第57話 新装備になるとテンションは高いもの

「粉砕じゃぁっ!!」

 イクシマが叫びをあげ戦槌を振り回す。

 スケレトスの構える固そうなブロンズ色した盾に命中、硬い音と共にそれをバラバラに砕く。それでも勢いは止まらず、構え支えていた骨の腕ごと胴までをも粉砕した。

 その上で戦槌の頭は砂と石の地面に激突し、そこにめり込み放射状のヒビを入れた。だがイクシマの動きは止まらない。そこを支点として前に跳び、自分の体重と勢いを利用しながら身体を捻り戦槌を振るう。

 次のスケレトスは腰辺りを破壊された。

「遅いんじゃって!」

 そのイクシマめがけ、新たな二体が一斉に駆け寄り斬り付ける。だが、小柄な身体は金色の髪を跳ねさせ前転すると攻撃を見事に回避する。体勢を整えながら力強く地面を踏みしめ、無理矢理振り向くように回転しながら戦槌を振るう。

 恐ろしい勢いの戦槌は二体を同時に打ち砕いた。

「我の勝ちぞ、さあ来るがいい」

 そしてイクシマは獰猛な笑いを浮かべ、次なる一体へと対峙するのだが……一部始終を見ていたアヴェラは感心するより呆れた様子だ。スケレトスに遭遇するなり、この戦いぶりなのだから当然の反応である。

「あいつ、もうウォーエルフでいいんじゃないか?」

「いやいやいや。そんな事は言わないでさ、それより私たちも倒さなきゃだよ」

「確かにそうだな」

「奥の相手は私が行くから、ではでは行きます!」

 とんっ、と地面を蹴ったノエルは身軽に駆けだした。

 スピードアップと小剣による増幅効果もあるが、それだけではない動きにキレがある。それはメナカイト鋼を使ったチェインメイルを装備した事で、防御に対する自信があるためだ。

 たとえば剣術であれば、強者と弱者の違いは僅か半歩が踏み出せるかどうかにある。ノエルは防御に自信を持った事で、今まで僅かに躊躇していた間合いへと入り込めるようになったがため、動きに変化が生じたのだった。

 速度を活かし手前のスケレトスに迫り、攪乱するようにすり抜け、背後のスケレトスに小剣を叩き付ける。単なる闇雲の攻撃ではなく、自信を持って骨の継ぎ目を狙った攻撃だ。

「あっ、失敗……でも!」

 ノエルの攻撃は運悪く狙いが外れてしまったが、しかしそれで慌てる事なく落ち着きがあった。振り回された錆の浮いた剣をよく見極め的確に回避、そこから再度攻撃。小剣を狙いの場所に当てる事に注力した。

 パーティの役割としてスケレトスの一体を確実に引き付けると定め、それをしっかりと果たそうとしているのだ。

「防具があるだけで、こうも違うか」

 アヴェラも前に出るのだが、新装備を身につけた状態だ。

 左肩から肘までは小札を層状に重ねた防具によって覆われているのだが、さらには右腰側にはやや大きめの板札を重ねた防具が吊り下がって腿の半ばまでを覆う。それらの金属はいずれも、しっとりとした黒に表面処理され簡単な線による彫刻がされる。見るからに良い品と分かるものだ。

「安心感が全く違うな」

 アヴェラは踏み込みざまにヤスツナソードを振るっている。

 狙うのはノエルによって攪乱されたスケレトスであるが、その剣ごと一撃で斬り倒す。さらに踏み込み別の一体の腕を斬り飛ばしてしまう。如何に斬撃の効果が薄いスケレトスとは言えど、名工の鍛えた剣と厄神の呪いを阻むものではないのだ。


 難敵モンスターとされるスケレトスであったが、新たな装備を調えたアヴェラたちの前にあっさりと倒れ伏してしまう。その姿は溶けるように消えていくと素材の骨だけが残される。

 さっそくパーティの素材回収係を自認するヤトノが素足でペタペタ走っていく。ちょこんと屈み込んでは拾い上げ、また走っては屈み込む。そうやって、せっせと回収をしている。

