第51話 山岳地帯に行く、その前に

 都市から新たなフィールドへと移動する。

 もちろん普通に移動すれば何日もの時間を要するため、特殊な技術にて設置された転送魔法陣を使用するのが一般的だ。それであれば日帰り探索も可能なのである。

 大股十歩も進めば次の隅に行けるような広さに、四人ほどの冒険者がカードゲームに興じていた。厚手の敷物に座り込み傍らには水袋や食べ物、さらには酒瓶などを持ち込み、居着いた様子で気怠げに寛いでいる。

 不意に床の中央に刻み込まれた魔法陣が薄らと輝きだした。

「おっ、来たぞ」

 更に眩い光を放ちだすと四人はカードを放り出し素早く立ち上がった。

 光が消えると魔法陣の上に三人の姿が出現している。剣を装備する少年、髪を後ろで一つに結び小剣を装備した少女、そして金棒を背負った金髪の少女だ。

 四人は素早く近づき、さり気なく取り囲む。

「すいませーん、ちょっと説明したい事があります。お時間よろしいですか?」

「知っておいた方がよい情報ですよ。聞かないと損でーす」

「少し、少しだけ話を聞いて下さい」

「ちょっとしたアンケートに答えれば、今ならなんとポーションを進呈します。」

 口々に言いながら、さりげなく出口へ行く方向を遮っている――だが、三人組の動きは素早かった。

 まず少年が体当たりする勢いで走りだし、黒髪少女が後に続く。なんとか引き留めようとするところに、金髪エルフが石床に金棒を叩き付ける。それで驚き身を仰け反らせれば、三人はあっという間に扉を出て行ってしまった。

 足音は遠ざかり、小部屋に舌打ちが響く。

「……逃したか。しゃーない、次を待とうか」

「今のって草原を最速クリアの連中じゃない? あれ上手く引き込まねば」

「狙い目だよな。でもまあ、残りの連中はいつ頃に来るかね」

「まだ先なんじゃね。それまでノンビリ待とうや」

 四人は部屋の隅の敷物へと戻って行く。そして放り出してあったカードを拾い上げ、再びゲームに興じだすのであった。

 そんな彼らを冒険者と呼ぶべきかどうか誰にも分からない。


◆◆◆


「うむ、ここまでは追ってこんかったな。はっはぁー! 我の作戦、大成功ぞ!」

 新たなフィールドの地を踏みながらイクシマは満足そうだ。

 そこは乾燥した山岳地帯で、すなわち景色は茶色が大半となっている。岩や砂ばかりで、ポツポツと枯れたような草が存在する。前回まで訪れていた草原と環境が随分と違い、これが同じアルストルの近くとは思えないぐらいだ。

「作戦というかな、突進するだけだろ。これだからウォーエルフって奴は……」

「またそれ言いおったなー。お主、我を一体どのように思っとるん!?」

「聞きたいのか? いいだろう、どう思っているか語ってやろうか」

「うがぁー! 絶っ対ろくな事言わんつもりじゃろがー!」

 騒ぎながら装備を確認していく。

 思いっきり走って来た後で、こんな時は何かと装備を無くしやすいものだ。腰に付けた筒の回復ポーションや小袋、水袋。意外なところで武器という事もあって、剣などは鞘から抜け落ちる場合――流石にその時は音で分かるが――もある。

「あっ、あれ? 配ろうと持ってた飴玉入りの袋がない」

 不運の加護を持つという事で、一番の心配だったノエルは案の定パタパタと身体のあちこちを叩き探しだす。腰にある小剣はレア宝箱から入手した品だ。

 なんにせよ、飴の入った袋は見つからず運悪く落としてしまったらしい。

 そしてノエルよりもイクシマが慌てだす。

「な、なにぃ!? 飴を落としたじゃとぉ! それはいかぬ、戻って探すぞ」

「このエルフいじましいな」

「いじましい言うな! 飴じゃぞ飴ぇ、我の飴なんじゃぞぉ!」

「いや、お前のじゃなくてノエルのだろ」

 イクシマが熱心に辺りを見回していると、そこに軽い足音が聞こえた。

「それでしたら、わたくしが拾っておきましたよ」

 少女形態を取ったヤトノが声をかけた。いつの間にかアヴェラの服の中から抜け出していたわけで、ある意味それはアヴェラの落とし物というべきかもしれない。

 ヤトノは手首のスナップをきかせ、小袋をひょいっと投げて渡した。

「走る途中で運悪く外れてしまったようですね」

「しっかり結んでおいたのに……拾ってくれてありがとう」

「どういたしまして」

 ヤトノはにっこり微笑んだ。神という存在の一部なだけに、素直に向けられた感情が嬉しいのである。そして表情を変えると、呆れ交じりの息を吐きながらイクシマに冷ややかな目を送った。

「どうして御兄様が先程の連中から逃げねばならぬのですか」

「な、何でじゃ!? 我の作戦は完璧だったでないかー!」

「ふっ」

「鼻で笑った!?」

「あの程度を作戦とは。これだから小娘ときたら」

「小娘言うなー!」

「しゃーっ!」

「がぁーっ!」

 どうやらヤトノは作戦とはいえアヴェラが逃げねばならなかった事が気に入らないらしい。威嚇が終わると不機嫌なまま白蛇に姿を変え、アヴェラに巻き付き服の中へと姿を消した。ただし、最後に振り向き舌を出している。


