第45話 素材回収は難しい

 そこに居たであろうコクーンの姿はどこにもなく、木からぶら下がる糸が虚しく糸が揺れるのみだ。

 イクシマは地面を思いっきり踏みつけた。

「またかああああっ!」

 行けども行けども見つからず、空振りの連続。

 乱獲しているパーティが存在するのか、それともこれが普通なのかは分からない。何にせよコクーンの競争率が激しいのは間違いなさそうだ。

 ノエルが軽く手を打った。

「そっか、もしかするとだけどさ。今週のターゲットに選ばれたのかも」

「ターゲットなんだそれ?」

「うん、素材の買取価格が一割増しになるって話なんだよ」

「なるほど。それは争奪戦になるな」

 たかが一割されど一割。

 冒険者として生計を立て、なお且つ身体を張って稼ぐのであれば間違いなくそれを優先的に狙うに違いない。十匹倒せば、もうそれで十一匹倒した事になるのだから。

「しまったな。こんな事なら、前に来た時に少しでも倒しておけば良かった。そうすれば素材を回収する手間が多少は省けたのにな」

「それならそれで、その時に素材を精算してたと思うよ」

「それもそうだな」

「おかげでスポーツブラをつくる事になったからさ、私としては問題ないんだよね。これさ、きっと絶対に皆が欲しがるよ。サラシで巻くのって息苦しくて身体も動かしにくかったんだよね、うん。もう本当に凄いんだからさ」

 横でイクシマも首肯し、二人して両手を上げ下げ身体を捻り息の合った踊りをしているぐらいだ。とは言え、アヴェラは話題が話題だけに何も言えやしない。

「これはもう私たちだけの問題じゃないよね」

「まったくもってその通りじゃって。これを広めぬなど、世界の損失ってもんじゃ!」

「うんうん、そうだよね。世界が変わるよね」

「何としてもコクーンめを倒し素材を回収しようぞ!」

 二人はこの素晴らしさを世に広めねばならぬと、率先して突き進んでいく。


 だが後を追うアヴェラは少し悩んでいる――この世界から可能性の芽を摘んでしまったのではないかと。

 つまり、この世界独自の発想によってスポーツブラよりも効果的で素晴らしい下着が誕生したかもしれないのだ。しかし今や、アヴェラが持ち込んだ異世界の知識によってその可能性は消えつつある。

 何となく余計な事をしてしまった罪悪感があった。

「文明汚染をしてしまったのかもしれない……だが仕方ないか」

 そんな呟きは少女二人の声にかき消されてしまう。

「でも出ないよね、どうしよっか?」

「そりゃもう行くしかあるまい。この勢いで突き進むのじゃって!」

「確かにそれって、ありだよね」

 そして二人してアヴェラを見やる。

 このパーティの方針決定はアヴェラが行っている。ノエルは元から従う気で仲間になっているし、イクシマにしても気付けば自然と従うようになっているのだ。

「まだ先でもコクーンは出るんだよな?」

「もちろんじゃって、草原から森まで出現するって言うておったじゃろが。問題なく出るんじゃって。さあ行こまいか!」

「この辺りに競合相手が多い事を考えると、先に進むのもありか……」

「森にフィールドボスがおるって噂なんじゃが、それさえ注意しておればよかろうて。他のモンスターは変わらんはずじゃし。ここで歩き回るよか、森の少し奥の方がよいのでないか?」

 草原というフィールドで活動する冒険者は採取がメインであるため、そこに出現するボスは敬遠するだろう。そうなると森の辺りでの採取はあまり行われないはずだ。

 そうなるとイクシマが言う通り、森の少し奥の方が穴場かもしれない。

「仕方ない。こうなったら森の中に行こう」

 アヴェラの言葉と同時にノエルとイクシマは走るようにして森の奥へと向かっていく。そこまで二人を駆り立てる魅力がスポーツブラにはあるらしい。


◆◆◆


「はっはーっ! もはや、ここら全部の獲物を我らで独占でないんか? さあ次の獲物ぞ! ドンドン倒して素材を回収しようではないか!」

 森の奥に場所を変えたのは、まさに大正解であった。行く先々にコクーンが見つかり、先程までの苦労は何だったのかというぐらいに遭遇する。

 コクーンへの対処も慣れてきた。

 アヴェラが近づき注意を引き飛ばされる糸を回避。その隙にイクシマが吊り下がる木を金棒で殴って揺らし、コクーンが混乱する隙にノエルが不意をついて斬りかかる。運悪くノエルの攻撃が外れたならば、他の二人がフォローに入るのだ。

