第31話 逃げて逃げて弾かれて

 ちぐはぐな関係も三日程過ぎれば、それなりに上手くいきだした。

「スピードダウン」

「せいのっ! えいやあっ!」

「追撃いくぞ!」

 デバフからのアヴェラとノエルの攻撃がシュトラオスに傷を付けた。全身が硬殻に覆われ足は太く首は長い、猛烈な突進からの蹴爪攻撃が厄介という強敵モンスターだが、今は二人の連続攻撃に苦痛と怒りの声をあげるばかりだ。

 反撃に転じかけたシュトラオスの頭上に影が差す。

「とっどっめっ、じゃー!」

 近くの樹上から飛び降りたイクシマが鉄棒を振り下ろした。凄まじい痛撃を背中に受けたシュトラオスは、地面に叩き付けられるように倒れこんだ。

 後は囲んで一斉攻撃。

 被害はノエルが運悪く落ち葉を踏んで転んだだけだった。

「よっし、勝ち戦ぞ。我たちパーテーの大勝利ってもんじゃ!」

 かんらかんら笑うイクシマは上機嫌で、転んだノエルを助け起こしている。

「ううっ、今回の転びは盛大だったかな。気は抜いてなかったんだけどさ、やっぱり不幸かも」

「気にせずともよい。我思うに、加護も運命と思えてきた今この時じゃって」

「そっか、ここはさ。ポジティブにモンスターを倒した事を喜ぶ時だね」

「その通りじゃって! さあ我と共に勝ち鬨をあげよ、えいえいおー!」

「えいえいおー!」

 何か二人して左手を腰に当て、右手で拳を突き上げている。

 だが、アヴェラにそんな事をする余裕はなかった。なぜならばヤトノにつつかれ振り向けば、そこに十人以上のローブ集団を見つけたからだ。取り囲むように接近し、あげく抜き身の刃を見せている様子からすれば、どう見ても友好的な用事ではない事は間違いない。

「おい、二人とも……」

 その声にイクシマが振り向き、戸惑った。

「おっ? なんじゃ、こ奴らは?」

「アサシンだな、アサシン。厄神の加護持ちってことで、昔から狙われているから間違いない。最近来ないと思ってたが、こんな場所で来るとはしつこい連中だ」

「落ち着いとる場合かあああッ! 我たち殺されるんか!?」

「安心しろ、お前とノエルは連れて帰られて生贄にされるだけじゃないかな」

「なお悪いわあああっ! と言うか同じじゃあああっ!」

 イクシマが腹の底から叫んだ。

 ここ数日でアヴェラとノエルはすっかり慣れているのだが、アサシン集団はそうではない。思わぬ大声につい警戒してしまい、足を止めてしまう。

「今だ、逃げるぞ!」

 三人揃って走り出す。

 後方確認はヤトノに任せ、とにかく前だけに集中して駆け続けた。


 すっかり把握した地形を頼りに狭まった谷地形の沢を駆け上がる。ノエルが足を滑らせそうになると、すかさずイクシマが支え手を貸し下からアヴェラが押し上げ上の地形へと移動していく。

「まだ追って来ております」

「そうかっ!」

 最後尾のアヴェラは両手両足を使い沢の斜面を上がりながら、途中にある石を器用に踏みつけ後ろへと押し出していく。さらには、せっせと手に掴んだ石を後ろに放り投げたりもする。

 ひと抱えもある石が音をたて斜面を転がり、拳大の石が飛ぶ。地味に厄介な嫌がらせだ。

「さすが御兄様、嫌がらせにかけては天才!」

「そこは褒めるとこじゃないのか?」

「いえ、褒めたつもりなのですが」

 沢を上がった先は両脇が浸食された谷地形。

 天然の排水路となっているらしく、殆ど一本道で緩やかにカーブしている。ここを突き進めば開けた場所に到着し、姿を隠せる茂みもあれば他の冒険者たちも活動している場所のはずだ。

 アサシンたちは目立たぬよう行動するため、そこまでは追ってこないはず。もしそれでも諦めなかったとしても、そのまま教官たちのいるベースキャンプまで一気に駆け抜ければ問題ない。

 何とかなると思ったアヴェラは少し先を行くイクシマとノエルを追いかけ――だが、その二人が急停止してしまう。

「おい、何やって……なっ!?」

 アヴェラは進むべき先にを見た。

 ぬっと巨大なものが現れ、地面にあった丸太を踏みつけ粉砕したのだ。その強大なものが何かと言えば、恐竜の足としか言い様がない。

 自然と足が止まり、視線をあげ呆然としながら赤みを帯びた甲殻の巨体を――ドラゴンを凝視した。

 一歩毎に大きな音が響く巨体は谷間の幅の殆どを占め、しかし器用に羽を狭め身体を低く平らにしながらやってる。その甲殻のあちこちに角や棘の間のようなものがあり、見るからに恐ろしげだ。

 これがケイレブの言っていたドラゴンらしい。

「なんで飛龍種のくせに歩いて登場するんだ……」

 思わず愚痴ると、それが聞こえたわけでもあるまいにドラゴンの鼻先がこちらを向いた。炯々とした目の下で、グワッと大きく口が開かれる。薄暗い中の遠方にも関わらず、そこに鋭角な歯が幾つも並ぶ様子が妙にはっきりと見えた。

