第43話 ものづくりは異世界の醍醐味か
「それで私のところに来たのですか?」
「当然でしょう。さあ、御兄様のため協力するのです」
「あのですね……」
コンラッド商会の一室、ニーソはこめかみを揉んだ。
普段の笑顔はどこへやら、かつてないほど冷ややかな眼でアヴェラを見ている。そこにはそれなりに迫力というものが備わっており、どうやら商会の一員として成長しだしているらしい。
少し埃臭く古物の香りが漂う中で、白蛇状態のヤトノはテーブルを尾で打った。
「まあ、何を躊躇するのですか」
「ヤトノ様はそう言われますけど、そういう事を頼まれてもですね」
「頼れる相手は貴女だけなのですよ。いいですか、ここは貴女の明るい未来のためでもあるのです。さあ尽力をなさい」
「明るい未来? それは……」
「貴女の望み、わたくしが知らないとでも? ここで協力し存在感を醸し出さずしてどうするのですか。貴女の望みは御兄様と――」
「わわっ、やります。協力します。やらせて下さい!」
ニーソは顔を紅くして狼狽えると大きな声を張りあげた。チョロいと呟くのはヤトノだけで、同席するノエルとイクシマは何も言わない。ただ静かに、冷たい飲み物を口にしただけだ。
そして……何も理解していないアヴェラは場を取りなすように明るく言った。
「すまんな、ヤトノが無理矢理な事を言ってしまって」
だが、その場には白けた雰囲気が無性に漂うばかりである。
ヤトノは呆れたように小さく息を吐き、頭を小さく左右に振った。
「御兄様、流石のわたくしも呆れてしまいます。少しはニーソめを気遣ってやっては如何でしょうか」
「いいんですヤトノ様。よく分かってますから」
「なんと出来た娘でしょうか。これからも御兄様を、どうぞよしなに」
「もちろん分かってます」
きっとここは何も言わぬ方がいいのだろうと、アヴェラは辺りに眼をやった。
そこは商会の建物の奥まった場所にある一室。
雑多な品が突っ込まれており、どうやら倉庫兼会議室といった場所らしい。ニーソ個人への用事という事で、こうした雑な部屋に案内されたのだ。ただし、それでも個人に対するものとしては破格に違いない。なにせ仕事中の店員がわざわざ席を外れて応対してくれているのだから。
壁際の棚には取っ手やハンドル、ステッキや靴といったものがあって束ねて大量に置かれていたりもする。それなりの値段がしそうな絨毯が丸めて立て掛けられているかと思えば、隣には金属鎧があったりと統一感がない。置き場に困った品をとりあえず突っ込んだ印象がある。
ニーソは背を伸ばすと、緑を帯びたショートの髪を揺らしアヴェラに微笑んだ。
「でもね、実を言う丁度良いタイミングだったの。だからあんまり気にしないでね。依頼の内容はともかくとしてなんだけど」
「ん? 何かあったのか」
「会頭から課題をだされているの、何か新しい商品を考案しなさいって。でもね、ちっともアイデアが浮かばないから……そろそろアヴェラに相談しようかなーと思ってたとこだったの」
「課題か、それはニーソだけのものか?」
「ううん、違うよ。商会に入った人は必ず出される課題なの」
「なるほど」
間違いなくそれは、コンラッド会頭によるテストだ。自分の部下がどれだけ出来て、どう行動するのか見極めようとしているに違いない。
「あとね、私もそういうの欲しいもの」
「あー、まあそうだろな」
アヴェラは口ごもり、ちらっと目線を動かした。テーブルの上で腕を組むニーソだが、その上に胸がのっている。しかも、ズッシリ感があるぐらいだ。
その視線に気付いたのだろう。ニーソは顔を赤らめ、軽くアヴェラの腕を叩く真似をする。誤魔化し笑いで首を竦めるアヴェラであったが、そこには幼馴染みという親しさと仲良さげな雰囲気が漂っていた。
「「…………」」
ノエルとイクシマは揃って不機嫌そうな顔だ。そして存在をアピールするかの如く、音をたて啜るようにお茶を飲んでみせた。
「イメージはつまり、こんな物だ。構造としては凄く単純なものだ、多分」
アヴェラは羽ペンを手に、手早く羊皮紙の上にイラストを描いてみせた。
通常は気軽なメモなどは箱に砂や灰を入れたものに記される場合が多いのだが、ここは商会という事で使い古された羊皮紙が大量にある。もちろん何度も表面を削って使用されたもので、もう限界に近いぐらい薄い状態だが、それを自由に使わせて貰っていた。
「ほほう、お主なかなかの絵上手。意外な一面よのう」
テーブルの上にちんまり顔をのぞかせるイクシマが感嘆している。
アヴェラの描いたイラスト――胸周りだけを覆う形状と肩に回した紐といったもの――に皆が感心の眼差しを向けている。
書く事や描く事というものは、この世界において一つの技術であり、無駄に陰影まで描き入れ立体感を見事に表現したイラストは感嘆されて当然だった。
「うん、アヴェラ君って絵が上手なんだ凄い。それでさ、この絵のものってシャツなんだよね? それも鎧で言うなら胸甲っぽい感じかな」
「うむ、シャツの胸部分だけってもんじゃのう。で、こんなもん意味あるんか?」
イクシマは横から身を乗り出し覗き込む。
描いたものは凄く適当なスポーツブラなのであるが……実はアヴェラも実際の効果や詳しい構造は知らなかったりする。
なにせ前世でも男なので使った事はない。それを使用済み未使用を含め手に取るような機会もなかったので、うろ覚えの知識以上は何もないのだ。
それが実用に供するかどうかは不明であるが――ニーソはとても真剣な顔で食い入るようにイラストを見つめている。
腕組みした片手を口元にやって親指の爪を噛み、小さく何度も頷く。その簡単なイラストから最大限の情報を読み取り思考を加速させているようだ。
「これは肩紐? このラインからすると肩の紐と繋がって吊り下げるみたいに胸を支えている? なるほどそうなのね、確かに布を巻くだけよりは包み込んで押さえた方が……これいけるかも」
「そうかいけるのか」
「とりあえず、やりたい事は分かったから安心して。じゃあ、軽くやってみるね」
ニーソは小走りで棚に行き麻袋を持って来た。
その中から大量の端布を取り出すと、それをパーツとして幾つも重ね並べだす。何をするか見ている前で、おおよその方向性を決める。それを手早く仮縫いをしていき、継ぎ接ぎだらけの原型モデルをこしらえてしまった。
アヴェラは目を瞬かせた。
――もしかして、こいつ凄いのか?