 その間にアヴェラは戦い終えたノエルに近づいた。

「装備の具合はどんなものだ?」

「うん、前よりちょっと重い感じは少しだけあるかな。でもさ、全く気にならないぐらい。ううん、むしろ丁度いいぐらいなんだよ。アヴェラ君は?」

「確かに同じだな、重量感が本当に丁度いい。流石は職人ってとこで、シュタルさんに感謝せねばな」

「そうだよね、今度お礼しないとだよね」

「お礼か……何がいいか」

 アヴェラがお礼を――もちろん紹介してくれたニーソにも含め――考えていると、さらに空中に木箱が出現し音をたてて落下した。

 それにノエルが目を見開き驚く。

「やった! 箱が出たよ。ではでは、ここは私が見事に――」

「ダメだスルーして先に進む」

「えーっ、そんなのってさ……」

 ノエルが項垂れると、戦槌を肩に担いだイクシマがやってくる。満足のいく戦いが出来たせいか、ご機嫌な様子で口の端を上げ足取りも勢いがあるものだ。

「そ奴の言う通りなんじゃって。よいかノエルよ、我らの今日ここに来た目的ってもんを忘れるでないぞ」

「うっ、それ分かってるけどさ」

「いいや、分かっておらぬぞよ。我らが目指すは山岳地帯の踏破、まだある残りを一気に進まねばならぬ。宝箱なんぞに構っておる暇はなかろうに」

「えーっと勿体ないなと思うんだけど」

「時には目的のため、何かを諦める時もあるのじゃ!」

 宣言したイクシマは宝箱を粗雑に扱い蹴飛ばす。中身はそれほど重くないのか、それは地面の上をズレ動き岩にぶつかり止まった。


 あの転送魔法陣の間に待ち構える勧誘問題を解決すべく、シュタルから新装備を受け取るやいなや、そのまま山岳地帯に来たのだ。本当なら慣れた探索地に行って、新装備の試しをするところなのだが――実際、シュタルからはそれを勧められた――今は、とにかく先に進むつもりでいる。

 情報収集で知識は万全。

 しっかり休んで気力体力は充実。

 ポーション類は普段より一つずつ多く取り揃えた。

 神殿で加護神にお祈りし、アヴェラはヤトノに手を合わせて準備万端。

 そうして挑んだ山岳地帯で、今日は一気にフィールドボスを目指す心づもりでいる。前哨戦となるスケレトスとの戦いも圧勝できたのだから、このまま勢いに任せて進むつもりだ。

 そんなわけで、宝箱にかかずらう気はなかった。

 ノエルはそれでも残念そうだ。口を尖らせしきりに唸っている。

「うーん、もったいない」

「目的が目的だから、ここは割り切るべきだ。最初から出なかったと思えば、それほど気にならないだろ?」

「……そうだね。そうしよっか。宝箱は出なかった出なかった」

 ノエルは胸を押さえ、自分に言い聞かせるように呟く。

 新装備受け取り時にシュタルが話していた言葉を耳にしたが、胸元が苦しくならないよう調整するのが一苦労だったらしい。お陰でその膨らみはチェインメイル越しでもしっかり存在を主張している。これぞまさに職人技に違いない。

「そもそもだ、これは木の宝箱じゃないか。どうせ頑張って開けたところで、大した価値もないお宝だと思うぞ」

「身も蓋もない!?」

「だが事実じゃないか」

「むむっ、確かにそうよのう。こーんな貧相な木箱なんじゃしな、どうせ中身なんぞたかが知れとるんじゃって」

 イクシマが豪快に笑って木箱を足蹴にすれば、ノエルは苦笑した。

「あははっ、そっかそうだよね。うん、改めて進もっか。もうこれはフィールドボスも倒しちゃうしかないよ!」

「うむ! その意気じゃって。よし! こうなったら、あれをやるしかないのう!」

「そうだよね、あれだよ!」

 少女二人は頷き合い横に並び、揃って片手を腰に当てた。


 何をやるつもりなのかアヴェラにも分かっている。だから巻き込まれぬようにと素早く距離を取り、素材を回収してきたヤトノに近づく。

「すまない、助かる」

「御兄様に褒められました。嬉しいです」

 素材を差し出しつつヤトノは満面の笑みだ。

 それを受け取ったアヴェラが革袋に仕舞い込みだすと、興味深げに新装備を見やり指先でつついて確認したりしている。

「良い品が手に入って良かったですね」

「装備が違うと気分も全然違うな。それはいいが、あいつらあれやる気だ。あれ、どうにかならんのかね」

「良いではありませんか、何とも微笑ましきことです」

「そうだな、見ている分にはな」

「御兄様も交われば良いでしょうに」

「いやだ」

 アヴェラは不満そうに呟き下唇を突き出し、それをヤトノが面白がって飛びつくようにしてじゃれている。一方で少女二人は声を揃えて気合いを入れる。

「「えいえいおー!」」

 その儀式と言うべきか、お約束が終わったところで山岳地帯の奥を目指し歩きだした。

 後には木の宝箱だけが、ぽつんと残された。それは自然と消えるものなのか、通りすがりの誰かが開けるまで残ったままなのか。どうなるかは分からない――そして箱は微かに揺れ動きだす。

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