第28話 フィールド冒険者
山の麓に用意されたベースキャンプ。
周りを崖と木々に囲まれた広めの空き地で、数十人規模の冒険者たちが揃っている。全員が今年新たに冒険者となった者たちばかりだ。
もちろん、アヴェラ、ノエル、イクシマの姿もある。
都市所有の飛空挺で移動すること数時間といった場所で、ちょうど向こうでその飛空挺が離陸していくところだった。皆はそれを物珍しげに見送っているのだが、つまるところ迎えが来るまで帰れないという事でもある。
天気は快晴。
日射しがさんさんと照りつけ、金属系防具を使用する者にとっては最初の教訓を得ているところだろう。もちろん革製防具であっても通気性は悪いため、暑いことに変わりは無いのだが。
暑さと熱さに苦しむ者たちが細かく身じろぎし、武器防具のたてる細かな音がガチャガチャと響いている。
アヴェラは周囲を観察していた。
「武器を買い換えたのは半分ぐらいか」
「うーん、私と同じく訓練用の剣って人も多いよね。でもさ、そういう人も防具買ってるよね。こうなると、そろそろ装備更新を考えていかないとダメかな。と言うかだよ、この装備でも大丈夫なのだろうかと少し心配かも」
「まあ訓練用の剣も悪くはないと思うけどな」
厚く重く刃も鈍い事が欠点ではあるが、逆に言えばそれだけ頑丈で耐久性がある。重さもあるので一撃の威力は高め、ただし命中性と速度が劣る。しかしそこから発展し大きく分厚く重く大雑把な鉄塊のような剣もあるというので、つまりは使い方次第という事だ。
イクシマはカンラカンラと笑った。
「しっかしのう、早めに自分にあった装備を選んだ方がよいのは事実なんじゃぞ。ほれ、この我のようにな!」
持ち上げるのは、鉄の八角棒だ。人の腕ほどの太さがあり、表面には菱形錘の鋲が打たれている。凶悪なそれを軽々振り回す膂力は凄いが、周りからは迷惑そうな視線が送られている事に気付くべきだろう。
「これまたエルフらしからぬ武器……コレジャナイエルフめ」
「なんじゃその評価ー! 言うておくが我は本物のエルフなんじゃぞ! しかもカナボウちゃんを使って、どこが悪い!?」
「うわぁ名前まで付けてるのか」
「可愛いじゃろ」
「ふうっ……」
「な、なんじゃ今のため息は。言いたい事があるなら、ちゃんと言えよー!」
アヴェラが見つめる前で、イクシマは足を踏みならしている。折角日射しの中で金髪が煌めき美人系の顔立ちであるというのに、いろいろ台無しだ。
何と言うか……何と言うかだ。からかい甲斐のある奴であるし、話してみれば悪い奴でもない。一緒にいると面白くはあるのだが……しかしノエルに対し感じるような好きになって欲しいといった感情は、あんまりない。
――そうか、これが残念美人というやつか。
納得したアヴェラが見つめると、なぜかイクシマは照れた感じだ。
「な、なんじゃお主は。そんなに見つめられると、その……困る」
「ふうっ……」
「またも、ため息!? 我なんかしたん!?」
騒ぐイクシマに周りの者が何事かとざわつくぐらいだ。
「二人とも静かにしないと駄目だよ。ほらさ、教官さんたちが来たよ」
ノエルが指さしたとおり、飛空挺の飛び去った方から数人がやって来た。
神官着のまったりタイプの女性、フード姿の性別すら分からない者、斧を背負ったドワーフ、険のある顔の老人、そしてくたびれたマントのケイレブ。
いずれも、この初心冒険者講習を担当する事になった教官たちだ。
これからいよいよ講習が始まるとあって、さすがのイクシマも口を閉ざして静かになった。
「これより説明を開始する。僕らが初心冒険者講習を行うよう命じられた運の悪い教官……ああ、これではガイダンスの時と同じ出だしじゃないか。我ながら芸がないものだな」
ケイレブは顎を掻きつつ呟いた。
「まあ細かい事は飛空挺の中で聞いただろうから省こう。今回は初心冒険者講習という事で、ご覧の通り遠路遙々とドラゴンの生息地にまで来た。そうだ、君らに活動して貰う場所はドラゴンの生息する場所になる。きっと空を見上げれば、その姿を見ることもあるだろうね」
途端にざわつき、さっそく空を見やる者もいる。
世界には現実の脅威としてドラゴンが存在する。それが飛来すれば騎士団や兵団が出動し、数多の犠牲を出して対処せねばならない相手だ。人々はドラゴンに対し強者に対する憧れと共に果てしない恐怖を感じている。
「ここらに居るのは飛龍種だそうだ。都市近郊に生息するような龍脚種とは勝手が違う……ああ、皆はまだドラゴンとも遭っていないか。ま、いい。何にせよ、どっちも厄介な連中ってものさ」
事も無げに言うケイレブは、近場の山を指さした。
「あの山頂に巣があり、麓のここらは餌を取る縄張りだ。そして君らはドラゴンの餌にならぬよう、ここで七日を過ごさねばならない。だがまあ簡単な事だろ、なにせドラゴン退治をするのではないからね。というわけで出会ったら死ぬ気で逃げなさい、死ななければ逃げきれるだろう」
ケイレブは口の片端を上げ笑った。
以前はそれを皮肉り小馬鹿にしていると思ったが、このところの付き合いからすると、普通に笑っているだけらしい。ただ人相が悪いだけだ。
「もし限界になったら、この場所に戻って構わない。それはそれで良い判断というものだ。ただし残りの日数を、我々の優しい指導を受けて貰う事になるがね。さて後は言い忘れた事は何かあるかな、ああそうだった――」
追加で簡単なルールの説明がなされ、初心冒険者講習は開始された。
◆◆◆
「では次、出発してくださーい。はい、頑張ってね」
ベースキャンプを出発すると、神官着のまったりタイプの女性教官がポンッと肩を叩いてくれた。そしてアヴェラたちは、いよいよドラゴンが生息する地へと足を踏み入れる。
パーティー単位で順番に出発するため、先行した連中の足跡が地面には幾つか残っていた。それを辿り崖沿いにつくられた狭い坂道を上がり、岩場の箇所を通り過ぎると視界が一気に開けた。
凄い景色だ。
見上げるほどに高い岩山、麓の山と森。手前には幅の狭い草地と、穏やかな流れの川。草食系らしいウシっぽい生物が小さな群れを成していた。
空気は澄んで深呼吸するだけで爽快になる。
横でノエルが手を
「こんな感じって、ちょっとワクワクするね」
「そーよのー。ドラゴンさえ注意すれば、良いとこよのう」
「うんうん、そんな感じ」
「我はちょいと昼寝したいぞ。見よ、あの辺りなど心地よさそうではないか。一緒にどうじゃ」
ひょいと跳びはねたイクシマは、川辺の木陰なんぞを指さしている。放っておけば、そのまま走って行きそうな様子さえあった。
アヴェラはこれ見よがしに大きく息を吐き、呆れ気分を表明してみせた。
「な、なんじゃ。その態度は。ちょっとぐらい、いいじゃろー」
「あまりの馬鹿さ加減になんともな……いいか、ここはドラゴンが生息しているという事だぞ。その意味が分かるか?」
「分かっとる。じゃが周りを見てみい、ドラゴンなんぞ影も形もない」
「そうじゃない。ドラゴンが生息できる生態系があるという事だ」
しかしノエルとイクシマは顔を見合わせ、揃って小首を傾げた。全く理解していない。頭の上に見事な疑問符がついていそうなぐらいだ。
「ドラゴンは大量の餌を必要とする。それを支える為には多くの生物が必要だ。どれだけ食べても尽きないだけの、大量のモンスターがここらには居る。もちろん草を食べるモンスターだけでなく、それを襲って喰らうモンスターもな」
「えっとさ、もしかしてなんだけど。ドラゴン以外も危険って事?」
「そうなるだろな」
「うわぁ……」
「この環境を探索して、7日間過ごせる安全地帯を見つけ食糧を確保しなければいけない。しかも他の連中も同じ事をしているわけだが。さて、皆が真っ先に選ぶのはどこだと思う?」
問いかけながらアヴェラは前に進めば、二人は真面目な顔でついてくる。
丈の低い草の地面はなだらかな勾配をもって上りとなっている。横を見ると、先行組のパーティが川の中州などにテントを張っていた。周囲が水に囲まれるため安全と考えているのかもしれない。
凄く愚かな行為だが警告をする事なく通り過ぎた。
「我は分かったぞ、ここら辺りじゃろな。いざとなれば教官たちのおるベースキャンプに逃げ込めるからのう」
「そうなると近場は争奪戦になる。場所も食糧も、そして倒すべきモンスターも。だったら、今のうちに少し離れて良い場所を探す必要があると思わないか?」
「なるほど、お主考えておるのー。よし分かった、もそっと遠くに行こまいか。ノエルよ行くぞ、ついて参れ!」
小柄なくせにノシノシ歩くイクシマの後をノエルが追いかける。二人はすっかり仲良くなっており、パーティとしては良い状態だ。
襟元からヤトノが顔を出し不満そうにブツブツ言いだす。
「あの小娘め、御兄様に対し何と無礼な態度でしょうか」
「いいじゃないか。悪い奴でないし、むしろ面白い」
「ふむ、御兄様はあの小娘でも充分にいける……なんて守備範囲の広いのでしょうか。流石です!」
「好きに言ってろ。それより探索が出来なくて、すまんな」
厄神からは都市近郊の探索を指示されている。
ただしアヴェラは指示に従っているというよりは、自分で『厄神の頼みに応えたい』と決めている。だから少しばかり申し訳ない気分になってしまう。
「いいえ、お気になさらず。探索には手間も時間もかかると本体も理解しておりますので。こうした場所の経験も、大きな目でみれば必要な事とヤトノも思います」
「急がば回れとも言うからな」
言いながら見れば少し先から笑顔のノエルが手をふり、イクシマが金棒で地面を突き急かしている。アヴェラは楽しげに苦笑し足を早めた。
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