考えてみれば様々な事を教えたとはいえ、それを身に付け吸収したのはニーソ自身だ。商会に入るチャンスこそアヴェラが導いたのかもしれないが、そこで切磋琢磨し頭角を現したのはニーソの才能に違いない。
「ねえ、こんな感じでどう? 下から支える具合にしてみたの」
感心するアヴェラの前で、ニーソは服の上から原型モデルを試着してみせた。
そうなると気まずく目を逸らすしかないのは、なんと言うべきかカップの形状まで再現され形がよく分かってしまうからだ。
「まあそんな感じではないかと思うしだいでありますが」
「もしかして恥ずかしがってるの? どうしてアヴェラが恥ずかしがるのかな。ちゃんと確認してくれなきゃ困るのよ」
「うっ……イメージとしては合っていると思うしだいでして。もっと全体を密着させた方がいいのではないかと感ずるところが無きにしもあらず」
アヴェラは口ごもりながら言った。まったく埒が明かない。
そして、それとは対照的にノエルとイクシマは我が事だけに身を乗りだした。
「我思うに支えるだけではいかんと思うのじゃって。もそっと固定するぐらいでないといかぬ。ほれ動いた時の揺れを抑えたいわけなんじゃし」
「確かに固定感が足りないのよね。でも、そうすると着る時が大変になりそう」
「じゃっどん固定できねば意味がないんじゃって」
「うーん、それもそうなのよね」
腕組みするニーソが思い悩めば、ノエルも手を出し具合を確認する。
「あのさ、この部分を分割して前で縛っちゃうとかどうかな?」
「そうだよね! それで直してみるね!」
ニーソは勢いよく頷き、即座に原形モデルを解体。再度こしらえ直した。
もちろん前で縛れるようになっている。そして身体に密着して、ますます形状がハッキリしてきた。
「こんな感じでどう?」
「いいんでないかの。じゃっどん、我が思うに背中側を襷掛けにすると固定が強うなると思うのじゃって。でもって、そのまま下でグルッと前に回してみよ。それで、ものっそく安定せんか?」
「それいいよね!」
ニーソは勢いよく頷き、即座に原形モデルを解体。再度こしらえては直していく。このフットワークの軽さと手先の器用さ、他人の意見を素直に聞ける点がニーソの持つ強味なのだろう。
それを必要とし心待ちにする少女たちは指摘を次々とあげていき、その都度改良が加えられ、この世界に存在しなかったものが形となっていく。
ニーソを中心にノエルとイクシマはあれやこれやと意見を交わすのだが、共同作業を通じすっかり馴染んだ様子だ。
しかしアヴェラは隅っこで小さくなるばかりだった。
「あー、縫製するならだが。サイズを幾つか分けるとかもいいのでは。各個人でつまり……個性があるわけだし。たとえばイクシマであれば、こんな感じ――」
「やめんかああっ! 我を再現とかするなあああっ!」
空中に具体的手つきで大きめカップを再現したアヴェラは張り倒された。羞恥に荒い息をするイクシマの前で倒れ悶絶するが、しかし誰も同情などしていない。それはヤトノでさえもだ。
ノエルとニーソは両腕で胸を隠し身を寄せ合っていた。
「アヴェラってば、相変わらずデリカシーないのね」
「そうなんだ。やっぱり昔からなんだね、うん」
「いろいろあったのよね……」
「それ詳しく聞きたいな」
「なら、向こうで採寸しながらでいいかな。皆の試作品つくってみるから」
その言葉にヤトノが尾を振り嬉しげな声をあげる。
「まあ採寸ですか? よろしいですわ、お手伝いしましょう。もちろん御兄様も」
だが、それは一蹴される。
「ヤトノ様、それ遠慮します。ここは女の子だけでやりますので」
「そうだよね女の子だけだよね、うん」
「うむ、頼もうぞ!」
三人の少女は賑やかしく仲良さげに他の部屋へと向かっていく。向こうでは試作品造りのための採寸が始まり、ますます
床から起き上がったアヴェラは、ホッとしたような残念そうな何とも言えない顔をする。ヤトノは少女の姿になると、その頭を優しく撫でて慰めてやった。
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