第56話 ただ読むだけでは意味が無い
ドワーフ鍛冶シュタルが装備制作に取りかかり、その完成を待つ三日は探索に行く事を差し控える事になった。その待つ時間を準備期間とした。
「スケレトスの弱点は打撃、魔法だと光、アタックダウンが有効か。そうだったのか……」
薄暗い大図書館の一室で書物を開く。
この世界において書物は高価な代物である。
全て手書きであるし素材の薄皮もそこそこ貴重。書き上げた者が丁寧に装丁まで行うのだが、中には本そのものが工芸品といった場合もあるぐらいだ。下手すれば一冊でそこそこの財産になるぐらいだった。
ここは冒険者であれば、多少利用料を支払えば一般書架にある書物を閲覧する事が可能だ。ただし書物の扱いには慎重さを求められ、場合によっては高額な賠償を請求される事もあるため冒険者が利用する事はあまりない。
アヴェラは一番心配な相手の様子をそっと窺った。
その対象であるのは当然ながらイクシマなのだが、幸いな事に大人しくじっくり読んでいる。ただし読んでいるのは絵付きの書物で、つまり絵本となる。エルフ言語であれば流暢に読めるのだが、共通言語の読み書きは少々苦手。そしてここには共通言語の書物しかない。
よって、イクシマは今後の勉強がてら絵本を読んでいる。
小柄な体格に図書館の椅子は大きすぎ、テーブルに張り付きながら足をぶらぶらさせている。どうにも子供っぽく見えてしまうのは、何も絵本も読んでいるからだけではないのだった。
アヴェラは取りあえず安心、再度書物に目を落とした。
「斬撃や射撃、闇系加護の魔法は効果が薄い。状態異常の毒や睡眠などは効果がないのか……」
落ち着いた声で静かに読み上げると、ノエルが横から覗き込み頷いた。その横顔の肌は滑らかであるし、露わになった首筋は薄暗い中でも眩しいぐらいに白い。
「確かにそうだよね。だって骨だけだったからさ」
「山岳地帯から遺跡にまで分布し、そこに到達した冒険者にとって関門となるモンスターである。逃走する場合は注意が必要があり、執念深くどこまでも追ってくる。逃げ切ったと安心し別のモンスターと戦闘を行うと、そこを襲われ死亡する場合が多いため注意が必要」
「それだったらさ、あの時に無理して倒したのは正解だったんだね」
「確かにな。ただし、この習性を利用し多数のスケレトスを故意に集結させた場合は、冒険者法第52条の規定により処罰される。この第52条って、筆記テストで勉強した覚えがあるがどんな内容だったか……忘れたな」
アヴェラが呟くと即座にヤトノが反応し、熱心に読んでいた書物を閉じる。ちらりと見えたタイトルは、世界の拷問特集と書かれているように見えた。
「第52条は罰則規定になりまして、禁止条文の第十六条で
滔々と述べるヤトノだが、アヴェラの疑問に答えているため、役立っていると目をキラキラさせ嬉しげだ。しかし聞いている相手が途中で興味を無くした事には気付いていない。
「ただしトレイン状態でモンスターを引き連れて死亡負傷を引き起こした場合は、刑法第七十条の危険妨害致死傷害罪が適用されます。そちらの方が遙かに重い罰則が――はい、御兄様。どうされましたか?」
「もう分かった。あとの情報はもういい」
「御兄様のいけず。でも、そんな冷たいところも素敵!」
「そりゃどうも。ところで妙に詳しいのは、どうしてなんだ」
「もちろん御兄様がいつか警備隊長になられた時の為です。この良妹ヤトノは未来を見据え、研鑽を欠かしておりません!」
ヤトノは神官着のような白衣装の胸を高々と反らし小威張りしてみせた。さらに長い髪を後ろに払えば、そこを飾る白く小さな連続リボンが一緒に揺れる。
「……あっそう、ありがとう」
心の籠もっていない礼にも関わらず、ヤトノは幸せ気分で舞い上がりそうなぐらいだ。
なお、ヤトノは豊富な知識と情報を持っているのだが、モンスターに関する情報についてはあまり教えてくれない。自分の力で知識を得ることも大事であると、そうした点は少々厳しいのだ。
アヴェラが書物に目を戻したが、続きがどこだったか少し迷う。
察したノエルが書面を指先でリズム良く軽く叩いて教えてくれた。
「ああ、そこか。えっと何だ……ドロップするのは骨系モンスターの多くと同様に骨になり、これを粉末にしたものが研磨剤やガラス製品の材料となる。稀にドロップする堅い骨を使用した研磨剤は最上級品として珍重されている」
「えっ、そうなんだ。それ知らなかった……」
ノエルは顔を上げ、傍らの透明な窓ガラスに目をやった。
