは死の気配がねっとりしとったぁ! ものっそい死の気配がしとった! 我が加護の死の神が、そこらにおる気配がしとった!」
「大丈夫です。御兄様とあなた方ぐらいは、わたくしが御守りしておりましたから。ですから皆さんが死ぬ事はありません。なんて失礼な小娘でしょうか。まるで、さっきから止めろと煩い太陽神のように腹が立ちます」
「ちょっと待てい!」
聞き捨てならぬ言葉にイクシマは眉を寄せ問いただした。
「太陽神様が止めるような魔法じゃったんか……?」
「別に大丈夫ですよ、少し辺りが吹き飛ぶ程度ですから。大袈裟ですね」
なお実際には必要な水分を集めるため広範囲の気体が一カ所に集まり、そこに大気圧の数万倍が付与され、常温下で水分が昇華し氷となるはずであった。
もちろん吹き飛ぶ範囲は少しどころではない。
「あー、もう……」
ヤトノは太陽を直視し小煩そうに睨んだ。
「申し訳ありません御兄様。一応はお伝えしますが、またしても太陽神経由で水の神どもから提案が来ております。イクシマとノエルさんが氷系魔法を使うのであれば、しっかり力を貸すそうです。ですから、御兄様には極力魔法の使用を控えて欲しいそうです」
「またか……仕方ない……」
「いいえ! 御兄様が気にする事ではありませんから、無視です無視」
「そうもいくまい。とりあえず、二人にアイスブラストをやって貰った結果だな」
アヴェラは渋い顔をしつつ、その提案を受ける。もちろん上手くいかなければ、なんとか自分が魔法を使う法を考える気ではあるのだが。
「よし、我らがやってみるとしよう」
「責任重大だよね。アヴェラ君に魔法を使わせないためにも!」
「ノエルよ、その通りだ! さあ、やるぞ!」
「了解なんだよ!」
二人は並ぶと真剣な顔で集中しだした。まるで世界の危機を救おうとする決意に満ちているようにも見える。あながちそれも間違いではない。
「「水神の加護を、アイスブラスト!」」
二人の前に大きめの氷塊が現れた。それは、まるで成果を早く出すため急かされたように飛翔し標的であるデコイの残骸へと命中。表面には霜だけではなく、氷まで生じており威力からして充分だ。
しかし、これで氷系魔法が使えなくなったアヴェラとしては不満だ。
「威力はいいが、やっぱり見た感じが地味だな」
「うがぁー、これで充分なんじゃって! よいか氷系魔法は我とノエルに任せるんじゃぞ! お主は使うなよ、よいな我との約束なんじゃからな」
「分かった分かった。魔法を使うのは、緊急時だけにしておくよ」
かくしてノエルとイクシマは火の魔法に続き、氷の魔法のエキスパートとなった。しかし当の二人は、それを喜ぶより安堵をするばかりであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます