◇第七章◇
第74話 新たなる探索へと
新たなフィールドに転送してくれる魔法陣。
それは狭い石壁の部屋の中央に数段高くなった壇の上にある。
腰高の石柱で行き先を指定し、認証が終われば壇上に魔法陣が起動。転送の道が開かれるといった仕組みと手順だ。
「ゆくぞー」
アヴェラの声でノエルとイクシマも一緒に、起動した光の中に足を踏み入れる。数秒後、光が強まりだすと足元が消え自分が沈むような――それはまるで前世のエレベーターに乗った時のような――ふわっとした感覚が生じる。
殆ど一瞬の事だが、場所が変わった事は肌で感じる。
空気が違うとでも言うべきか、探索地点は特有の緊張があるのだ。
アヴェラは目的地に到着したと察すると、光の中から足を踏み出した。
とたんに、その転送魔法陣のある場所に待機していた冒険者の姿が確認できた。もちろん、押し寄せ行く手を阻もうとしている。
「君たち探索の前に少し話をいいかな」
「話を聞くだけでポーションプレゼント、聞かなきゃ損だよ」
「うちのギルドは上級者も多くノルマもなし。明るくてアットホームなギルドだよ」
実に鬱陶しいのだが――しかし、アヴェラは余裕の笑みを浮かべ、それは同行するノエルとイクシマも同じだ。全員でギルド勧誘に来る冒険者たちに対峙する。
予想の通り、相手は数歩手前で立ち止まった。
驚いた様子の目が向けられるのはアヴェラの襟元、もっと正確に細かく言うのであれば襟元にある徽章だ。
所属ギルドの掲げる紋章をあしらったもので、ギルド加盟者の証となる。
それに気付くと露骨に態度が変わった。
「なんだよギルド加盟したのかよ、次からスルーしなきゃ」
「くそっ、急いで損した。面倒かけさせんなよ、ったく」
他ギルド加盟者の引き抜きはトラブルの元であり、過去には勧誘の声をかけただけでギルド戦争と呼ばれる潰しあいに発展した事もある。それだけに、相手も即座に引き下がっていく。
だが、アヴェラたちの徽章の与える影響はそれだけに留まらなかった。
徽章のそれに気付いた冒険者の一人が目を見張り、元から締まり無く開いていた口をさらに開けた。
「んっ……ちょっ、ちょっと待てよ。見ろよ、あの紋章を!」
「嘘だろ、おい」
つまりそれとは、Ω型模様にクレセントムーンが重ねられた紋章だ。
Ω型模様は探索公とすら呼称されるアルストル大公爵家の保有する紋章になる。この探索都市で冒険者をやって、この紋章を知らない者はいない。
重ねて記されたクレセントムーンは個人を示すが、そこまで詳しく知るのは令嬢ナニアのファンか個人的に親しい者ぐらいだろう。だが、ギルド所属の者であればアルストル大公令嬢が冒険者として活動しギルドを設立している事は有名だ。
つまりギルド徽章にΩ型模様があるだけで、それを着用するアヴェラたちがアルストル大公令嬢ナニアのギルドに所属している事は明白なのだ。さらに、そのギルドへの加盟は誰一人許されていなかった事でも有名だった。
それもあって冒険者たちの驚きは強まっている。
もちろんここは、中世封建社会に似た世界。
紋章の偽造は極めて重罪であるし、そもそも誰もそんな事をしようとさえ考えない。つまり、本物以外の何者でもない事になる。まるで信じられないものを見る顔となった冒険者にアヴェラは軽く手で合図をした。
「そこ退いて貰えます?」
「えっ……あっ、はい! どうぞ失礼しました!」
凄い勢いで跳び退き、思わず頭を下げる冒険者たちの間をアヴェラは堂々と通過した。後ろに続くイクシマなどは、これまでの鬱憤もあって胸を反らし鼻高々に足を振り上げている。それをそっと注意するノエルも、しかし微苦笑しながら楽しそうだ
扉を出る三人の姿を、冒険者たちはただ呆然として見送った。
◆◆◆
「はっはー! 実に気分が良い! 気分がよいのじゃって! 見たか、あやつらの顔ときたら。最っ高の気分よのー!」
イクシマは上機嫌に足を振りあげ、一歩ずつ階段を降りていく。ハーフパンツから伸びた真っ白な脚は革の脚絆と革サンダルといったものだ。
周りは木をくり抜いたような空間で、階段が続いている。
新しいフィールドは森や湖があると聞いていたが、まだそれらしい景色はない。
三人揃って降りていくのだが、小柄なイクシマが真ん中を歩くと、まるでお兄さんお姉さんに挟まれた小さな子供の様だ。
殊に今のはしゃぎぶりで、その印象がさらに強い。
「気持ちは分かるけどさ、あんまり大きな声で言うと聞こえちゃうからさ」
「なーに、構うな構うな! 今まで散々困らされたんじゃ! ちょっとぐらい言うても構わんのじゃろって!」
