第78話 エルフの女教師リターンズ

「ラオペグートを倒すには氷系魔法が最適らしい。と言うわけで、さっそくイクシマに教えて貰おう」

「これはもう魔法の勉強だね!」

 ノエルは喜びの拍手をするほどだ。しかも、軽く跳ねるため後ろで束ねた黒髪が尻尾のように跳ねている。ただしアヴェラは後ろより前を見ているのだが。

 そこは養成所の一画で、周りを板壁に囲われた訓練場。

 冒険者たちが訓練などを行うため養成所が用意した場所になり、場所によっては岩が並べてあったり塀があったりとバリエーションが幾つかある。

 今回借りたのは、ただの平地。狭い敷地の足元は水はけが良いようにと、土の上に表面に細かい砂が敷かれてあるだけだ。

「お主なー、そういうの気軽に言うなよー」

「なんだイクシマは氷系魔法は使えないのか?」

「そんなもん、使えるに決まっとろうが」

「だったら指導してくれ」

「じゃーかーらー、魔術の深遠たるものは積み重ねが必要でー。気軽に習得出来るもんでないんじゃって。そういうの分からんか?」

 なかなか渋いが、言い分は分からないでもない。

 何事も基礎を蔑ろにして一足飛びに物事を為せば、いずれどこかで破綻し失敗する。とはいえ、ラオペグートを倒す為に氷系魔法は必要不可欠なのだ。

「なるほど、分かった」

 アヴェラはしっかりと頷いた。

「考えが足りず、すまなかった」

「むっ、分かったか。ならば、よいよい。我は心が広いのでな、まあ菓子の一つか二つで勘弁してやらぬ事も――」

「すまない、出来もしない事を頼んでしまって」

「なぬっ!? 待て待て、待てぇいっ! 誰も使えぬとは言っておらぬじゃろが!」

「いいんだ、無理するな。出来もしない事を教えたりはできないからな。さて、ラオペグートをどう倒すか別の手を考えるとしよう。残念だな、イクシマなら頼りになると思っていたのに」

 アヴェラは物憂げな顔で空を見やった。

 残念そうで哀しそうで、そして失望したような態度が滲んでいる。


「うがぁー! 仕方がない、氷系魔法の使い方を指導してやる! よいか特別なんじゃぞ!」

 イクシマは白く滑らかな頬を軽く膨らませ、いきり立った。顔にかかった金髪を尖った耳にかけ、足取りも荒く訓練場の隅に行くと、赤い衣の袖をまくり標的を引きずって運び始めた。

 その標的はデコイと呼ばれるもので、木で出来た簡単な人型をしている。簡単な耐久性向上の魔法がかかっており、見た目よりは頑丈だ。

「ほんっとう、扱いやすいやつだよな」

「もー、なんだかなー」

 何事か言いたそうなノエルであったが、それ以上は何も言わない。やはり自分も氷系魔法を習いたいため、準備をする様子をわくわくしながら見ている。

 広場の中央にデコイを置くと、イクシマはとことこと戻って来た。

「さあ、よく見ておるがよい!」

 イクシマは両手を腰に当て宣言。軽く肩幅に足を広げると、金色の瞳をした目を半眼にしながら集中。ゆっくりと右手を前に突き出した。

「水神の加護よ、アイスブラスト!」

 突きだした手の平の前に白い物体が現れたかと思えば、目標に対し弧を描きながら飛翔。激突した瞬間に砕け散り、デコイは白霜に覆われた。

「どうじゃっ! これを教えてやるんじゃ、伏し拝んで感謝の意を示すがいい」

 イクシマは得意げに胸を反らし自己顕示した。だが、アヴェラが一瞥もせずデコイに向かったものだから、表情を変え不満そうに口をへの字にしている。きっと褒めて欲しかったのだろう。

