第69話 いつだってトラブル
結論から言えば、アヴェラの報告は殆どの者に信じて貰えなかった。
この遠征隊はナニアを名目上のトップとしつつ、残りは貴族や騎士の寄り合い所帯。そうなると、後は各自の地位が発言力となる。
その中で正七位の家系というものは、ほぼ最下位だ。
しかもここでナニアの従卒に抜擢された事が災いした。
全く取り合っても貰えず、あまつさえ手柄を捏造しようとしているとさえ疑われ、あげくには遠征隊の士気を下げるとして叱責までされてしまった。
ナニアも検討すると言った程度で、特に何の動きも取らないでいる。
「このままじゃとマズかろうて。どうすんじゃ?」
新たな植樹を見ていたアヴェラの隣でイクシマは尋ねた。
その声は不安そうで、流石にクィークが出たと聞いては平静では居られないらしい。なにせクィークは繁殖に他の種族の女性を使うのだから。
「どうもしない」
「はっ? 何を言っとるんじゃって」
「報告はあげた、そして判断はされた。これ以上はどうしようもない」
「お主なー! 諦めが良すぎじゃろって、もっと熱くなれよー! ここは熱く語って皆を説得するとこじゃろがー!」
イクシマが咆えたせいで、周りの作業が止まってしまう。作業をしていた者たちのみならず、監督していた園丁や下級職人も振り向いている。
そちらに軽く手を振り気にしないよう仕草で示しアヴェラは続けた。
「信じてくれない相手を説得するほど無駄なことはない。お前だって、そんな経験あるだろ?」
「むっ……それはまあ……あるのじゃが」
イクシマも死の神の加護持ちとして、エルフの里では疎外されて育った。だからどれだけ言葉を尽くそうと聞き入れて貰えない事があると知っている。バツ悪そうに項垂れてしまう。
「そうするとじゃ、これはもうナニア殿を説得するしかないって事かのう」
「やるだけ無意味だな」
アヴェラはあっさりと言った。
「あの人は既に理解してくれている。でも立場があって動けない、そういう事だ」
人の上に立つとなれば、おいそれと動けない。確証がないままトップが即座に反応しては集団というものは滅茶苦茶になってしまう。もちろん時には即断即決で動かねばならない時もあるだろうが、今はそれに足る根拠がない。
分かっていても動けないという事だ。
「ところで……何やってんだ?」
アヴェラは傍らに視線を向けた。
そこでノエルが頭を抱えしゃがみ込んでいる。
「うっ、クィーク! 嫌な思い出が刺激されてしまう」
「ノエルよ、お主……いやよい、もう大丈夫じゃって。過去を気にするでない、我はいつでもお主の味方なんじゃぞ」
なにやら早合点したイクシマの様子に、ノエルは即座に立ち上がった。自分が誤解されているだろうと気づき、それを解くため必死に反論する。
「違うから、何もされてないから!」
「むっ、そうなんか」
「そうなんだから、ちゃんと間一髪逃げたんだから! それでアヴェラ君に助けて貰ったんだから、うん」
とはいえ、結局はヤトノの策略にかかり別の魔の手にかかったのだが。
「アヴェラ君からも言ってね」
「えっ? あっ、ああ確かにそうだ。なにも問題ない」
顔を真っ赤にしたアヴェラの言葉はまるで何かを隠しているかのようで、少しも説得力がない。不満を抱いたノエルに背をポカスカ叩かれてしまうぐらいだ。しかも運悪く良い角度で一撃が入りアヴェラは悶えた。
ノエルの加護は周りに不幸を及ぼす作用もある。
「しかたないのう、ここは我らが警戒しておこう」
「うん、そうだよね。私たちだけでも警戒しておけばさ、少しは違うよね」
「我らがしっかりせねばな」
少女二人は互いにうなずき合い決意をしたが、横で呻くアヴェラには一瞥もしていない。
◆◆◆
最後の植樹を終えた時点で事件が起きた。
辺りは丘陵に岩場が交じり、少しばかり険しい地形となっている。その岩場の様子を見に行った若い騎士と従士が戻って来なかったのだ。
即座に捜索が命じられたのは、やはりアヴェラの報告の件があったからだろう。
「そこらで休んでおったら、どうしてくれようか」
捜索班の先頭に立つ壮年の騎士がぼやいた。
丘陵の斜面に岩肌が露出し、斜面の崩れ細かな石や砂が散っている。細枝を伸ばす枯れた低木が点在、幾つかの岩が転がり中には馬ほどの大きさの岩もあった。姿を隠し潜むには最適な場所だ。
隣に並ぶアヴェラは地面の汚れに気付き、そこに屈み込む。
「これは……血のようですね?」
血と共に固まりかけた砂を指先で潰し、ノエルとイクシマを連れて来なかった事は正解だと考えた。あの二人を危険な目に遭わせたくはない。
