◇第四章◇
第37話 冒険者パーティ内での役割
「ほれ、そのまま追い込むのじゃって!」
金色の髪を真ん中分けした少女が突撃すれば、少し遅れて黒髪を一つに結んだ少女が併走する。二人が緑の草原にて追うのはヒースヒェンと呼ばれる四本耳のモンスターだった。
跳ねるような動きで駆け、ゴツイ凶暴な面構えをしているわりに逃げるばかりで積極的には襲って来ないモンスターをひたすら追い回す。
「このまま真っ直ぐ行けば……ああっ、そっち行っちゃ駄目!」
「戯けっ! 素直に真後ろを追う奴がおるか! 行かせたくない方向に回り込むのじゃって!」
「だったらさ、こうだね!」
注意を受けたノエルは即座に反応し、黒髪を跳ねさせ斜めに走った。練習用の剣は抜かず腰に差したままで、膝近くまである腰巻きを勢いよくパタパタさせ走ることに集中している。
目論見通りヒースヒェンは進路を修正、姿を隠すため前方にある茂みを目指した。そこは草が刈り倒された中にあって不自然に残された場所だ。知性と理性があれば最初から訝しみ避けたに違いない。
だがヒースフェンは疑いもせず一直線に目ざし、ようやく何かに気付き制動をかけようとした。同時に――茂みからアヴェラが飛び出すとヤスツナソードを一閃、白い獣毛と共に鮮血が散った。
斬られたヒースヒェンは疾走の勢いのまま転がり、倒れた後は動かない。
追いかけて来たイクシマが手を突き上げ叫んだ。
「どうじゃー! 我の作戦どおりなんじゃって。褒めて讃えるがよい!」
「やったね。うん、イクシマちゃんのお陰でヒースヒェンを倒せたよ。凄い」
「そうであろ、そうであろ。苦しゅうない!」
「これはもうアレだね。モンスターを倒した後はさ、勝ち鬨なんだよね」
「お主も分かってきたではないかー。よし、ノエルよやろまいか!」
そしてノエルとイクシマは揃って左手を腰に当て、えいえいおーと二人して手を突き上げた。まるで練習したぐらいに息が合っている。
アヴェラはそっと少しばかり距離を開けた。
そんな勝ち鬨の仕草は楽しげだが、しかし同時に少々子供っぽさがある。実年齢はともかく、精神的年齢は前世を含めればかなり高いアヴェラは巻き込まれたくないのだ。
素知らぬ顔でヤスツナソードの血振りをしていると、茂みの中からひょっこり現れたヤトノがペタペタ素足で走り、ヒースヒェンの素材を拾い上げ戻って来る。
「御兄様、お見事です。流石です最高です」
「そんなに褒められてもな……」
「いえ、凄いと思ったらその気持ちを伝える! それこそが大事なのです」
「ふーん、そうか」
素っ気なく言うアヴェラは照れながら周囲を見回した。
辺りには薄緑色をした丈の短い草の生えた平原が広がっている。木々が散在する緩い丘陵もある風景はそよ風さえあって心地よい。これも都市近郊に存在する素材回収の出来る地点だ。しかし、魔方陣による転送で移動したためどこかは分からなかった。
「また一つ、勝ち戦よのー!」
イクシマが、小柄なくせにノシノシ歩きで近寄ってきた。手にした金棒で軽く自分の肩を叩いており、金色の瞳を輝かせ活き活きしたものだ。ニッと笑う顔には親愛と愛嬌がある。
豪快といった印象ではあるが、これでも森の妖精とも呼ばれるエルフ。顔立ちは美しく髪は金色、耳は長めで先尖り身体は細身。コレジャナイ感がすこぶる強いとは言えどエルフはエルフなのだ。
そんなイクシマはすこぶる上機嫌だ。
「さあ、次の獲物を探すとするかのう。ヒースヒェン退治のクエストを受注しておるのじゃろ、ドンドン倒して片付けてしまおうぞ」
「その通りだがな。何と言うか……役割を交代しないか」
「何でじゃー、問題でもあるんか?」
「問題という程でもないが。つまり二人が走り回ってるのに、ただ待機しているってのはどうにも気が引けるんだよな」
アヴェラの役目は茂みの中で屈み込み、追い込まれたヒースフェンにタイミングを見計らって斬りつけるだけなのだ。もちろん役目は役目のため気にする必要はないのだろうが、しかし女の子二人に走り回らせ自分は待機しているという状況は心苦しいではないか。
「じゃっどん、考えてみよ。我の鉄棒ちゃんではの、走って来たヒースヒェンを上手く捉えられんじゃろって」
「そうだよね。それに私の加護の事も考えて欲しいな。自分で言うのもなんだけどさ、これはもう絶対に攻撃が外れるって思うんだよね。うん、間違いない」
「うむうむ、それな。そうなるとじゃ、確実に獲物を仕留められる武器と腕を持っておるのは、お主しかおらんではないかー。つまりこれはパーテーの役割分担、適材適所というものよ。分かったか?」
