第46話 なにかとお騒がせ

「私が! 今ここで! 頑張らなきゃ!」

 ノエルは剣を上段に構え突撃した。

 それに反応したデスピネの前肢が鋭く薙ぎ払われ――しかし寸前、ノエルは足を滑らせ勢いよく前転している。デスピネの攻撃は外れた。

「転んだ程度で、私は負けないから!」

 決意と共に立ち上がったノエルであったが、そこはデスピネの腹の下。しかも構え直そうと突き上げた剣先は、偶然にもデスピネの体節の隙間に突き刺さってしまう。もちろんそこが、弱点である事は言うまでもない。

 大ダメージを受けたデスピネは身体を硬直させ、直後に力が抜ける。

「あれ?」

「ぼさっとするでなあああいっ!」

 いつの間にか跳ね起きていたイクシマが駆け寄り、デスピネの巨体に押しつぶされる寸前のノエルを引っ付かんで救い出した。

 その最中に偶然にもノエルの腰ベルトからポーションの一つが――宝箱から回収したものが――外れて落下。デスピネの身体に押しつぶされ中身を溢れさせている。だがそれは、激しく沸騰するような劇薬だった。

 デスピネは地面の上で激しくのたうち苦しんでいる。

 出来すぎなまでの形勢逆転にアヴェラは呆れつつ、このチャンスを逃すまいと剣を構えた。だがしかし暴れるデスピネには到底近寄れる状況ではない。

「ボス戦で絶好のチャンス。これを逃せばよくない……つまり緊急事態だな。よしっ! 魔法で支援しよう!」

「アヴェラ君は魔法禁止だよ!」

「安心しろ。普通にやるから大丈夫だ」

「それ絶対に大丈夫じゃないから。神様と約束したでしょ!」

「やむを得ない状況だから問題ない」

 アヴェラは断言した。

 もちろん自分が魔法を使うため、理由を正当化しているだけなのだが。ヤトノも応援しているので問題ないだろう。

「さあいくぞ。数多の火神に厄神の使徒が要請する! ファイアアロー!」

 うきうきと魔法を使えば――誰もが硬直した。

 ノエルは元より唱えたアヴェラ自身でさえも、そして暴れるデスピネでさえも。

「えっ、なにそれ……我の知ってるファイアアローじゃない……」

 イクシマの声は震えていた。

 なぜならそれは矢と呼ぶには、あまりにも大きすぎた。まるで巨人が使う槍か棍棒のように見えた。常識外れに大きく何かとんでもない代物で、出現しただけで辺りの気温を一気に上昇させたぐらいだ。

 それが音もなく滑るように前進。

 我に返ったデスピネが逃げようとするが、どうにもならず一瞬で呑み込まれ蒸発した。火の塊は背後の下草や木を消滅させながら突き進み、地面には眩しく赤熱した線が長々と刻みつけられていく。

 やがて彼方で閃光が迸った。

 遅れて衝撃波が押し寄せ、辺りを激しく掻き乱した。


「アヴェラ君は火の魔法禁止! 絶対に禁止! と言うよりも、使ったらダメって私言ったはずだよね!」

「緊急事態で不可抗力だったわけだし。それに……普通に使ったつもりだが」

「普通って……どこが?」

 両手を腰に当てていたノエルは腕を振り辺りを指し示した。

 祠の広場を囲む木々は焼き切られたように炭化した断面を晒し、地面は抉られた線が一直線に続き底部はいまだ赤熱し溶けた様子だ。魔法が直撃した丘陵は不自然に欠け、溶岩の如き流れを生じさせている。

 神々の視線を感じるため軽い気持ちで厄神の名を出してみたら、この有り様だ。

「まあ普通の範疇では?」

「それ違うから。とにかくさ、今の魔法で迷惑した人がいたら謝らなきゃだよ」

 ノエルは心配そうに辺りを見回している。

 だがしかし、苦情が来る事は絶対にないだろう。

 直撃していれば骨すら残らず消滅したであろうし、少し掠めただけでも生きてはいまい。目撃者がいたとして、何が起きたか分からないはずだ。

 ただし、アヴェラはそれを指摘する事はなかった。

 何にせよ苦情が来るとすれば、一部始終を目撃していた神々からだろう。

「御兄様、今の魔法はナイスでした。流石です! 本体も凄く喜んでおります! 御兄様が自ら使徒と宣言して下さったので最高の気分です!」

「そうか苦情はなかったか」

「大丈夫です苦情はありませんでした。何か嫌味を言いに来たぐらいです。まったく嫌ですよね、遠回しにネチネチ言うのとかは」

「苦情じゃなくて嫌味か……」

 白蛇状態のヤトノはすこぶる上機嫌だ。

 反省はしていないアヴェラだが、心の中でこっそり謝罪をしておいた。


 いきなりイクシマが叫んだ。

「はあああっ!? あれっ、あれレア宝箱おおお! なんで出とるん?」

 片手を口に当て、反対の手で指さしている。

 デスピネが消滅した辺りに出現した黄金色の箱を食い入るように見つめている。それは宝箱の中で最も等級が高いレアな宝箱。普通は冒険者人生で一度か二度遭遇するかどうかといった程度。

