第70話 クィークホイホイ

 遠征隊が待機する端、街道の付近で何やら人の叫びが起こった。

 イクシマの鋭い聴覚は少し前から軽く騒ぐ声を捉えていたのだが、ナニアを護衛する最中のため動かないでいた。しかし今の叫びは流石に大きく、ナニアにも聞こえたらしい。

「今の声はなんでしょう? 確認してきてくれますか」

「畏まりました、直ぐに見てきます」

 同じく護衛として控えていたノエルは肯くと、即座に駆けだした。

 イクシマから見てノエルは好ましい。背も高く手足も長くスラリとして、女性らしい凹凸も際立っている。後ろで束ねた黒髪を揺らし走る姿に、遠征隊の男共が視線を向けるのも無理なからぬものだと思うのだ。

 気を抜かず周囲に目を配っていると、護衛対象のナニアが小さく息を吐いた。

「行方不明が出てしまったりと、急に問題発生ばかりです。困ってしまいました」

「アヴェラが言うておったクィーク。あの関係やもしれませんな」

「恐らくは、そうでしょうね。彼の言葉を信じず申し訳ない事をしました……今となっては、ただの言い訳にしかなりませんが」

「なんの、あやつは気にしておらんですぞ。ナニア殿は既に理解されておるが、立場があって動けんだけとな」

 イクシマが告げるとナニアは少し不思議そうに視線を向けてきた。

「アヴェラ・ゲ・エイフス……彼は何者です?」

「それを知りたいがため、参陣の依頼を二日前にされたか?」

「彼にもバレバレでした?」

 指摘されたナニアは悪戯のばれた子供のように、バツの悪い顔をした。

「直接は聞いとりませぬが、あやつの事じゃで気付いておりますな。だもんで従卒なんて、他のぼんくら共に妬まれる事まで引き受けたに違いありませぬ」

「なるほど……ところで、普通に話して頂いて構いませんよ。ディードリ氏族の姫ならば誰も文句は言わないでしょうから」

「変じゃったか?」

「言い回しが古めかしいです」

「ふむ、気を付けておったが。どうにもいかん」

 イクシマはニッと笑った。

 それに応えるナニアも似たような顔をする。案外とお茶目らしい。


「実を言いますと、貴族の間で彼はエイフス家の呪い子……ああ、睨まないで下さい。彼をそう呼ぶ者がいるという意味ですから。そう、呪い子と呼ばれ災厄をもたらすと囁かれています。しかし、私にはそうは思えません。確かに加護は、災厄の神かもしれませんが……」

「加護が全てを決めるわけでもあるまいて」

「そうですよね。今回の街道整備の案も彼が出したそうですが、実に面白いですよね。それにほら、これも彼の発案なのだとか」

 行ってナニアは自分の胸を下から持ち上げるような仕草をしてみせた。どうやら彼女もスポーツブラの愛用者になったらしい。

「知っておられたか。うむ、そのお陰で我は特注のなんじゃぞ。市販品よりものっそいんじゃって」

「それは羨ましいですね。私も是非、その特注をお願いしたいところです」

「今度紹介しようぞ」

「絶対にですよ」

 ナニアは念押しすると、軽く咳払いをして話を戻した。

「コンラッド商会の会頭とも懇意、その紹介とはいえドワーフ鍛冶のシュタル殿にも気に入られている。知ってますか、あの方はドワーフ鍛冶の嫡流ですよ」

 イクシマは目を見開いた。

 腕が良いとは思っていたが、ほぼ最高峰の鍛冶師とまでは思っていなかったのだ。思わず自分の持つ戦槌を見つめてしまう

「な、なぬ……あいつそんな、ものっそいやつじゃったんか……」

「さらに上位冒険者のケイレブ氏に見込まれ、聖堂のアンドン司祭にも一目置かれている。果たして災厄の神の加護だけが原因でしょうか?」

「加護の事なんぞ知らん。あいつは仲間想いで勇敢、まあ少し意地の悪い時はあるが、我にとっては最っ高に良い奴なんじゃって」

「そういう仲間がいるの羨ましいですね。私なんてギルドを設立しても、利権狙いばかりが寄ってきましたよ」

「むっ、そうじゃった。そんならギルド――」

 イクシマが話題を振ろうとしたとき、ノエルが慌てた様子で手を振り戻って来た。

「大変だよ! 向こうの村がモンスターに襲われてるんだってさ」

「なんですって!? 直ぐに行きます!」

「こっちだよ、急いで」

 駆け戻ってきたノエルは即座に踵を返し、また駆け出しナニアを先導しだす。慌てているせいか、すっかり口調が普段のとおりに戻っている。イクシマは苦笑しながら後を追った。

 途中、待機する遠征隊の者たちは其処此処に人だかりをつくっていた。行方不明の件と合わせ、作業員や監督の下級役人などは不安なのだろう。彼らは騎士や冒険者とは違い、必ずしも戦いの術を身につけているわけではないのだから。

