第77話 知識の対価は知識チート
「我が息子よ、お前は私に言わなければならない事があるはずだ。さあ、この父さんに正直に言ってみなさい」
夕食の最中にトレストはそんな事を言った。
豆類と塩漬け肉の煮込み、麦のスープ、固いパン。樫の木製テーブルに並んだ料理は豪華でないが質素でもない。中流階級の一般的家庭の料理といったものだ。
モグモグする最中のアヴェラは軽く眉を寄せた。
前世から受け継いだ信念として、食事をする時は誰にも邪魔されず、 自由でなければダメなのだ。だからアヴェラは殊更ゆっくりと咀嚼しトレストを焦らした。
ついでに、問いについて考えている。
一番最新の内緒にしている事と言えば、昼間にこっそり風呂を使った事だろう。それについてはバレても問題はないが、変な勘ぐりをされたくないため、薪も補充してヤトノと一緒に片付け掃除もしておいた。
その他に心当たりは特にない。
「いきなりそう言われても困りますが。何をどう答えればいいのか分からない」
「問題ない。お前が言わねばならぬ事を素直に言えばいいのだ」
トレストは思慮深そうに頷いた。
顔は厳めしいが目付きは普通、口元に
そうなると――少しふざけたくなるのが人情だ。
「つまりそれは隠している事ですか。それを言わねばダメですか」
「もちろんだとも、さあ父さんに言ってみなさい」
「仕方がない。内緒にしていましたが、数日前に巡回中の父さんを見かけて。何やら美人に話しかけられて嬉しそうにしていたのを黙ってました」
「おいいっ!?」
「それからビーグスさんがぼやいてましたけど。警備隊に入隊した可愛い女性が、父さんとしょっちゅう姿を消すとかで、どうしたものかと悩んでいるみたいです。自分の父親を信じずどうするかと思って黙ってましたが白状します」
トレストは手にしていたスプーンを放り出し、全力で手を震わせ否定しだす。
「待て待て、いや待て。それは単に彼女の相談にのってあげただけだ。決して疚しい事があるわけではないんだ。とにかくだ、父さんは――」
言いながらトレストが横目でそっと様子を伺えば、カカリアは慈母の笑みを浮かべていた。ただし、その目はこれから肉にする小豚を見るようなものだ。
トレストの額に冷や汗が、文字通り噴き出した。
「そ、それはビーグスの勘違いというものだ。実は彼女はビーグスに一目惚れして入隊したらしくてな、うむ。相談を受けてシフトが重なるように調整してやったり、出来るだけ同じ班になるようにと配慮したんだ。で、成果の程を確認しているだけだ。これは誓って本当だ」
「まあっ、そうなの。あのビーグスが……」
カカリアは驚いた顔で口に手をあてた。
「あの子もついにですか、それは楽しみな話ですね」
「だろう? それで時々、話を聞いて首尾良く行っているのか確認しているのさ」
「さすがは貴方よね、とても良い話よね」
「当たり前だ。俺は隊長なんだ、部下たちの幸せも考えてやらないとな」
救われたと安堵するトレストに、しかし救いは無かった。
「ところで、美人な方の相談にものってあげているのね」
カカリアはどこまでも優しい微笑みであった。
話題がそれたアヴェラは平然と食事をつづけ、ヤトノが用意してくれたお代わりまで平らげている。今日はよく動いたので腹が減っているのだ。
ちらりと見やると、トレストは視線のみで追い詰められている。
そろそろ助け船を出すべきだろう。
「今日の煮込みはまた凄く美味しいね。何かやり方変えた?」
「あら! 分かるかしら、ノエルちゃんの村でのやり方を聞いたのよ。とっても良い子だから大事にしなさい。もちろんニーソちゃんとイクシマちゃんもよ」
アヴェラに褒められたカカリアは上機嫌に座り直し、嬉しげにリズムを取りつつ食事を始める。すかさずヤトノが話しかけると楽しそうに笑っているぐらいだ。
視線の圧を逃れたトレストだが、助けてくれたアヴェラにあまり感謝する気はなさそうだった。むしろ恨みがましく拗ねたような目をしているぐらいだ。
「それで? 結局のところ、父さんは何を聞きたかったわけ?」
「……今日は隊長会があってな、その後で第八警備隊のヴリーズから礼を言われたのだ。アヴェラに命を救われたと」
「んー? 何かあったかな」
「この間の遠征の死にかけたところを救われたという事だが。矢傷を受けて、ポーションを使っても死にかけたという話でな。違うのか?」
「ああ、あの人ね」
アヴェラは頷くが、そんな事もあったなという程度だ。
助けて遠征隊に戻るとナニアたちはおらず、しかもクィークに襲われた村の救助に向かったと聞いて慌てたのだ。何せ相手はあのクィークなので、万が一があってはならない。後はとにかく走って追いかけ、その後は村の復興関係で忙しく、すっかり忘れていた。
「どうして言わない? お陰で礼を言われた時に話が合わなかったんだぞ。まるで……まるで、私が息子と会話が出来てないように思われるじゃないか。そんなのは哀しすぎるだろ?」
