第58話 アグレッシブなお宝

「んむっ、何ぞ聞こえぬか?」

 先頭を進むイクシマが足を止めた。

 軽く目を細め視線を上に向け宙に彷徨わせるのは、少しでも音を拾おうと高い位置を求める本能的な動作かもしれない。

 様子を見守るアヴェラとノエルは息もひそめ動きも止め、集中するイクシマの様子を見つめる。エルフらしい先の尖った耳は、ネコで言えばイカ耳っぽい感じに動きをみせた。

「これは……後ろか? なんぞ来よる」

「敵か、いや敵しか居ないのが当然だな。どんな感じの音だ」

「足音みたいなんじゃが、固い連続音が複数しよる。かなり速くて勢いのある感じなんじゃって」

「よし迎え撃とう」

 アヴェラが言うと同時にパーティは素早く迎撃の体勢を整えた。

 二人がゆったり並べる幅のある道幅で、まずアヴェラとイクシマが武器を手に身構える。ノエルはそこから少し後方に控えつつ、岩を背にしながら前後を警戒。誰が何を言うでもなく自然にその配置に分かれ、それぞれの役割を果たそうとしている。

 やがてイクシマの言っていた音がアヴェラにも聞こえてきた。

「来たか」

 杭など尖ったものを打ち込むような激しい連続打音だ。確かに足音みたいな、としか表現できない音だった。ヤスツナソードの柄をしっかりと握り締め警戒していると――。


「箱!?」

「ふんぎゃあああっ! ものっそいのが来よったあああ、って宝箱だあれ!」

「宝箱が動くのか?」

「まさか開けられんかった宝箱に、もったいないお化けが取り憑いたんか!?」

 動揺の中で、しかしノエルは冷静に手をパタパタ振った。

「いやいやいや、それ違うって思うよ。きっとミミックだよ、うん。やっぱり私の運の悪さは折り紙付きだからさ。宝箱のトラップがそれだったんだね、あはは」

「なるほど。それで開けて貰えなかったんで、追いかけてきたのか。押し売りみたいなミミックじゃないか」

「とにかくさ、倒すしか無いよ」

 迫るミミックは宝箱の両横から昆虫のような節のある関節肢を飛び出させ、威嚇するように振り上げた。底部には同じような関節肢が何本も突きだし、それが交互に地面を踏みしめる事で、あの連続打音を響かせている。

 いきなりミミックが跳び上がった。

「跳びよったぁ!?」

 箱の蓋が勢いよく開き、その反動で狙いを定め一気に降下。何本もある底の関節肢を針のように突きだし襲いかかって来る。箱という鈍重そうな姿からは予想もつかない動きだ。いったい誰がミミックがこんな攻撃をすると思うだろうか。

「あれ、やばいんじゃってっ!」

 イクシマは転がるように回避し地面に突っ伏した。

 同じく跳び退いたアヴェラは岩に身体ごとぶつかり、回避すると同時に身体全体で岩を押した反動で前に動く。そのまま蓋の開いた内部へとヤスツナソードを突き入れてみせた。

 重い手応えがあったが、宝箱の外装まで貫通している。

 激しく身を捩らせたミミックの関節肢が振り回され、アヴェラの左肩に激突。錐のように尖ったそれは、小札を層状に重ねた防具の表面を削り嫌な音を響かせた。

「っ!」

 安全確保の為跳び退き離れるが、ヤスツナソードはそこに刺さったままだ。即座に、最近手に入れたばかりのダガーを抜き放ち構えをとるしかない。新しい防具に助けられたが、さっそく傷がついてしまった。もちろん防具なのだから傷ついて当然、でもなんだか凄く悔しい。


「悪い、仕留め損なった!」

「ここは私に任せて、火神の加護よファイアアロー!」

 ノエルの放った魔法は、火の神たちから特別の加護を得ているがため、初心者とは思えない程の威力だ。小型の槍並の大きさのある火の矢が飛翔し、ミミックに激突。激しい炎をまき散らした。

「ほらさ命中! やったね!」

「そういう事は言わない方がいいと思うが……」

 ノエルの運の悪さには定評があるため、アヴェラは不安そうに呟いた。

 果たして、その予感は的中した。

 外装の木箱が燃えだしたミミックは、その場で激しく回転。砂煙をあげ滅茶苦茶に走りだし、辺りを激しく動き回る。どうやら混乱状態になったらしい。

 そのため燃える木箱は予測の付かない動きでとなっている。

「えーんっ、そんなーっ! みんな、ごめーんっ!」

 何故か追いかけ回されるノエルは必死に逃げ惑うが、運悪く地面の僅かな窪みに足を取られ転んだ。そこに燃えるミミックが突進、激しい衝突音に甲高い悲鳴が辺りに響いた。

 ただし、その悲鳴はミミックのあげた声だ。

 イクシマの振るった戦槌の一撃が木箱を捉え粉々に打ち砕いている。中から蜘蛛のようなものが飛び出し、石に激突グチャリと潰れる。同時に中に入っていた金貨が辺りに降り注いだ。

