第63話 武器や防具は整備しなければ意味がない
職人通りのメインストリートでは、相も変わらず威勢の良い掛け声と共にパフォーマンス的な鉄打ちが行われ、甲高い金属音が響き紅い火花を飛び散らせていた。
騒々しい呼び込みの声を避け、三人は小道に入って裏通りにある小さな店の前で足を止めた。目の前にあるのは殺風景なほど寂しげに見える店だ。
しかし、注意深く見れば丁寧に掃除がされている事が分かるだろう。薄汚れた部分も時間経過によって生じたもので、そこに長年店が存在している事を証明していた。
ドアベルをカランコロンと鳴らし中に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
幾つかの防具が置かれているだけで、剣などの武器類は見当たらなかった。当たり前と言えば当たり前で、容易に触れられる場所に武器を置く店はない。店の者の身が危ないし、何より盗まれた品で事件を起こされては店が潰されてしまう。
店内は無人。
この店は知る人ぞ知る、されど知らない人は全く知らないといった具合のため、そうそう訪れる客も少ない。だから店員は売り場に常駐していないらしい。
奥でドアの開閉音が聞こえた。
そして背の低い女性が――ドワーフ鍛冶のシュタルが姿を現す。
頭にはバンダナ首には布を巻き、革製の前掛けに衣服や手袋をしっかり着込んでいる。体つきが全体的にぼってりとして見える女性だが、太っているのではなく大柄で頑丈なだけだ。
小熊のような印象という事は、本人には絶対言うべきではないだろう。
「らっしゃい。って、アヴェラとノエルに、ウォーエルフかい」
「誰がウォーエルフじゃーっ!」
「メンテで来たんだね、さあ物を出しなよ」
「無視すんなー!」
エルフをからかうのはドワーフにとって無上の喜びという事で、反応のよいイクシマはシュタルにとって最高の玩具らしい。人の悪い顔で、けっけっけと笑っている様子は案外と人が悪い。
それぞれ持って来た装備をカウンターテーブルの上に置く。
アヴェラの肩当て腰当て、ノエルのチェインメイル、イクシマの戦槌。それらは全てシュタルの手によるものだ。しかし、大した慣らしもせず戦闘をしたので軽い手入れと調整をして貰いに来たのだった。
「しっかしのう、こんなに客が来んで大丈夫なんか?」
イクシマは頭の後ろに手を組み、寂しい店内を見回す。
「別にドワーフが路頭に迷おうと我は少しも気にせんが、装備のメンテが面倒になるのが心配じゃな。なんじゃったら、冒険者仲間の何人かを紹介してやってもよいぞ」
「エルフに心配して貰うほど、落ちぶれちゃいないよ」
「何じゃとー!」
「うちのお得意さんにゃ、金払いの良い連中が揃ってんのさ。これ以上、客が増えても困るってもんさ」
そもそもコンラッド商会の会頭が一番信用する鍛冶なのだ。シュタルが鍛冶仕事に集中できる程度に上手く客を送り込んでいるに違いない。
「もしかしてだけどさ」
ノエルが手を打った。何かに気付いた様子だ。
「店の外が寂れた感じなのってさ、わざとだったり?」
「おやおや、ずいぶんなお言葉だね」
「あっ、ごめんなさい」
「いや冗談のつもりだからね、謝る必要はないよ。そうさ、店の外に手を入れないのは半分はその通りだ。余計な客が来ないようにするためだよ」
言いながらシュタルの手は休む事なく装備の点検を行っている。
アヴェラが使用する肩当て腰当ては金属の小札を繋げた構造だ。もちろん単純に繋げただけでなく、微妙に小札のサイズが違ったり繋ぐ位置が違ったりと手が込んでいる。それらの状態をひとつずつ丁寧に、しかし素早く確認をしていた。
まるで手だけが意思を持ち動いているかのようだ。
「なるほど確かにそうだよね、私も最初に入るときは凄く不安だったから。入って大丈夫なのかって……今度こそ失礼しました、ごめんなさい」
「気にしないでいいよ」
シュタルはむしろ楽しそうに笑い次の点検に移る。
「ちなみに、手を入れない理由の残り半分は単に面倒って事だからね。掃除して片付けるのは好きだけどね、小洒落た感じに飾るのは嫌いなんでね」
今度はノエルのチェインメイルをカウンターテーブルの上に広げた。細かな輪の繋がりの防具がシャラシャラと音をさせる。出来見事なもので、細かな輪の繋がりは布のように滑らかな動きを見せる。それぐらい緻密でいて軽いという逸品だ。
「ところで、お客って上流階級が多かったりします?」
アヴェラが丁寧に尋ねるのは、もちろん下心があるためだ。
「そうだね、世間一般的にそう呼ばれる連中が多いのは事実だよ」
「顧客の中にですね、ギルドを設立して放置してる人っていません? もしくは鬱陶しい人間関係とか上下関係とかノルマがなくて、面倒なギルド運営だけやってくれそうな人とか」