 それが出る確率は極めて低いが、天運の発動しているノエルには関係ない。

「やりました、またしてもレア宝箱じゃないですか」

「ちょっと待たんか。こんなんでレア宝箱とか、そこらへん我聞いた事ない」

「まあまあ、いいじゃないのさ。こうして出ているわけだしさ。ではでは、さっそく開けねば。解錠いきます……よっし開きました」

「なんでじゃあああ! なんでスカウトスキルⅠで開くん!? そんなん、おかしいじゃろって!」

「ちゃんと開いてるじゃありませんか。ほらさ、この通り」

「待て、待つんじゃって。何で開けとるん!? 罠、罠ぁ! って、罠が発動しとらん! なんでじゃあああっ! あーりーえーんー!!」

 イクシマは叫びながら頭を左右に振り、長い金髪をバサバサ動かしている。絵に描いたような混乱っぷりで、見ている方が気の毒になってくるぐらいだ。ただし、今ここで見ているのはアヴェラとヤトノなので指をさし笑ってるだけなのだが。

 あり得ない確率の出来事の連発も全てノエルに発動している天運によるものだ。

「そろそろ切れるな」

「ですね」

 何が起きるか分からないため、アヴェラとヤトノはそっと後退った。

 だが、ようやく混乱を脱したイクシマは興奮した様子でノエルに駆け寄っている。その黄金色したレア宝箱に感動しきった面持ちだった。

「な、中身はなんじゃ! 我にも早う見せるのじゃって!」

「なんだろう……うん、小剣だね」

「小剣じゃって? そうか、きっとものっそい価値があるに決まっとるって! どれ見せてみよ!」

「はいどうぞ――あっと、危ない」

 手に入れた小剣を渡そうとしたノエルだったが、勢いよく閉まった宝箱の蓋を素早く回避した。前回は蓋に服を挟まれ酷い目にあったが、今回はそんな事はなかったようだ。

「ふっふっふ、この私は同じミスで挟まれたりなんてしませ……あれ?」

「なあ、なんぞ変でないか。その箱」

「膨らんで……る? もしかして罠が発動!?」

「いかーんっ!」

 イクシマが飛びつきノエルと共に地面へと転がる。

 次の瞬間――蓋が閉まった衝撃でトラップが遅れて発動。宝箱はふっとび、近くの木へと激突。その木はアヴェラの魔法の余波でダメージを受けており、地面に突っ伏していた二人めがけ倒れていく。

「ふぎゃあああっ!!」

「きゃああああっ!!」

 地面の上で二人は抱き合い悲鳴をあげる。

 直撃こそしなかったが、太い木が自分たちめがけ次々と倒れてくる。その光景に音に衝撃に、それはもう凄まじい恐怖だった事は間違いない。


「ううっ、酷い目にあった不運だ……」

「これからは宝箱が開いても油断してはならぬぞよ。よいな、我との約束じゃぞ」

「そうだよね」

「まあ無事で良かったのじゃが」

 二人は這々の体で、文字通り木の下から這い出してきた。

 そしてノエルが照れたような困ったような顔で手を差し出すと、そこに一本の鍵があった。レア宝箱から回収したものを落とさずにいたらしい。

 それが何の鍵かは分かっている。

 都市まで一気に戻る転送魔法陣が使えるようになるための鍵だ。これが二度目であるし、この平原や森のような状況で扉は一つしかないのだから、むしろ分からない方がどうかしている。

「図らずも先に進めるようになったか……あと一戦闘とか言っていたのが、ずいぶんと大変な戦闘だ。バーサーカーエルフの意見を聞いた結果がこれだよ」

「うがぁーっ! 無礼じゃぞー! お主は我を何だと思っとる! エルフじゃぞ! それも三の姫なんじゃぞ! 分かるか!? ちっとは恐れ入れっ!」

「ウォーエルフだと無駄に格好いいし。むしろ蛮族エルフの方がお似合いか?」

「無視するなよおおおっ!」

「おおっと、蛮族エルフが喋ってる」

「うっがあああーっ!」

 アヴェラは咆えるエルフが詰め寄るところを、頭を掴んで押し止める。もはやお約束ぐらいになってきたパターンだ。すっかり慣れたため、その状態で会話だって出来てしまう。

「宝箱から出て来たのは小剣だったのか?」

「そうなんだよね、アヴェラ君が使う?」

「ヤスツナソードがあるから使わないな。鑑定して貰って良い品だったら、ノエルかイクシマが使えばいい」

「じゃあ鑑定にかけてみるね……それはそれとしてさ、そろそろイクシマちゃんを放してあげたらどうかな?」

「おっと、そうだった」

 解放されたイクシマは半泣き顔で鼻水まで垂らしていた。確かに頭を掴まれ抵抗出来ない状況にあれば、そうもなるだろう。ただし本気になれば、自分の頭を掴む相手の腕をへし折り投げ飛ばす程度は容易くやれる――つまりは、そういう事だ。

「よしよし悪かったな」

「撫でるな! 撫でるなあああ! この我をなんと心得るか!」

「エルフとか三の姫とか関係ない。お前はイクシマという一人の女の子だろ」

「ぬっ……そ、そうなんじゃぞ。もそっと我を大事にせんか」

 ぶつくさ言うイクシマだが、そっぽを向いた顔が少しにやけている。

 ノエルが鍵を軽く上に放り投げ、素早くキャッチして微笑んだ。目線の合図で石の祠の扉に向かおうと促している。アヴェラも無言で頷いた。

 扉を開ける。

 もちろんそこには、都市まで戻る転送魔法陣があるのだった。

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