「でも助けたという程でもないからね」
「そうなのか?」
「矢傷の後で直ぐにポーションを使ったのが悪くて。それで喉の奥に残った血が、変な具合で固まって窒息しかけただけかな。だから後ろから力を加えて吐き出させただけ。ほら別に大した事はしてないけど」
「それは……充分に大した事だぞ」
トレストはパンを噛みちぎりながら感心している。
「応急手当程度の一つなんだけどね……」
「他にも何かあるのか?」
「簡単な内容でよければ幾つかあるけど」
「是非にも教えてくれ」
身を乗り出し尋ねてくるのは、やはり警備隊の部下たちを考えての事なのだろう。いくら回復用のポーションや回復魔法があるとは言えど完全ではない。荒事が多いため、時には間に合わない事や助からないことも……実際に何度かあったのだから。
「それならラオペグートの良い倒し方を教えて欲しいな」
「ふむ、知識に対しては知識の報酬か。ラオペグート、ラオペグート……あいつか、あの芋虫か……懐かしいな」
トレストが呟くとカカリアが反応した。
「この人ね、私がラオペグートを攻撃するのを黙って見ていたのよ。あれを攻撃するとどうなるか予想してながら黙っていたのよ、そのせいで私はラオペグートを倒した瞬間に酷い事になって」
「あれは十何年も前の事じゃないか。何度も謝っているし、もう許してくれよ」
「もちろん死ぬまで忘れず言い続けるから」
テーブルに頭を付け謝罪するトレストを見ながら、アヴェラは今のは惚気だろうかと気になった。なんにせよ、あのイクシマも十数年経っても今日の惨事を忘れないのだろうかと少し心配だ。
「アヴェラもラオペグートを倒す時は気を付けるのよ。ノエルちゃんとイクシマちゃんに配慮してあげなさいよ、この人みたいに黙って見ていてはダメよ」
「あっはい……」
アヴェラが冷や汗を掻いたのは言うまでもない。
「それでラオペグートの倒し方ね。一番ダメなのは潰すことね、素手でぶち抜くのは楽しいけど、汚れてしまうからダメなのよね。もちろん斬るのもダメよ、そこから中身が噴きだして酷い事になるもの」
「つまり精神的な意味で物理攻撃無効という事かな」
「あら面白い言い方ね。確かにそうなのよ」
カカリアは懐かしさを滲ませながら頷いている。何か不穏当な台詞も一部あったが、過去に戦った者による貴重な情報であった。
両親二人は過去に冒険者をしていた先達だが、しかしモンスター情報などは少しも教えてくれない。いくら甘く優しいとは言えど、そこは自分で掴み取って欲しいとの教育方針なのだ。それが分かっているからこそ、アヴェラから尋ねる事はあまりしないのだが。
「攻撃は母さんの言った通りで近接攻撃はお勧めしない。遠距離から弓で射るか魔法を使うべきだが、すまないな魔法を習わせてやる余裕が無かったから――」
「イクシマに習ったから使えるけど」
「そ、そうなのか!? だが実戦に使えるようになるには何年もかかるだろ」
「もう実戦レベルでフィールドボスにも通用したけど」
実際には消し飛ばしたあげく、あまりの威力に使用禁止となったぐらいだ。
トレストとカカリアは黙り込んだあげく、顔を見あわせている。この後の反応は分かっている。
「流石だ、うちの息子は天才だな!」
「まあお父さんったら。そんなの天才に決まっているじゃないの」
「うん間違いなく魔法の天才だよ、末は賢者か大賢者か。楽しみだな」
はしゃぐ両親の姿は気恥ずかしさを通り越し恥ずかしいぐらいだ。
アヴェラは数度咳払いをして二人を落ち着かせた。
「ラオペグートは魔法が有効なわけ?」
「んっ、ああそうだ。ただし火の魔法はダメだぞ、逆に弾けてしまうからな。だから魔法を使うのであれば凍らせるべきだ」
「なるほど、勉強になりましたよ」
アヴェラは頷き頭の中で方法を検討しだした。
そして食事を続けながら情報の対価となる情報を口にする。
「傷口に触れる前は必ず手を洗うか、強いアルコールをかけること。傷口に対しても同じで、とにかく綺麗な水で直ぐに洗浄すること。それから傷口を火で焼くのはダメージを増やすだけで意味が無いからダメ。巡回中にふらついたり倒れる場合の予防は、水差し一杯の水に砂糖を一握りに塩を一つまみで果汁を少し入れた水を定期的にコップ一杯飲ませておくこと。それから心肺蘇生法と人工呼吸は――」
「ちょっと待ってくれ、そんなに一度に言われても困る。いや、そもそもだ。その知識はどこから来たんだ?」
「そりゃあ……まあ……」
前世の記憶があるとは言えやしない。
だが、アヴェラには便利な言い訳がある。だから黙って神の一部たるヤトノをフォークの先で指し示しておく。それで全ては上手く誤魔化せるのであった。
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