◇第五章◇
第48話 モンスターよりも厄介な
「草原を踏破したそうだね、おめでとう」
探索都市アルストルにある一室で、両手をゆったりと打ち合わせる拍手が響いた。
もちろんそれは教官であるケイレブによるものだ。椅子にどっかり座り、やって来たアヴェラたちを前に頼もしい笑顔を見せている。
「これで君らは初心者を脱した。今後はより重要なクエストを受ける事ができる。それに合わせ飛空挺の利用も解禁される……だがまあ、使用料は高いのでお勧めしないね。都市から借入できる金額も増え利子は引き下げられる……だがまあ、借金なんてしない方が賢いってものだね。ギルドへの加入もしくは設立も認められる……老婆心で言わせて貰えばギルドなんてものは止めておくべきだね。ああいうのは、加入すれば使い回されて酷い目に遭うだけなんだよ。しかしこれから勧誘が激しいだろうから気を付けた方がいい」
ケイレブは手元の資料――恐らくは伝えねばならない事項が記されている――を見ながら説明を続け、その都度感想を告げている。
だが、どうにもデメリットばかりだ。
おかげでテーブルを挟んだ向かいに座るアヴェラは面倒そうな顔をするばかりであるし、その隣にちょこんと座るノエルは欠伸をかみ殺している。イクシマなどは、もう完全に寝ているのだった。
「さて、何か質問はあるかな?」
「もう帰ってもいいですか」
「なんだい、随分とつれないじゃないか」
ケイレブは寂しげな声を出している。
かつてパーティを組んだ仲間の息子を相手にしているため、そこはかとなく身内感覚があるのだろう。普段はもっと堂々とした雰囲気が漂うが、今はとても上級冒険者には見えない気の抜き具合だ。
「つれないと言われても仕方ないじゃないですか。これから新しいフィールドに行こうと気合いを入れてたのに、いきなりここに来る事になったわけですから」
転送魔法陣を使用しようと係員に免許証をみせたところ、まずはケイレブの元に行くよう指示されたのだ。出鼻をくじかれ、あまり気分は良くない。
「ふむ、その気持ちは良く分かる。だが、僕の時代は草原を踏破した直後の呼び出しだったがね」
「踏破した直後って、それ大丈夫でした?」
「もちろんボロボロだよ。それでもトレストと肩を貸し合って、当時の担当教官の下まで行ったものさ。ちなみにあの時にカカリアがキレて暴れたお陰で、直後の呼び出しはなくなったんだよ」
「……なんか、うちの親がすいません」
アヴェラが頭を下げると、ヤトノが姿を現し白蛇から少女形態へと姿をとった。
「御兄様は悪くありませんよ。この男のフォローが悪かったに違いありません」
「出たな蛇娘」
「しゃーっ! 相変わらず無礼な男ですね、いいかげん呪いますよ」
「ふっ、今日の僕は違うのだよ。さあ、これを見たまえ!」
ケイレブは横から小さな壺を手にとってみせた。何やら大事そうな仕草で、それを一瞥したヤトノは胡散臭そうな顔をした。
「それが何か?」
「聞いて驚くといい。これは、どんな呪いや災いも吸い込んでくれるという壺だ」
「はい……? それはどこで手に入れたのです?」
「昔の仲間が紹介してくれたのさ。あまり仲は良くなかったが、久しぶりに会いたいと言って来てね。その時に紹介してくれたのが、この壺なんだ。随分と割り引いてくれたが、なかなかに高い。三ヶ月分の小遣いまで前借りしたぐらいさ」
「それ何の力も感じませんが」
「うん?」
「それ、ただの壺ですよ。はあっ馬鹿馬鹿しっ……流石のわたくしも呆れてしまって、呪う気も失せてしまうぐらいです。あっ、御兄様に近づかないでくださいね。そういう詐欺に巻き込まれると面倒ですから」
言ってヤトノは再び白蛇状態に戻った。最後にちらっと憐れみの目を向け、アヴェラに巻き付きその服の中へと姿を消した。
「待ってくれ、待ってくれないか。嘘だと言ってくれ。おいっ!」
「……用件が済んだようなので失礼します。父さんたちにはケイレブ教官も含めて、昔の知り合いから壺は買うなって言っときますんで。それでは」
アヴェラとノエルは丁寧にお辞儀をすると、寝こけているイクシマを引っ張り教室を辞した。
後には壺を抱えたケイレブが呆然としている。
◆◆◆
