第39話 エルフの女教師

「なんやかんかあったがの、これより魔法の勉強を始めるのじゃって。この我に感謝し誉め讃えながら教わるがよい」

 イクシマの宣言にノエルが拍手し、ちらりと視線を向けられたアヴェラもおざなりに付き合い手を叩く。ここで講師の機嫌を損ねるわけにはいかぬので仕方がない事なのだ。

 そこは周りを板壁に囲われた広場であった。

 端から端まで移動するのに歩くか走るか迷う程度で、狭くはないが広くもない。

 これは冒険者が自主訓練をする場所で養成所が用意したものだ。前世知識で喩えて言うならば、市所有の体育施設みたいなもので利用料金を払えば誰でも借りられる。

 用意されたサイズは幾つかあって、複数パーティが連携訓練や模擬戦が出来るものもあるのだが、その中で一番小さなサイズであった。

 アヴェラとノエルが並んで座る前で、イクシマは右に左にゆっくりと歩き静かに落ち着いた声で説明を始める。

「まず魔法とはなんぞやなんじゃがな。まあ、ざっくり言えばの。神の力と権能を借りた神秘となるんじゃ」

「ざっくりしすぎじゃないか?」

「その程度の理解でいいんじゃって。よいか魔法、魔術、神術、呪術と呼び方は違うが根っこはどれも同じ。やり方が違うだけで、全てが神秘というものである事に変わりはせん。細かい分類だの呼び方なんぞは口うるさい学徒どもにでも任せておけばよかろ」

「そうか」

 呼び方なんてどうだっていい、要はモンスターを倒せればいいのだ。アヴェラはヤトノがしずしず運んできた飲物に口をつけ喉を潤した。そのヤトノもぺたっと地面に座りイクシマの説明に耳を傾けるつもりらしい。

 ノエルが手を挙げた。

「はい質問! それだったらさ。魔術師とか神術師とか魔法師とか、ええっと呪術師に魔法使いかな、うん。そういった職業の違いがなくって同じになるって思えるんだけど」

「流石はノエルじゃ。理解が早いのう」

「え?」

「たとえば戦士でも使う武器防具によって呼び名が変わるが、全部が戦士である事に変わりはせんじゃろ。つまり魔法もやり方が違うだけで大本は全部一緒なんじゃぞ。と言うかなー、元々は神秘を使えるようになった連中が自分で派閥とか流派をつくって分かれたのが職業ってもんじゃな」

「それって大人の事情って事?」

「はっきり言えばそうじゃろな。とはいえ、それはそれで意味があるんじゃがな。まっ、それは追々説明するとしよまいか」

 イクシマは手を後ろに組み頷いた。照りつける日射しの下で金色の髪が輝き、美しい容姿もあって今は本当にエルフだと思えてくる。


「まずはこれだけは理解して欲しいんじゃが、神秘ってもんを生じさせるのは使い手じゃ。使い手がダメでは全く発動せんってわけじゃ」

「えっとさ、よく分からないんだけど」

 ノエルが分からないと、イクシマはますます嬉しそうだ。

 こうやって自分の知識を教える事がとても楽しいらしい。元々はエルフの中でも爪弾きにされており、他者との関わりをずっと求めていたのだ。こうした事に憧れがあったのだろう。

「神の権能をお借りするとして、しかしどのように力を使うか示さねば力は発揮されぬ。使い方を示すには頭の中に強く思い描き想像せねばならんのじゃって」

「うーん、分かったような分かんないような……」

「まあ、今のは簡単な例えなんじゃがな。そうなると、さっきの職業の違いが重要となってくる。魔法使いは魔法使い、神術師は神術師……後は面倒なんで言わぬが、職業ってもんがあれば教わる者は使い方を想像しやすいじゃろ」

 その言葉にアヴェラは納得した。

 ここは前世のような情報の氾濫した世界ではなく、中世的な紙や詩が情報伝達媒体でしかない。ましてアニメやマンガといった創作物は存在せず、せいぜいが英雄譚サーガや説話のみ。人々は想像する事に慣れていないのだ。

 しかし職業として魔法使いがあれば、その出来る魔法の想像を固定化し誘導する事ができる。その他も同様で、職業があれば実行可能な想像をしやすいという事なのだろう。

「想像さえ出来れば、魔法は発動できるのか?」

「後は神秘を修めた者から道統を授けて貰う必要がある」

「道統?」

「つまり何じゃな、神秘を扱う系統と言うべきか。道統によって認可されて、ようやく神々が力を貸して下さるというわけなんじゃって」

「ああ、なるほど。それにお金がかかるのか……」

 魔法を習うには多額の費用が必要となり、それが理由でアヴェラは諦めたのだ。単に認識と想像だけで出来るはずがないと思えば、それが理由だったらしい。

「言うは易く行うは難しじゃ。ちゃーんと細かい部分までしっかり想像して心に描くぐらいでないといかぬぞ」

 胡座をかいたイクシマは用意された菓子を喰らい、さらには茶を豪快に飲み干した。手の甲で口元を拭う有り様は、やっぱりコレジャナイエルフといったものだ。

「なんにせよ神の権能を借りるんでな。自分の加護神の持つ権能に関わる神秘を使えば、貸し与えて頂ける力も大きいって事じゃ。まあ、我らの場合は自分の加護神というのがあれじゃでな……うむ、どうにもならん」

