外伝トレスト4 頼れる仲間たち

 不機嫌なカカリアが鍵を使い扉を開ける。

「はい! 二人とも、ここ通る!」

 トレストとケイレブが悄々と足を引きずり、転送魔方陣のある間へと向かっていく。何故にカカリアが不機嫌なのか分からないまま、彼女が開けたままにしている場所を通り抜けた。

 転送魔方陣の間は薄暗く狭い石造りの小部屋だった。

 そして、何人かの冒険者がいた。扉から入室した三人を拍手で出迎えてくれる。だが、歩くのがやっとのケイレブや鼻血の痕のあるトレストを見てもポーションを使おうともしない。

 それどころか――。

「うわー、大変だ。これは凄いやられっぷりだ。可愛そう、気をつけよー」

「ギルドに加入すれば、こんな怪我をする事もないのにね」

「やっぱりねギルドには加入すべきだ」

「そうそう、明るく楽しく上下関係もない気軽なギルドだから」

 口々に勝手な事を言って集まってくる。前を塞がれるトレストとケイレブは迂回する気力も無く足を止めるしかなかった。

 カカリアが静かな声で宣言する。

「退きなさい」

 それは他人に命じ慣れた声であり、冷え冷えとした恐ろしさのある声だ。さらに極めて不機嫌そうに細められた目つき。群れ集う冒険者たちが無言で横へと退く迫力が、そこにはあった。

 そして三人は進み、魔方陣に入る。

 初めての転送は思ったよりも、あっさりとしていた。魔方陣の円に沿って光が立ち上ったかと思うと、そこから透けて見えていた景色が歪む。刹那だけ視界が真っ暗となって、また元通りになる。

 魔方陣の光が消え失せると、やはり薄暗く狭い石造りの小部屋だ。

 転送に失敗したかと思うほど変わらぬ小部屋だが、邪魔な冒険者たちの姿がないため、別の場所である事は間違いない。何より室温は暖かで空気の質が違い、土や埃や水や木や人などの入り交じった匂いが感じられた。

 紛う事なき地上である。

「まったく、なんて人たちかしら」

 カカリアは相変わらず不機嫌そうだ。

「話には聞いていたが、あれがギルドの勧誘というものか」

「私は絶対に関わる気はないわ」

「同感だ」

 部屋の扉を開けると、日差しが強すぎる程に眩しかった。


 そこは噴水を中心とした広場で、多数の冒険者が行き交っている。今し方出てきたのは石造りの小屋だが、同じような小屋が広場を囲むように多数配置されていた。

 探索に出た冒険者たちが各地から転送されてくるため、戻りの広場などと呼ばれている場所である。

「今日はもう疲れた。早く帰って休もうじゃないか」

「次は三日後ぐらいにする? それとも、もう少し開ける? 私は構わないわよ」

 あまり間を開けては生活費の問題もある。トレストは問題ないがケイレブの場合はそうはいかない。軽くでも稼いでおかないと――。

「すまないが草原から帰還したのは君らでいいかね」

 声をかけてきたのは、冒険者協会の事務員を示す帽子をかぶっている男だ。ひょろりとした身体に、汚れの無い上等な服。銀縁の大きな丸眼鏡をかけている。

 トレストは頷いた。

「その通りですが」

「ならば担当教官の元に向かって下さい、今すぐに」

「は? 俺たちは戻ったばかりですが」

「規則では、草原から帰還した者は即時に担当教官の下に向かい注意事項等の指導を受ける事、とあります。我々の指示に従って頂けないのであれば、転送魔方陣の利用に相応の規制がかかり――」

 朗々と捲し立てる声は全く融通が利かなさそうだ。

「貴方うるさいわね」

「はぁ? 何だとこの女、たかが冒険者が偉そうな事を――」

 事務員は吹っ飛んだ。

 壊れた眼鏡が鼻に引っかかった状態で、よろよろと立ち上がる。

「き、き、ききき貴様! この私に対して何てことを」

 元から不機嫌であったカカリアはツカツカと歩み寄り、事務員の胸ぐらを掴んで放り投げた。噴水の中で激しい水飛沫が上がり、周りで見ていた冒険者たちから盛大な歓声が起こる。