「凍っている。なるほど、確かに凄いな」

「そーじゃろ! そーじゃろ! 我のものっそいとこが、やっと分かったか!」

「でも地味だな」

「なぬ?」

「もっとこう……氷の棺に閉じ込めて氷と一緒に中身も砕けるとか、氷の槍を無数に突き立てるとかな。そういうのあるだろ? これじゃあ地味すぎだ」

「あるかあああっ! 我の魔法はものっそいんじゃぞ、強いんじゃぞ! もそっと驚いて感心せんかあああっ!」

 ふーっふーっと息も荒いイクシマをノエルが後ろから抱き宥めている。

「アヴェラ君、ちょっと酷いんだよ。今の魔法って凄かったんだからさ」

「おお、ノエルよっ。お主、お主……良い奴じゃあああっ! うおおーんっ!」

 イクシマは向きを変えるとノエルの胸に顔を埋め声をあげた。本当に泣いているかは不明だが、そこを確認すると面倒そうなのでアヴェラは黙っておいた。

「むっ、すまんかった。落ち着いた。うむ、ノエルに抱かれると心地よいのう」

「そ、そう?」

「なんたる包容力。うむ、凄く安心出来る」

 イクシマはまだ張り付いている。まるで甘えるように顔をすりつけているぐらいだ。困った様子のノエルに目で合図されアヴェラは咳払いをした。

「それより魔法の練習に移っていいか?」

「むっ、無粋な奴よのう。とっとと魔法の練習をするがいい」

 そして練習を開始した。


 アヴェラとノエルが並んで立ち、後ろでイクシマが手を組み教えだす。なお、これを普通の魔法教室で習えば法外な値段となるだろう。とてもありがたい。

「基本はファイアアローで分かっとるな。同じ要領でアイスブラストをやってみるのじゃぞ。先程見せた氷の攻撃を思い浮かべ、それから水の神をしっかり意識――」

「なあ、ちょっといいか?」

 説明の途中でアヴェラは挙手した。

 遮られたイクシマは口をへの字にするが、頷いて質問を許している。なんだかんだと言っても、ちゃんと教えてくれるつもりなのだ。

「どうして氷系魔法なのに水神の加護なんだ?」

「なんじゃとぉ?」

「氷の神だって存在しているはずだろ、それなのに氷系魔法を水の神に願うのはおかしくないか」

「そ、それはな。えーと、それはな……昔っからそう決まっとる!」

 イクシマはきっぱりと言い切るが、しかし分かっていない事は明らかだった。

 それを追求しようとするアヴェラであったが、ふと自分の手元に目を向けた。袖から白蛇が姿を現したのだ。

 白蛇は器用に跳んで少女の姿に変わる。そうして長く髪を揺らし立ち上がったヤトノは、白い上着の袖を軽く口元に当て小さく笑う。

「御兄様の疑問。小娘に成り代わりまして、この賢妹ヤトノがお答えしましょう」

「小娘言うなー、出おったな小姑めー」

「誰が小姑ですか!」

「がぁー!」

「しゃー!」

 威嚇の声をあげたヤトノは、直ぐに軽く咳払いをして居住まいを正した。今のやり取りは無かった事にするらしく、上品でたおやかな微笑みをみせる。

「御兄様の疑問にお答えします。ええ、確かに御兄様の仰る通りに氷系魔法は氷神の権能になります、本来ならばですが。つまり水神もまた多少とはいえ、氷系の権能を有しておるのです」

 しずしずと歩みながらヤトノは説明する。

「以前にご説明しましたように、魔法関係は神にとって認知を得るに美味しいものになります。ですからまあ……つまり利権ですね」

「急に生々しい話になった」

「その利権を巡り神同士の駆け引きがありまして。圧倒的に数の多い水神勢がごり押しをしまして、氷系魔法について水神が加護を与える事になったのですよ」

「神の世界も世知辛いんだな」

「たとえ神とはいえど、力関係と利害関係があればそうなりますよ」

 アヴェラとヤトノは苦笑する程度だが、残りの二人は――特にイクシマなどは――まるで砂を噛むような顔をしている。神の世界ともなれば、もっと高尚で素晴らしいと考えていたのだから無理もないだろう。

「聞きとうなかった、そんな神々の裏事情なんぞ」

「もちろんこれも秘事になります。水神関係は気の荒い連中ですからね、特に水神のトップの海洋神ときたらもう……」

「な、なんじゃ?」

「怒って大陸一つ沈めたぐらいに気が短いですからね。しかし、これがまた面白くてですね。それで人が死んで信仰が得られなくなったあげく、わたくしの本体の厄神の力が増したんですよ。なにせ災厄に等しいですからね。ほんと愚か」

 さも楽しそうにヤトノは笑っている。

 そのクスクスした声を聞きつつ、イクシマとノエルは泣きそうな顔だ。

「でもさ、大丈夫なのかな。つまり、そんな事を言うとかマズいのでは」

「大丈夫ですよ、この場以外で話さなければ。他で話すとどうなるか、聞きたいのですか? そうですか聞きたいのですね」

「いやいやいや、私はそれ聞きたくないんだけど。あれっ、なんだかこのやり取り前にもあったような覚えがするかも。あれ? これって聞かされるパターン?」

「その通りです」

 ヤトノは片袖で口元を隠しクスクスと笑っている。

「どうなるかと言いますと、この都市全体が氷に閉ざされるでしょうね。大雨によって押し流すと何人か生き残りますからね。何にせよ、他で余計な事を言わない方が良いと思いますよ」

「だったら教えないで欲しいなって、私は思うんだけどさ」

 ノエルは深々と息を吐き項垂れてしまった。

 下手な事を言えば、自分のみならず大勢の人間の命が終わってしまう。たとえ絶対に話すつもりがないとはいえ、胸に秘密を抱える事は気が重いものである。

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