第53話 商人にはかなわない

「先日はありがとうございました、誠に感謝を感謝を」

 コンラッド商会の会頭であるコンラッドは深々と頭を下げた。横に並ぶニーソも揃って同じようにする。

 もちろんそこは、商会の一室で上客用に用意された豪華な部屋であった。

 世間的にはただの冒険者でしかないアヴェラではあるが、会頭がわざわざ頭を下げに来るだけの理由があった。つまり下着類の発案や開発に関与し、商会の売り上げに大きく貢献したからだ。

 ひとところの騒動は流石に収まったものの、今でも商会には多くの女性客がやって来て下着を購入していく。お陰で売り上げは右肩上がり状態という事で、その礼をしたいと呼ばれてやって来たのである。

「あれは今後も継続的に売れ、しかも景気や流行に左右される品ではありませんのでな。商会として非常にありがたい品です。そして何より人様に喜ばれる品を売る事が出来た。商人冥利に尽きる喜ばしいものですな」

 コンラッドはえびす顔としか言い様のない顔だ。

「それにしては、あっさり他の商会に作り方を教えたそうで」

「ええ、それはもう。当商会だけで儲けては申し訳がないという事でして」

「やっかみや嫌がらせを警戒してですか」

「よくお分かりですな。製法を公開したところで、当商会に損はありませんからな。さてニーソ君は、何故だか分かりますかな?」

 コンラッドはニヤリと笑って問いかけた。

「えっ! 私ですか? それは……」

 突然の質問にニーソは驚き戸惑い、ついにはアヴェラへと縋るような目線を向ける。全く見当もつかないため、助けを求めているのだ。しかし、視線を向けられたアヴェラは冷ややかにスルーし、自分で考えろと突き放している。

 諦めたニーソは一生懸命考え言葉を口にしていく。

「つまり、私が思いますには……充分に売れて、既に目標の利益に到達してます。あまり儲けるとやっかみで他の商会から突き上げがあって、他の入荷に影響がある……のかな? それに品を調べれば再現は出来るので、先に教えて恩を売っておいた方が得なの……かな?」

 自信なさげなニーソを励ますつもりか、同席するノエルとイクシマも自分の意見を口にした。

「そっか商会も大変なんだね。うん、単純に儲けるだけじゃダメなんだ」

「じゃっどん、儲かるならもそっと儲ければいいんじゃろって。そうなるとじゃ、ここはやはり先手必勝で恩に着せたって事なんじゃな」

 三人の協力し合う様子に、おやおやと微笑んでいたコンラッドであったが、その余裕もアヴェラが喋りだすまでだ。

 アヴェラは苦い顔で息を吐きニーソを軽く睨む。

「昔、教えただろ。商売は先行者利益が大きいって話を」

「えーっと……」

「新しい商品を売り出せば、世間的には最初に売り出した者の印象が浸透するだろ。実際、今回の件をみれば新しい下着はコンラッド商会って言われている。他の商会が後から同じ商品を出しても、それはコンラッド商会が始めた品って誰もが思うわけだ」

「あっ、そっか……元祖とか本家とかってなるって話の事よね」

「思い出したか。では注意点は?」

「えっと……後発者の方が開発コストが抑えられて、改良とか新しい機能が付けられる。だから必ずしも先行者が有利とは限らなくって、新しい考えや付加価値を創造されると立場が逆転されてしまう……で、良かったのよね」

 ニーソが述べると、アヴェラはしっかりと頷いた。

「たとえば今回のスポーツブラは身につけた場合の動きやすさが着目点だ。でも、たとえばファッションとして形を綺麗にみせるとか、使用感としての肌触りを追及するとか、使いやすさで寝間着とか。あとはまあ、寄せてあげて胸を大きくみせるとか。開発する余地ってのは、まだまだあるはず」

「こやつ、やたらと詳しいの……」

 イクシマはすっかり呆れた様子だ。

 しかしコンラッドは違った。冷や汗をかき、目の前にいるのは何者だと戦慄さえしている。自分が長年商売をして気付いた事や考えていたことを、あっという間にスラスラと述べている。さらには、この主力商品の新たな展開にまで言及しているのだ。

