第64話 家族の団らん

「ところで我の格好なんじゃが。変なとこないか?」

「それ四回目だよね。私が見る限り、問題ないと思うんだけど。ところでさ、私の髪とか子供っぽくないかな?」

「うむ、これは五回目の回答になるがの。特に問題ないのう」

 ノエルとイクシマのコンビは周りに広がる住宅街を眺めた。そろそろ夕食時と言うべき時刻だが、上流階級が暮らす第二区画というせいか、どこも静かに落ち着いた雰囲気が漂っている。

「大したことないと言うておったが、大したことあると思わんか?」

「そうだね、どこもちゃんとした家だよね」

 二人が目的地としているのは、アヴェラの暮らすエイフス家になる。

 どうしても会いたいとアヴェラの両親が言っているとかで、夕食の招きを受け向かっているところだった。何となく緊張するのは、パーティメンバーとして――後はそのた諸々で――評価されるのではないかと考えているためだった。

 なにせ相手は位階持ちの騎士にして、犯罪者を厳しく取り締まる警備隊長。きっと厳格に違いないのだから。


「ここ……かな?」

「通りから三軒目の青い屋根の家と言うておったのう。じゃっどん、どこが貧相なんじゃって」

「聞いてたより、ずっと立派だよね」

 レンガ造りに漆喰が塗られた家は年代を感じるが、しかし小綺麗で手入れが行き届いている。門があって塀があるだけでも驚きだが、ちゃんとした庭があって木が植えられ菜園までもある。しかも、結構に広い。

 気後れしながら玄関前に立ち、ドアと繋がれた呼び鈴を前に――揉めた。

「えーっとさ、どうぞどうぞ」

「むっ、ノエルよお主の方が背が高い」

「大丈夫だよ、イクシマちゃんでも届くからさ」

「あやつとは、お主の方が先じゃろって。我は遠慮深いので序列は守らねばな」

「そういう順番って気にしないって言ったよね。どっちも平等なんだからさ。でもさ、挨拶は私がする約束だったよね。だから、ここはイクシマちゃんが――」

「すまんが、ものっそい緊張しとるんじゃって――」

 どちらが呼び鈴を鳴らすかで揉めてしまう。入りたくないというわけではない。緊張して次の一歩を踏み出す勇気がないだけだった。モンスターを倒すよりも、もっと遙かに緊張しているのだ。

 そして協議の結果、二人で一緒に呼び鈴を鳴らすことになった。

 だが手を伸ばす前にコロンコロンと、落ち着いた音を響かせドアが開く。

「まったく、お二人とも何をしているのですか」

 出て来たのはヤトノであった。

「御兄様がお待ちです。早くお入りなさい、もうすぐ夕食の準備が整いますよ」

「むっ、こやつまるで小姑」

「しゃー! 誰が小姑ですか、この小娘ときたら本当に無礼。ですが……良いでしょう、今日はお客人という事で見逃しておきます。さあ、疾く入りなさい」

 ヤトノは身を退き、中に入るよう白い袖で指し示す。

 そして二人は、どちらが先に入るかで譲り合い、ヤトノに叱られようやく中に足を踏み入れた。


◆◆◆


 家の中も外観と同じく、立派な家であった。

 リビングには暖炉がありソファもあって絨毯まである。ダイニングには見事な樫の大テーブルまであった。高価な調度品こそないが、どこも掃除が行き届き小綺麗に使い込まれている。

「今日はラザーニェですよ」

 カカリアはオーブンから取り出したばかりの料理をテーブルの上に置いた。

 表面のソースがぐつぐつと煮え、エイフス家の食堂に食欲を誘う香りが一気に広がる。上に乗ったチーズは焦げた部分と溶けて泡を弾けさせる部分があり、中から出ていた肉の先が軽く焦げ、見ただけで美味しいと分かる程だ。

 ヤトノの配る取り皿を受け取りつつ、トレストは客の二人に力強く頷いてみせた。

「うちの母さんのラザーニェは絶品なのだよ。二人も楽しみにして欲しい」

 相好を崩した顔に厳格さは欠片もない。

 良い人そうでよかったと安堵しつつ、ノエルはイクシマと約束していたとおり

「えっと、本日はお招きを頂きましてありがとうございます。ぶしつけとは思いましたが、こうしてお伺いさせて頂きました」

「おっと、そんな堅苦しいのは不要だ。俺も母さんも元は冒険者で、遺跡だの草原で酒盛りするような事もしていたんだ。そんな畏まることはない」

「ありがとうございます」

 エプロンを外したカカリアもまた、安心させるように優しく微笑んでいる。

 外は夜の帳に覆われたばかりの時刻。

 魔術灯の光に照らされたダイニングにはエイフス家の一同が揃っている。樫製の頑丈なテーブルには、ぐつぐつと湯気をあげるラザーニェをメインとした、パンとサラダとスープの夕食。

