第26話 冒険は人と人の繋がり

 草原からの引き上げは歩いて移動せねばならず辛かった。

 ノエルと並んで歩くのだが、今は白蛇状態で服の中に待機するヤトノでさえ重い気分だった。ただし重いと言えば怒るに違いないので何も言わないが。

 なんとか辿り着くと、転送部屋のひんやりした空気が心地よい。

「ああ癒される。疲れてるしさ、汗が引くまでここで休憩しません?」

「そうだな、急いで戻っても仕方ないからな」

「でもクエストも達成してないしさ……ううっ、今日は無収入。このまま稼げなかったら、ご飯どうしよう」

 ヒースヒェン狩りが徒労に終わって素材も回収出来ず、何の収入も得られていない。ましてノエルは、少し前に装備一式を失っている。これは結構な問題だろう。

「食事だったら、我が家に来ればいい。父さんも母さんも、むしろ喜ぶと思う」

「えっと……ご両親!? ここはちゃんと身だしなみを整えねば……でも服がないので、どうすれば。うわうわっ」

「そんな気にしなくてもいい。父さんの部下とか、ご飯を狙ってくるぐらいだからな。別に気軽に来てくれて構わない」

「いえいえ、そうもいきませんって。今日は特に汗かいてるしさ、うん。今後のためには第一印象が大事なのでして……そのうち行っちゃうかもだけど」

 転送の部屋の隅に座り込み、しばしの休憩。周りには誰もおらず、ここはモンスターも来ない場所。そして気心知れた若い男女が二人きり。

 それに気付いたアヴェラは妙に緊張した。しかもノエルが顔を赤らめているものだから何だか面映ゆい気に――しかし転送魔法陣が白味を帯びた光を放ちだした。どうやら、アルストル側から誰かやってくるらしい。

 何となく邪魔された気分だ。

 しかし現れた数人の中に見覚えのある姿を見つけ、軽く声をあげた。

「あっ……」

「おっ相棒じゃないか」

 向こうも気付いたところで、アヴェラも立って軽く手を挙げた。

「ウィルオス、久しぶり」


「そっかぁ、もう草原に来てたのか。俺はようやく今日なのに、先を越されちまったなぁ……」

「こっちも今日初めて来たところさ。それで何の成果も無く引き上げるところだ」

「そうなん? ここって、けっこうキツいんか!?」

「キツいというか何と言うか……まずは自分の目で見た方がいい。別に意地悪ではなくて、楽しみが減るからって理由でな。まあ、ヒースヒェンってモンスターは苦労するとだけ言っておこうか。意味は後でわかると思う」

 アヴェラが苦笑するとウィルオスは、なるほどと頷いた。

 そして、ちらりと傍らに目を向けた。そこではノエルがちょこんと座っており、気付いて軽く頭を下げている。

「そっちが相棒の仲間なんか?」

「あー……そうだよ」

 パーティを断っているだけに少し気まずく答えると、しかしウィルオスは楽しげに笑う。そして肘でぐりぐりしながら、声をひそめる。

「なるほどなー、こっちを優先すんのは当然だな。羨ましいぞ、このこの」

 この気の良い相手とパーティを組みたかったという思いが軽く胸を過ぎるが、それはちょっとした未練というものだろう。

 ウィルオスは仲間に促され頷いた。

「じゃっ、また今度な……あっ、そうそう。掲示板に、ケイレブ教官から呼び出しが入ってたぞ」

「ケイレブ教官から?」

「戻り次第、教室に顔を出すようだとさ。それじゃあな、相棒!」

 ウィルオスは手を軽く挙げ、仲間と共に扉を開けた。

 それを見送ったアヴェラとノエルは顔を見合わせ、それから魔法陣を使って探索都市アルストルへと移動した。


◆◆◆ 


「お呼びと聞きまして、参上しましたよ」

 ノックも早々にアヴェラはドアを開けた。

 ケイレブの部屋は奥の窓が開け放たれ、そこから明るい日射しと共に喧噪が入り込んでいる。ドアの開閉で風が入り込み、幾つかの書類がパタパタと動く。

 風に舞った一枚の紙片をケイレブは軽い仕草で摘まみ取った。

「来てくれたか、すまんな呼びつけてしまって……どうした、随分と疲れた様子じゃないか」

「草原に初めて挑みましたので……」

「ああ、なるほど草原か。そうすると当ててやろう、ヒースヒェンが原因だな。あれには苦労させられるからな」

「ご明察です」

「まあ、あいつの攻略法は自分で考えるようにな」

 ニヤニヤ笑うケイレブを見れば、どうやらヒースヒェンは通過儀礼らしいと気付いた。あれが狩れねば、仮に無視して先に進んだとしても意味がないに違いない。何とか倒さねばならないだろう。