ソフトレザーで補強した厚手のチュニック、腰には長剣、回復用ポーションと水袋。背負い袋には雑布と少しの食糧。そのまま新たなフィールドに突っ込める装備のアヴェラであるが、短めの髪に手をやり指で梳くように掻いた。
「気が削がれたな」
そうと言いつつ、しかし実際に何か物理的に困っているのではない。それは出鼻を挫かれてしまった気分的な問題で口にしているだけだ。
各探索地に向かう冒険者の人波は去った後で、講舎からグラウンドへ続く途中の、クエスト受注所付近の広場は閑散としている。
随時臨時クエストは張り出されるものの、定期的なクエストは朝方に更新される。そのため、少しでも率の良いクエストを求める冒険者で朝は混雑するのだ。
その混雑が終わると一斉に移動を開始するため、今から転送魔法陣で探索地点に移動したとしても多少の混雑は覚悟せねばならない。
ただそうなると――ノエルはため息をついた。
「今から行くとさ、鉢合わせとかしちゃうかな?」
「しちゃうじゃろなぁ……」
「もしかするとさ、待ち構えてるかな?」
「構えとるじゃろなぁ……」
イクシマもため息をつく。
それは草原のデスピネ撃破した後のこと――転送魔法陣を使用し都市に帰還したところで起きた。
都市に転送された部屋には何人かの冒険者がいた。
互いに干渉し合わない事が冒険者の習わしで――しかし、そこでは即座に取り囲まれた。それも行く手を塞がれる感じで。
曰く――話だけでも聞いて欲しい、手間は取らせないから。
曰く――絶対お得だから、少しの時間だから。
曰く――ギルドに加入すると良いから。
距離感の近い感じで周りを囲み、口々にギルド勧誘を言いつのって非常にしつこかった。それに苛立った事や回収した素材をニーソに届けたかった事もあって、やや強引に突っ切って転送魔法陣の部屋から逃げ出したのだ。
冒険者の中には先輩風を吹かせ、暗黙ルールや謎マナーを一方的に押し付けるような面倒くさい者もいるが、それとは少し違う雰囲気の手合いだった。
「ギルド勧誘ってさ、あの時だけじゃないって私は思うんだけどさ」
「恐らくそうだろ。あそこで網を張って勧誘してたんじゃないのか?」
「通報しても無駄だよね」
「今までの感じだと無駄だな。だがギルドに加入したところで、ケイレブ教官が言ってたみたいに使い回されて酷い目に遭うのがおちだ」
「うっ、なんか嫌……でもさ、酷い目ってなんだろ?」
「さあ? お金とか素材の上納が決まってるとか、先輩ギルド員の都合で探索に行く日が決められるとか。それにギルド内での序列があるだろうから、加入すると間違いなく下っ端。扱き使われるだろうな」
何となく立ち止まり、近くのベンチをみつけてそこに移動する。
風が通る木陰の眺めの良い場所で、普段は混み合う広場の閑散とした様子を眺める。まるで、その広場を自分たちだけで独占しているような気分だ。
実際には、出遅れて必死に走っていく剣士のすがたもあるし、魔道書片手に散策中のローブ姿もある。血の気のない仲間を背負って救護室に向かうパーティだっていた。
ぼーっと座り込んでいるのはアヴェラたちだけだ。イクシマはオヤツにしている木の実を空中に放り投げ、パクッとしてモグモグしている。
「よう分からんのじゃが、そんなんでは直ぐ離脱するんでないか?」
「組織とかに一度入ると抜けるのは簡単ではないからな。しつこく引き留められるし、無理矢理抜けたとして先の事を考えると心理的抵抗もあるだろ」
「先の事ってのはなんじゃ?」
「次に顔を会わせると気まずいとか、下手すると嫌がらせされかもとか。それに誰だって人から悪く思われたくないからな。そうなると我慢しようと思って、嫌々でも従ってしまうんだ」
「むうっ、確かに面倒よな」
「というわけで、今日はお休みにするか」
アヴェラの提案にノエルは頷くが、戦いたいイクシマは不満そうだ。
「じゃっどん、我は
「草原攻略のお祝いで、何か食べに行かないか? たとえば甘い物とか」
「よし、休みにしようぞ!」
途端にイクシマはベンチから跳ぶように立った。
「甘い物じゃぞ! よいな、我との約束なんじゃぞ」
振り向き、ニカッと太陽のような顔で笑っている。
あまりの変わり身の早さに思わず顔を見合わせるアヴェラとノエルであったが、笑いを堪えるのに苦労をしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます