第62話 食堂はいつも賑やか

 気の抜けない戦いや探索を行い、得てして満足な休憩も取れない状況で活動する事が多い冒険者たち。身体が資本であるにも関わらず、しかして食事は携帯食料となりがちだ。

 しかも活動が上手くいかねば経済的に困窮し、食事にも事欠く者も出てしまう。

 そのため冒険者に対する公的な食事補助が用意されている。

 食の充実は活動のアシストというだけではなく、腹を空かせた冒険者が犯罪行為にはしらぬ効果があり、都市の治安向上にもつながる。

 といったわけで、アルストルの街には食事補助を行う支援食堂が幾つか設置され、種類豊富で量が多く何より安い食事を提供。多くの冒険者がそこを利用していた。

「――というわけで、ギルドについてはどうしようもないらしい」

 アヴェラは肩を竦め言った。

 四人掛けテーブルを三人で使い、向かいにはノエルとイクシマが座る。話を聞いた二人は残念そうな顔をするが、元よりケイレブが何とかしてくれるとは期待していなかったらしい。そこまで気落ちした様子はなかった。

 大きめの食堂は冒険者たちでごった返している。

 取り留めもない雑談に聞き慣れない異国語が交じり、途切れぬ話し声は吟遊詩人の奏でる曲に紛れる。男の自分語りに女の媚びる相槌、怒気の混じる言い争いがあるかと思えば楽しげな笑い声が響く。

 厨房に向け威勢の良い声でオーダーが通され、それに応じる料理人の気合いの入った声。包丁を使う小気味よい音、フライパンが固い物にぶつかる音。じゅうじゅう音をさせ肉が焼かれ、料理人同士がタイミングを合わせる声を出す。

 全ての音が渾然一体となって、そこに食欲をそそる匂いが漂い一つの食堂という空間をつくりだしている。ふと何かの瞬間で我に返ると、自分が喧騒の中に浸っていたとようやく気付く状態だ。


「ケイレブ教官だからさ、仕方ないよね。あっ、別に悪い意味じゃないんだよ」

 周りが騒々しいためノエルの声も大きめだ。

 アヴェラたち三人はテーブルの上で顔を寄せ合っているが、それでも時には互いの声を聞き漏らしてしまうほど、辺りの音は賑やかしい。

「じゃっどん、ギルドの件はどうすっか本気で考えねばいかん。我が思うに、また次の探索地まで一気に行くってのは、少しばっかし危険がすぎると思う」

「そうだよね。あんまり急いで進むとさ、地に足が着いてない感じだよ」

「ノエルの言う通り。ギルドの事はさておき、一度ここらでしっかりと腰を据え、装備やスキルを整えるべきじゃって」

 小柄なイクシマは椅子の上に膝をつき、テーブルの上に半ば身を乗り出している。そのため真ん中分けした長い金髪は滝のように下がっていた。なお、隣りのノエルは無意識の動作でテーブルに胸を預け肩を休めていた。

「同感だな」

 注視しそうになる視線を逸らしたアヴェラは、それが不自然にならぬよう厨房の方を見やった。そうすれば、まだ来ぬ料理を気にしているように見えるだろう。

 それはそれとして、装備やスキルを整えるべきという点は賛成だ。

 ギルド対策をどうすべきか、今は本当に考えがまとまっていないのだから。

 料理人から完成の合図があってカウンターに次々皿が並べられた。

 先程、こちらより先に注文した席に料理が運ばれ、そしてカウンターにある料理の数や内容は、アヴェラが注文したものと同じだ。どうやら、それに違いない。

「多分あれだぞ」

 合図すると、同じく空腹のノエルとイクシマも同じ方を見やった。

 皆で見守る先で、給仕の女性が両腕いっぱいに料理を抱える。思ったとおり、一直線に向かって来る。美味そうな匂いがするのか、通り過ぎたテーブルの革鎧姿の男が鼻を向け匂いを追っているぐらいだ。

「お待ちどうっ!」

 ドンドンッと勢いよくテーブルの上に皿が置かれた。


 熱々の湯気を立ち上らせるのはパスタシュッタ。湯からあげられたばかりのツヤツヤ輝く小麦の練り物に、香味野菜と挽肉にワインを合わせたソースがかかる。

 これに鳥や野菜を形が無くなるまで煮込んだ名も無きスープ、噛み応えのある堅パン、厚切りのベーコンがついている。

 目の前から押し寄せる香りは、鼻梁を通じ絶対に美味いと訴えかけてくる。

「「「…………」」」

 申し合わせたわけでもないのだが、三人は無言のまま全く同じタイミングでパスタシュッタに取りかかる。微かな辛みに香草の風味、挽肉のコクに野菜の旨味が加わる。大衆食堂という事で、高級料理店のような技巧を尽くした繊細で複雑さにあふれる味ではない。だが、つくり慣れた美味さがある。

