第71話 激闘クィークキング?

 壮年の騎士が蹌踉めきながら身を引き、辛うじて棍棒の一撃を躱すものの、それは即座に横殴りに顔面を襲った。悲鳴すらないまま、その騎士は倒れ動かなくなる。

「ああっ、主様……!」

 悲痛な声をあげた従士は、手槍を構えハイクィークに立ち向かった。忠誠心もあるだろうが、家族の為にも主人の仇を討つか共に死なねばならぬ現実もある。しかし、へっぴり腰に目を瞑っての攻撃は逞しい腕に掴まれ阻止された。

 手槍は強引に取り上げられ、元の持ち主である従士の身体を貫く形で返された。

 絶叫があがる中を、騎士二人が横から斬りかかる。近くの家屋の中を抜け不意をついたが、近くにいたクィークが叫びをあげ台無しとなってしまう。気付いたハイクィークは向き直る勢いのまま棍棒を振るった。

 騎士の二人はクィークもろとも棍棒の一撃を受け、吹っ飛ばされ家屋の壁に激突。それを破壊し内部に突っ込み姿を消した。後は出てくる気配はない。

「こっちに来るぞぉ!」

 咆吼するハイクィークの突進に、騎士たちが叫びをあげ仲間に警戒を促す。

 その中で振り向いた若手騎士が思わず動揺し、足を滑らせ尻餅をついてしまう。そこへ巨体が突進し腹部を踏みつければ、口から血が噴きだす。金属鎧がありえないまでに窪み、変形した内部で身体がどうなったかは想像するまでもない。

「これ以上は好きにさせません!」

 ナニアが怒りの声をあげ、ハイクィークに斬りつける。

 その一撃は確かに命中しダメージを与えた。だが強靱な肉体の前に深傷とまではいかない。逆に大きく薙ぎ払われた腕を受け、民家の壁に叩き付けられ苦痛の声をあげた。相手が女という事で手加減されたのだろうが、もちろんそれは優しさからではない。自分たちの繁殖のためでしかないはずだ。


 不気味顔を歪めるハイクィークがナニアに迫ろうとしたとき、戦槌を振りかぶったイクシマが突撃し割って入った。渾身の力で思いっきり振り下ろす。

「させるかあああっ!」

 流石に凄まじい勢いの一撃に、ハイクィークは予想外の敏捷さをみせ飛び退く。イクシマは休む間を与えず戦槌を大振りに追いすがった。

「火神の加護ファイアアロー! ナニア様大丈夫!?」

 ノエルは魔法を使い、イクシマを援護しながらナニアに駆け寄る。

「なんと……か……」

「それさ、大丈夫じゃないよね。ほらポーションを飲んで!」

 ノエルは高貴な女性の口に、無理矢理ポーションを突っ込み飲ませてしまう。激しく咳き込むナニアは癒やされたが、まだ満足に動く事は出来ない。

 勢いにのって追撃するイクシマであったが、しかし直ぐに立場は逆転した。ハイクィークが周りのクィークを盾に使いだしたのだ。そうなると、盾にされたくないクィークは必死となってイクシマへと押し寄せてくる。

「こやつ厄介なんじゃって! ノエルよナニア殿を連れて後退せよ!」

「ちょっと無理かも!」

 次々迫るクィークに斬りつけ、倒し追い払いながらノエルは叫んだ。

 他の騎士もクィークとハイクィークから同時に襲われ、次々と追い詰められ死なないまでも動けないほどの状態となっていく。まだ幸いであるのは、クィークキングが腕組みをしたまま余裕を見せ動かない事だけだ。

「いけませんね、ここは私が囮になりましょう。ノエル、あなたはここを脱して別班に合流しなさい。アルストルまで行って救援を呼びなさい」

「そうなんじゃって! ノエルよ行けい!」

 ナニアとイクシマの声を受けノエルは震えた。

 もしそうすれば、残った者はどうなってしまうのか。ノエルの脳裏に以前クィークに捕まり、襲われかけた時の出来事が去来した。恐ろしい恐怖と絶望、それを仲間に遭わせたくなどない。

「大丈夫!」

 ノエルは強く叫びクィークの一匹を小剣で斬り捨てた。

「だって、きっと来てくれるからさ! アヴェラ君が来てくれるまで、私頑張るんだから!!」

 決意したノエルの雰囲気が変わり、それはまるでトランス状態のようだ。


 天を指すよう小剣を掲げるなり――背にしていた建物が爆発した。

 内部で舞い上がっていた小麦粉の濃度が上昇し、そこに火がつき粉塵爆発を生じたのだ。まるで噴火するように炎を噴き上げ、辺りに火の付いた木片や石が勢いよく飛び散った。

 だが、その一つとしてノエルには当たらない。

 それどころか、舞い落ちる無数の火の粉ですら触れる事がない。

 一方でクィークは衝撃で吹き飛ばされ、降り注いだ木片の餌食となる。ハイクィークにも顔と言わず身体と言わず食い込み、納屋にあった農具フォークや鎌までもが突き刺さる状態だ。

 かなりの大ダメージにも関わらず、ハイクィークは怒りの咆吼をあげ動こうとした瞬間、傍らにあった建物が突如として崩壊。石を積み上げた壁が勢いよく倒れ、さらには木材で組まれた屋根まで降ってくる。