「でもさ、あの人たちもギルドの指示でやってたわけだし。あんまり失礼を言っても悪いかなって思うんだよね、うん」
「ノエルよ、お主が他人を気にする事は美点である。じゃっどん、少々気を回し過ぎなんじゃって。あやつらは部屋に酒まで持ち込み、冒険もせんで自堕落に過ごしておった。我からすれば、これっぽちも気の毒には思わん。なあ、そうじゃろ?」
最後の問いかけはアヴェラに対するもので、振り仰いだイクシマはニッと笑う。
アヴェラは面倒そうに頭を掻いた。
「気の毒に思う必要がない点は同意する」
「分かっておるではないかー」
「だが忘れるな、全ては紋章のお陰だけだ。主人の威を借る小姓のような態度は感心しないな」
「ええー? せっかく気分が良いのにつまらぬのう」
「その傲慢さ、まるでエルフみたいな態度だな。コレジャナイエルフのくせに」
「誰がコレジャナイエルフなんじゃあああっ! と言うかエルフは、そんな傲慢なんぞではなあああいっ! お主、なんか知らんが我とエルフに対する偏見が酷いぞ!」
怒ったイクシマは戦槌の柄の先で木の階段を突いて叩いた。もちろん、その程度で階段はビクともしないが、反対側の重そうな頭が目の前で動きアヴェラは迷惑そうに顔をしかめている。
ノエルが手で抑える仕草をして宥めた。
「まあまあまあ。それよりさ、これで純粋に探索に集中できるんだよ。気合いを入れて行こうよ」
「うむ、気合いか。気合い、よーしやるぞ!」
「やっちゃおう」
聞こえてきた声にアヴェラは目だけを上に向けた。この二人ときたら何かと気合いを入れたがる。以前は何かと巻き込まれそうになったが、これまで何度も拒否してきたため、ありがたい事に最近はようやく誘ってこなくなってきた。
「「えいえいおー!!」」
ノエルが手を、イクシマは戦槌をそれぞれ突き上げ声を張り上げている。
何とも元気な事だと感心するアヴェラであった。
「気合いは良いけどな、もうすぐ階段の終わりが見えてきたぞ。いよいよ新たなフィールドに到着だ。というか、なんで階段があるんだ?」
訝しげな気分が声に出たらしく、イクシマは小動物のように仰ぎ見てくる。
「どうしたー、何ぞおかしいんか?」
「森と湖って話だろ」
アヴェラの言葉に、イクシマは形のよい鼻で匂いを嗅いでいる。
「うむ、これは水の匂い。湖があるのは間違いなさそうじゃな」
「そこまで分かるのか……凄いな、ポチ」
「ポチってなんぞ?」
「犬の名前」
「誰が犬じゃあああっ! 我を犬扱いすんなあああっ! こやつ、もはや許せぬ!」
弄りがいのあるイクシマにアヴェラは楽しげに笑った。
逆に不機嫌になった方をノエルが一生懸命宥めようとするが、しかしその努力を無にする存在が現れた。もちろんそれはヤトノだ。
アヴェラの襟元から白蛇が姿を現したかと思うと、白い袖をなびかせる少女の姿へと変じた。
ニイッと楽しげにしつつ、少し先の階段を器用に後ろ向きで降りていく。なお、わざわざイクシマと同じ高さに顔がくるように位置をキープしている。
「ふむふむ、よろしいでしょう。御兄様に成り代わり、わたくしが謝罪いたしましょう。そしてこれからは犬の事をポチではなく小娘と呼びましょうか。さあ、行きましょう小娘」
「ん? ……んー、んんんっ!」
しばし考え込んだ後にイクシマの顔が見る間に紅潮し、鋭い目で睨み付けた。そのタイミングでヤトノは両手を頭の上にやって、まるで獣耳のような真似をした。
「通じますか、わんわーん?」
「うがあぁぁぁぁーっ!」
激怒したイクシマは飛び出し戦槌を振り上げ、ヤトノはクスクス笑いながら階段を飛ぶように降りていく。手荒な追いかけっこではあるが、あの二人なら大丈夫だろう。多分。
「これから新しいフィールドだってのに何を考えてるのかね。元気すぎじゃないか」
「元はって言えば、アヴェラ君が悪いと思うんだけど」
「そうか?」
「そうだと思うよ」
「そうだったのか」
「そうなんだよね」
ノエルは苦笑しながら軽い足取りで階段を降りていく。
先行するヤトノとイクシマだが、どうやらどちらが先に下まで到達するかの競争になっているらしい。凄い勢いで駆け下りていき、ラストスパートで金色の髪が大きくなびき着地。勝利の声が響いてくる。
「我、いっち番乗りーっ! ってぇえええ、ふんぎゃあああっ!」
騒々しい声にアヴェラとノエルは顔を見合わせる。同時に頷くと、急いで残りの階段を駆け下りていった。
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