 被害としては足を滑らせ転んだり、落ちてきた枝が当たったり程度。勿論全てが不運の神コクニの加護を持つノエルの事であって、他の二人は無傷である。

「ささっ御兄様、これをどうぞ」

 コクーンが残した素材をヤトノが回収し嬉しそうに差し出してくる。

「とても順調ですね。ところで素材はどれだけ必要なのです?」

「そういえば数を聞いてなかったな……まあ多いほどいいのではないか」

「まあ、何て適当なんでしょうか。大雑把でいい加減なとこも素敵です!」

「褒められてないような気がする」

 肩を竦めるアヴェラであるが、しかし回収した素材を入れる革リュックはそろそろいっぱいに近い。こうなると素材重量もあって運びにくくなってくる。欲に駆られた冒険者が持ちきれない宝を抱えて自滅する話は枚挙に暇がないわけで――。

「そろそろ戻るか」

「いや、それはまだだろう。我はもそっと戦いたいぞー」

「これだからウォーエルフは、本来の目的を忘れるな」

「お主なー、変な名で呼ぶなー」

「うるさいな、目的は素材の回収なんだぞ」

 ヤトノも深々と頷く。

「そうですよ、小娘の胸を保護するために素材を回収しているのですよ」

「んなっ! こ奴やたらと我の乳を心配しておる!」

「心配して当たり前です。小娘は自分で自分の胸を触って愉しむのですか? 違いますよね、つまりそういう事なのです」

「なんじゃ、この謎の説得力!? と、とにかくじゃ! あと一回、あと一回だけ戦いたいのじゃって。そんくらい、いいじゃろ?」

 手を合わせ一生懸命頼み込む様子に、アヴェラとノエルは顔を見合わせた。

「あのさ、どうしよ」

「仕方ないな、ここで聞いておかないと後がうるさいからな」

「うん、まあ仕方ないよね。それなら、あと一回だけだからね」

 まるで我が儘な妹を宥めるようにノエルは言うのだが、実際そんな気分なのだろう。そんな事は少しも思わぬイクシマは喜ぶ。

「よし戦闘じゃーっ!」

 金棒を突き上げ歩き出すイクシマはバーサーカーエルフではないか、そう思えて仕方のないアヴェラであった。


 妙に立ち並んだ木々の間を抜け、草地を踏み分け進む。

 そこは奇妙に開けた場所になっていた。周りに木が等間隔に並び、その足元には人の背丈ほどもある下草が生い茂り、まるで壁のようになっている。

 正面に石の祠があったが、その入り口は扉によって閉ざされていた。

「うむ、我はあの扉に見覚えがあるぞよ」

「奇遇だよね。実は私も同じなんだよね、うん」

 後退った二人は嫌な予感に襲われ後退ると、何かに衝突し驚いて振り向く。それはアヴェラの背中であった。

「悪いが、後ろには行けないらしいぞ」

 既に抜き放っていたヤスツナソードで指し示す先には、八本足で移動してくる巨大な蜘蛛の姿があった。剛毛の生えた足の一本ずつが人の背丈ほどもあり、八個並ぶ目もアヴェラたちと同じ高さにある。