「……人助けをするため、俺たちだけで行くべきと思うのだがね」

「まったくもって同感だ」

 迫るカカリアから逃げようとする事務員を冒険者たちが突き飛ばし大笑いをしている。広場の様子は、さながらカーニバルか公開処刑だ。

 トレストは素早く人混みを割ってカカリアに近づいた。

「俺とケイレブで行く、カカリアは早く帰って休んでくれ」

「なにそれ」

 仲間はずれにされたようで、カカリアは不機嫌な顔をした。

「カカリアは疲れているだろう。どうせ長くてどうでもいい話を聞かされるだけだ、俺たちで適当にやっておこう」

 そう言って笑うトレストの顔は純真なもので邪気の欠片もなく、ただ心の底から心配し気遣っているだけだと分かる。

 カカリアは思わず見つめ、素直に頷いてしまった。


◆◆◆


 アルストルの裕福な者たちが暮らす第一区画。そこは貴族たちの中でも限られた者たちが暮らす場所だ。

 辺りの景色も他の区画とは大きく違う。

 ひとつずつが大きく美しい庭を持ち、邸宅はどれも見事な造りで豪華な彫刻によって装飾され派手やかしい。そして専属の警備兵が内部を巡回し門を守りもする。

 しかしカカリアは、そこを気にした様子もなく歩いて行く。

 そのまま細い路地に入り幾つかの角を曲がり、とある邸宅の裏門に到着する。そこも警備兵が守っているが、カカリアが近づけば即座に横に退いて道を開けた。

「ありがとう」

 軽く礼を言って取り抜けると、邸宅の裏口を開け中へと入った。

「お帰りなさいませ。ずいぶんと遅いお帰りですね」

 待ち構えていた初老のメイドの声にカカリアは軽く首をすくめた。

「ただいま、ばあや。少し手間取ったのよ」

「その服にある汚れは血ですね。怪我をなさいましたか?」

「大丈夫よ。ポーションを使ったから、傷跡も残らないから」

「そういう問題ではありません、お嬢様」

 叱るような口調のメイドだが、カカリアが腰のベルトから装備を外せば、それを当然のように受け取り手に持っていく。

「お戻りになられたら顔を出すようにと、大旦那様からの言伝です」

「えーっと、行きたくない」

「ダメです。戻った時のままで構わないと仰せです。このまま参りましょう」

「仕方がない」

「それとお嬢様、お言葉使いが少々乱れておりますよ」

「はいはい」

 カカリアは雑に返事をしつつ、父親の書斎へと向かう事にした。この口うるさい婆やに逆らっても無駄だと良く知っている。もちろん、とても大切に思ってくれている事も知っているのだが。

 すれ違うメイドたちが横に退き、恭しく頭を下げる中を歩いて行く。

 一番奥まった豪華な扉に近づくと、既に先触れが出されていたようで、執事たちがタイミングを合わせて開けてくれる。この手配の良さは、間違いなく婆やの仕業に違いない。

 部屋に入ると背後で扉が閉められる。

 室内の調度品は極めて簡素なものに見えるが、しかしどれも一級品である。たとえば椅子はエルフの里から取り寄せた古樹製であるし、机にしてもドワーフの名工が削り組み上げた逸品である。

 そんな品々に囲まれ書き物をしていた父親が顔をあげた。

「やあ、お帰り」

「ただいま戻りました。お呼びと聞きましたが何でしょうか」

「カカリアよ。そんな堅苦しい言い方をしないでおくれ」

「仕方がありません、だってこの街を治めるアルストル大公様ですから」


 この街を治め支配する大公爵その人がカカリアの父親であった。普通であれば確かに最上の礼を取るのが当然だ。

 しかし、カカリアは冗談めかした様子で軽く舌を出した。

「それに、婆やから注意されたので」

「この部屋の中では、それを忘れてくれ」

 にこにこと笑う父親の姿にカカリアも肩の力を抜いた。他の貴族たちはどうか分からぬが、次期大公となる兄も含め親子関係は極めて良好なのである。

「ところで冒険者の方はどうだ? そろそろ飽きたか?」

「飽きていません、とっても楽しいです」

「そうか……しかしな、一人で探索などに行くのも危なかろう。やはりここは凄腕冒険者を雇おう」

 探索都市のトップが頼めば、それこそ最高峰の冒険者を雇う事ができるだろう。だが、そんな者と一緒に行動をして何が楽しいだろうか。この堅苦しい生活が嫌で我が儘を言って冒険者をしている意味が全く無くなってしまう。

 今にも手配しそうな父親を止める。

「仲間が出来たので大丈夫です」

「その仲間というのは、もちろん女性だろうね」

 たちまち父親の顔が曇っていくため、カカリアは伝えるべきではなかったと反省した。しかし、遅かれ早かれ知られてしまうので気にしない事にした。

「いえ男性二人です」

「男の人と冒険だなんて、パパそんなの許さないぞ」

 大人げない父親にカカリアは小さく息を吐いた。

 こうなると、まるで駄々っ子のようになってしまうのだ。

「分かりました。許して頂けないと言うのでしたら、これからは父上と一緒に食事をする事もありませんね」

「……お前が認めたのなら、きっと良い者たちなのだろうね」

 真面目くさった顔で頷いている。

 さっと態度を切り替えられるのは、流石は街の支配者たる所以だろう。

「はい、気の良い二人組です。ちょっと抜けているところもありますが頼りになります。一緒に冒険していると、とても楽しいです」

「それは良かった」

 にこにこと笑ったアルストル公だが、しかしそこで少しばかり厳しい顔をした。

「分かった、もう何も言わないよ。カカリアの好きにやりなさい。でも覚えているだろうね、冒険者になることを許した代わりにした約束を」

「……はい」

「もうすぐ、お前の輿入れの日が決まる。それまでは好きになさい」

「そうですね、残り少ない日々を楽しみます」

 あと数年で兄が大公を継ぐ事になっている。その地位を盤石にするため、カカリアは有力貴族の子弟と結婚する事が決まっていた。

 それが不満とは思わない。

 これまで大公の娘として不自由ない生活を過ごさせて貰ったのは、それが前提としてあるからだ。カカリアも文句はないし当然の事だと思う。更に最後に思いっきり自由に過ごしたいと、冒険者をやる事まで許して貰っているのだ。

 だから政略結婚を拒否する気はなかった。

 それでも、今の楽しい日々を惜しむ気持ちがカカリアの中にはある。ふと思い出されるのは、トレストの邪気の欠片もない笑顔だ。どうしてそれが思い浮かぶのか、よく分からないカカリアであった。

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