◇第六章◇
第61話 コネがなければ地道にやるしかない
探索都市の一角に存在する指導教官に与えられた部屋。
部屋の主であるケイレブは足の低い来客テーブルを挟み、アヴェラと向かい合っていた。暇そうにするヤトノの姿もあるが、こちらは小袖で口元を隠しつつ暇そうに欠伸なんぞをしている。
「それは無理というものだな」
ケイレブは素っ気ないぐらいの態度で言った。
もちろん昔馴染みの仲間の息子が相手であるため、本当に素っ気ないわけではない。身内感覚でからかい交じりでの態度という事だ。
「彼らは何の規則違反も犯してはいない。つまり君の言う苦情のような内容だけでは処罰のしようがないという事だ」
「では新たに規制として定める事はできませんか?」
「ふむ、どういった理由でかな。ギルドに勧誘してはならないと規制するのは、些か無理とは思わないかな。転送魔法陣の間に長時間待機する事への規制も同じだ。仮にやったとしても、誰もが納得する理由が必要となる」
先程からアヴェラが相談しているのは、転送魔法陣の間に居座りギルド勧誘する連中への規制だ。草原からの帰還時に辟易として、次なる山岳地帯の到着地点や帰還時にも同じ事になってしまった。
否、それどころか悪化している。
なにせ最速到達記録の将来有望な即戦力として、ターゲットにされてしまったのだ。最近では普通に都市を歩いていても勧誘の声がかかるぐらいなのである。
せめて転送魔法陣の間のだけでも規制して貰いたいと思って相談したわけだが、ケイレブは肩を竦めるばかりだった。
「それに考えてみたらどうだい? 転送魔法陣の間での滞在を規制すれば、次はその外で勧誘をしだすだろう。近くを規制すれば、今度は少し離れた場所に移る。ああいった連中は平気でそういった事をする。だから意味が無い」
「マナーとして注意喚起するとか」
「おいおい、マナーを守る者が元からそんな事をすると思うのか?」
「ですよねー」
アヴェラは深々と息を吐き肩を落とした。
実際の処、言い方は悪いが期待はしていなかった。しかしノエルとイクシマが辟易としているため、何とかなれば良いと思った程度で相談しただけなのだ。
窓からは差し込む日射しは煌々として明るく、吹き込む風は爽やか。どこからか聞こえる声には笑いが交じり楽しげだ。実に爽やかで明るい雰囲気だが、しかしアヴェラが考えているのは黒い事だ。
すなわち、あの邪魔な連中をフィールドに誘い出し始末する方法なのである。
ヤトノが口を開いた。
「先程から聞いていれば、あれはダメこれはダメと。あなたは御兄様を何と思っているのですか。ここは、ありがたがって御兄様の頼みを聞くべきでしょうに」
これは冗談で言っているのではなく本心だ。
紅い瞳をした目を細め、端正な顔立ちに不機嫌さを漂わせ、短いスカートの足を偉そうに組んでいる。
「この蛇娘はとんでもない事を言う」
「しゃーっ! 無礼な男ですね、誰が蛇娘ですか。今度こそ呪いますよ」
「おっと、それは無駄だな。対策はバッチリだ」
「はあ……また変な壺でも騙されて買ったのですか?」
「大丈夫さ、今度は間違いない代物だからな。ほうら見て見ろ、これぞ呪い除けの人形ってものだ」
ケイレブは横の箱から人形を取り出した。
結構に大きく人間の赤ん坊並はある。赤い髪に青い目、リアルテイストな顔にはそばかすまである。縞模様のシャツに、赤いボタンの上下が一体になった服を重ね、赤い靴を履いていた。控えめに言って不気味だ。
「知っているかな、自分に向けられた呪いを人形という
だがしかし、ヤトノは白い袖で口元を覆い小馬鹿にするように笑った。
「……それ既に呪いが詰まっておりますけど。それもたっぷりと」
「なんだって?」
「御兄様に近づけないで下さいね。かなり危険ですから」
「ちょっと待て。そんな筈は……」
ケイレブが呟いた途端、人形は不気味な笑いをあげた。どうやら正体が露見したと悟るなり本性を現し、どこからか取り出したナイフを手にケイレブへと襲い掛かる。
「くっ!」
「ああ、念のため。そのナイフに斬られると衰弱死しますね。ご注意を」
「冷静に言わないでくれ!」
「あら失礼」
