外伝トレスト3 助け合う仲間たち
「ふむ、なるほど。これは実に面白い武器だ、初めて見たよ」
ケイレブが興味津々に見ているものは、カカリアの持って来た武器だ。それは、三つの金属棒を鎖で繋いだもので、今日は草原のボスに挑むため、初めて持ってきたものであった。
「三節棍と呼ばれるらしいわ。そんなに珍しいのかしら」
「少なくとも僕は見た事がないね。こんな珍しいものを売る店なら、是非とも行ってみたい。よければ教えてくれないだろうか」
「自宅にあったものなの。入手先は分からないわ」
「ほう、そうなのか。それは実に残念だね」
見張らしの良い場所に座り込み、辺りを警戒しつつ軽く休憩中。
最初の出会いから、なんだかんだとパーティを組むようになっているが、素っ気なさのあったカカリアも最近は雑談に応じる程度には打ち解けていた。
「ケイレブは武器に興味があるの?」
「もちろんだとも。剣が一番好きだけどね、武器全般が好きだ。いつか自分の家を手に入れたら、その一部屋に集めた武器を飾ることが将来の夢かな」
「将来の夢ね……うらやましいわね」
「うん? どうかしたのかな」
「何でもないわ」
カカリアは微妙に気落ちした様子で、物憂げに小さな息を吐く。
それに気づいたケイレブではあるが、事情を聞くべきか躊躇した。家庭の事情や人に言えない悩みには容易には踏み込めやしない。
だがしかし――こういう時だけ察しのよい熱血馬鹿のお人好しがいた。
「カカリア、何か困っているのか? よければ話を聞こうじゃないか」
両手両足を伸ばし思いっきり寛いでいたトレストが、勢いよく起き上がった。
「俺たちは仲間だ。共に苦労した仲間ならば助け合って当然。さあ困っている事があるなら相談してくれ。金以外であれば助けになれるはずだ!」
「気持ちだけ、ありがたく受け取っておくわ。ありがとう」
「うむ、そうか! まだ何もしていないのだ、礼なんて言う必要はないぞ」
「それはどうも」
カカリアは再び小さな息を吐くが、先程に比べ呆れが強く混じっていた。それに気づかぬトレストときたら、まるで無意味に喜ぶ大型犬のようにご機嫌だ。
呆れたケイレブは軽く咳払いをした。
「あー、このバカときたら……そうだ、青空市場で面白いものを手に入れたのだよ。これは実に良いものだ」
「ケイレブよ、また変なものを買ったのか。無駄遣いは止めろと言ったはずだが」
「変なものとは失礼だな。これを見てくれ」
ウキウキと背嚢から取り出したものは、木彫りのヒヨコで赤く塗装されていた。雑な彫りであるし、赤も毒々しい。
「なんだそれは?」
「聞いて驚け。これは素早さが成長するアイテムらしい。君らの分もあればよかったが、最後の一だったからね。申し訳ない」
「そんなものより、ポーションでも買っておくべきだ」
「この良さが分からないとはね。君は実に残念な男だよ」
「残念なのはお前の頭だ」
「なんたる侮辱」
言い合うトレストとケイレブだが、これはいつもの事だ。
この仲の良い子供がやるような言い合いは、探索に出ると少なくとも一度はやるのでカカリアも慣れたものである。
「呆れた二人ね。そこまでにしなさい、そろそろ行きましょう」
カカリアは三節棍を手に立ち上がる。その表情は楽しげに苦笑しており、物憂げな様子は少しもなかった。すたすた歩き出せば、男二人は慌ててそれを追いかける。
◆◆◆
「行くぞ!」
トレストは声も高らかに剣を掲げ突撃。
デスピネに対し、真っ直ぐに突っ込むほど愚かではない。弧を描くようにして向かっていく。幸いにもケイレブとカカリアの攻撃に気を取られ、その動きは気づかれていない。
「っりゃあああっ!」
気合いと共に重厚な剣を振り下ろす。
重い手応え、それが消える。緑色の体液がまき散らされ、節のある脚の一つが半ばから断ち斬られた。苦痛の叫びをあげ、その場で回転するように動くデスピネ。
トレストは跳ね飛ばされた。
ダメージを受けるが、そこまで酷くはない。なにせデスピネの脚の大半は、同じように斬ってある。こうした大物は動きを削ぐ事が先決という判断だ。