「まずっ……」

 ドラゴンは音というより衝撃波に近い咆吼をあげ突進してきた。

 地面を一歩毎に踏み締める足爪の何と凶悪な事か。後ろで揺れる尾の何と太い事か。衝撃で下の地面で土砂が跳ね上がり、甲殻の激突した岩盤が激しい音で削られ火花が散る光景の何と恐ろしい事か。

――最悪だ。

 そんな思いとは裏腹に、アヴェラの意識は妙に冷静であった。

 極限にまで研ぎ澄まされた知覚は少し先にある横穴の存在を捉え、ドラゴンとの距離に接近速度、仲間との位置関係に自分の行動できる速度。その全てを瞬時に把握し計算していた。

 同時に身体は前に跳びだし、立ち竦んだままのノエルとイクシマを両脇に抱える。そのまま横っ飛びで三人まとめて横穴へと飛び込むのは、まさに火事場の馬鹿力だ。同じことをもう一度やれと言われても無理に違いない。

 横穴に飛び込んだ身体が地面に落ちるか否か、そのタイミングでドラゴンが谷間を駆け抜け通過していった。


 激しい地響きのような足音と共にアサシンたちの悲鳴が遠ざかっていく。

「大丈夫か?」

「うっ、うん。ありがと、私は大丈夫なんだけど……」

 苔の生えた地面の上に座り込むノエルは返事をしながら心配そうな素振りだ。その見つめる先には、両手をついて項垂れるイクシマの姿があった。何やら震えているが、少し様子がおかしい。

「どうした、どこか怪我したか?」

「違う。そうではない……我は情けないんじゃ、ドラゴンを前に足が震えて動けなんだ……」

「仕方ない、あれは動けないと思うぞ」

「だが、お主は動けたでないか……」

 イクシマは出会ってから初めてというぐらいに意気消沈し元気がない。さらに、何度も固い石の地面を叩きだした。

 ひょいっと飛びだしたヤトノが少女形態に姿を変え、少しばかり得意げに胸を反らして見せた。

「御兄様は凄いのですよ。やる時はやる、凄いのです!」

「我は強くあらねばならんのに……」

「あのっ、聞いてます?」

「我は強くあらねばならん、強くなければならんのじゃ……怯んではならぬ……誰よりも勇敢にあって、誰よりも恐れ知らずで、誰よりも強くあらねばならんのじゃ……」

「聞いてませんね、ドラゴンのショックが少々強すぎましたか」

 辺りに生物の気配はなく虫すら存在しない。

 アヴェラたちのいる横穴は意外に広く巨大な洞窟空間になっており、頭上から僅かに光が差し込んでいる。奥には轟々と音をたて水が流れ、どうやら地下水脈が露出しているらしい。

 その流れは薄暗がりの中にあって黒々としており、かなりの量と激しい勢いがあった。もし万一落ちていれば、あっという間に流され水の中に呑まれていたに違いない。

 ぞっとしながら深呼吸を繰り返し、この状況で助かった命冥加を感謝――ドスンドスンと重い響きが聞こえた。

「うっ、あのさ。私ってば凄く嫌な予感がするんだよ。これってさ、やっぱり加護のせいなのかな?」

「そんな問題ではないと思うな。それより逃げ道は……」

 周りを見回すが所詮は水の通り道。都合の良い抜け道などあるはずもない。あるのは地下水脈のような水流のみで、流石にそこに飛び込もうとは思えなかった。

 逃げ場など、どこにもなかった。

 ヌッと入口にドラゴンの横顔が現れる。

 ピタッ止まったかと思うと、ジロリと目だけが動いた。補足された直後、ドラゴンの顔が突っ込まれる。続いて巨体グイグイ押し込まれ、無理矢理中に入ろうとしてきた。

 どうやら獲物を逃す気は無いらしい。ガリガリと岩肌が削られ小片が次々と落下しだし、巨体は徐々に迫る。袋の鼠とは、まさにこの事だろう。

 ドラゴンが半分以上も入り込んだ時であった、イクシマが勢いよく立ち上がるのは。その手は金棒をしっかりと握りしめ、歯を噛みしめ鼻の頭に皺を寄せ咆える。

「我は強くあらねばならん! そうでなければならぬ理由がある!」

「おい、止せ!」

「こんなんで止まっていられるものかーっ!」

 金棒を頭上に振りかざし勢いよく突撃。大きく跳び上がると、今まさに入り込もうとしたドラゴンの鼻面を殴りつけた。鈍く固い音が響き、驚いたドラゴンが反射的に顔を動かした。

「うがあああああっ!」

 弾き飛ばされた金棒が地面に突き立つ。そしてイクシマ自身は空中をくるくる回転しながら飛んでいく。とっさにアヴェラが飛びついて受け止めたものの、その勢いは強く止めきれない。

 二人は諸共に地下水脈の流れへ落下してしまった。

「えっ、あれ!? 二人とも、そんなぁっ!」

「お、御兄様あああっ!!」

 後に残されたノエルとヤトノの声は悲鳴そのものであった。

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