 イクシマは自分の為すべき事を考えた。

 傷を負ったらしい男が介抱されている様子が見え、騎士たちの殆どがそこに集まり様子を窺っている。そして他の者たちの意識も同じく、そこに集中していた。

「全く、なっとらんのう」

 呆れ交じり小さく呟くと、イクシマは戦鎚を杖代わりに立って警戒にあたる。そして皆が見ていない場所へと、左右に視線を振り向けだした。だから街道の向こうから、さらに何人もが必死に走ってくる様子に直ぐ気付く。

「あちらを見よ! まだ来よるぞ。早う助けてやった方がよい!」

 イクシマが声を張りあげると、ようやく他の者もそれに気付き駆け寄って行った。


◆◆◆


「ここですね」

「は、はい。どうか村をお救い下さい、お願いします」

 ナニアの言葉に、薄汚れた服の男は怯えた様子で拝むように手を合わせた。

 助けた人々に事情を聞けば、遠征隊が待機していた場所から少し先に集落があり、そこがモンスターの襲撃を受けているといった内容だった。それを聞いたナニアは即座に決断、行方不明者捜索の者たちが戻るのを待たず、非戦闘員に僅かな護衛を残し救援に駆けつけたところだ。

「民を救うのも騎士の務め。ここまでの案内、ご苦労でした。後は任せ、先程の場所までお戻りなさいな」

「お願いします、お願いします」

 頭を下げた男は疲れた身体を引きずるように、元来た道を戻りだした。

 ナニアは森に近い集落を見やった。

 森や平原から得られた資材をアルストルという大都市に供給する事で生計を得ている村だ。やや傾斜のある平地に、レンガや石造りの家が何軒も並び畑があって牛が飼われ、周りに木柵と石垣があり、百人ほどが暮らしているという。

 しかし今は、明らかに普通ではない煙が立ち上り辺り、尋常でない叫びが響く。

「行きましょう」

 ナニアの指示で騎士たちが声を抑え集落に進みだすと、石垣の陰からミニクィークが飛びだした。そのモンスターが驚き戸惑う隙に、手練れの騎士と従士が剣を取って即座に斬り捨てた。

 それを見た他の者が集落へ向かう足を速めたのは、功を焦るからだろう。

「落ち着きなさい! 固まって離れないようにしなさい!」

 後ろからナニアが指示し引き留め、自らが中心となって集落の中心を目指す。

 指揮する者が後方にいるのは、必ずしも自分の身を護る為ではなく、全体を見渡し統括するためでもあるのだ。

 叫びの聞こえる方へと家屋の間の道を突き抜け、開けた場所に出た。

 そこでは大量のクィークに今まさに追い詰められた村人たちの姿があった。村の男や兵士が懸命に武器を振り回し、防御施設となる小聖堂を背に戦っている。

 救援に駆け付けた遠征隊だが、加勢しようとした足が思わず止まった。

 クィークたちの中に、二回りは大きな存在に気付いたためだ。


「あれは……ハイクィークにクィークキング!?」

 それはクィークの上位種族になり、厄介さは格段に上昇する。言わばクィークを村人とすれば、ハイクィークは腕の立つ騎士に匹敵する。そしてクィークキングともなれば、さらなる強さがあると言われる。

 一瞬怯みかける遠征隊からナニアが跳びだし、剣で指し示しながら叫びをあげる。

「怯むな! 今こそ武勲の立て時。人々を救いし英雄となりなさい!」

 奮い立った遠征隊が突撃。

 乱戦が始まった。

 頑丈な鎧を纏った騎士がクィークの群れに飛び込み、力強く大剣を振るう。蹴散らされたクィークへと、元冒険者の従士たちが剣を振るい確実に仕留めていく。その姿に励まされ、戦闘経験の浅い若手騎士も甲高い声をあげ剣を振りかざし、お付きの従士からアシストを受けつつ戦いだす。

 ナニアは細剣を突きだし、自分を狙って向かって来たクィークの胸を貫いた。さらに軽い身のこなしで剣を振るい、向かってくるクィークの頸部に斬りつける。

 その動きは、さすがに草原まで単独で到達しただけあって見事なものだ。

「流石に餌が揃っていますと、まとまって来ますね」

「餌って、私たちですか!? ううっ、もうクィークは嫌いなのに!」

「あなたもしかして……」

「違います! 勘違いしないでください!」

 叫びながらノエルは小剣を振るい、両手を広げ抱きつこうとしたクィークを躱し薙ぎ払った。何やら集中的に狙われているのは不運の加護ばかりではない。

「そうなんじゃって。ノエルはクィークから逃げて、災厄の神の元に飛び込んだってわけじゃ。もちろん、この我も似たようなもんじゃがな」

 少し離れイクシマが戦槌を振るう。唸りをあげる先端は数匹をまとめて打ち倒し、今度は柄の先で突いて打ち倒す。

 見目麗しい三人が揃った姿は味方を鼓舞する。

 敵がクィークなだけに三人を狙って次々と向かって来るのだが、その全てを駆逐していった。その様子に追い詰められていた村人たちが歓声をあげ――しかし、ハイクィークたちの謳うような咆吼によってかき消された。

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