第27話 エルフの小娘
新メンバー紹介の顔合わせをとなったのだが、その相手が呼ばれて来るまでの間にアヴェラもノエルを呼びに行った。さすがに初回の顔合わせは一緒の方が良いと思ったのだ。というよりも、改めて紹介するのは面倒というのもある。
疲労回復ポーションを飲ませたノエルと共に、ケイレブが用意してくれた小部屋で相手と顔合わせをするのだが――。
「こいつらがパーテーを組む相手なんかー、頼りなさそうじゃのう」
現れた少女は、どう見てもアヴェラより年下に見えるくせに妙に偉そうだ。
背丈はノエルより低く子供ぐらい。真ん中分けした長いストレートの髪は金色に輝き、その間から先の尖った耳が少し出ている。瞳の色も金で神秘的だが、整った容姿は勝ち気と言うより尊大さがある。
そして、幾何学的文様が白刺繍された赤い服は衣のようで、いわゆる東方風だ。
子供っぽい印象を受けてしまうのは、背の低さと華奢な体格。そして何より、口をへの字にしてそっぽを向く様子のせいだろう。
とはいえ、まじまじと相手を見やったアヴェラの口もへの字をしている。
「チビッ子とパーティとは予想外だ」
「貴様ぁーっ! 我に向かってチビッ子じゃとー!? この我をなんと心得おる! 我こそはエルフの矛として名高き氏族ディードリが三の姫、イクシマなるぞ! 凄いんじゃぞ、偉いんじゃぞー!」
「あっそう、お嬢ちゃん凄いね」
「お主ぃーっ! よいか我はお主なんぞより年上なんじゃぞ! 敬意を払えい!」
「あーそういうロリ婆タイプも需要あるらしいな」
「頭を撫でるなあああっ! やめろおおおっ、やめんかあああっ! 撫でるなと言うておろうがー!」
払いのけようとするイクシマという少女の手をいとも容易く阻止しながら、アヴェラはその頭を撫で続けた。丁度良い高さに頭があるし、何より叫ぶ反応が面白い。
結局はノエルが止めに入る。
「ほらほら、アヴェラ君ってば失礼だよ。あっ、ごめんね。私はノエルって言うの、よろしくねイクシマちゃん」
「がぁーっ! お主、我を子供扱いするな」
「うん、ごめんね」
ノエルは優しく謝るが、まるで幼い子を宥めるような素振りだ。しかしイクシマはそれに気付かないまま、口を尖らせながら引き下がった。
「まったく、人間どもめ。礼儀も知らんとは、これでは先が思いやられる」
そして乱れた髪を直そうと一生懸命に手櫛で整えている。だが、その仕草はチョコマカしたものでノエルは手伝いたそうにウズウズしているぐらいだ。
アヴェラは果てしない疑問を抱いた。
「エルフって言ったよな……これでエルフなのか?」
「お主なー! 誰がこれじゃー、しかも何故に我をエルフなのかと疑うん!? 無礼なんじゃぞー」
「いやしかし、エルフってのは金髪美人で細っこくて耳が長くて傲慢で……ああ、くそっ! 特徴としては全部合ってるじゃないか。でも違う、何と言えばいいんだ。このコレジャナイ感は」
「なんじゃこのー、まったく褒めるか貶すかどっちかにせんか」
文句を言うものの、美人と言われたイクシマは気を良くしている。
「パーテーを組むとはいえ、我の事はあまり気にするな。あのケイレブめの卑劣な策略によって、やむなくパーテーを組むだけなんじゃからな。言うておくが、講習が始まれば我は別行動をとるからな。心得ておけ」
「それだと困るんだが」
「ふっふーん、我はパーテーを組むとは言うたがな。しかし一緒に動くとは、ひと言も言うてはおらん。どうじゃ、何の問題もなかろ」
イクシマはニカッと、いい笑顔をしてみせた。その様子は屁理屈を言う子供のようだが、実際にその通りなのだ。
「講習の間ぐらいパーティを組めばいいだろ。なんで嫌なんだ?」
「我は一人がいいのじゃって、しつこく誘うなよー」
「あれか? 馴れ合うのが嫌とか、孤高に憧れるお年頃なのか?」
「なんじゃ、その孤高に憧れる年頃とかってのは!? あーもー、分かった分かった教えてやろうではないか。良いか、我がパーテーを組みたくないのはな。ここの連中はな! どいつもこいつも金持ちになるとか、爵位が欲しいとかばっか考えておるからじゃ!」
しかし冒険者を目指す者の理由はそれが当たり前だ。誰もが貧しい暮らしを抜け出すため、より良い生活のため命を危険に晒し各地に趣き稼いでいるのだから。
「我は強くなるために冒険者となった。故に、そんな連中とは行動方針というものが違うのだ、一緒になどやっておれんじゃろ」
「いやまあ、分からんでもないが。しかし金だって大事だろ」
「それは認めよう。優れた武具を手に入れるには、金も必要じゃからな。さあ、お主らも言うてみよ、なんで冒険者となったかをな。いいか嘘は言うなよ、エルフの我には嘘が分かるでな」
「冒険者になった理由か……」
指差されたアヴェラは頷いた。嘘を言う気はないが、しかし厄神からの依頼については言う気は無い。言わなければ、それは嘘にならないので問題ないはず。
