第41話 剣と魔法とモンスターと

「いくよっ、火神の加護ファイアアロー!」

 ノエルの放つ炎の矢がヒースヒェンに命中した。閃くように広がった炎が火傷を与え、ダメージと共に動きを阻害する。すかさずアヴェラがヤスツナソードを引っ提げ走り寄ると、すくい上げるような一閃を放つ。

 肉を裂き骨を断つ確かな手応え。

 ヒースヒェンは倒れると消え失せ、素材だけを残した。

「今のって凄い威力だよね、うん!」

「うむ! すっかりエルフ魔法が上達したでないか」

「あはっ、私もびっくりかな! これも全部神様たちのお陰だね、感謝!」

 新しく習い覚えた魔法の試しも兼ね、連日となったがノエルの希望もあって草原のフィールドに来ていた。

 アヴェラの目標は気にする事なく、むしろ歓迎だ。しかし魔法禁止を宣言されているため、少しばかり面白くない。よってトータルとしては少し拗ね気味気分だった。

「そのエルフ魔法ってのは、そもそも何なんだ?」

「ふふん、よくぞ聞いた。それは他の流派と違って形あって形あらず、神秘の力を形としながら同時に形は無く自在に操る事が極意とされる魔法なんじゃって。我思うに、好き勝手やれって事よのう」

「それはそれは、お前にぴったりすぎじゃないか」

 アヴェラは少しばかり意地悪く言いながらイクシマを見やった。

「ところで精霊魔法ってのはどうなっているんだ。エルフと言ったら精霊魔法だろ、おかしいじゃないか」

「はあっ!? 精霊魔法? なんぞそれ。なんで精霊なんぞが魔法に関係するんじゃって、あいつらそんな力は持っとらんぞ」

「またこれか、コレジャナイエルフめ」

「我を勝手な種族にするなあああ! 我はエルフじゃ、エルフなんじゃ! エルフじゃぞー!」

 叫んだイクシマは肩で息をしている。

 アヴェラのイメージするエルフはほっそりとした金髪美人で耳が長く少し傲慢なもので、その点からするとイクシマは概ね全ての用件を兼ね備えている。だがしかし、どうにもコレジャナイ感――ロリ顔巨乳に武器が金棒だとか――がある。

