第29話 組んだばかりのパーティはこんなもの

 森の奥から、ゆっくりと四足歩行の生物が近づいてくる。

 木の陰から観察した限り、ムフロンと呼ばれるモンスターで間違いなかった。牛とか馬といった生物に大きさは似ているが、茶系の剛毛に覆われた全身に頭には大きく立派な巻き角がある。

 威圧感も半端なく、難敵と言われるだけはある見た目だ。

 距離はそこそこ、不意を突けるかギリギリで判断に迷うところである。

 アヴェラは呪われた剣を構え、深緑の空気を吸い込むと、そっと小声で仲間に指示をした。

「もう少し近づくまで待とう」

「そうだよね」

 ノエルの声を耳元で聞く。

 存在感という名の熱い気配を感じてしまうぐらいに近い。アヴェラの肩越しに様子を伺っているため、少し吐息まで感じてしまう。今はモンスターに集中せねばいけないはずが、どうにも気が散って仕方がない。

 苦悩するアヴェラを余所に、ノエルはさらに身を乗り出してくる。

「強そうだけどさ、これ倒さないとご飯がないよね。ここは気合いを入れて頑張らねばだね」

「そうだな、そろそろ拠点に引き揚げる時間でもあるからな」

「私の不運のせいで、変なモンスターにばっかり遭遇しちゃったから……」

 ひそひそと話をしながら、意識はムフロンに向けられている。

 だから別の木に隠れたもう一人の仲間、イクシマの様子に気付かなかった。彼女は金色の髪と同じ金の瞳を輝かせ、腰を浮かせウズウズしている。幼ささえ感じる小柄な体で重そうな金棒を軽々と扱い、すっくと立ち上がる。

「ああ、もういかぬ。我はもう待つのは飽きたのじゃって! さあ、戦闘ぞ!」

「やめろ台無しだ!」

 金棒を手に飛び出すイクシマを制止しようとしたが、もう遅かった。土を蹴立て走る背中と、なびく金色の髪が見えるだけだ。

「戦闘じゃーっ!」

「なんて奴だ、くそっ! なんで援護もなしに一人で行くんだ!」

 アヴェラも木の陰から飛びだした。

「こっちは馬鹿のフォローをする」

「了解だよっ、私はバックアタック狙いで行くから。よろしく」

 ノエルの声を聞きながらアヴェラはイクシマの後を追った。


 小柄なイクシマは跳ぶように木々の間を駆け、ムフロンが完全に戦闘態勢を取る前に金棒の一撃を叩き込むことに成功した。その巨体が悲痛な声をあげ蹌踉めき、追いついたアヴェラもすかさずヤスツナソードを振るい追撃を入れる。獣毛が散り鮮血が飛び散った、呪いは入ったが効果がどれだけかは不明だ。

「勝手に突撃するな!」

「先駆けは戦士の誉れぞ!」

 いくら注意しようとイクシマは懲りた様子は少しも無い。

 ムフロンは生命力の強いモンスターという情報は確かで、手痛い攻撃を受けたにもかかわらず素早く体勢を立て直している。そして反撃に移ろうと身を屈め――そのモンスターの視線が別に向く。

 赤黒リバーシブルのマントを翻し接近しかけたノエルは、ぎくっと足を止めた。

「あれ? なんだかさ、私が狙われているような」

「たわけぇっ! ぼさっとするでなーい」

 小柄なイクシマが飛びつき、ノエルをムフロンの突進から救った。

「後は我に任せ、ノエルは隠れておれっ! さあ来い、ここじゃ!」

 イクシマは金棒の先で何度も地面を突き威嚇した。

 激しい音と共に細かな石が飛び散る様に、ムフロンの敵意はイクシマへと向けられた。狙いを定めるように身を屈め前足で地面をかき、直後猛然と走りだす。

 それに対しイクシマは金棒を頭上高々と振り上げた。だがしかし、完全に真っ正面に立って打ち込みの体勢を取っているではないか。そのままであれば体当たりをまともに受けかねない。

「馬鹿、それは危ない」

「誰が馬鹿じゃ! 我の力を見ておれ、全力でぶちのめしてくれよう!」

「くそっ!」

 アヴェラは罵ると腰のナイフを引き抜き空中に軽く投げ、その刃先を掴んで素早く投擲。顔面にそれを受けたムフロンの進路が僅かにそれた。

 突進する巨体とイクシマが間近になり――そして一撃。

 金棒が力強く振り下ろされ、ムフロンの眉間に命中。肉を打ち骨を砕く鈍い音、獣の咆吼。そして予想通り巨体に引っかけられ弾かれる少女の身体。僅かに進路がそれていたおかげで、直撃ではないのが幸いだ。

「ふぎゃあぁぁっっ!」

「言わんこっちゃない!」

 アヴェラは空中にあるイクシマに飛びつく事に成功した。激突するように抱きかかえ、二人揃って絡み合うように転倒。真正面でなかったのが幸いし威力はかなり押さえられ、擦り傷以上の大きな怪我はなさそうだ。