さすがにケイレブは上級冒険者で、呪い人形の攻撃を軽々と躱したかと思うと、逆に手刀の一撃で跳ね飛ばす。テーブルの上に叩き付けられた人形は、即座に跳ね起きるのだが、邪悪な笑いと共に別の標的へと襲いかかる。
アヴェラは迫るナイフに目を見張った。
「なっ……」
しかし凄烈な目をしたヤトノが空中にある人形を掴み取った。
「下郎っ! わたくしの御兄様に何をするつもりか。次元の果てに消えよ、その腐った魂の欠片すら残さず!」
ほっそりとした手の中で黒炎が噴きあがれば呪いの人形を包み込む。
それは人形を包み込むと空間すら焼いたのか、ヤトノが手を放した後には黒い穴が空中に穿たれているぐらいだ。周りから少しずつ修復されていき空間が元通りとなれば、そこにはもはや何かが存在した痕跡すら残っていなかった。
ケイレブとアヴェラの心に薄ら寒いような気分が残されただけだ。
「で?」
ヤトノは指先に息を吹きかけ、残った黒い炎を軽く吹き消した。
「まて、話し合おう」
「…………」
「我ながら情けない事だが、呪いの人形とは気付かなかったよ。いや恥ずかしい」
「恥ずかしいから何です? ご自分のミスに気付かなかっただけでしょうに。それよりも、わたくしが聞きたいのは。御兄様を危険に晒した落とし前、それをどう付けるのかなのですけど」
冷え冷えとした声で告げるヤトノの気配は恐ろしく、たとえ力の一部しか持たぬ分霊とは言えど圧倒的存在である事は間違いない。たとえケイレブが上級冒険者とはいえど所詮は人間。身動き出来ぬまま滝のように汗を流すのだが、それでも目を逸らさず堪えている。
間違いなくケイレブには英雄としての片鱗があると言えるだろう。
ヤトノは裁きを下す煉獄の主のように指を上下させ、その動きを止め――。
「やめんか」
アヴェラの手刀がヤトノの頭を小突いた。
「お、御兄様!? どうして?」
「誰しもミスはあるだろ。それを落とし前とか、恐いことを言うなよ」
「そうではなくて、どうして動けるのです!?」
「なんだ、何か問題なのか。動いたら悪いか」
「如何に御兄様とは言え、今の状態で動けるだなんて……まさか……覚醒していらっしゃる? この世界の法則を逸脱しているとでも言うのでしょうか。魂が既に神域に――」
「ぶつぶつ呟いてどうした? もしかして痛かったのか、そうか怒って悪かったな」
頭を撫でられたヤトノは、瞬時に悩みなど忘れてしまったらしい。両手を胸の前で組み輝く様な笑顔となった。そこだけ見れば心底可愛い女の子のようだ。
「ああ、御兄様に慰められました。ヤトノ感激です!」
ケイレブは乾いた笑いを浮かべ、憔悴しきった様子だ。
間近で神霊の威圧を浴びせられたのだから当然というもので、アヴェラのように平然としている方がおかしいのだ。
「ケイレブ教官も、あまり変なものに手を出さないで下さいよ」
「忠告痛み入るよ」
「ギルドの勧誘を何とかするのであれば、どこかのギルドに入るしかないと聞きました。やっぱりそれしかなさそうですね」
「その通りだな。ふむ、トレスト辺りが言ったのかな?」
「分かります?」
「無論だな、カカリアだったら邪魔な連中は実力でぶちのめし排除しろと言う……いや、なんでもない。今の発言は忘れてくれないか」
ヤトノの威圧にも耐え抜いたケイレブが、ぶるっと身を震わせ視線を下に落としている。過去に何があったかは分からぬが、それは相当に恐ろしい事に違いない。
「そうなるとですね。貴族とか偉い人が設立して、後は放置してるようなギルドって心当たりあります?」
「あるにはあるが、よほど個人的なコネや繋がりがないと入れないぞ」
「期待せず一応は聞きますけど、教官にコネとかあります?」
「何か引っかかる言い方だが……コネがあれば教官なんてやってないさ」
ケイレブは肩を竦めた。
窓から差し込む日射しは僅かに蔭っている。
「頼りにならずにすまんな。それと、さっきは危ない目に遭わせて悪かった」
「いえ、気にせずに。では、仲間が待っていますので」
立ち上がったアヴェラの背にヤトノが手をかける。ケイレブに対し舌を見せた少女の姿は瞬時に白蛇へと変わり、アヴェラに巻き付きながらその服の中へと姿を消してしまった。
ケイレブは頭をかきつつ苦笑するばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます