第55話 エルフとドワーフと人間と

「さて、お次はエルフだよ」

 しかしイクシマは口をへの字にした。

「えー? 採寸とかめんどくさいのう。我は防具なんぞより武器が欲しいのう」

「生憎とエルフが使うような、お上品な武器を手がける気はないよ」

 シュタルの小馬鹿にするような口ぶりに、むっとしたイクシマは反論しようとした。だが、アヴェラはその頭を掴んで黙らせた。なにせ相手は職人だ、ここで下手に機嫌を損ねられたくはない。

「それなら大丈夫、こいつ金棒を使うウォーエルフなので」

「誰がウォーエルフじゃあああっ!」

「お前以外に誰がいる。それともバーバリアンエルフの方がお気に入りか?」

「うがぁー! どっちも嫌なんじゃー!」

 イクシマは両手を振り回し抗議する。

 呆気にとられていたシュタルは、ぷっと吹きだした。

「こりゃいい、ウォーエルフにバーバリアンエルフってかい! そんでもって金棒を使うのか、気に入った! それなら戦鎚でもどうだい? 柄の部分にはクロミウムを使い、頭には削り出したウォルフラムを使おうかね」

「戦鎚じゃと? 使った事ないが、なんぞバランスの取り方が難しそうじゃな」

「少し具合を確かめてみるかい? 素材は違うけど予備があるからね。待ってな鍛冶場から持って来てやっから試してみな。なーに礼はいらないよ」

「ドワーフが恩着せがましい。だが、こう見えて我は気が良いのでな。手伝ってしんぜよう」

 上機嫌になったイクシマは奥に行こうとしたが――厳しい態度のシュタルに遮られた。まるで噛み付きそうな顔だ。

「鍛冶場に来るんじゃないよ」

「な、なんじゃとー!! こんのっ……」

 イクシマは声をあげるものの、どこか哀しそうだ。死の神の加護持ちとして、エルフの里で疎外されていた事を思い出したのかもしれない。

 とんっ、と小突くように金色の頭に触れてやる。

「お前が悪い。鍛冶場ってのは神聖な上に、秘密の場所なんだよ。つまり――」

 炉にふいごに金床、鎚ややすりや火鋏、それらの形状や配置でさえもが鍛冶師にとっては秘技であり機密になる。しかもそれは鍛冶師一人の問題ではなく、所属する鍛冶集団全体の共有技術でもある。

 たとえ自分の家族であろうと、誓いをたて弟子として修練を始めねば立ち入らせない場所だ。まして、知り合ったばかりの相手など絶対に足を踏み入れさせる事はない。打ち殺されても文句は言えないぐらいだ。

「――という事で、鍛冶場ってのは迂闊に入っていけない場所なんだ」

「そっ、そうなんか!? むうっ……すまんかった」

 イクシマは自分に非があったと知るや、素直に謝罪の言葉を口にした。アヴェラに対する時の態度と少し違う。

「あたしも言い方が悪かったよ。最近は大通りの連中とか、客寄せで鍛冶場に人を入れてるからね。あんなのと一緒にされた気がしたもんで……悪かった。待ってな戦鎚を持ってくる」

「うむ、頼もうぞ!」

 頷くイクシマは機嫌を直し笑顔となるが、戦鎚が楽しみばかりでないようだ。


◆◆◆


 シュタルの案内で裏口を抜けると、そこは四方が五歩か六歩で隅に到達する程度の中庭だった。周りは建物の壁に囲まれ出入り口は一つだけ。乾いた白砂が薄くまぶされた地面は綺麗に手入れがされ、雑草の一本でさえない。

 こうした場所があるのは、武器は形だけ整えば良いというものではないからだ。

 たとえば剣であれば先が重いか手元が重いかの重量バランス、断面形状で厚さの付き具合の違い、刃の角度や形状などなど僅かなことで使用感が違ってくる。そのため、真面目な職人は作りっぱなしではなく自分で確認を行い微妙な変化を調整修正するのだ。

 もちろん購入者も自分の命を託す武器のため、購入前に一度は手に取り使い心地を確認したい。

 その為の場所が、この中庭というわけだ。

「どっりゃあああっ!」

 戦鎚を振り回すイクシマの気合い声が狭い空間に響き、地面に置かれた木の標的に命中。一撃で粉砕し、細かな木片を地面の白砂と共に飛び散らせた。

 ニーソは拍手し、そしてノエルは運悪く飛んで来た破片が頭に当たって泣きそうな顔だ。

「これは良いのう、我はこれが気に入ったぞ。もそっと先が重くても良いぐらいじゃって」

「馬鹿だね。そりゃ重い方が威力はでっかいけどね、持ち運びも考えたらどうだい」

「むっ、それもそうよのう……」

「代わりに少し柄を長くするとしようかね。なら鎚はこれと同じ形状にしとくよ」

 シュタルは受け取った戦鎚を置き台に横たえた。

 ドワーフという事で戦鎚には拘りがあるらしく、鎚の形状によって使い心地が異なると幾つか種類を用意して確認させてくれたのだ。もちろんイクシマもノリノリで試していたのだが。