 よってコレジャナイエルフなのだ。

「分かった分かった」

「当然じゃろって。ようやく分かったか、いいか我こそはエルフの矛として名高き氏族ディードリが三の姫――」

「うるさいぞ、ウォーエルフ」

「ウォーエルフ!? また変な呼び方しよった、こいつ! もう許さぬぞ、そこに直れ! 手打ちに致す!」

「だからなぁ、そういうのはな。はぁ……まあいい、もういいや……エルフだエルフ、お前はエルフだ」

「うがぁぁぁーっ! なんか、その反応が気に入らぬううううっ!」

 イクシマは掴みかかろうするが、しかしアヴェラが適当に伸ばした手に頭を押さえられ前に進めない。そこには身長差からくる絶対の差があった。

 そして手を振り回すイクシマであったが、最後は屈辱に半泣きとなってしまう。


「はぁっ……」

 そんな様子にノエルが小さく息を吐くと、ヒースヒェン素材を回収してきたヤトノは白い上着を翻し紅い瞳で見つめ微笑んだ。何やら楽しそうだ。

「はいどうぞ、ヒースヒェンの素材ですよ。ノエルさん、お見事な魔法でした」

「褒めてくれてありがとう。でもほらさ、魔法が使える理由が理由だからね。これが自分の実力と勘違いしないようにしなきゃだよね」

「いえいえ、それも含めて全てノエルさんの実力ですよ」

「そうかな? でも、そうだよね。ポジティブに考えればさ、神様たちが協力してくれるってのも実力って事かな。うん、感謝して素直に力を受け取るのも謙虚の証だよね」

「その通りですよ。さて、ところで何か悩みでも? なにやら溜息を吐かれていたようですが」

 指摘されたノエルはギクッとした。

 先程のそれは気付かれていないと思っていたからだ。軽く不意打ちだ。

「えっとさ、あははっ。うん、何でもないからさ」

「わたくし嘘が嫌いなのです。それこそ呪いたくなってしまうぐらいに」

「うっ! 冗談ですよね」

「結構本気です」

 ニイッと笑うヤトノの緋色をした目は少しも笑っておらず、ノエルは震えあがった。何せ相手が相手だ、焦った様子で背筋を伸ばし冷や汗さえ流している。

「あっ、はい! あの二人仲良いなーって。ちょっと思っただけだからさ」

「まあ焼き餅でしたか。大丈夫ですよ、御兄様は平等に構って下さいますので」

 ヤトノは何故か嬉しげに手を合わせて微笑んだ。

 自分のお気に入りの存在であるアヴェラが、このように可愛い焼き餅を焼かれている事が嬉しくて堪らないのだった。

 とはいえ、そんな事情を知らぬノエルは不思議そうにするばかりで――しかし、不意に表情を引き締めた。

「二人とも……!」

 前方に新たな敵が現れたのだ。

 ここは郊外の草原、いつどこからモンスターが襲ってくるか分からない場所だ。警戒は欠かせず、喋りながらでも周囲に目をやっている。勿論、気を抜いていた様子だったアヴェラとイクシマも即座に反応。それぞれの武器を構えた。


 現れたのはメッケルンと呼ばれるモンスターであった。

 顔と足先を除き、全身が白っぽいモコモコした毛に覆われたモンスターだ。アヴェラの主観からすると、前世で見かけた羊によく似ていた。

 ただし厚い毛が薄茶に汚れている事から分かるように、数多くの冒険者を屠ってきた獰猛さがある。その分厚さのある毛で打撃の大半を弱め、反撃で押し倒すとそのままのし掛かって窒息させるのだという。

 そんなメッケルン三体が、草原を横並びで駈足にて向かって来るのだ。見た目はなかなかに壮観で迫力がある。

「むうっ、あれには打撃が効かんかった。我の渾身の一撃でも蹌踉めいただけじゃった。ええい、仕方ないのう、ここは一旦逃走じゃって」

「まてまて、ここは任せて貰おうか」

「じゃっどん、あいつら厄介なんじゃって。我なんぞ酷い目に遭った」

 アヴェラに制止されたイクシマは、かなり渋っている。しかし一方でノエルは向かって来るメッケルンからアヴェラに視線を移し、それをもう一度戻した。

「アヴェラ君、やれるの?」

「少しは活躍しないとな」

「そっか、じゃあ任せちゃうから。でもさ何かあればさ、割って入るからね」

「ああ、それで頼む」

 言ったアヴェラはヤスツナソードを手に走りだした。

「おっ、おい。いいんか?」

「大丈夫だよ、さあ私たちも行こうよ。バックアップも大事だからさ」

「了解じゃって」

 少し間を置いてイクシマとノエルは前進する。

 もちろん何かあれば、即座に加勢するつもりでの行動だ。どちらにとっても仲間のアヴェラが大切な事に変わりは無い。

 そうした全ての様子にヤトノは満足げに笑い眺めている。


 アヴェラは素早く動き、まず一番近いメッケルンに斬りつけた。動く相手に間合いを計りかね、手応えは浅い。だが、それで充分だった。血が流れ出たメッケルンは悶えるように、その場に留まり暴れだした。

 剣閃がはしり、メッケルンの分厚い毛もろとも頭部が斬られてしまう。

「うーん、さすがの呪いの名剣だよね」

「えぐいのう。あれだけの呪いを便利とか言うて扱える感覚が信じられぬって」

 アヴェラの剣はヤスツナソードと呼ばれる名工作で、なおかつ厄神に呪われた恐ろしい剣だ。本来は使い手を蝕むところ、厄神の加護を持つアヴェラの手にあれば使い手ではなく斬られた相手を蝕む効果を発揮するのだった。

 振り下ろした剣が脇に構えられ、薙ぎ払うように突き出される。それは次に迫ったメッケルンの胴を易々と切断、そのままクルリと返され、次に飛び掛かって来た相手を一激にて真っ二つにした。

 剣先の動きを追っていたノエルとイクシマは、その白銀の軌跡に見とれ感心しきっている。恐ろしくも危険な鋭い剣先は、美しい舞いのように見えたのだ。

「御兄様、お見事です」

 素材回収係を自負するヤトノは小走りで進み、残されたモコッとした毛を回収した。よいしょと声をあげ抱えるように持ち上げ素足でペタペタ運びかけ、しかし傍らに現れた箱の存在に気付く。

「むっ、これは宝箱。これは嬉しいですね、さあノエルさん出番ですよ」

「了解なんだよ」

 呼ばれたノエルは表情を明るく輝かせ小走りで走りだす。後ろで縛った黒髪が跳ね、その様子さえも嬉しげに見える動きであった。

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