日常生活で当たり前のように存在し、なくては困るぐらいの物にモンスター素材が使用されている。それが軽い驚きをもたらしたらしい。
「さて、次のモンスターを調べるか……んっ?」
呟いたアヴェラであったが、ノエルにそっと合図される。立てた人差し指で口元に触れるといったものだ。
それで見ればイクシマが絵本を枕に、健やかな寝息をさせている。とりあえず本も閉じている事であるし、何とも幸せそうな寝顔は起こすに忍びない程だ。苦笑しながら頷くと、音をたてず個室を出て書架へと向かう事にした。
山岳地帯のモンスター情報を調べていく。
書架の間を歩き回りタイトルを眺め、気になった書物を手に取って斜め読み。それらしい記述があれば一旦は確保。何冊か集まったところで個室に持って行き中を確認し情報を共有する。
そんな地道な活動の調査だ。
「これで、あの辺りのモンスターについては、ひととおり弱点が把握できたな」
夕方に近くなり窓から差し込む光のせいで、室内の空気そのものが赤くなった気がする。
アヴェラは小さく息を吐くと、静かに書物を閉じた。目頭を揉みつつ横を見れば、そこには同じような書物が何冊も積んである。これが今日の成果だ。
「フィールドボスの記述はなかったけど、恐らくはスケレトスと似た系統だろうな」
「うん……そうだよね」
向かいで書物に目を通していたノエルは浮かない顔だ。
「あのさ、こんなに簡単に情報が分かっちゃうなんてさ……上手く言えないけどさ……何だか嫌な感じがするんだよね、うん」
「それはまた、どうして?」
「だってさ、先にモンスターの情報買ったでしょ。攻略方法も分かったでしょ。何だかちょっとズルい事をしてるみたいだしさ、これって本当に冒険なのかな」
「…………」
アヴェラには答える術がなかった。
そんな事はないと言いたかったが、しかし……ノエルの言う事も分からないでもない。どうしてもモンスターが倒せない、前に進めないというわけではないのだ。
ただ単に先に進みたいがため、効率のためだけに調べているのだ。
ふと前世のゲームで攻略本に手を出した時を思い出す。確かに効率良くゲームを攻略できたが、次第に攻略本に頼りきりとなって次第に自分で考えなくなった。そしてゲームの謎解き先の展開にドキドキするという事もなくなりゲームが作業となって……ついにはゲームそのものに飽きてしまった。
それと同じにならないと、どうして言えようか。
「ノエルよ、お主は実に良いことを言う」
ふいにイクシマが大欠伸をしながら顔をあげた。
「その通り、未知なるを良しとする心は大事じゃぞ。しかしな、考えてみよ。本に書かれておる事は全てじゃろか、簡潔にしか記されてないやもしれぬ、もしかすると間違っているやもしれぬ。本当の事は本だけでは確認できまい、そうじゃろ?」
「うん、まあ確かに。そうだよね」
「故に情報を集める事はズルではない、ただのスタートなのじゃって。大事なのは調べて終わりではなくって、次にどうするか。すなわち、自ら考え確認しモンスターと戦ってみよって事よの」
先程まで寝ていたとは思えない口ぶりだ。
これで顔に本の跡さえ残っていなければ、とても賢げに見えた事だろう。なんだか、いろいろ台無しだ。
「凄いな、イクシマがもっともらしい事を言ってる」
「お主なー! そういうこと言うなよー! ものっそく良い事言ったの台無しにすんな!」
「こりゃまた失礼」
「ふん! 本当に失礼なやつじゃって。まあよい、鷹揚なる我は許してやろうぞ。ちっとは感謝の意を示すがいい……と言うわけでの、礼代わりにこの本を読めい」
先程まで枕にしていた絵本を手に取った。
どうやら、それが
「自分で読めるだろ?」
「もちろんじゃ」
「それだったら自分で読んだらどうだ」
「……人の心の分からぬ男じゃって。そこは察しろよー、我はお主に読んで欲しいんじゃって!」
何かムキになっている。
けれどノエルもヤトノも面白そうに笑うばかりで、何の口出しもする様子がない。仕方なく肩をすくめ頷く――ただし、条件付きでだ。
「山岳地帯が上手くいったら読んでやるよ」
「よーし! ちゃんと読むのじゃぞ。我との約束じゃぞ、よいな」
「へいへいっと。さて、それでは帰ろうか。そろそろ閉館の時間だ」
積み上げた書物に手を伸ばす。
きちんと司書に渡し確認して貰うまでが、ここの利用規則なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます