第49話 青空の下で買い物を
青空の下、イクシマは目を細め上機嫌さを滲ませている。
日の光を浴びた金色をした髪は、まるで光そのもので出来ているように美しい。その間からエルフの証たる尖り耳の先がちょこんと姿を現し、まさに妖精だ……が、しかし軽く肩をはだけた赤衣や背負いの金棒が本当にエルフかどうか首を捻らせてしまう。
挙げ句に口に頬張る棒付き飴が、全てを台無しにしていた。
「うむ、甘くて美味いぞよー。これは
前にアヴェラが剣を探した広場の青空市をぶらついている。
冒険者の大半が各地の探索地点に出ている時間帯のため、賑わいはそれほどではない。だが、それでも充分に人がいて活気があって喧噪がある。
簡易テントや木の建物もあれば、商品を積んだ荷台が店代わりといったものもある。そこでは武器防具から装飾品に薬関係、日用品や小道具に素材、食料品関係まで幅広く売られていた。
その場で食べられる物を売る屋台もあるわけで、本格的な食事を提供するものから嗜好品――イクシマが頬張る棒付き飴などの甘味など――まである。もちろん味がどうかは食べてみるまでは分からない。
「しっかしのー、買い食いというものは最っ高ぞ」
「本当だよね。お休みにしたんだからさ、ここはもう思いっきり食べちゃうってのはどうだろう?」
「ノエルよ、お主は実に良い事を言う! 我と共にここの甘味を喰らいつくしてやろうぞ!」
「賛成賛成大賛成。じゃあさ次は、あそこの焼き芋っ!」
はしゃぐノエルが勢いよく屋台を指させば、後ろで一つに束ねられた黒髪が跳ねている。なんとも楽しそうだが――アヴェラは咳払いをした。
「太るぞ」
ノエルとイクシマの足が瞬時に止まる。
「甘味を食べるとは言ったけどな、物事には限度ってものがあるだろ。さっきから何軒回ったんだ? もう五軒ぐらいは回ってる。ほどほどにしておこうか」
「お主なー、なんでそんな事を言うんじゃって。折角の記念じゃろが、ここで食べずしてどうする!」
「体重増加は記念なんてものは考慮してくれないぞ。食べ過ぎれば太る」
「ま、またぞろ言いおった! お主なー、楽しんでおるとこに水を差すなよー」
「だが真実だ」
「うがぁぁぁーっ!」
吼えるイクシマは焼き芋を物欲しげに見やり苦悩するが、しかし買い食は止めている。やはり太るという言葉は、どんな世界のどんな女性にとっても警戒すべき言葉に違いない。
「それより二人とも、青空市に来たならやる事があるだろ」
「えっとさ、何だっけ?」
「予備の服でも探したらどうだ。万が一服がなくなった時に備えて」
「うっ……」
ノエルは視線を上にやって、きまりの悪い顔をした。
以前に下着を含めた全装備を失った事があって、今着ている服はケイレブ教官の奥さんから譲って貰った服なのだ。
「ニーソに買い取りして貰った額は多めだったし、それこそ記念なんだ。何か形が残るもので、しかも必要なものを買うのはどうだ」
「そっか、そうだよね。その方が記念になるね、うん」
青空市には何軒も古着屋があるため探すには困らない。品が良いかどうかは別として新人クラフターの手による新品の服さえ売られている。
買い食いで甘味制覇をするよりは、よっぽど良い買い物に違いない。
「もちろんイクシマもだぞ」
「我もか!? じゃっどん我は今のままで充分じゃし。もっと甘いもの食べたいんじゃぞ」
「そうか残念だな。イクシマの新しい服とか見てみたかったが」
「そ、そうか?」
イクシマは一瞬はにかんだが、慌てた様子でしかめっ面をした。重々しく咳払いを何度かすると、さも仕方なさそうに頷いている。
「むぅ……えーい、仕方がないのう。そこまで期待されては、我も何か買うしかないではないか。よかろう! 行くぞ、ついて参れ!」
さっと先頭に立って歩きだすイクシマだが、ノシノシ歩く足取りはいつもより強く踏み締めるものであった。
「アヴェラ君の服も見繕ってあげるね」
「間に合ってるから、いらない」
「えーっ、そんなこと言わないでさ」
「予備もあるから大丈夫だ」
「だって選びたいからさ。皆で揃って買おうよ!」
ノエルは不満顔で両手を握り勢い込むがアヴェラは拒否するばかりだ。
通りの真ん中で軽く揉めた雰囲気なのだが、道行く人は気にもせず横を通り抜けていく。暇な屋台の店主が面白げにニヤニヤしながら見ている程度だ。
「ノエルよ、そこで気を揉んでもしかたないのじゃって。それよか、我らで勝手に探そうぞ!」
「うん、そうだね。こうなったらさ、気合いを入れて探すんだよ」
そして少女二人は腰に手をやり、高らかな声で気合いを入れている。もちろんアヴェラは素早く他人の振りを決め込んでいた。
◆◆◆
