第44話 素材回収は基本のき

「凄い凄い」

 翌日、試作品を着用したノエルは満足そうな声をあげた。

「これもう凄く良いんだよ。うん、絶対凄い!」

「でしょ、私も試して使って感動したのよ」

「これって本当感動だよね」

 楽しげな声、さらには跳びはねる音まで響いてきた。

「もうこれは我のもの! 誰であろうと譲らぬ」

「ちゃんとイクシマちゃんに合わせたからね、ぴったりだった?」

「うむ! 実に良い、褒めてつかわす!」

「ありがとっ」

 楽しげな声が聞こえてくる。

 そう、それは聞こえてくるだけなのだ。

 コンラッド商会の一室で、一人椅子に腰掛けるアヴェラは仕切られたカーテンを無念そうに見やった。黒色をしたそれは、分厚い素材で出来ており少しも向こう側を見通す事はできない。向こう側では少女三人が下着姿でいるのは間違いないのだが、見る事は少しも出来ないのだ。

 カーテンの前でヤトノがうろうろする。

「あのっ、皆さん。こういう場合なのですが、まずは発案者が確認すべきと思いませんか? つまりこの場合は御兄様なのですが」

「「「やだ」」」

 即座に息の合った声が帰ってきた。

 ヤトノは不機嫌そうに腕を組み、ぶつぶつ文句を言う。

「まあ何て子たちでしょうか。まったくもう、ここは下着姿を披露して御兄様の目を楽しませるところでしょうに。サービス精神というものが欠如しています」

「なあヤトノ、そういうのいいから」

「何を仰います! そうです御兄様、ここは突入しましょう。さあ行くのです」

「大人しくしないとお仕置きするぞ」

「そんなっ、わたくしは御兄様のためを思って言っているのですよ」

「本当に怒るぞ」

「はいはい、そうですね。わたくしが悪うございました。いいです、いいのです。全てこのヤトノが悪いのですから」

「微塵も反省した様子がないな」

 衣擦れの音がゴソゴソ響き、少しして三人が出て来る。もちろん、しっかりと服を着ていて下着の姿は少しも見えなかった。

 頭の後ろで手を組んだイクシマは機嫌良さげで、とことこ来て椅子にどっかり座り、テーブルに身をのりだし飲物に手を伸ばした。もう勝手知ったる何とやらで遠慮の欠片もない。


 ニーソとノエルは淑やか気味に語りながら席につく。

「やっぱり生地が問題かな。これで戦闘になるとさ、結構汗をかくわけだし暑いと思うからさ。うん、街中の普段着としても暑い感じかも。あと、生地としても厚みがあるってのも問題だと思うよ」

「そうなのよね。これってメッケルンの毛を加工した布なので厚みがあるのよね。寒いときはいいけど、やっぱりお洒落にも影響するものね」

「もう少し薄い生地とかで、通気性が良いのってないかな?」

「ちょっと、待ってて」

 ニーソも懸案として考えていたのだろう。その薄く通気性の良いという生地を持って来た。ただし量としては手の平と同じ程度と僅かだ。

「これが素材なのよ。軽くて暖かくて、でも熱くはならない。それでいて通気と吸湿に優れて、何より手触りが凄く滑らかなの」

 その説明にヤトノは手を伸ばし、生地に触れ感触を確かめた。

「どれどれ。むっ、これは柔らか滑らか」

「確かにそうだよね。凄くいいかも」

「我にも触らせよ。ほうっ、これ最っ高よのー。これでもう決定じゃろって」

 しかしニーソは首を大きく左右に振った。

「ちょっと難しいの、これで試作品をつくりたいのに手に入らないの」

 蚊帳の外に居たアヴェラはようやく顔を上げた。

「手に入らない? だが商会だったら、それぐらいの在庫はあるのだろ?」

「あるはあるけど、会頭に見せる商品は自前で用意する決まりなの」

「なるほど」

 アヴェラは改めて感心した。

 商会にある品や素材を自由に使用して良いとなれば、工夫の芽が摘まれてしまう。数少ない手数でどうするか悩むからこそ、時として面白いものが出来上がる。

 そこをコンラッド会頭は理解しているのだ。

 さすがは一代で財を築いた男といったところだろう。

「素材って事だが、どこで取れる?」

「森とか草原の辺りで手に入るらしいけど……」

 その言葉にアヴェラが何か言うまでもなく、ノエルとイクシマの目の色が変わった。もう絶対に素材を回収するつもりだ。

「なら問題ないな。いまその辺りだから任せてくれ」

「えっと、でもね……実は予算が厳しくて……」

「都市を通さず直接の依頼でいいさ。報酬は二人に完成品を渡してくればいい」

 アヴェラの言葉にノエルもイクシマも大きく頷いた。

 個人間のクエスト依頼は何かとトラブルの元となるため、通常は都市を通してのクエスト依頼が推奨されている。

 とはいえ、信頼のおける者同士であれば問題はない。

 ニーソもはにかみながら頷いた。

「うん、それならお願いします」

「どんなモンスターを倒せば素材が回収出来るんだ?」

「あのね――」


◆◆◆


 そのまま草原に急行してしまうほど、ノエルとイクシマはやる気だった。

 転送魔法陣から途中のモンスターは全てスルーし、ひたすら目的の場所を目指す。そして草原を突き進み、林と呼ぶには寂しい木々の間に目的の存在――コクーンがいるはずだった。