 普通ではないと考えていた相手は想像以上の存在だったと驚ききっていた。


 コンラッドはアヴェラの熱い語りが終わるのを待っていた。

「これは、言いたい事を述べられてしまいましたかな」

「すいません。本職の前で偉そうに語ってしまって」

「お気になさらず、いろいろ参考になりそうな内容も聞けましたのでな。さて、それでは実はお礼に一つお見せしたいものがありましてな。はい、こちらです」

 コンラッドは指先から手首までの長さの短剣を懐から取り出した。鞘から抜かれるたそれは両刃で、磨き込まれた金属は黒光りし鮮やかな白刃が冴え輝き如何にも鋭そうだ。

「使い込まれた感じのダガーですね。古い品ですか」

「刃の形状に握りの彫刻からしますと、ざっと5百年前の品ですな」

「なるほど、これも呪われてますか」

「その通りですな。ただし、それが一風変わった呪いでして……さてニーソ君、こちらを隣の部屋の金庫に収めてきてくれますかな」

 唐突な指示に戸惑うニーソはコンラッドの指示に従い、頷いて受け取り直ぐ置きに行く。

 しばらくして戻って来た。

「置いてきました」

「では、ドアを閉めて頂きまして……はい、このように」

 そしてコンラッドが意味深に手を差し出すと、忽然とそこに運ばれていったダガーが出現する。驚くニーソであったが、何か声をあげるよりイクシマの方が早かった。

「はんぎゃあああっ! ダガーが、ダガーが出て来おった……なにそれ恐い!」

「というわけでしてな」

 コンラッドは悪戯の成功した子供のような笑顔で笑った。

 しかしニーソとノエルも驚愕の面持ちであると気付き、軽く舌を出して肩を竦めている。案外とお茶目なところがあるらしい。

「どこに置いても戻ってくるのです。これはスケサダダガーと呼ばれるもので、そこそこ名の知れた者の作になりましてな。強化+1で呪いは先程のように必ず持ち主の元に戻ってくる、といったものになりますな」

「面白いですね。でも、それを会頭が手に入れたという事は、持ち主に戻る呪いを上手く制御できる方法があるのですか?」

「ご明察、別の人に譲ればいいのですよ。ですから、アヴェラ殿にお礼がてら差し上げようかと」

「よろしいのですか?」

 強化された装備というものは価値が高い。しかも、今回の場合は呪われているとはいえ実害がないに等しいのだ。お値段も当然だが高くなるだろう。

「これがなかなか商売人には少々厄介でしてな。非武装の会合や商談の場にまで付いて来ますし、家族団らんの場や寝室にまで現れまして難儀をしております」

「なるほどストーカーダガーですか……」

「ストーカー?」

「いえ、なんでもありません。冒険者なら逆に使い道はありそうですね」

「しばらく使われて面倒でしたら呪いを祓われてもよろしいでしょう。ダガーとしても間違いのない品ですからな。どうぞ、お受け取り下さい」

「ありがたく」

 アヴェラは平然と受け取った。

 わざわざコンラッドが話をして実演して時点で、だいたいの察しはついていたのだ。恐らくこれをお礼にくれるのだろうと。もちろんコンラッドの方でも、アヴェラが察している事を察しているに違いないのだが。


 それで所有権が移ったらしい。ダガーはアヴェラの手の中から消える事はなかった。

 目の前のやり取りに少女三人は呆気に取られて見ているばかりだ。

「装備をいろいろ調えようと思っていたところなので助かります」

「何か思うところがありましたかな?」

 訪ねるコンラッドに、アヴェラは山岳地帯での苦戦を打ち明けた。

「なるほど……聞いた事があります。そこに出てくるモンスターに強敵がいると。それを倒せるかどうかで、冒険者の行く末が判断できる基準だそうですな」

「試金石みたいなものですか」

 山岳地帯の採取地点まで到達したものの、そこから先に進めない者たち。それが、あの転送魔法陣の間で待機する者たちの正体なのだろうか。到達した事に満足してしまい、危険を冒してまでスケレトスと戦えなくなったのかもしれない。

 アヴェラはノエルとイクシマと視線を合わせた。これはますます、あの連中と関わり合うべきではない――その認識を新たにした。

「さてと、それでは前置きが長くなってしまいましたがな。実は今のはお礼の手付けみたいなものでしてな。実はお礼としまして、皆さんに装備を一つ進呈させて頂こうと考えておりました」

 コンラッドはにっこりと笑った。

 アヴェラたちが新たなフィールドに到達した事はニーソから聞いており、そこで苦戦するであろう事も想定済み。そうなれば装備を見直そうとするに違いないとまで予想をしていた。だからお礼がてら恩を売ろうと考えていたのだ。

 できる商人というものは客が来る前に、客の希望を掴んでいるらしい。

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