第66話 急な連絡は概ね面倒事

「すまんな、こんな時に」

 居間に入るなりトレストは軽く謝った。

 息子のパーティメンバーが集まっての食事を中断させてしまった事への詫びだ。しかし、前世の感覚――仕事優先――のあるアヴェラは別に気にしていなかった。

 表情を見れば、どうやら良くない出来事だったと分かる。

 しかも呼ばれた事からして、どうやら自分にも関わる事らしいとアヴェラは推察していた。

 トレストは椅子に浅く腰掛け、自分の膝に肘を付き顎の下で手を組んだ。

「街道整備にあたってアヴェラの言った案が採用された」

「案? 何か言ってましたか?」

「前に街道整備について話をしただろう、ほら夕食の時に。その時に、土を盛って木を植えてはどうかと言ったではないか」

「ああ、あれ。本当にやる事になったんだ」

 予算をかけず何か対応をしたとアピールが出来ると言った覚えがある。

「上の方はかなり乗り気でな、特に領主様の御令嬢であらせられるナニア様が直々に隊を率いられるそうだ。お前は知らないかもしれないが、ナニア様は――」

「自力で草原まで行った冒険者だと聞きましたよ」

「なんだ知っていたのか」

「今日の今日に知っただけですけどね。なるほど最近装備を整備したって話は、そういう事だったのか」

「かなりのじゃじゃ馬娘。おっと、今の発言は忘れてくれ」

 カカリアの咳払いにトレストは首を竦める。淑女に対する失礼な言葉を息子の前でしないように、といったところなのだろう。

「前置きはそれとして、ビーグスから連絡のあった事についてだ」

 溜息のような息を吐いてトレストは続けた。

「その街道整備隊の出発は明後日になっていた。元々、俺は関係ない話だったのだが、急遽そこに加わり参陣するようにと命令があったらしい」

「明後日って……いきなり過ぎなんじゃ……」

 それは事前に連絡すべき事項だろう。前世で言うならば、定時間際に明日から長期出張に行けと告げるぐらいの酷さだ。


 もっともな意見にトレストも頷いた。

「総責任者であるナニア様が、発案者が参加しないのはおかしいと仰ったらしい」

「本当に冒険者やっていたか疑問だ。貴族のお嬢様は、事前準備とか名も無き苦労を何も知らないのかな?」

「言葉を慎みなさい」

「これはどうも失礼、つい本音が出ました」

 アヴェラがしれっと言うとトレストは苦い顔をしている。しかし、それ以上は何も注意せぬのは内心では同じ気持ちがあるからだろう。

「何にせよ断るわけにもいかん。ナニア様は良かれと思って言われているのであるし、それを断ればナニア様の顔を潰すことになる」

「宮仕えの辛いところですか?」

「だから言葉を慎みなさい。そもそも騎士たる者は急な指示に応えられて当然だ」

「本音は?」

「やってられるかっ、てとこだな。俺は警備隊長としての職務があるので、実際問題として明後日に出ろと言われても調整事がありすぎて難しい」

「あー、そうなると……」

 話の読めてきたアヴェラは天井を振り仰いだ。魔術灯の光は下に向けられており、梁が剥き出しになった天井は薄暗い。

「家長としてアヴェラに命じる。俺の名代として参加するように」

「了解しました」

「おいおい、そんな素直に引き受けていいのか? もう少しこう我が儘を言って反論してくれて良いのだぞ」

「無駄なことは面倒ですから。それに断れば父さんの立場がないですし、いずれは自分に跳ね返ってきて困るだけですからね」

「はぁ……俺が若い頃は何かと親の言う事に反対したものだが。息子の物分かりが良すぎる点は、親として喜ぶべきなのだろうか?」

 悩むトレストに温かい飲物が差し出された。もちろんアヴェラにもだ。

 一度湧かした湯に差し水をして、程よい温度にしたハーブティーだ。もちろん使われているハーブは庭の菜園のもので、ほっとするような香りが漂う。

「うちのアヴェラは、とっても賢くて優しくて親孝行な子ですから」

「もちろん俺もそう思うよ。だけど、息子に我が儘を言って貰いたいじゃないか」

「そうかしら」

「ぶつかり合う親子の意見、それを乗り越えた先にある親子の和解。憧れないか?」

「それもそうね。殴り合いの末にわかりあう絆、素敵かも」

 トレストとカカリアは二人して、うっとり顔をしている。