「冒険は楽しい。あとモンスター倒すのも楽しい」
「ふええええっ!?」
話を聞いたイクシマは流石に予想外だったのか、両手を挙げ身をのけぞらせた。
「倒すの楽しいとか。なにそれ恐い!」
「何だ、その反応は。そっちの強くなりたいって理由と似たようなもんだろ」
「違ーう! 天と地ほど違う! こやつ、やたら考えがおかしいぞ……ええいっ! 次っ、そっちのノエルとやら。お主はどうなんじゃ、言うてみい」
指を突きつけられたノエルは軽く困って頭をかき、自分の束ねた髪を弄った。
「うーん、正直に言うとさ。私は、お金が欲しいからなんだよね」
「ほーれみろ、ほれみろ。やっぱしな、お主ら人間は結局それじゃ。まったくもう、これじゃからのう」
「いやまあそうなんだけどさ、でもお母さんの為なんだから許して欲しいかな」
「なんじゃって……?」
イクシマは虚を突かれた様子で目を瞬かせた。
困った様子のノエルは腕組みすると天井を軽く見上げた。そこには少しだけ寂しげな哀しげな様子が見え隠れしている。
「うーん、あんまり言う事でもないけど。私のお母さんってさ、どこかの貴族様の侍女だったらしいんだよね。それで貴族様との間に私が生まれたわけで……でもさ、私の加護が良くなかったから……つまりさ、私のせいで追い出されてしまったんだよね、うん」
ノエルの加護は不運の神コクニ。
確かに貴族の家には外聞としても実利としても相応しくないだろう。アヴェラとて災厄の神の加護は外聞の良いものではなく、その辺りの事は良く分かるし似たような事は経験している。
「それでもお母さんはさ、私が貴族の血を引いてるから見窄らしい生活はさせられないって。大して強くもない身体でずっと頑張ってくれてさ、しかも恨み言なんて少しも言わないんだよね。自分の事は全部後回しにしてさ、私を女手一つで育ててくれたの。だから私はさ、お金を稼いでお母さんに楽をさせてあげたいんだよ」
ぼたっ、ぼたっと水滴の落ちる音が響いた。
「お主、お主ぃぃっ……!! うおおおーんっ! もうよい、もうよい! 我に任せよ! デイードリの名にかけ、この我が力を貸そうぞ!」
イクシマは滂沱の涙を零し協力を申し出た。
それをチョロいと笑う事はアヴェラには出来なかった、なぜなら不覚にも鼻の奥がツンッとなっていたのだから。ささっと出て来たヤトノが咥えてきたハンカチを受け取り目元を拭うが、とりあえず涙目のイクシマはその白蛇の存在には気付いていない。
「じゃが……じゃがな……実は言うておらなんだが。我がパーテーを組みたくなかった理由ってのは、もう一つあるんじゃ」
エルフの少女イクシマはしばし下を向き、ややあって決心すると顔を上げた。
「実は我は……我はその……死の神オルクスの加護を受けておるのじゃ」
「死の神の加護?」
「どうじゃ、恐ろしかろう。我とともにあれば、死の災いが訪れるやもしれん。それでもいいのか? いや待て待て構わぬ、皆まで言わずともよい。怖じ気づいたとしても、我は責めはせぬ」
「「えーと……」」
アヴェラとノエルは顔を見合わせた。そしてヤトノは蛇状態で口を開け、少々馬鹿馬鹿しそうに欠伸をしている。
「パーテーを組むのを止めても別にええんじゃぞ。うむ、我はそういうの慣れておるのでな。もちろん万一にも、ちょっとでも組んでもいいと言うのであれば嬉しいがのう。なんなら我は離れて後を付いていってもよい。なーに、戦闘だけでも力を貸してやる」
そっぽを向くイクシマの横顔は少し寂しげであった。最初の素っ気ない冷たい態度も、何となく分かる気がした。つまり恐かったのだ。下手にパーティとなって加護を知られ、そして拒絶される事が恐ろしかったに違いない。
だから、ああやって最初から拒絶して傷つく事を避けようとしていたのだ。
ノエルは手を挙げた。
「はい、不運の神コクニの加護持ちです」
アヴェラも手を挙げた
「災厄の神厄神の加護持ちだ」
ヤトノは尻尾をあげた。
「ついでながら、厄神の分霊です」
「ふぎゃああああ!! 蛇が喋ったぁ!!! と言うかな、おかしいじゃろぉ!? 絶対みんなおかしすぎじゃって! と言うか、その蛇が厄神の分霊ってなんなんじゃー! あーりーえーんー!!」
「まあ何て騒々しい小娘ですね」
「小娘とか言うなぁーっ!」
叫んで反論したイクシマだが、素早く口を押さえ後退った。
「ああ、こいつ厄神の分霊じゃったぁ!! 呪われるー!」
「なんて失礼な、御兄様の仲間になるのであれば呪ったりしませんよ。それとも呪って欲しいのですか?」
「んなわけあるかあああっ! 本当じゃな、本当に呪ったりせんのじゃな!?」
「わたくしは嘘は嫌いです、それこそ呪いたくなるぐらいに」
「よし、この話し終わり。呪いもなし、よいな我と約束なんじゃぞ!」
かくして騒々しいエルフの小娘イクシマは仲間になるらしい。
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