 途中、堅パンを囓りスープを飲み、再びパスタシュッタへと戻る。

 空腹もあるが、勢いが止まらぬ美味さがあった。

 先程の匂いにつられた男は思わずといった様子で給仕の女性を呼び止め、アヴェラたちを指さし同じものをと注文をしたぐらいだ。

「うむうむ……このパスタシュッタ……もちもち……ソースはうまうま……幸せ気分よのう。今日の料理は大当たりなんじゃって」

「そう? いつも美味しいと思うんだけど」

「こないだのは、野菜ばっかりだったでないかー」

「それはイクシマちゃんが野菜嫌いなだけじゃないの。好き嫌いしたらダメだから」

 ノエルは注意するものの、イクシマは気にした様子もない。

「我は肉が食べたいのじゃ」

「エルフが肉食とか間違っている。やはりエルフは草食であるべきだ」

「お主なー、そんなわけないじゃろがー。そのエルフに対する、ものっそい偏見ってのはなんなんじゃって……いっただきぃ!」

 素早いイクシマの攻撃。

 アヴェラの皿にあったベーコンにフォークが突き刺さる。クリティカルヒット、ベーコンはイクシマの口へと奪い去られていった。

「あっ、このっ! 大事に取っておいたものを!」

「お主から奪ったと思えば、なお美味い……」

 イクシマは殊更に幸せそうな顔でもぐもぐとしている。

「やはり蛮族エルフか、よくも大事なベーコンを」

「まあまあまあアヴェラ君も落ち着いて。はい、私のを半分あげるからさ」

「ノエルはこんなに良いやつなのにな。イクシマも少しは見習えよ」

 そんな感じで賑やかしい食事が続く。


 たらふく食べたイクシマは幸せそのものな顔で、この賑やかな空間に浸り、最後に残った堅パンを両手に持ち小動物のように囓っている。ノエルは軽く目を閉ざし、食後の満腹感をしばし楽しんでいるようだ。

 片や死の神の加護、片や不運の神の加護。二人とも楽しいとは言い切れない人生を歩んで来ているわけで、こうした賑やかな空間で気心の知れた仲間と過ごす事が嬉しくて仕方がないのだ。

「少し喉が渇くな」

 アヴェラはつぶやき、動こうとする二人を制しセルフサービスの水を持って来た。この都市は水が豊富なため、澄んだ水も無料で供されている。

「ありがと」

「すまんのう」

 礼を言った二人が水を口にする様子を眺めつつ、アヴェラは言った。

「なあ二人とも。今夜、家に来ないか?」

 イクシマは口に含んだ水を吹き出しかけた。

「馬鹿者ぉっ! こんな場所で何を言うんじゃって! は、破廉恥じゃぞ!」

「ん? 何を言っている」

「あれじゃ、あれ! 誘うなら誘うで、もそっと場所とか雰囲気とか。そういうのを考えんかって事なんじゃって。察しろよー!」

「…………」

 アヴェラは小さく息を吐きノエルを見やった。

「父さんと母さんが夕食を一緒にしたいと言っている、どうかな」

「アヴェラ君のご両親が!? そっか、ついにこの日が来ましたか。ここは気合いを入れねば。うん、私は構いませんよ」

「それは良かった」

 アヴェラが小さく頷き傍らを向けば、恥辱で顔を染めるイクシマがいる。

「で?」

「お主なー! そういうことなら、ちゃんと言えよー!」

「普通に言ったじゃないか。破廉恥って、お前は何を想像した?」

「うっがぁぁーっ! うるさーい!」

「まさかと思うが妄想エロフか」

「それやめんかあああっ! 我に変な名を付けるなあああっ!」

 イクシマが叫ぶと、喧噪がしばし静まり返るほどの声であった。はた迷惑この上ない。けれど、なぜかノエルはアヴェラを軽く睨んでいるではないか。

 どうやら弄り過ぎと言いたいらしい。

「これは失礼しました、お嬢様がた」

「許して差し上げましょう。それじゃあさ、そろそろ行こうよ。ここも混んでるしさ、それに一度装備を見て貰わなきゃだからね」

「そうだな」

 空皿を手分けして重ね、アヴェラとノエルで運ぶ。その間にイクシマが椅子の上で膝立ちになってテーブルの上を軽く拭く。誰が決めたともなく自然な役割分担だ。

 場所が空いた様子に、気の早い次の利用者がやって来て場所取りをしている。

 食堂の混雑はまだ止みそうもない。

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