「ははぁ、そういやあんたら草原や山に行ってんだったね。あれかい、ギルド勧誘に困ってんだろ」
どうやら、ギルド勧誘の面倒さは職人の間にも知れ渡っているようだ。シュタルはチェインメイルの確認から顔をあげると、嘆き呆れるように口の端を歪めた。
「あれが嫌で冒険者辞めて、騎士とか商会の護衛に転向する奴も多いらしいね。どうにかしたければ、どこかに覚悟決めて入るか自分でギルドを設立するか。今言ったみたいに、冒険者を辞めるかしかないだろね」
「どれも嫌なので、さっき言ったみたいなギルドを探してます」
「気持ちは分かるけどね、そんな都合のよいところは……ああ、そういやアルストル侯のところのナニア嬢なら案外といけるかもしれんね」
「領主の、失礼。領主様の令嬢が?」
言い直したのは前世からの癖で敬称を付け忘れたからだ。
この世界では敬称を付け忘れただけで処罰される事もある。もちろん、この場に居るメンバーの前であれば問題ないが、しかし今度は彼女たちに言葉遣いが悪いと思われてしまう。そうはなりたくはなかった。
「ナニア嬢は一風変わっておられてね、以前は冒険者をやってたぐらいさ。自力で草原までクリアした実力がある」
「冒険者って、よくまあ領主様が許したものだ」
「そりゃ仕方ない、ここは冒険者で成り立ってる都市だからね。アルストル侯も渋い顔で認めざるを得ないってとこだろね」
封建社会の身分制ありとはいえ、民衆の支持率というものは大事という事らしい。
娘が冒険者として活動すればアルストル侯の人気は上がるだろうし、逆に無理に止めれば反感をかって人気が下がる。
きっと侯爵様も胃の痛い思いをしたに違いない。
「終わったよ。ちゃんと布で拭いて手入れもしているみたいだね。でも、もう少し毛羽立たない布を使った方がいい。少し糸くずが挟まっている。後は特に問題ない」
チェインメイルの確認を終えたシュタルは、それをノエルに差し出した。
代わりにイクシマの戦槌を手に取る。重量のあるそれを軽々と持ち上げ、目を細め柄の歪みや通りを見ているようだ。そして木槌で何箇所か叩き音を確認し頷く。
「ナニア嬢はつるむのが嫌いで、自分でギルドを設立したぐらいでね。ただしギルド員は誰もいない。どうだい、あんたの条件にはぴったりだろ」
「ぴったりですね」
「でもまあ、あたしは紹介できないよ。あたしは所詮は、ただの鍛冶職人だからね」
常識で考えて、一介の鍛冶職人が領主の娘に頼み事をするなど出来るはずがない。
「身分を越えてお友達って事は?」
「絵本の物語でもあるまいに。そんな事あるわけないだろ、自分で何とかしな」
「何とかしようがないと思いますけど」
「そんな事は知らん。でもまあ、こないだ装備の整備を頼まれたからね。ひょっとするとまた探索にでも行くつもりかもしれないよ。そこでの出会いを期待したらどうだい?」
「そう都合はよくないですね」
「まあ頑張りなよ。さて――戦槌の具合はいいね。良い感じに傷が入ってきてるじゃないのさ」
シュタルは頷くと戦槌を軽く投げた。
普通なら危ない所だが、しかしイクシマは軽々と受け取りニンマリと笑った。
「当然じゃろって。我はどんな武器も使いこなしてみせよう」
「そりゃ頼もしいこった。さて、あたしは仕事に戻るよ」
「忙しいとこすまんかったのう」
「アフターケアも大事な仕事さね。ああ、次は一ヶ月後ぐらいに持って来な。ただし、その前におかしいところが出たら直ぐに持って来とくれよ」
言ってシュタルは背中越しに軽く手を挙げ、さっさと奥に引っ込んでしまった。ドアがバタンと閉まるとアヴェラたちだけが室内に残される。
「それなら戻るか」
軽く笑い、それぞれの装備を手に店を出る。
外の空気は少し湿気を漏っていた。
どうやら中に居る間に雨が降ったらしい。道がかすかに湿り、軒先に小さな滴も落ちている。とはいえ空の一角に暗めの雲が少し残るだけで、後は良く晴れている。
「ふぅ、ドワーフの穴蔵から出てくると日射しが眩しいわい」
「ドワーフに対する悪口を言うなんて、まるでエルフみたいだな」
「お主なー、我はエルフと言うとるじゃろがー」
戦槌の柄で地面を穿ち道路を傷めるイクシマをノエルが宥める。
「まあまあ二人とも。早く行こうよ」
「それなら家に行こうか」
「待って待って、それ一度戻ってからにするから。」
「うん?」
「私たちは女の子だから、いろいろ準備があるって事なの」
「そうでございますか」
軽く叱るような口調にアヴェラは肩を竦めておいた。
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