第54話 装備と言えばやっぱりあの種族
人というものは、それぞれ身長や胸囲や股下など大きな差が生じる。
衣類であれば多少の調整が可能であるし、ある程度は我慢をする。武具であれば頃合いを選び、それを使えるように鍛錬を行う。
しかし防具はそう簡単にはいかない。
まず金属や
よって金が手に入った冒険者は、最優先で防具をオーダーするのだった。
「でもね、職人さんに直接頼んでしまうのは良くないのよ。商会を通して注文する方が、絶対にお得で間違いない品が手に入るって覚えておいて」
ニーソの言葉に、しかしノエルは首を傾げた。
「うーん、そうなんだろうか。こう言ったら悪いけどさ、つまり手数料が上乗せされそうな気が」
「確かに手数料はあるわ。でも、それはほんの少し。その代わりにだけど、本当に腕の良い職人さんを選んで値段交渉をするの。もし出来上がった品が手抜きだったりしても、それに文句を言ってやり直させる事も出来るのよ。それって直接だと、なかなか無理でしょ」
「うっ……確かに。職人さん、気が荒いから」
ノエルは視線を上に向け、これまで見てきた職人を思い出しながら頷いた。職人という者は全般的に気難しく気位が高いもので、文句を言うなど想像するだけで恐ろしい。
身を震わせたノエルの様子にニーソは微笑む。
「あんまり大きな声で言えないけど、いい加減な職人さんも居るのよね。見えない部分で手を抜くとか、こっそり材質を落としちゃうとか。あと手付金だけ取って、なかなか品をつくらないとか。途中で追加金を要求してきたりとか、トラブルはいろいろあるの」
「そ、そうなんか!?」
イクシマが声をあげれば、やっぱりニーソは微笑む。
「実を言うとね、あまり大きな声で言えないけど。最近もあちこちから注文受けて、手付金を持って別の街に逃げちゃった人がいるの。商会を通して注文していた人は、商会が別の品を手配したけどね。他の人は泣き寝入りなのよね、けっこう気の毒」
「おおっ! そうなんか。よし、これから我はお主に頼む事にする。よろしく頼むぞよ」
「もちろん任せて」
装備を進呈したいと言ったコンラッドであったが、商会で各種取り揃えている規格品ではなく、オーダーメイドのしっかりした品を贈ってくれるという事だ。
アヴェラたちはニーソに案内され、商会が懇意にしている職人の元へと向かう。
ニーソにノエルにイクシマと、三人揃って歩けばとても絵になり華がある。実際、通りすがる男たちが思わず目で追っているぐらいだ。おかげで後ろを歩くアヴェラの影が薄いのであった。
職人通り。
手に職を持った者たちが多く居を構え店を出す区画が、そのように呼ばれている。しかし、これは都市側が仕向けたのではなく自然とそうなったものだ。
職人の作業は朝早くから夜遅くまで続き、音や臭いや何やらも出る。
近隣住民とのトラブルは絶えずあるがため、それを避けた職人同士が一所に集まったのが始まり。職人が集まれば材料供給の店が寄って集まり、さらに職人が集まる。そうこうする内に職人や関係者が暮らす区画が出来上がったのだ。
通りの両脇には服屋、靴屋、鞄屋、鍵屋、帽子屋、蝋燭屋、染物屋、布屋、楽器屋が建ち並ぶ。その中で何軒かの鍛冶屋が通りに面した場所で鉄を打ち、威勢良く紅い火花を飛び散らせ金属音を鳴り響かせていた。それを見物がてら何人かの冒険者も集まって活気がある。
だがニーソはそこを素通り。
静かな裏通りに移動、少し進んで足を止めた。
「はい、到着。ここなの」
アヴェラは指し示された店を見やり、胡散臭いものを見る目をした。
小さな店構えは薄汚れたもので、恐らく自分で職人を探していれば間違いなく素通りしただろう。今でさえ、本当にここに入るのか不安になるぐらいだ。
ニーソはドアベルをカランコロンと鳴らし、慣れた様子で中に入っていく。
しかしアヴェラと同じ気持ちらしいノエルとイクシマは顔を見合わせた。
「どうすんじゃ?」
「ニーソちゃんの案内なんだしさ、大丈夫だよ……多分」
「ただで貰える装備なんじゃし仕方ないって事じゃな」
躊躇しながら店に入ると、薄暗い室内は微かに鉄や革の臭いがした。