「よーし、これで全員のが決まりだね。さっそく取りかかるよ」

「何ヶ月ぐらいで出来ます?」

「そんなにかかるものでないよ」

 笑ったシュタルは威勢良くアヴェラの尻をどついた。もちろん親愛の表現であるし、身長差があるためそこが叩きやすかったという事だ。ただし叩かれたアヴェラは跳び上がりそうな痛みに顔をしかめ、ノエルと同じく泣きそうな顔をした。

「三日で仕上げるよ、三日で」

「いっつつ……三日となると、早すぎる気がする」

「気合い入れるからね。まあ正直言うと、メナカイト鋼のチェインメイルも何パーツか用意してあるんでね。体型に合わせて組み合わせればいい。もっとも、ノエルの嬢ちゃんだと胸周りで多めに使わないといけないけどね」

「なるほど」

 アヴェラが神妙な顔で頷けば、どこからか小石が三つ飛んで来た。


「あんたの肩当てと腰当てもラメラーアーマー風だろ、それなら小札のストックはある。後は繋げるだけなんで手間でもないけど、格好良くってとこだけ気を使うとこだね」

「そこ大事ですから」

「見た目も大事だからね。で、戦鎚の方は頭を削り出すのが手間なぐらいだからね。三日で充分」

 ウォルフラムと呼ばれる鉱石をどうやって削り、柄を取り付けるのか興味の湧くところだが、そこがドワーフ鍛冶の秘伝の技術という事なのだろう。なんにせよ――。

「やっぱり一番手間がかかるのはイクシマか……」

「なんでじゃー! 我は戦鎚ちゃんを頼んだだけじゃろがー!」

「もう名前を付けてる」

 イクシマで遊ぶアヴェラを見ていたシュタルであったが、どうにも様子がおかしい。食い入るように見ている先は腰元だ。

「ところでな。ずっと気になってたが、あんた立派なもん持ってそうじゃないか」

 目付き怪しく鼻息荒く舌なめずりさえする。手をワキワキ動かしジリジリ近寄りだした。

「ちょいと堪能させとくれよ、サービスするよ」

「こ奴に対して、出会ったばっかでのっそい提案してる!? ええい、駄目じゃ駄目じゃ! 触らせん、こ奴に触らせはせぬっ!」

「なんでエルフが横から口出しすんだい? 関係ないだろ」

「うがぁー! とにかく駄目と言ったら駄目なんじゃー!」

 イクシマはアヴェラの前の胴に抱きつき押しとどめ、そのままシュタルを見やり威嚇する。目を怒らせ歯をみせ唸る有り様は、なんだかとっても必死だ。しかもギュッと抱きついて放さなくなるのだが、金棒やら戦槌を軽々振り回すような腕力だ。

 抱きつかれて嬉しいと言うよりは、アヴェラは顔をしかめた。

「おい、痛いだろ。ちょっとどけって」

「お、お主なー! 無防備すぎなんじゃってー! ええい、ノエルとニーソも手を貸さぬか! お主らはそれでいいんか……って、え?」

 アヴェラは腰の剣を鞘ごと引き抜くと、イクシマの頭越しに小テーブルの上に置いた。もちろんシュタルが食い入るように顔を近づけるのは、その伝説の名工が鍛えたと言われるヤスツナソードである。

「シュタルさんも凄いですね、やっぱりこれが分かりますか」

「そらもうドワーフの嗅覚をなめないでおくれ……と言いたいとこだけどね。実は前にコンラッドから頼まれてね、ちょいと手を入れた事があるのさ。あの邪神の呪いは解除できたのかい?」

「いえ、そのままですよ」

「ほおっ!? 呪われたまま使ってんのかい。そりゃ豪毅なもんだね。でも大丈夫なのかい!?」

 驚くシュタルにアヴェラは自分と邪神の呪いとの関係を説明する。

 その間、アヴェラにしがみつくイクシマは目を瞬かせた。

「えっ、なにそれ……?」

 イクシマの呟きに、シュタルは気遣い出来る優しい性格らしく――もしくは、剣に夢中なだけかもしれないが――完全に聞かなかったフリをしている。ノエルとニーソも同じで、さりげなく関係ない話を始めている。

 皆優しい。

 だが、アヴェラは違う。

 手頃な位置にある頭に手をやり、金色の髪の間に指を潜らせグリグリした。

「んー? ところで、さっきは何か騒いでいたな。何を言っていたんだ?」

「そういう事ならはっきり言えよー! は、破廉恥なんじゃって!」

「何かは知らんが、お前は破廉恥エルフじゃないのか? つまり……エロフ?」

「やめんかああっ! 我に変な名前をつけるなああっ! 別に変な事とか考えとらんわぁ! と言うか、お主なー! 人の傷口を抉って楽しいんかー!」

「最高に楽しい」

「くそーっ! こういう奴じゃったー! うおおーんっ!」

 イクシマの叫びが狭い空間に響き、パーティの装備充実は一歩進んだのであった。

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