第67話 遠征隊が進む道
天井から吊り下げられた魔術灯は装飾的な煌めきを放ち、壁には見事なタペストリーが飾られ技巧をこらした装飾が各所に施される。窓は大きく幾枚ものガラスが使われ、カーテンは艶やかな生地。床はモザイクのタイルがあしらわれ複雑な模様を描き出していた。
探索都市アルストルの領主館に相応しい格式を持ったホールだ。
そこに街道整備の遠征に参集した騎士や従士の十数人が集っていた。
アヴェラは辺りを見回す。
戦力となりそうな騎士は数人程度といったところだ。残りは鎧に着られたような若手騎士が何人かいる。それは貴族のお坊ちゃんといったところだろうが、そちらには屈強な護衛が付き従うため戦力としては問題ないだろう。
「はえええっ、こんなん初めてじゃって。ものっそいとこじゃのう」
「ダメだってばイクシマちゃん。静かにしてなきゃさ」
窘めるノエルの目も物珍しげに辺りへと向けられ、二人揃って贅を尽くした世界に驚きを感じているらしい。だが、物珍しいだけで少しも憧れてはいなさそうだ。
「二人とも、もうすぐ式が始まるからな」
「うん、アヴェラ君の真似をすればいいんだよね」
「今回の遠征は小規模だし、率いるのもアルストル大公その人でないから式は簡易的らしい。そんなに難しくないはずだ」
「了解だよ、ちゃんと恥ずかしくないように頑張るからさ」
これから出発式を行うのだが、ホールに集う者たちは特に整列する事もなく派閥的な集まりによって群れている。別にやる気がないのではなく、これが普通なのだ。
館の扉を従僕が開け、アルストル大公家の家令だという男が胸を反らす。
「気を付け!」
鋭く厳しい号令が響き渡った。
待機していた騎士や従士は弾かれたように背筋を伸ばし向き直り、そして颯爽と登場した相手を見て一斉に跪いてみせた。ノエルとイクシマ、または雇われ冒険者の従士は狼狽えながら周りの動きを真似している。
そして二十になったかどうかの女性が姿を現した。
遠目でも艶のある黒髪を見れば上流階級と直ぐ分かる。
身につけた白銀の鎧は上半身は前腕と肩から胸部、下半身は腰周りを保護するようなもので、スカート状の足元は頑丈そうな革のブーツが、ちらりと覗く。実用的だが装飾にも気を配った見事な防具だ。
整った顔立ちに厳しい表情を浮かべ、青い瞳にも鋭さがあった。姿勢良く堂々として、動作はキビキビとして少しの緩みもない。
周囲の恭しげな態度を見るまでもなく、人を従える雰囲気を持つ――または人が従う者だと疑いもしない――彼女こそが領主の娘ナニアだと分かった。
そのナニア令嬢は正面の中央に立つと、居並ぶ一同を見渡した。
「細かい挨拶は抜きにしましょう。これより我らは都市の外に
しっかりと全員の顔を見渡していく。
「それでは出立!」
凛とした声を合図とし、街道整備の遠征隊は都市を出発する。
◆◆◆
「土を運べ、ここに盛れ!」
「休むなっ! 作業遅れてるぞ! 怠けるなっ!」
「植え込み開始、そーっと起こせ。そーっとだ」
街道を進み事前に目印が施されていた位置――都市から凡そが3千歩の位置――で作業が開始されていた。周囲より高く盛り上げた場所を木の柵で補強しつつ、都市から運搬してきた木を植える。
作業をするのは動員された作業員と一部の兵士、それを指示するのは園丁職人と下級役人となる。
その他の騎士や従士は周辺警戒をしつつ待機中だ。
郊外ともなれば都市内部より格段にモンスターの出現率が上昇する。いざとなれば剣を手にとり戦わねばならない。作業をする者とは役割分担が違うのだ。
それでもアヴェラは、他の者が汗を流す中で何もしない事に居心地の悪さを感じていた。
殊に今は食糧などの荷物をノエルとイクシマに持たせているため、なおさら気後れがある。コンラッド商会が大慌てで用意してくれた三人分の食糧を手分けして運ぶつもりで居たが、二人はエイフス家の名代という立場にそんな事はさせられないと頑として譲らなかったのだ。
「旅人の目印となるんか、面白い事を考えたもんじゃのう」
「あとは日射し除けにもなって役立つだろ」