出鼻を挫かれ青空市に来たのは、まだ朝に近い時間だったはずだ。しかし今はもう夕方となっている。青空市は赤空市と呼ばねばならない空の色合で、周りは店じまいが始まっていた。
――もう、二度と服を買うなんて言うまい。
アヴェラは固く心に誓い足をふらつかせた。
「疲れた……遺跡から草原まで一気に踏破したような気分だ……」
「それ大袈裟すぎだよね、うん」
「まさか、かなり素直な気分なんだが」
行きつ戻りつ数ある古着屋を巡り続け、アヴェラはすっかり疲れきっていた。
それは身体的だけではなく、精神的な疲労も込みだ。二人が服を探す合間に意見を求められ、自分もしくは二人の試着に対して感想を求められ、的確に答えねばならない。
しかし、こちらの意見は少しも反映されないのだ。
きっと女性が質問するのは答が欲しいからではなく、自分に関心が向いているかの確認なのだろう。
おかげで少しも気は休まらず疲労困憊という事だ。
「まったく情けないやつじゃって」
「野生のエルフと違って、こっちは都会派なんだ……」
「ふん! 失礼な奴じゃって! まあいい、今日はよーく付き合ってくれたでな、心の広い我は許してやろうとも。伏し拝んで感謝するがいい」
「そらどーも」
イクシマもノエルも選びに選んだ服を詰め込んだ革袋を大事そうに抱えている。それが今日の戦果であり、アヴェラの気苦労と疲労で賄われたものだ。
「また明日ね、今日は本当にありがと」
「明日こそ新しいフィールド探索に参るぞ、よいな我との約束なんじゃぞ」
「ああ、そうだな。また明日」
アヴェラが頷くと、ノエルはイクシマと共に女子寮のある区画へと歩きだす。仲良さげに歩く二人の後ろ姿を見送りながら深々と息を吐く。これは疲れではなく、寂しさからくるものだ。つまり見送られるより見送る方が数倍寂しい――。
「お疲れさんでしたな、アヴェラの坊ちゃん」
笑いを含む野太い声が寂しい気分なんてものを瞬時に吹き飛ばした。
振り向けば兵士装備のビーグスの姿がある。さらに、揃いの装備を身に付けた警備隊の面々が何人もいた。いずれもニヤニヤと笑っているではないか。
どうやら一部始終を見られていたらしい。
ずらりと並んだ警備兵たちがにやつくため、帰路につく客は訝しげな顔をしつつ足早に通り過ぎていく。多少なり疚しい気持ちの店主たちは店じまいを加速させている。
「いつの間に……全然気付かなかった」
「そらもう、坊ちゃんの邪魔にならんよう全力で配慮しとりましたんで」
警備隊は治安組織であって、時には尾行追跡などの捜査もある。
それは知っていたが、正直言えばここまで姿を隠すのが上手とは思っていなかった。皆に対する印象ときたら、家に来てトレストと酒を呑み騒いでバカをやり、カカリアにまとめて怒られ正座して項垂れているようなものしかないのだから。
「しっかしまぁ、えらい可愛い子たちでしたなぁ。パーティの仲間ですかい?」
「まあね、上手いことやってるよ」
「ほっほう、坊ちゃんは隅に置けませんなぁ」
ビーグスたちは腕組みして、ニヤニヤしっぱなしだ。
そのままであれば冷やかされたところであるが、幸いにもトレストがやって来た。部下の兵士と似た装備だが、少しだけ飾りが付いて立派。何より都市の紋章入りのマントを身につけている。
「おっ、アヴェラか。随分疲れた顔をしているな、今日の冒険は大変だった?」
「まあそんなところですね。なかなか大変な、お宝探しでした」
父親に対し敬語を使う事が当然な世界で時代であるが、アヴェラの場合は口調はともかく態度はそこまで丁寧ではない。あまり褒められた事ではないものの、実際には一目置いて尊敬している。
もちろん皆はそれを知って苦笑するばかりだ。
「トレストの旦那、今日はこのまま直帰されてはどうです?」
「むっ、しかし……」
「偶には親子水入らずで帰るというのも良いもんですぜ」
ビーグスの言葉に他の兵士たちも賛同の声をあげる。
それどころか、もはやそれを決定事項として勝手に行動を開始しているぐらいだ。ささっ、と散って店じまい中の店の間を巡回したり片付け具合を注意しだしている。なんだかんだと、全員がトレストを敬愛しているのだ。
「あいつらめ仕方の無い連中だな……」
「もしかして一緒に帰るのが嫌? やれやれ、それなら一人で寂しく帰ろうかな」
「ちょっ、待ちなさい! 誰が嫌なものか帰るに決まっているだろう」
慌て気味のトレストは素早くマントを外すと丁寧に畳み懐に仕舞い込んだ。
そして親子二人で帰路につくのだが、トレストが今日あった仕事の内容を熱心に語り、それをアヴェラが聞くといった奇妙な親子模様が繰り広げらるのであった。
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