第40話 魔法を使うのも簡単ではない
「それでは、この我がエルフ魔法をやってみせよう。その目を見開き見ておるがよかろう。ゆくぞ、火神の加護ファイア」
イクシマが魔法を使ってみせた。
以前に見たとおり木片の端に小さな火が宿る。その赤い火はやはり魔法の火なのか、少しも消える様子はなく少しずつ広がり木片を燃やしていく。
ノエルが拍手をすると、イクシマは満更でもない顔をしながら火を踏み消した。
「どうじゃー。ざっと、こんなもんじゃって」
「結構簡単に火が点くんだね」
「コツはしっかりした想像、しっかり火神の認識、しっかり繋がるの意識じゃ」
「うーん、どれも難しいんだよね。私に出来るかな……」
「そこは頑張るしかないのう。とにかく自信を持ってやってみるがいい。練習あるのみじゃって」
イクシマは力強く励ました。しかし両者は身長差があるため、小さな妹が姉にしがみつき何かをねだるようにしか見えやしない。
「ではでは集中して。吸って吐いて、火神の加護ファイア!」
気合いの声が響き、しかし火は生じなかった。
「もう一度、火神の加護ファイア! 火神の加護ファイア……火神の加護ファイッ……うん、ダメ。これ才能ないって事なんだろうか」
「気にするでない、最初はそんなもんじゃって。我とて長いこと練習して、ようやく上手く使えるようになったわけじゃしな。最初から上手くいかれたら、それこそ困るってもんじゃろ」
「そっか、そうだよね。よしっ、頑張らなきゃ」
「その意気じゃ! ノエルよ気合いを入れるため、あれやるぞ!」
「うんっ、そうだね!」
二人は揃って左手を腰に当て、えいえいおーと右手を振り上げている。
意気込む少女たちを余所に、アヴェラは魔法を使うために集中していた。
とりあえず周りから感じる視線は無視する。見てくるなと文句を言いたいが、意識を切り替えればさして気になるほどではない。それより何より今は魔法――そう、魔法なのだ。
当然だがファンタジー的な世界に生まれ変われば誰だって魔法に憧れる。
もちろんアヴェラとて例外ではなかった。しかし、この世界で魔法を習うには多額の金が必要。金銭問題として、これまで魔法を習う事を諦めざるを得なかった。
だがしかし、今ここでついに機会を得た。
これがワクワクせずにいられようか。
周りからの視線など気にしていられない。いやむしろ、魔法に必要な神の認識をする必要ないという事だ。興味津々で浴びせられる視線の中には、燃えるような熱い眼差しを感じるが間違いなく火の神だ。
「よし……そうなると想像だな」
半眼となって木片を見やる。意識を集中させ、頭の芯を上に押し上げ世界を俯瞰するような気分で意識を集中。そして想像をする――火と言えば熱、熱と言えば分子摩擦。そうなると対象となった木の分子が激しく振動するのだろう。
アヴェラは力強く頷いた。
「いくぞ分子摩擦! 火神の加護ファイア!」
瞬間、激しい閃光が迸った。
目も眩むほどのものであり、視界の中に光の残像のような影が見えるほどだ。蹌踉めくアヴェラであったが、様子を見守っていたノエルとイクシマは悲惨である。
「あんぎゃーっ! 目が、目がぁー!」
「何!? 何なの、目が凄く痛いんだけど。今のって何が起きたか分からなかったんだけど!」
「お主ー!何をやったんじゃぁああ!」
二人とも先程の光をまともに見てしまったらしい。目を押さえつつ、何度も瞬きをしながら苦しんでいる。なおヤトノは流石に厄神の分霊と言うべきか、手にしていた扇子で視線を遮り無事であった。
ようやくアヴェラも含めた全員の視界が元通りになると、置かれていた木は半分以上が消滅している事に気付く。その消滅箇所の断面は完全に黒く焦げ炭化しているのみで、残った部分は何ともない。これは短時間に極めて高い温度が発生したに違いなかった。
「何やったと言われても……火を点けようとして分子摩擦を想像したんだが」
「分子摩擦? 摩擦は分かるけどさ、なんだか分かんない言葉なんだけど」
「つまり分子と言うのはだな、世界の全てを構成する物質なんだが。あれっ……? 原子と分子でどう違ったかな? まあいいか、とにかくだ。非常に細かい存在なんだが、それが動くのを想像したんだ」
「ごめん、よく分かんない」
ノエルはあっさり降参した。
そしてヤトノがアヴェラの服の裾を引く。
「御兄様、どうも火の権能を持つ神どもが苦情を言っております」
「え?」
「火は火なのだそうですが、権能の方向性が違いすぎるのだとか。それで、今のは止めて欲しいのだとか。御兄様が一生懸命やっているのに、まったく何と失礼な連中でしょうか」
「もしかして迷惑かけたか?」
「大丈夫です! 本体も気にせずやれと言ってます」
厄神は良いと言っても、火を司る神々が――ありふれた現象なだけに多数の神が権能を持っている――渋い顔をしているのであれば、全くもって宜しくない。今も周りから感じる視線が痛いではないか。
流石に神という存在を怒らせる気はなかった。
「とりあえず、熱の摩擦はダメだな。別方法で火を想像するしかないが、さてどうするか」
「と言うかなー。悩む事ないじゃろが、我は熱い火を想像しとるぞ」
「なるほど、イクシマみたいに単純でいいのか」
「お主ー、なんぞ我を馬鹿しとらんか?」
「そんな事ない、感心しただけだ。よし、もう一度だ」