辺りは草原だ。
青空の下、緑草の密集する大地が広がり、黄や白をした小さな花々が風に揺らぐ。そこに街道の筋が延々と続き、緩やかな起伏をした丘の向こうへと消えている。
そんな中に一本の木があれば、よく目立つに違いない。
「確かにそうかもしれんって。お天道様はありがたいが、こうも暑くてはのう……」
イクシマは
空からは太陽の光がさんさんと降り注ぎ、雲一つない空を舞う鳥影があるのみ。風はあるものの、暖められた空気を僅かに動かす程度の勢いしかないのだ。厚手の防具を着込んでいるため、暑くてたまらない。
頼りなげな若手騎士などは、早くも座り込み従卒に鎧を脱がせて貰っていた。単純に暑いからといった理由でサーコートを拒否し、日射しに熱せられた金属鎧でダウンしていれば世話ないだろう。
「あの人たちさ、大丈夫かな? 私としては心配だよ、半分は戦力としてだけど」
「戦力としてなら、お付きが戦力だから問題ないだろ。で、あれはお付きの人が態と痛い目に遭わせただけだろうからな。やっぱり問題ない」
「そうなの? どうして?」
「自分の言う事を聞かないと困るぞって、早めに教え込んだのだろ。もっと後の本当にマズい場所で勝手されるよりは、ずっとマシだ」
「なるほどなるほど、策士って事なんだよね」
「生きる知恵ってものだな」
アヴェラは呟き襟元に手をやった。そこに顔を出したヤトノが白蛇状態の頭を擦りつけてくる。この遠征隊での移動となれば、普段のように少女形態で触れ合えず会話も出来ない。かなり寂しいらしく、指先をカプカプ噛んでくるぐらいだ。
アヴェラは足音に気付き、パーティ内だけで通じる合図をして背筋を伸ばす。
大股気味に堂々とやって来たのはナニア令嬢であった。女性にしては背が高く、足を止めた彼女は真正面からアヴェラを見つめて来る。
「貴方が今回の件を発案した、エイフス家の者ですね」
「はい、父トレストの名代として参加させて頂いております。今回は栄えある遠征への参加をご指名頂き、我が家一同感謝しております」
アヴェラは背筋を伸ばし畏まっておいた。
しかしナニア令嬢は苦笑する。
「出発直前の連絡となったこと、謝罪しましょう」
「お気遣い頂きありがとうございます」
「私も冒険者をしていた時もあります。事前準備の大変さは分かっています」
「幸いにコンラッド商会で用意できましたので問題ありません。コンラッド会頭には、良くして頂いておりますので」
世話になったコンラッド商会の宣伝と、自分が会頭個人と繋がりがある事の両方をアピールしておく。遠征中は何があるか分からず、それであれば少しでも自分の価値を高めておかねばならない。
ナニア令嬢は吸い込まれるように青い瞳で見つめてくる。
「エイフス家の子は、災厄神の加護を得ていると聞きます。それは本当ですか?」
「本当であります」
「成る程。ああ、そこまで畏まらないで下さい。変な意味で聞いたのではありませんし、私はそうした事を気にするつもりはありません」
それは本当らしくナニアは屈託のない笑顔を見せた。次いで傍らに控えるノエルとイクシマに目を向け微笑んだ。
「従士の御二人は女性ですか。冒険者を雇われたのですか?」
「雇ったというより仲間になります。全員今年の検定に合格しまして、普段はパーティを組んで共に活動しています」
「それは頼もしいですね。信用できる仲間との行動が一番ですよ」
屈託無く笑うナニアであったが、そこに付き従う護衛が合図をする。
どうやら、あまり一人にかかずらってはいけないと言いたいらしい。そして実際に、周囲の騎士たちから探るような、そして窺うような視線が向けられているのだ。
単なる楽しい遠征というものではない現実がある。
ナニアは困ったような微苦笑をしてみせた。
「では、遠征中の活躍を期待しておりますよ」
再び堂々とした足取りで歩きだした彼女を見やり、アヴェラは上級貴族は大変そうだと思うと同時に下級騎士で良かったとも思うのであった。
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