意外にも店内は小綺麗に整っており、古びてはいるが清掃が行き届いている。カウンターテーブルだけでなく床や壁も磨き込まれ、落ち着きがある良い色具合だ。幾つか置かれた防具類も、やはり丁寧に手入れがされ清潔感がある。たちまち入る前の不安は霧散した。
これは間違いなく穴場の店だと確信していると、奥でドアが開閉する音が聞こえた。
そして木の板を軋ませ、背の低い女が姿を現した。
「客かい? って、なんだ。コンラッドのとこの、ニーソちゃんじゃないかい」
女性とは言え、体つきは全体的にぼってりとして太く頑丈そうだ。なんとなく、小熊のような印象がある。量の多い髪をしっかりバンダナでまとめ、首には布を巻き、衣服は手袋や靴まで革製で隙間なく着込んでいる。厚革の前掛けには細かな焦げ痕や穴が幾つも見られた。
「なんじゃ、ドワーフかー。暑そうな格好が好きな連中じゃって」
イクシマの呟きに、相手の女性は不機嫌そうにしながら反応した。
「こっちこそ、なーんだエルフかって気分だね。この格好はね、火傷を防ぐためなんだよ」
「じゃっどん、大通りの連中はそんな格好しとらんかったぞ」
「あの連中と一緒にしないで欲しいね。真面目に仕事してる者にとっちゃ当然の格好てもんでね。鍛冶火傷ってのは不思議なもんで、ポーションで治っても見た目だけ。何年かすっと肉が盛り上がって瘤になんだよ。あの連中も、じきに思い知るだろね」
女性はぶっきらぼうに言うのだが、そこに悪感情があるわけでもなさそうだ。
くるりと振り向いたニーソは得意そうな笑顔で紹介をする。
「こちらがシュタルさんで、会頭が一番信用してる腕の良い鍛冶師さんなの」
「よしとくれよ、腕が良いとか言われても困るだけってね。こちとら、まだまだ修行中だ」
「でもマイスターなのです」
「所詮はマイスターさ。祖父は元より未だ親父にも及ばぬ腕でしかない」
「えっと、でも……本当に凄いから。皆も期待して欲しいの」
ニーソは両手を広げ、一生懸命に説明する。
どうやら自分が紹介するシュタルを少しでも凄いと、アヴェラたちに伝えたいからなのだろう。それに気付いたシュタルは苦笑する。
「まあ、一通りの事はこなせる。それで仕事かい?」
「そうなのよ。コンラッド会頭のお願いで、装備を一人一つ贈りたいの」
「ほうほう、会頭直々にかい!」
シュタルは軽く目を見張り、アヴェラたちを見やった。わざわざ商会のトップが贈り物をするという事は、それだけの事件なのだ。
「あんたスピードタイプなら、メナカイト鋼を使ったチェインメイルなんてどうだい? 軽いんで、今ある服の下にでも着られるぐらいだよ」
シュタルの提案にノエルは頷きながら首を捻るという器用な事をしてみせた。
「えっとですね、どのぐらい頑丈なのだろう?」
「頑丈って言うかね、斬撃系には強いけど刺突はそこそこ打撃はいまいちって感じだね。でも通気性がいいから、暑かったり蒸れたりはないよ」
「じゃあそれで!」
「よっし。そんなら悪いがニーソちゃん、そっちの部屋で採寸を頼むよ」
ぱっぱと決まった。
「はーい、それなら向こうで。ついでにスポーツブラのサイズも再確認するけど、どうかな」
「うっ、実は少しキツくなってきたかもなので」
「それなら、しっかり調べないとなの」
「お願いします」
ノエルとニーソは姦しく別室に行ってしまう。
「エルフっ娘は後として、先にあんただね。希望はあんのかい」
「それなら……」
言ってアヴェラは商会から持って来た雑羊皮紙に、サラサラとイラストをメモしてみせた。
「こんな感じで、左肩から腕ぐらいと右腰を覆う防具が欲しいです。邪魔にならない程度のもので充分なので。あと、見た目は格好よく」
「あんた上手に絵を描くね。なるほど……ラメラーアーマー風でなら可能だね。そうすっと取り付けのバランスを考えないといけないね。この絵の通りにはいかないけど、あたしに任せとくれるかい?」
「もちろん、お任せしますよ」
「なら肩幅と腰周りを簡単に測らせて貰おうかね。んっ!? いま何か蛇が見えたような……気のせいかね?」
シュタルは採寸を行おうと踏み台の上に立つのだが、アヴェラの服に蛇が見えたと訝しがる。だが服の中にいるはずがないと納得し、手早く採寸を行った。
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