 巨体は一瞬で潰された。

「ナニア殿、大丈夫なんか!?」

「な、何が起きているのですか……」

「あー、まあ何じゃな。とりあえず助かりそうって事かのう」

 イクシマは周囲を警戒しつつナニアを担ぎ安全な場所まで運びだした。

 落ちてきた木っ端がノエルの後頭部にコツンと当たる。思わず前のめりになった瞬間、その頭上をハイクィークの豪腕が振り抜かれた。体勢を整えようとしたノエルは足を滑らせ前のめりに転んでしまう。それまで居た場所を唸りをあげる蹴りが通過していく。

 ノエルがバランスを取ろうと振り回した腕の小剣の先が、今まさに蹴りを放ちバランスを取ろうとしたハイクィークの腹を絶妙なタイミングで刺した。予想外の反撃にハイクィークはもんどり打って転倒。背中から倒れ込んだ地面には木杭が存在し、その腹を貫通した。

 瞬く間にハイクィークの二匹が死に、残り二匹。そしてクィークキングとなるのだが……ノエルは見るからに追い詰められていく。

「むぅ最近は不運な目に遭っとらんかったでな、もう終わったんか。ええい待っておれ、残りはこの我がなんとか!」

 イクシマは戦鎚を構え走り出そうとしたときであった。

 村の外から飛び込んできた何者かがハイクィークの傍らを駆け抜ける。その緑の巨体が傾ぐように倒れるのは、片足を斬り跳ばされたせいだ。

 恐ろしい斬れ味の剣だが、さらに恐ろしい事は斬られたハイクィークがまるで何かに蝕まれるように苦悶の叫びをあげる声だろう。緑色した肌が、見る間にどす黒く染まっていく。それは、まるで呪われているかのようだ。

「お主ー、遅い遅いぞ! まったく一番良いところを持って行きおる」

「来てくれた!」

 ぱっとイクシマとノエルの顔が輝き、そしてナニアは戸惑った。

「あれはエイフス家の……なんて強さ」

「どうじゃ、あやつは! ほんに良い男じゃろって!」

 アヴェラは呪われたヤスツナソードを構え、最後に残ったハイクィークに斬りかかる。虚仮威しの動きや、派手な剣舞の動きもない。鋭く振られた剣身は巨体の右脇腹を半ばまで裂いてしまう。臓物が零れ出ると同時にハイクィークは斜めに傾ぎ倒れ伏した。


「間一髪だったか」

「もうっ格好良すぎるんだから」

「そ、そうか? とにかくまだ敵がいる」

 応えながらアヴェラは剣を構えつつ、片手でノエルを下がらせた。

 クィークキングが動きだしていたのだ。

 他より二回りも大きく筋骨逞しい姿に丸太のように大きな棍棒。覇者の風格、王者の佇まいとでも言うべきか、ゆったり一歩ずつを踏み締めやって来る。残ったクィークたちが集い、付き従う光景はまさに王の進撃だ。

 皆が怯みをみせる中で、アヴェラだけはそれに応じ剣を構え対峙する。

 そのとき――空がかげった。

「ん?」

 突如として轟音と震動が響く。

 だが何が起きたのか理解出来たものは居なかった。アヴェラは強い風圧を感じ思わず腕で顔をかばい、改めて剣を構えようとすると……クィークキングの居た場所に巨大な塊があった。

 その塊には鱗とか尾ビレのようなものが生えており、何となく魚の残骸に思える。

 何故そんなものがそこにあるのか。クィークキングはどこに行ったのか。さっぱり分からない。

「は? なにが?」

 アヴェラが戸惑いの声をあげ巨大魚の残骸を眺めやった。

 どこからか、力強いバサバサとした羽音が聞こえてくる。やがて辺りに突風のような風が吹き荒れ、それが燃え残っていた炎をかき消してしまう。だが、そんな風の中で人々は呆然としながら、上空から降りてくる巨大な存在を見やっていた。

 大きく広げられゆったり羽ばたく翼。

 長い首の頭から全身まで覆う赤黒さを帯びた甲殻。

 地面へと触れる長くしなやかな尾。

 地響きと共に着地するそれこそは、伝説の中でしか語られない存在であった。

「ド、ドラゴン!? もう村は終わりだぁ!」

「ひいいいいっ!」

 伝説的な存在に村人たちは思った――村は消滅するのだと。クィークの襲撃、建物の大爆発、謎の落下物、そしてその全てを越える畏怖する巨大なドラゴン。

 現実許容の限界を超えた村人たちは、次々卒倒していった。

「何てことですかっ! ドラゴンだなんて! 天はどこまでも試練を与えるのですか! しかし私は、私はっ! たとえ死すとしても、前を向き誇りを抱いて死んでみせます!」

 恐怖に身を震わせ、それでもナニアは気丈にも歯を食い縛り剣を構えている。

 だが、そんな反応とは対象的に……アヴェラたちは安堵の息を吐いた。しかも武器を降ろし、気まずそうな顔でナニアを見やっている。

 なんとなく見覚えのあるドラゴンだったのだ。

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