「では、食事にしよう」

 取り分けられたラザーニェがトレストの前に置かれ食事が始まった。


「これ凄く美味しい」

 ラザーニェを一口し呑み込むなりノエルは感心したように呟いた。

 食卓では賑やかな食事の最中だ。

「ささっ御兄様、こちらをどうぞ。わたくしが刻んだサラダです」

「さっきから、そればっかり食べているんだが」

「はい、ヤトノの愛情入りです」

 山盛りにされたサラダを眺め、アヴェラはため息を吐く。

 そして全体を確認するとカチコチに緊張するイクシマに気付いた。ノエルの方はすっかり打ち解けた感じで、トレストとカカリアの質問に受け答えをしながら笑っている。それだというのに、イクシマは動きすらぎこちない。

「イクシマも食べたらどうだ」

「いいえ、我はそれほど食べませぬのですじゃ」

 ちまちまと千切ったパンを口に運び、スプーンで僅かにすくったスープを飲んでいる。いつもであれば、ガッとパンを喰い千切りスープをガブ飲みするぐらいが、何と言う違いだろうか。

「あのな何を上品ぶってんだ、いつもみたいに食べればいいだろ」

「何を仰いますか。ご冗談はお止し下されませ、アヴェラ殿」

「あのなぁ、そんな口調は止めとけ。いつもの蛮族エルフらしく、胡座をかいて手づかみにしたパンにかぶりついて、ガツガツかっ喰らったらどうだ」

「やめんかああっ! 我のお上品なイメージを台無しにするなああ! と言うか変な事言うなぁ! ……あっ」

 叫んだイクシマは、慌てて自分の口を押さえた。精一杯に上品であろうとしていたところ、迂闊にも自分から全てを台無しにしてしまったのだ。


 だがトレストは大きな声で笑う。

「はっはっはっ、みんな可愛い子ばかりじゃないか。息子よ、父さんは羨ましいぞ。父さんもな、昔はハーレムに憧れて努力したものだ」

 それはきっとトレストなりの気遣いだ。

 場の空気を和ませようとした発言だった事に間違いはない。しかし、物事をよく考えずに言ってしまう点は、やはり親子と言うべきか。

「……ハーレムですか、そうですか」

 アヴェラは思わせぶりにトレストを見つめ、目だけで合図をした。

 無論、それで察したトレストの顔から血の気が引く。ぎこちない動きで振り向けば、戦場を征くバーサーカーの如き目をしたカカリアに気付き生唾を呑む。

「確か君だけが全てと言っていましたが。それは嘘でした?」

「待ってくれ勘違いしないでくれ。ハーレムとかは昔の話だ、君と出会う前の事だ。俺はある日、たった一人の最高の女性に巡り会い、そんな気持ちは消え失せた。それこそが君だ。頭がどうかしてしまうほど心を捕らえて離れない俺の人生に意味を持たせてくれた原点にして至高の女性。君の前では全てが色褪せ、君だけが光り輝いて見える!」

「まあ、あなたったら。皆の前で恥ずかしい……」

「この気持ちの全てを言い表せない自分が悔しくて哀しい。どうして俺は吟遊詩人を目指さなかったのか、そうすれば君への気持ちの半分でも表せただろうに」

 人は追い詰められたときに信じられないほどの能力を発揮するらしい。トレストは額に汗を浮かべ、目玉を細かく動かし必死に思考を巡らせ言葉を紡いでいく。

 恥ずかしげな仕草をみせるカカリアの姿にトレストは勝利を確信したに違いない。けれど――。

「今夜はゆっくり聞かせて下さいね」

「……えっ?」

「二人っきりで、もうお父さんったら言わせないで。恥ずかしい」

 頬を染めたカカリアは流れるような動きで手を振った。鋭く空を裂くような音がしたかと思えば、トレストの背中で良い音が響く。かつて神殿騎士の鼻柱を折り血に染めた戦闘力は今でも健在だ。

 鋭い一撃を受けつつ、それでも笑顔を崩さないトレストにアヴェラは尊敬の念を抱いてしまう。なんにせよ、今夜は納屋で寝るべきか悩むところであった。

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