「ぎゃあああっ、あれってフィールドボスのデスピネじゃあああっ!」

「叫んでる場合か」

 イクシマを引きずりデスピネと反対方向に、即ち広場の中へと移動していく。

「これって袋の鼠!? いやいやいや、まだ林の中に逃げ込めば……」

「恐らく無理だ。ほら」

 アヴェラは後方に移動しつつ、ヤスツナソードで手近な下草を薙いだ。数本の枝葉が斬り落とされるが、明らかに植物を斬った音ではない。まるで固い金属に当たったような音だった。しかも、そこには棘まであるので通り抜けようとすればどうなるか想像に難くない。

「ヤバイって、こんなんどうすんじゃぁ!?」

 後方から迫ってくるデスピネに追われ、三人は固まって広場の中心にまで移動していく。

 白蛇状態のヤトノがするりと顔を出し、呆れたような声を出した。

「あと一回とせがんだのは、小娘でしょうに。いざとなると尻込みするなど、とんだ臆病者です」

「だ、誰が臆病じゃ!! 我は強いんじゃぞ! こんなもん恐くなんてないんじゃぞー!!」

「はい、その意気で頑張って下さいな。さあノエルさんもファイトですよ。御兄様共々、素晴らしい戦いをするのですよ。わたくし楽しみにしておりますから」

 広場に入る場所は、ご丁寧にもデスピネが糸を張り巡らせ塞いでしまう。どうやら逃がす気はないらしい。アヴェラは覚悟を決めた。

「いくぞスピードダウン、アーマーダウン……効いてないな」

「ええい、とにかく攻撃なんじゃ!」

 イクシマは金棒を振り上げ、八本ある足の一つを狙った。しかし、ひょいと持ち上げられ回避されてしまう。だが、そこからイクシマは根性をみせた。空振りでバランスを崩した勢いを利用し、転がるようにしながら金棒を振り回す。少し後ろにあった足に命中、関節から先を吹っ飛ばした。

「今だ!」

 そちらに気を取られたデスピネへと、アヴェラとノエルがすかさず斬りかかる。だが、意外に身軽なジャンプによって回避された。この隙に逃げようと思うが、それを許さないのがデスピネの動きだ。跳ねるように移動し、上から押しつぶすように落下してくる。

 その攻撃を回避するのが精一杯で、それぞれが広場の中をてんでばらばら逃げ回るしかない。一人でなら逃げられない事もないが三人全員というのは難しい。

 もちろんここには自分だけ逃げようという者は居なかった。

 土を打つ重い音に振動、風圧と共に砂埃が舞う。

「蜘蛛ってのは、こんな攻撃するのか!?」

「分かんないけどさ、これじゃあ反撃のタイミングがないよ」

 連続ジャンプに逃げ惑うしかなく、何度目かで――デスピネは前方に突進。

「ふんぎゃあああっ!」

 イクシマは体当たりをくらい吹っ飛んで、地面に叩き付けられた。さらに小柄な身体は数度地面の上を鞠のように跳ね、祠の扉に激突した。それだけでも大ダメージだが、これが固い下草に突っ込んでいれば悲惨な事になっていただろう。

 倒れたまま呻いているが、今は助けに行ける状況ではない。

「火神の加護ファイアアロー!」

 ノエルが放った火の矢がデスピネの身体に突き立つ。さすがに燃えはしなかったが、焦げて嫌な臭いが漂う。気分の悪くなる鼻を突く異臭だ。

「やったよ、今の魔法が効いてる! けっこう大活躍かもだね、うん!」

「ついでにヘイト上昇にもな!」

「はい?」

 デスピネは驚き戸惑うノエルへと突進し、それをアヴェラが引っ掴んで助けだす。しかし運悪く足の一本を躱しきれず激突してしまう。目の眩むような衝撃に、腰にあったポーションを浴びるように飲むのは、ほぼ反射的な動作だった。

「くそっ、回復しきってないな」

「ごめん私のせいで!」

 アヴェラが自分のせいでダメージを受けた。

 その事実はノエルを追い込む。

 彼女に加護を与えるコクニは不運の神だが、同時に幸運の神でもある。追い詰められた時に、それでも決意と共に進もうとすればノエルの不運は裏返るのだ。

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