「なんて奴なんじゃって」

 イクシマは口先を尖らせると、アヴェラの足を軽く蹴りだす。鬱憤晴らしもあってか三回もだ。痛くない程度に加減されているとは言え、ちょっと酷い。

「まあ実際のとこ。ただの突進と言っても、イクシマの案は良かったさ」

「分かっておるではないかー。そうよのう、そうよのう。良かったじゃろって」

「でも毎回これだと、探索する前に疲れてしまう」

「確かにそうじゃのう」

 モンスターとの戦闘もあるし、緊張し警戒しながら移動をせねばならない。体調と体力は万全にして、無駄な消耗は極力控えたいのが事実だ。

 ノエルは自分の胸を挟むように腕組みをした。

「それにさ、問題は戻りだよね。なんて言うのかさ、気分的に嫌かな。だってほらさ、あの場所で待ち構えられてると見張られてるみたいだよね。うん、なんか嫌」

「ちらっと見えたが、あいつら飲み食いして寛いでたな。さすがに寝泊まりはしてないと思うけどな、あれは絶対に朝早くから夜遅くまでいそうだ」

「そんなに居てさ、どうするんだろ」

 話しながら手で合図して乾燥した土地を歩きだす。雑談するために来たのではないのだ。ある程度まで息が整えば探索を開始するのが当然だ。

 エルフとして聴覚の優れたイクシマは軽く視線をあげ、少し頷いた。

 どうやら近くにモンスターの気配はないらしい。

「そりゃ、あれじゃって。今年の検定合格者があちこちの場所に行くじゃろ。そんで到達した者を勧誘するって事じゃな。我もギルドについて聞いてみたんじゃが、所属人数が多いほど補助金が多く出るとかなんとか」

「それで必死か……で、その情報はどこから?」

「同じ郷の知り合いエルフからじゃ」

「なに? お前にそんな話の出来る相手がいたのか」

「ちょっと待てえええっ! その反応はなんじゃ!? 我にだって話を聞く相手ぐらい……ちびっと話す程度じゃが……まあ、なんじゃな。ちょっとはおるんじゃってば……本当じゃぞ」

 そこで友人と言い切れないイクシマは決まり悪げだ。

 アヴェラは追及しない。ニーソやウィルオスといった数人を除けば、大した知り合いもいないのだ。ここで余計な事を言って自爆したくはない。もちろんノエルも同じらしく、場を和ませるためか持って来た飴を配った。

 強めの風が吹く辺りに砂を踏み締める三人の足音がテンション低めに響く。


 ふいにイクシマが口を開いた。

「それはそうとじゃな、何か対策せねばなるまいって。アヴェラよ、お主はよい考えはないか?」

「考えか。そうだな……まずは、あいつらの話を聞くか」

 ギルド勧誘者の話を聞けば、そう簡単に解放はされないだろう。

 イクシマは口の中の飴を転がし呆れた様子だ。

「なんと甘いのう。この飴ぐらいに甘すぎじゃって」

「それで近づいたところを短剣で刺す」

「はああっ!? 何を言うておるん?」

「上手くやれば気付かれる前に二人はいける。四人いただろ、ノエルとイクシマが一人ずつ引き受けてくれたら簡単に片付く。後はフィールドの中まで運んで片付け……どうした?」

 気付けばイクシマはぷるぷる震えていた。

「どうしたではなあああいっ! そんなん外道すぎじゃって!」

「排除できないなら、そうするしかないだろ。逆に考えてみろ、転送魔法陣で出現した瞬間を攻撃されたらどうする? あいつら待ち構えてるから、それが出来るぞ」

「そんな事するかあああっ!」

「いや、人間というものは邪悪だ。自分の思い通りにならなければ、力尽くにでも従えようとしだすものだ。世間を見て見ろ、その証拠に戦争というものは常に起きているじゃないか」

「うがぁぁっ、謎の説得力。反論できぬうううっ!」

 イクシマは頭を抱えてしまった。

 しかも、ひょっこり頭を出した白蛇ヤトノが頷いている。

「流石ですわ、御兄様。ええ、人間という者は実に愚かで自らが災厄を引き起こすのです」

「だろうな……相手の事情を考えず、思ったまま感情的に動く奴がいる。それこそ、どんな世界にもな。そいつらは暴走しやすく、自分が正しいと信じ込んで平気で他人を傷つけるんだ」

 アヴェラがしみじみと呟くと、イクシマは得体の知れない相手を前にしたように怯み後退った。まったく自分の考えた事もないような事を、それも暗く恐ろしい事を告げられたのだ。

「ええい、ノエルよ。お主からも何か言うてやれい!」

「えっ、私から? うん、そうだよね。アヴェラ君の案を実行してもさ、あんまり意味ないと思うんだよね」

「うむうむ……うんっ? 意味ないとな」

「だってさ、ほら。元を絶たないと別の人が来るだけなんだから」

「…………」

 イクシマは自分がおかしいのだろうかと悩んだ。

 死の加護を持つとして仲間から阻害されて生きて来た身の上ながら、この二人はもっと酷い目にあったのだろうか――憐れみ同情し共感し、自分が傍にいてやらねばと誓うのであった。

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