「だからこうなるんだよ、おっと失礼」

 起き上がろうと突いた手は、イクシマの足の付け根辺りを押さえていた。

「がぁぁーっ! お主なー、どこに触っておる。破廉恥じゃー!」

「うるさい黙れ、この馬鹿娘。あんな戦いしてどうすんだ」

「上手くいったじゃろがー!」

「どこがだ!?」

 ムフロンは、まだ健在であった。手負い状態ながら、騒ぐ声に反応し次なる攻撃に転じようとふらつく足に力を込めている。そこにノエルが飛びだした。

「アタックアップ! えいやあああっ!」

 バフスキルを使用、強化された一撃を叩き込む。

 それはイクシマが打撃を与えた箇所であり、重ねて攻撃を受けた巨体がビクンッと震えた。次の瞬間には四肢の力を失いへたり込むように身体を落とす。そのまま支えきれず横倒しになり、音をたて転倒した。


 巨体が倒れ伏し動かぬ様子にイクシマが拳を握り声をあげる。

「はっはー! やったかー、勝ち戦は最高よのー!」

「微塵も反省してないな、こいつ」

「こいつじゃと? 無礼な、この我をなんと心得る!」

「はいはい、畏れ多くも先の副将軍とか言うなよ」

「なんじゃそれは。わけのわからぬ事を申す奴じゃな」

 今のフレーズはイクシマには分からなかったようで、小首を捻っている。それも仕方が無いだろう。この世界ではアヴェラだけしか知らない言い回しなのだから。

「と言うかなー、お主は全然活躍しておらんではないか。我ばっか攻撃しておるし、トドメはノエルが入れておる。まったく情けないのー、これはもう仕方があるまいのう。我が面倒を見てやるからな、さあ感謝の意を示すがいい」

 気恥ずかしそうに頬を染め視線を逸らしているので、自分でも悪いとは思っているのらしい。素直になれない性格でもあるのだろう。

 何となく察せられる。

 察せられるがしかし、フォローに奔走するしかなかった相手に対する言葉として実に失礼であった。故にイラッとしたアヴェラは奥の手を使うことにした。

「いいだろう。今の戦闘について、ケイレブ教官からお前の実家に報告をあげて貰うとしよう」

 イクシマは、たちまち青ざめた。縋るように手を伸ばし、オロオロしだす。

「ま、待て待て待って。酷いじゃろぉ!? それ絶対酷すぎじゃって。お主なー、そういうことで脅すとか酷いぞー!」

「いや脅しじゃない。本当に報告する」

「……我は反省しておる、次からは気を付けるとしよう。我が身を顧み、己の至り無さを実感しておる。と言うわけでな、父上に連絡するのはなしじゃぞ。よいな、我との約束なんじゃぞ」

 イクシマは、急にキリッと真面目な顔をして反省してますアピールをした。そして金色の瞳で下から一生懸命に見上げている。

 少し小動物っぽい雰囲気があって、アヴェラは仕方なく許す事にした。そして同時に怯えた様子を見て取り、実家関係には触れないでおこうと決めた。人の弱い部分をつつく行為は、前世で自分が散々やられて凄く嫌だったのだから。


 ムフロンを倒したノエルは、手にした剣を何度か血振りしている。

「よいしょっと、二人ともそこまでだよ。ほら解体して食糧を確保しなきゃ」

「うむ、そうじゃな。おおっ、でっかいのう。大きいのう」

 たちまち駆け寄ったイクシマはムフロンの大角に手を伸ばしベタベタ触りだす。もちろんそれは、話を誤魔化し有耶無耶にしようとする魂胆もあるが、一番は物珍しさで触りたいのだろう。

 ノエルの傍で動き回る様子は、まるで近所のお姉さんに遊んで貰おうとする小さな子といった雰囲気だ。見ている分には微笑ましいが、つい今しがたの戦闘を思い出すと頭が痛くなってしまう。この突撃娘をどうするか、それが悩みどころだ。

「解体か……とりあえず解体の出来る人いるのか? ちなみに出来ない」

 アヴェラが自分の問いに自分で首を横に振れば、ノエルもやはり首を横に振った。そっと顔を出したヤトノも同じように首を横に振った。

 そしてイクシマが金棒を地面に突き刺すと、両手を上に向け首を横に振った。しかし、どうやらそれは否定の意味ではないらしい。

「なんじゃ、なんじゃ情けないのう。そんな事も出来ぬのか」

「そうか出来るなら解体を頼む」

「はぁっ? どうしてそこで我が出来ると思うん?」

 あっさりと言ったイクシマは、偉そうに腕組みしている。

「こいつ……」

 アヴェラがイラッとしたところ、まあまあとノエルが割って入った。

「それならさ、私がやってみるからさ。女は度胸で挑戦だよ」

「なんとお主がやるのか。一人では大変であろ、我も手伝おうぞ」

「うん、ありがとね。じゃあやってみようか」

「うむうむ。我らならば、すぐに解体の達人になれるじゃろって」

 意気揚々としたイクシマ。その横でノエルが軽く振り返り、にっこりと笑う。どうやら任せて欲しいという事らしい。

「了解、野営地の準備をしておくよ」

 アヴェラは疲れた気分で肯くと、ひとまず一人で動きだした。

 まだお互いを理解していないのだから、互いに歩み寄ろうにも程度が分からないのだ。ノエルの時のように最初からすんなり行く方が珍しいに違いない。なんにせよ、まだまだこれからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る