ケイレブが動きを止めたデスピネの隙をつき、その背によじ登る。
「おおおりゃああああっ!」
逆手に握った剣を突き立てる。
辺り構わず、とにかくやたらめったらに刺していく。ケイレブ自身も、それまでの戦いによってダメージを受け満身創痍に近い状態だ。これが最後のチャンスと、最後の力を振り絞っている。
デスピネが暴れ身を捩らせれば、ケイレブは突き立てた剣にしがみつきこらえる。
その最中に脚の大半を失っているデスピネは体勢を崩し、大きく身体を傾け転倒してしまった。ケイレブは振り落とされ、叩きつけられた地面の上を何度も転がる。後は倒れ伏し呻き動けない。
まだデスピネは起き上がろうとするが、そこにカカリアが襲いかかった。
「これで終わり!」
振り回される三節棍の連撃を頭部に次々に受け、デスピネは動かなくなり、やがて消えていく。三人それぞれが連携し、なんとか掴んだ勝利であった。
デスピネの姿が消え去ると、戦いの場であった広場が広々とした空間に見えた。
「やった……」
激しい息を繰り返しカカリアは達成感を味わっていたが、その眼前に忽然と鍵が現れた。落ちる前に素早くつかみ取ったのは殆ど反射的な動きだ。
「なるほど、これが転送魔方陣に続く扉の鍵ね……ところで、大丈夫?」
カカリアは仲間を振り返った。
そこではトレストがケイレブを引き起こしているところだ。
「俺の方は問題ない」
「僕は、大丈夫だ……この程度、何と言う事もないさ」
二人して肩を貸しあい、ふらつきながら近寄ってくる。見た限り大丈夫そうではなく、強がりを言っている雰囲気だ。
「少し休みましょうか?」
「それには及ばない。俺としてはアルストルに戻り、ゆっくりと身体を休めた方が良いと思うのだ」
「確かにそれはそうね。さすがにデスピネが復活するなんて、ないと思うけど……そんな事はないわよね」
「どうだろうな、なんとも言えん。早いところ転送魔方陣で脱出……むっ、カカリアよ怪我をしているな」
「あらっ? いつの間に。かすり傷よ、問題ないわ」
「そうはいかない!」
カカリアの傷は二の腕に受けたもので、血は出ているが本当に大した事がない。しかしトレストは顔色を変えると、覚束ない手つきでポーションを取り出した。もちろんその過程で、ケイレブを支えていた手は放されている。
哀れにも倒れ伏した仲間の姿に、カカリアは気の毒そうな顔をした。
「ちょっと! 大丈夫!?」
「問題ない。こいつは大丈夫と言ったのだから大丈夫なのだ」
「そうでなくて、今倒れた事なのだけど」
「大丈夫だ、多分」
トレストは微妙に言葉を濁した。そしてポーションを開封すると差し出してくるのだが、一体誰が重傷者を前にそれを使えるのであろうか。
カカリアは心底呆れてしまった。
「それはケイレブに使うべきでしょ」
「女性に傷を残すなどとんでもない。こいつも普段から、そう言っている」
「あのね、それはもっと重傷の話でしょ――」
「遠慮をする必要などない」
言ってトレストはカカリアにポーションを振りかけた。
だがしかし疲れて手元が覚束ない。液体のそれは傷口に少しかかったが、大半は服の上へと流れてしまう。水を吸った生地は身体に張り付き、カカリアの胸の形がくっきりと浮かび上がった。
「おっと、すまん――ぐぁ!」
カカリアは反射的に動き両の拳を突き出した。
元々は三節棍ではなく素手で戦っていたぐらいである。腹と顔に打撃を受けたトレストは、鼻血を出しひっくり返った。幸いにもクッションの上に倒れるが、そのクッションとなった側は痙攣している。
「ここで休憩! 二人ともしばらく寝てなさい!」
背を向けたカカリアは勢いよく歩き、頬を紅潮させ両手で胸を押さえている。背嚢からタオルを取り出すと、上から叩くようにして水気を取りだした。
一方で男二人は地面の上で動かず重なり合ったままであった。
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