「あれ? どうしてなんだろ、いないね」

 木々の間にヒロヒロ揺れる糸はあるのだが、そこに吊り下がっているべき繭のような姿はどこにもなかった。辺りを見回すが、もちろんそれらしい存在はない。

 イクシマが大股でノシノシ近寄ると屈み込んだ。

 その付近の地面を手をやり、無造作に表土を払いのけ丹念に確認する。

「ここは衝突痕、その後に足跡が来て剣……いや、深さからすると槍じゃろな。あと焼けた痕もあるのう。つまりコクーンの糸を何かで切って落とし、それから転がったところを突いて攻撃。火系統の魔法も使っておるわけじゃな」

「なるほど先客って事か」

「素材回収も定番クエストのはずじゃろ。そんでもって、ここは草原に到着した地点に近いんで真っ先に探す場所。こないだ見かけたのは運が良かったのじゃな」

 クエストによる素材回収であれば、それなりの数を要求される。

 この近辺で集中してコクーンを狙っているのだろうが、それが一組だけとは限らず複数存在するという可能性もあった。モンスターの奪い合いは常にあり得ることで、そしてトラブルの元でもあるのだ。

「もっと奥まで行って探さないとダメだよね」

「ここでリポップを待つというのはどうだろうか……」

「それどうなんだろ。いつ出てくるのか分からないよね。それにさ考えてみて、私の運の悪さというものを。期待通りに出てくると思う?」

「よし、奥に行こう」

 アヴェラは即断した。

 不運の神コクニの加護を得ているノエルは何かと運が悪い。もちろん、このパーティメンバーの誰一人として、それを責めたりはしない。ただ自然に受け入れ判断の一つとしているだけだ。

 歩きだすと、白蛇状態のヤトノが顔を出しアヴェラの肩から腕に巻き付いた。

「むむっ、あれはメッケルンですね」

「スルーしておくか」

「ですが素材は暖かフワフワ、あれを素材につくって貰えば――」

 ヤトノが呟いた途端にノエルとイクシマが反応した。

「「火神の加護! ファイアアロー!」」

 先を争うように少女二人が魔法を放った。さらにそれぞれが武器を振りかざし襲い掛かって倒してしまう。やる気がる気にまで昇華されてしまっているようだ。


 さっそく素材回収係を自任するヤトノが少女形態を取って回収してきた。

「はい、どうぞ御兄様」

「なんと言うか恐いぐらいだな」

「素材として売らず、これはニーソめに渡し試作して貰いましょう。フワフワモコモコ包まれる胸、素敵です」

「そっ、そうだな。素材代なんて、魔法がタダで習えた事を考えれば――」

 言いかけたアヴェラだったが、ふと黙り込んだ。

 金棒を担ぎ意気揚々と戦意も高いイクシマを見つめた。

「そういえば、お前。今の戦闘でファイアアローの魔法を使ったな」

「当然じゃろって、我は基本はだいたい抑えておるのでな」

 平然として答えた相手に、アヴェラは軽く目眩さえした。

「だったらどうして、今まで使わなかったんだ? ヒースヒェンを倒す時とか。二人してあんなに走り回って、労力が全然違うだろが」

「うむ……我も今はそう思うがな。しかぁし! あの時は殴って倒す方が良いと思ったのじゃ。お主なら分かるじゃろ? 武器を振り回し敵を打ち倒す、これぞいくさ! これぞ戦い! 最っ高なんじゃって!」

「……コレジャナイエルフめ」

 アヴェラは心底呆れながら呟いている。

「違ーう! お主なー、変な名前を付けるなよーっ! 我そんなではなーい!」

「分かった分かった、お前って生物はエルフはエルフでもウォーエルフなんだな。もしくは、バーサーカーエルフ……まてよ、バーバリアンエルフという可能性もあるな。ああ、きっとそうなんだろうな」

「また変な名を増やしおった、こいつ! もはや許せぬー!」

 いきり立ったイクシマが突進して来るが、その頭にポンッと手を載せ押さえてしまうとジタバタ暴れるだけの状態になってしまう。

「あのな、もう少し頭と魔法を使おうな?」

「うがぁぁーっ! 屈辱ー!」

 イクシマは咆えながら暴れた。

 苦笑するノエルがアヴェラの手を退かせ、慰めるように頭を撫でている。まるで幼い妹を宥める姉のような仕草であるが、実際にそんな気分なのかも知れない。

「まあまあ落ち着こうよ。でもさ、そのお陰で魔法を教えて貰う話になったわけじゃないのさ。結果としては良かったと思うよ、うん」

「ノエルよ、お主は良いことを言う!」

「それに二人して走ったのも楽しかったしさ。そういうのって大事だよね」

「そーよのー! 全くもってその通りじゃって。お主分かっておるではないか」

 イクシマは嬉しそうに笑い、ノエルの手を取って頷いている。

 そんな仲良さそうな二人と共にアヴェラは草原を探索するのであった。

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