 チャリンチャリンと小気味よい音が雨のように響く。

 身を起こし女の子座りしたノエルは、おそるおそる辺りに散らばった残骸に目をやった。だがしかし、そこにミミック本体が落下。体液を垂れ流し中身がはみ出た潰れた蜘蛛のような姿だ。

「はれっ? いやああああっ!」

 ノエルは目を見開き悲鳴をあげるしかなかった。


「はっはぁー、見事な勝ち戦ぞ。にしても、我ながら良い仕事をしたってもんじゃ。さあ存分に褒め称えても良いのじゃぞ」

「良い仕事は良い仕事だが……くそっ、ヤスツナソードごと吹っ飛ばしたな」

「お主なー、まずは素直に感謝したらどうなんじゃって」

「そらどうも。はいはい、可愛くて強いイクシマ様、どうもありがとうございます」

「当然ってもんじゃって、苦しゅうない!」

「こいつ……嫌味すら通じないのか」

 アヴェラはぼやき、剣より先にノエルに手を貸し立ち上がらせる。タイミングを合わせ引き上げ、蹌踉めいたところを支えた。

「ううっ、倒れてぶつけてしまった胸がとっても痛いんだよ。こういうのって防具とか関係ないんだね、うん」

 腕の中で呟くノエルの言葉になんとも言えず、アヴェラは肩を竦めてヤスツナソードを目で探した。ちょうどヤトノが拾い上げるところであった。白い上着の長い袖の上に捧げ持ち、うやうやしさのある仕草で運んでくる。

 厄神の強い呪いのかかった剣ではあるが、ヤトノはその厄神の一部であるがため普通に触れても特に問題は無い。

「御兄様、どうぞ」

「悪い、ありがとう」

「もうっ御兄様、そのようなお気遣いは無用ですのに」

 ヤトノは長い袖で口元を覆うように隠し、目を細め嬉しがっている。

「この良妹ヤトノは、御兄様に礼など要求せずともお礼を言われております。これはもう、どこぞの小娘との扱いの差は断然ですね」

「なんじゃとー、それは我に対する嫌味かー。ふふん、さては我が可愛くて強いって言われたんで嫉妬したな」

「愚かな小娘ですこと、そのようなわけ無いでしょうが」

「がぁー!」

「しゃー!」

 互いに咆えあったかと思うと、同時にそっぽを向いた。仲が良いのか悪いのか分からない状態である。

 アヴェラは苦笑しながら辺りを見回した。

 飛び散った木の残骸やミミックの中身は消えていき、後には小さな金色をしたコインが残される。もしかすると、これがミミックの残す素材なのかもしれない。一枚を拾い上げてみると、この世界で流通している貨幣とは種類の違うものだった。

「金貨か……」

「なんぞ分からんが、金でいいんでないか?」

「言っておくが噛んで確認したりするなよ」

「お主なー、我をなんだと思っとる。そんな品のない事なんぞ誰がするか!」

「そりゃ良かった。しかし金貨と言っても銀の含有率が高い場合もあるし……」

 わざわざ集めるのも手間である。今回の目的は奥まで行く事にあるのだ。あまり余計な時間は使いたくなかった。

 しかしノエルが勢いよく手を挙げ跳びはねる。

「はいはいはい! ここで提案なんだけどさ、急いでも疲れてたら意味ないよね。戦闘の後なんだしさ、少し休憩して金貨を集めるのはどうかな」

「この数だと重くないか?」

「うー、そうだけどさ。せっかくミミックが追いかけて運んで来てくれたんだよ。その気持ちに応えてあげなきゃって、思うんだけど」

 ミミックが追いかけてきた理由は違うと思う……が、絶対違うとも言い切れない。なにせ相手はモンスターなのだから。

「つべこべ言うておらんで集めた方が早いんじゃって。このコインを放置していったら、それこそもったいないお化けがでかねんわい」

「分かったよ。小休止する」

 ノエルとイクシマは金貨らしきコインを拾いだし、ヤトノも加わり誰が一番多く拾えるかで姦しく競争を始めだした。なんだかんだと仲が良いらしい。

 苦笑するアヴェラは直ぐに立ち上がれる体勢で座り込んだ。しかしコインは拾わない。なにせ、皆は下を向いてコイン拾いの最中なのだから。無警戒にしゃがみ込む女の子の姿を横目に眺めつつ、しっかり辺りの警戒をする事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る