 前世との年齢を足し込めば年上になるアヴェラは両親を見やり、なんだか可愛い人たちだなぁと思うに留めた。


「それはいいとして、出発は明後日という事ですか。今の時間を考えれば、準備に取りかかれるのは実質明日だけで。何が必要なのか、早いところ決めた方が良くありません?」

「なんだか最近息子が冷たいな。だが、確かにそれもそうだ」

 トレストは肯き、自分の顎を擦りながら思考しだす。

「まずは装備だが……」

「普段の装備でいいですよね」

「そうだな、家紋入りのコートを羽織れば構わないだろう。ああ、足周りだけはいつも以上にしっかりした方がいいな。後でやり方を教えておこう、冒険者としても長距離移動する際に役立つはずだ」

 息子に指導できるとあってトレストは嬉しそうで誇らしげだ。

「次に聖別の護符だな」

「いると思います?」

「……持ってないと、周りがうるさいだろ」

 多数で行動し戦闘行為を行うと、かなりの確率で呪われてしまう。それを避けるために聖別の護符を所持するのだが、アヴェラの場合は加護が加護だ。呪われる側よりは、呪う側に近しい状態にある。

「分かりました。それなら、アンドン司祭にお願いしてきますよ」

「程々にして差し上げるようにな、あの方はかなりご苦労されているのだから。それはともかく食糧は持参で、そうなると少なくとも一週間分か。これは厄介だな、どこか上手く商会に頼むしかないが……」

「それならコンラッド商会に伝手があります」

「ニーソちゃんに頼む気か。あの子はまだ入って日が浅い、いきなり一週間分の食糧を用意して貰うなど、あんまり無理をさせてはマズかろうて」

「いえ、コンラッド会頭に直接頼みに行きますから」

 その言葉にトレストは眉間に皺を寄せた。

「待て待て、あのコンラッド氏なら確かに頼りにはなるがな。だからと言ってな、そう簡単に頼める相手ではないぞ。そもそも会えないだろう」

「もう何度か会ってますし、無理を頼める程度の貸しもありますから」

 などと通常ではありえぬことを平然とのたまうアヴェラに、トレストは頭を抱えてしまう。うちの子凄いと喜ぶカカリアとは対照的だ。

「どうして会頭と。我が息子ながら、どうしてそんな伝手があるんだ……んっ、待てよ……いかん! 俺とした事がうっかりしていた」

 トレストはガバッと身を起こしたかと思うと、額を細かく叩き早口となった。

「そうだよ兵卒だよ。兵卒を用意せねばならない」

「何人ぐらい必要です?」

「正七位に相応しい数だから最低二人だな。うちは寄子よりこも配下もいないからな、警備隊の誰かに頼むしかない。ビーグスとウェージはまだ近くに居るはず、呼び止めて頼むか……いや待てよシフトを考えれば駄目だ。こうなったら、いっそ冒険者に依頼するというのも手だな……腕が立って信頼できる奴を探すしかないな」

 トレストが早口で呟けばカカリアも頷き、両手を軽く合わせ笑顔になった。

「だったらケイレブ君に護衛を、お願いすればいいでしょう。腕も立ちますし信用できますし、うちの子の護衛にはうってつけだわ」

「だがあいつは教官――」

「大丈夫よ、昔の付き合いがあるもの。お願いすれば、やってくれるはずよね」

「だから、あいつも教官で大変な仕事を――」

「昔はいろいろあったもの、それを思い出したら喜んで引き受けてくれるはずよ」

 笑顔の母親を見やり、アヴェラはなんだかケイレブが気の毒になってきた。嫁さんの尻に敷かれ小遣い制で四苦八苦し日々忙しく教官として働きつつ、古い仲間からの無茶ぶりもやってくる。

 これを哀れと思わず、何を哀れと思うべきか。

 しかしその時であった、居間のドアが開けられたのは。

「あのー、すいません」

 ノエルとイクシマがそっと入ってきた。

「冒険者で丁度良い者なのですけど、ここに二人ちょうど良い者がいるかと」

「我らは外部クエストも受けられるし、信用という点なら問題ないと思うんじゃが」

「私たち頑張りますです」

「どうじゃろか?」

 トレストとカカリアは顔を見合わせ、少しして最高の笑顔となった。間違いなくうってつけの相手だと思ったらしい。息子を頼みますなどと言い出した両親と、それに応える少女二人。

 アヴェラに否やはないが、一人蚊帳の外である事だけは少し不満であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る