まったくもって、二人の言う通りであった。
アヴェラが使用するヤスツナソードは呪われており、他の誰も使用する事が出来ない。さらにノエルは不運の神コクニの加護で何かと運が悪いのだ。そもそもイクシマが獲物を前に大人しく待機なんて出来やしない。
やはり待ち伏せ役はアヴェラしかいない。
「まあ、そうなんだけどな……」
「えーい、いかぬいかぬ。お主なー、どうも覇気がないではないか。よし、ここは気合いを入れようぞ! 我に続いて声をあげるのじゃぞ」
「そういうのいいから。早いとこ次をやろう。ほれ、行け」
ため息ひとつでアヴェラは背の低いイクシマの頭を掴み押しやった。
「お主なー! 無礼なんじゃぞー!」
「分かった分かった」
「じゃあ勝ち鬨やるか?」
「やらない。隠れるから獲物をよろしく、それじゃあな」
アヴェラは早口かつ一方的に言って茂みに姿を隠してしまう。その後ろでイクシマは口を尖らせ不満顔で地面を踏み締めるものの、苦笑するノエルに宥められヒースヒェン探しに歩きだす。
パーティとして上手くまとまっているような感じだ。
やがてクエスト達成に充分なヒースヒェン素材を集めきったころ、少女二人は座り込みぐったりした。
「我はちかれた、ちかれたぞよ」
「うん、私もちかれた……じゃなくってさ、疲れた」
上気した肌にはふつふつと汗があり、軽く開いた口で浅い息を繰り返している。
ノエルは女の子座りで手を後ろにつき上を向き、イクシマは胡座をかき手を膝にやって下を向く。なんとも、それぞれの性格がよく出ている座り方だった。
「お二人ともお疲れ様です。はい、飲み物をどうぞ」
ヤトノは水袋を渡してやると、どこからともなく取り出した扇で二人を扇ぎだす。戦闘には参加しないが、こうしてパーティの補助や細々とした事をやっているのだ。些末な事に思えそうだが、実はパーフォーマンス維持に重要なありがたい役割である。
「気が利くな、苦しゅうないぞー」
「この小娘ときたら……本当にもう、礼儀がなってませんね」
「うがぁーっ、小娘言うなー! と言うか、我は礼を言ったじゃろぉ!?」
「今のが礼ですか? これだから小娘ときましたら……せめて、ヤトノ様ありがとうございますぐらい言ってはどうですか」
「なんか、ものっそいこと要求されてるぅ!?」
低めの丘陵の麓で近くには木が一本、見通しがあって多少の障害物もある。
軽い休息を取るには適した場所で寛いでいるのだが、もちろん無人の郊外という場所のため気は抜かない。一番疲労の少ないアヴェラは自発的に辺りを警戒しているのだが――ふと、気付いた。
「戦闘音がするな。近くで誰かが戦っているみたいだ」
イクシマも顔をあげ、その先の尖った耳をぴくっとさせた。
「本当じゃな、存外に近くじゃのう。あっちで複数……さほど苦戦はしておらぬ感じのようじゃな」
「なあ、そこまで分かるってのに。言われるまで気付かないとか、耳がいいのか悪いのかどうなんだ?」
軽く呆れたアヴェラであったが、それはそれとして考え込んだ。
他の冒険者と距離が近すぎれば偶発的遭遇によって、モンスターの取り合いが起きる場合がある。そんな時は話し合いで適度な距離を置く事が暗黙のルールとされるが、もちろん素直な相手ばかりではない。なにせ都市の外は治安もなにもあったものではないのだから。
「一応は様子を見てこよう。話が出来そうな相手なら交渉してみるが、方針としては基本的にこちらが退いてトラブルを避ける事にする」
「それでしたら、わたくしも同行します! 御兄様を一人で行かせるなんて、もっての他です!」
「どうせ止めても来るんだろ」
「当たり前です」
小走りで近寄ったヤトノはアヴェラの首に手を伸ばし抱きついたかと思うと、瞬時にその姿を瞬時に白蛇へと変えた。後は首飾りのように巻き付いてしまう。
そんな様子を見るが、もうノエルもイクシマも少しも驚く様子がない。
「うむ、こちらは我に任せておけ」
「そうだね。イクシマちゃんの事は任せて欲しいな、うん」
「なんじゃとぉ! それではまるで我が面倒な奴みたいではないかぁ!」
「はいはい、モンスターが出ても勝手に攻撃したらダメだからね」
「いかんのか?」
そこはかとない不安を残しつつ、交渉事は自分の役割だとアヴェラは戦闘音のする方へ向かうのだった。
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