「量が少ない。ここで襲われ、別の場所に運ばれた?」
「どうやらそのようであるな。エイフス家の者よ、嫌な気配がする気を付けよ……」
壮年の騎士はそっと剣の柄と鞘に手を掛けた。いつでも抜ける体勢ではなく、もう抜いて構えるつもりだったのだろう。しかし、そのとき――。
鋭く空を裂き、飛来した矢が騎士を襲った。
やはり何者かが潜んでいたのだ。
警戒はしていたものの、いきなりとは思わなかったのだろう。まともに当たった騎士は短い悲鳴をあげ、横転しながらぶっ倒れた。地面の上で弱々しく痙攣し呻きをあげている。これは運が悪かったとしか言い様がない。矢による狙撃などそうは当たらず、まして鎧の隙間から急所に当たるなどかなりの不運だ。
さらに二条三条と襲いかかって来るが、アヴェラは倒れた騎士を庇いつつ装甲のある左肩を突き出し防御態勢を取った。後ろでは他の同行者が悲鳴をあげたようだが、これは別に矢が命中したわけではなさそうだ。なんにせよ、それで正体不明の敵の注意はそちらに向いたはず。
アヴェラは瞬時に立ち上がり全力で前へと出た。
矢が放たれたと見当を付けた岩場に突進すれば、そこから弓矢を投げ捨て飛び出すクィークの姿があった。緑の体色に薄汚れたサイズの合わない布の服――恐らく過去の犠牲者のものだろう――を着たモンスターは、金属を擦るような耳障りな声をあげ逃げだした。
「逃がすか!」
追いついたアヴェラは気合いと共に、抜き放っていた剣で一匹の背中を斬り払う。嫌な悲鳴をあげ転倒した相手は無視し、次の一匹に追いすがり腰筋を叩くように一撃。噴出した緑の血を避け、最後の一匹を睨み付ける。
逃げ切れないと気付いたクィークは錆びの浮いた剣を抜いた。
鈍い動きに、構えも握りもまるでなっていない。アヴェラの軽い薙ぎ払いを受けただけで、錆びた剣を落としてしまう。目を見開き硬直したクィークに剣を翻し、鋭い刃で斬りつけた。
三匹を瞬く間に倒した後も油断せず辺りに気を配る。
僅かな変化僅かな物音すら逃さぬよう心を研ぎ澄ませるが、とりあえず何も無い。
アヴェラは血振りのため片手握りしたヤスツナソードを左に振り上げ、思い切り右に振り下ろしピタリと止める。それでクィークの緑血は粗方振り払われた。
「そちらはどうです?」
抜き身の剣を引っ提げたまま元の位置まで戻ると、矢を受けた騎士は重傷だが生きていた。冒険者あがりの従士に治療の心得があったらしく、上手く矢を抜き即座にポーションをぶっかけたらしい。だが、息苦しそうに喘ぐ様子に手をこまねいている。
傍らに膝を突いたアヴェラは即座に状況を判断した。
「これは……喉に血が残ってますね」
ポーションで傷は回復したが、喉に溜まった血が異物として喉を塞いだらしい。
「このままでは窒息します。何とかしますので、この方を立たせて下さい、それから他の人は周りの警戒を!」
剣を収め指示すると、騎士たちが我に返って動きだす。
そして従士が壮年の騎士を何とか立たせると、その背後に回り両手を腹に回し突き上げるように何度も圧迫する。それは前世の職場講習で学んだ救急救命の措置だったが、ほとんどうろ覚えだがやるしかなかった。
激しく咳き込んだ壮年の騎士が血の塊を吐き出す。
その様子に、従士は涙を流さんばかりに喜んでいる。自分の主人に万一があれば職を失い家族が路頭に迷ったのだから当然というものだ。
アヴェラは緊張から来る汗を拭う。
「よし、とりあえずこれで大丈夫。落ち着いたら、もう一度ポーションを」
その従士に自分のポーションを渡してやり、アヴェラは先程倒したクィークの元へ向かった。そこでは、先程クィークが隠れていた場所に若手騎士とその従士の死体も発見されていた。
「殺されていましたか……」
「すまない、君の報告を素直に受け取っていれば良かった」
「仕方ありませんよ。証拠もない状況で信じる方が難しかったです。それに、もっと言葉を尽くして説明すべきでした」
しおらしくアヴェラは言ってみせるが、もちろん心にもない事だ。ノエルやイクシマが聞いたら耳を疑ったに違いない。
「そうだ、それより急いで遠征隊と合流しませんと」
アヴェラの言葉に誰もが頷き、即座に動きだした。
敵襲に対し仲間を庇い冷静に対処し、さらには死にかけた騎士をも治療したアヴェラの姿を目の当たりにしたのだ。今この場において生き延びるためには、誰に従うべきか全員が理解していた。
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