「私の場合だとさ、不運だからね。うん、そこは期待しないでおこう」

 苦笑いする二人の横でアヴェラは顎に手をやり考え込んだ。少し気になる事があるのだが、別に権能や何やら細かい部分ではなく、そもそもの部分だ。

「なあ、なんで神は力を貸すんだ? 何の得があってそんな事をするんだ?」

「はぁ!? なんじゃと……そんな事は考えた事もなかったぞ」

 素っ頓狂な声で困惑するイクシマだが、ノエルも似たような感じだった。

「アヴェラ君。なんでって言ってもさ、そういうものなんじゃないかな」

 それは世の中の決まり事や枠組みと同じで、当たり前すぎて疑問にも思わない事だったらしい。


 三人が黙り込み場が静かになれば、遠くで爆発や金属を打ち合わせる音が聞こえてくる。どうやら近くで訓練中の者たちがいるようだ。

「簡単ですよ、生きるためですよ」

 ふいに、ヤトノが静かに答えた。

 姿こそ普段と同じだが、どこか別人のような威厳と気品がある気がする。

「神と呼ばれる者が存在するには認知が必要なのです。わたくしの本体である厄神などは、誰からも恐れられております。ですが、逆に言えばあらゆる者に認知されているわけですね。だからこそ、この世界でも有数の力を持っておるのです。そしてもし神が滅ぶとすれば、忘れ去られた時です」

「そ、そうなんか」

「よって神たちは様々な事で自らの認知を高め力を得ようと、日々この世界に干渉しております。もちろん加護もその一環ですね」

「なんじゃと、加護もそうであったのか」

 イクシマが感心する様子にヤトノは薄く笑う。

「認知を得る方法の中でも、実は魔法関係は回収率が良いのですよ。ですからちょっとでも認知を稼ごうとして、どの神も必死なのですよ」

「知りとうなかった。そんな神の裏事情とか。と言うかなー、なんぞ知ってはいかん話のような気がするんじゃが。そこんとこ大丈夫じゃよな?」

「いえ、ちっとも大丈夫ではありません。神なんてプライドの高い連中ばっかりです。こんな事を地上の生き物に知られたなら、もう周り諸共に焼き滅ぼして隠蔽するようなぐらいですね」

「そういうこと迂闊に言うなよー!」

 イクシマは半泣き顔で狼狽えだした。

「というかなー、我たち焼き滅ぼされてしまうんか!?」

「この場の事でしたら、わたくしの発言なので大丈夫です」

「そ、そうか……お主なー。てっきり、これで終わりかと思ったじゃろが! 脅かすなよー!」

「脅しじゃありません。他で喋れば火球が落ちて辺りを焦土に変えますから」

「聞きとうなかったああああっ!」

「まあ、騒々しい。意外に臆病な小娘ですね」

「臆病とか! 小娘とか! 言うなあああぁー!」

 辺りにイクシマの叫びが響き渡った。

 アヴェラは菓子の一つ口に放り込み、ノエルにも差し出した。

「ありがと、なんだかさ凄い話だよね。少しも実感わかないけどさ」

「死んだら死んだまでなんだがな」

「あははっ、確かにそうだよね」

 やたら死生観の乾いている二人は笑うだけだ。しかし、まだ向こうではヤトノがイクシマをからかって遊んでいる。

「早いとこ実践に移ろう」

 アヴェラは、そう呼びかけ立ち上がった。


 練習用の敷地にて、アヴェラとノエルは軽く距離を取り並び立つ。何の気負いも無い立ち方で、むしろ肩の力を抜きすぎているぐらいだ。

 少し離れた位置に焚きつけに使われる木片が一つ二つと置いてある。

 これに火を点けるのが実践訓練という事らしい。

「では、我が道統を授ける。お主ら、我の手をとるがいい」

 手をとるとイクシマは目を閉じ集中し聞き取れない声で呟きだした。手に熱い何かを感じ、同時に上手く表現は出来ぬが、世界に遍く存在する何かの気配があると気付いた。

「これでよし! 後は慣れると、いずれ神々の気配を感じられるじゃろって。まあ、そんなんは大長老だとか大魔術師とかって連中ぐらいのもんじゃろがな」

 イクシマは楽しげに笑っているが、アヴェラは少しも笑えなかった。

 なぜならば――この瞬間も思いっきり何かの気配も感じられるのだ。遙か頭上から見おろし地面から見上げ、風の中から見つめ、あらゆる空間と存在から視線を感じるのだ。

「ヤトノ……これって、もしかして何だが……」

「その通りですよ。皆さん見ていたのですよ、なにせ御兄様はわたくしの本体が選んだ方なのですから」

 ヤトノは頬を押さえ恥じらう仕草をしてみせた。

 だがアヴェラはそれどころではない。何か大きな存在たちが見ている気配が今もヒシヒシ感じるのだ。どうやら神々にはプライバシーという概念というものはないらしい。

「さあ、これより魔法の練習をするのじゃぞー」

「よーし頑張ってマスターしちゃいますか」

「その意気じゃって!」

 賑やかしいイクシマとノエルが羨ましく思えるアヴェラであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る