気合いを入れたアヴェラは、再度魔法に挑む。
熱い火を想像すれば良いと言うのならば、自分の知識にある極力熱いものを想像すれば良いに決まっている。前世の知識の中で馴染みがあって想像しやすい熱いものは何か。
「でも火ってのはプラズマ現象だったな。プラズマと言えば雷と同じなのか? そう言えば確か太陽もプラズマだったような。そうか、だから魔法でフレアってものがあったんだな」
ぶつぶつ意味不明な言葉を呟くアヴェラの様子にノエルとイクシマは顔を見合わせ心配そうな様子だ。既に何かを察したヤトノは、わくわくしながら待っている。
「魔法と言えばフレアだ! いくぞ、火神の加護フレ――」
「や、め、ん、かあああああっ!」
イクシマ渾身の跳び蹴りが放たれた。
それを腰元に喰らったアヴェラは魔法に集中していた事もあって、派手に吹っ飛ばされ、回転しながらばったり倒れてしまった。
「御兄様っ!」
悲鳴のような声をあげ駆け寄ったヤトノは即座に抱き起こし、顔についた土を払ってやる。さらに鋭い目線で金髪の小娘を睨み付けた。
「なんて酷い事を、いくら小娘とは言えど許しませんよ!」
「今のはヤバかった。何か知らんが背筋がものっそいゾワッで、ヤバヤバな気配がしとった! 我が加護の神が全力疾走ですっ飛んでくる気配がしよったんじゃって! 今の死ぬって、絶対死ぬって!」
言い返そうとするヤトノであったが、不意に口を噤み視線を宙に彷徨わせた。
「むうっ。御兄様、今度は太陽神めが苦情ですよ。そういうの止めて欲しいって。とりあえず本体が適当にあしらいましたけど、なんなんですかねもう」
その言葉にノエルは顔を引きつらせた。
「あのさ、今のって発動すらしてなかったよね。なのに苦情が入るとかって……しかも太陽神様から直々に!? もしかして、もしかしてなんだけど今のってさ。とんでもなく恐ろしい魔法だったってことかな」
しばし絶句した少女二人だが、ややあって顔を見合わせた。
「我は理解したぞ。厄神の加護なんぞより、こ奴めが一番ヤバイんじゃって」
「私も同感かな、うん。こうなったらアヴェラ君、火の魔法禁止ね」
「然り然り、もう火の魔法は使うでないぞ。我との約束じゃぞ、よいな」
だがしかしアヴェラとしては非常に不満だ。
まだ試してみたい魔法はいっぱいある。プラズマ現象から生じた電場によって荷電粒子を加速するとか、超高温にした物質を圧縮し瞬間的に膨大なエネルギーを放出させるとか、熱を一点に集中させエネルギー密度を高めるとかいろいろだ。
「あれもダメ、これもダメってな。どうしてそうなるんだ……」
「普通にやれば良いんじゃないかなって、思うんだけどさ」
「そうか? 凄く普通にやったつもりなんだが」
「でもさ普通だったら、神さまが苦情なんて入れないでしょ。とにかくさ、アヴェラ君は火の魔法は禁止なんだから」
ノエルは両手を交差させ×を示した。
凄く心外で残念で悔しいのだが、パーティの仲間から否定されてまで魔法を使うわけにはいかない。挙げ句にヤトノが口を尖らせつつ報告をしてくる。
「御兄様、太陽神も含め火の神どもから提案が来ております。小娘とノエルさんが火の魔法を使うのであれば、しっかり力を貸すそうです。ですから極力魔法の使用を控えて欲しいのだとか」
「そこまで譲歩してくるのか……」
「ですが大丈夫です! この件について本体は頗る不満なのです、必要なら一戦交えてでも黙らせると申しております。ご心配なく!」
「一戦ってラグナロクでも勃発させる気か」
「はい? なんでしょうか、それは」
「気にしないでくれ。分かった、そんな大事にする気はないからな。とりあえず二人にファイアアローをやって貰おうじゃないか。その結果次第だ」
アヴェラとしては二人の魔法が大した威力で無ければ、いちゃもんを付け自分が魔法を使う気なのである。
「分かったぞよ。とりあえずやってみるとしよう。さあノエルよ、やろまいか」
「私も? まだ初歩の初歩もできてないんだけどさ……」
「よいではないか。さあ、我と合わせて魔法を使うぞ」
イクシマとノエルは並んで集中しだした。
誰も何も知らぬが、この二人の魔法次第では神々の間で戦いが巻き起こるのだ。周りから感じる全ての視線が緊張している様子がありありと分かる。
「「火神の加護ファイアアロー!」」
二人の前に立派な火の矢が現れ鋭く早く飛翔し、標的とした木に突き立ち激しく燃え立った。草原でウィルオスの仲間が使用したものより威力は高めだが……アヴェラとしては不満だ。
「なんか地味じゃないか? もっとこう大爆発するとか、火の矢でなくて火の鳥が飛ぶとか派手なエフェクトってものが足りない気が――」
「充分じゃって! 我の長年の研鑽はなんじゃったって感じじゃって! ほれノエルの喜びっぷりを見てみんか」
指し示されたノエルはバンザイしながら何度もジャンプをしている。しばらくすると胸を押さえてうずくまるのは、そこが揺れて一部が擦れて痛かったからだろう。それでも直ぐに笑って嬉しそうだ。
もはや、これに文句を付ける事は出来ないだろう。
「分かったよ。火の魔法は使わない……ただし緊急時は除くがな」
予防線を張りつつ、不承不承頷くアヴェラであった。
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