 しかし、ヤトノの感想は違ったらしい。

 するりと這い出すと、即座に少女形態をとって紅い瞳で睨み付ける。

「御兄様が疲れた身体に鞭を打ち、ここまで出向かれたというのに。なんたる無礼を、許しませんよ」

「おっと、出たな。だが、知り合いの商人に頼んで取り寄せた呪い除けがある」

「またですか、懲りない男ですこと」

「今度のは結構に高かったからな、今月の小遣いがピンチなぐらいだ。さあ、どうだこれを見るといい。西方においては魔除けに厄払いに幸運のシンボルとして――」

 ケイレブは何かの植物っぽいものを取り出した。

 それは赤く先の尖ったものを幾つも連ねたものであった。

 しかしヤトノが一瞥し目を細めれば、瞬時に崩れ落ちていく。床の上にはその残骸が散っているが、植物だったらしいそれは粉々で掃除が大変そうだ。

「……で?」

「まて、話し合おうじゃないか」

「往生際の悪い男ですこと」

「生き汚いのが冒険者ってものだよ」

 前と似たようなやり取りが行われているが、アヴェラは手近に飛んできた植物片を拾い上げた。赤い粉末状になった中に幾つか種らしきものが確認できる。砕ける前に見た姿は覚えのあるもので、軽く噛んでみると想像の通りとても辛い。

「ケイレブ教官、この残骸を頂いてもいいですか?」

「ん? ああ構わんよ。できれば、この状況を助けてくれると嬉しいのだが」

「ヤトノ、とりあえず大人しくするんだ。早く話を終わらせて帰りたいから」

 アヴェラの言葉にヤトノは軽く頬を膨らませ、いけずと呟いた。そしてケイレブをジロリと睨み威嚇して、白蛇姿になってアヴェラの腕に巻き付きイソイソ引っ込んでしまった。なんとなく少し拗ねた様子だ。

「それでは、呼び出しの理由を教えて貰えますか。草原から帰って疲れてますから、出来れば早く帰って休みたいです」

「ああ、ごもっともだね。では座ってくれ、疲労回復用のポーションをあげよう」

「余裕があれば一本余分に貰えます? 仲間にも飲ませたいので」

「君が小遣い生活というものの苦しさを知っているか、それを聞きたくなってきたよ。いいさ、予備はあるから持って行くといい。仲間ってものは大事だからね」

 アヴェラは先に貰った瓶を大事にしまい、それから新しい瓶を貰って飲んだ。

 どういった原理か不明ながら身体が楽になる。きっと疲労物質が消滅したに違いない……そう思ったものの、しかし疲労の根本原因である体力の低下は変わらないはずだと気付く。

 薄茶色をした瓶をまじまじと見つめる。

 これで疲労が回復したと思い無理に動けば、元気なまま過労死するかもしれない。多用は止めておこうと心に誓うアヴェラであった。


 勧められたソファに座るとケイレブは用件を語りだした。

「近々だがイベントが開催される。冒険者に合格して一年以内の者は全員が参加となっておる。もちろん今回もふるい分けだからね、注意するように」

「またですか……」

「その通り、またなんだよ。だからこそ、こうして君に教えているのじゃないか」

 ケイレブは、さも当然のように言った。

「依怙贔屓ですね。教官がそんな事して大丈夫なんです?」

「知らなかったのか、世の中ってのは依怙贔屓で成り立っているんだ。全ての物事ってのは、結局は人と人の付き合いなんだよ」

「…………」

 アヴェラは黙り込んだ。

 きっと前世の社会も同じだったに違いない。しかし、その世界を生きたアヴェラになる前の男は、少しもそんな事に気付かず自分を第一に生きていた。だから、世渡りが上手くいかなかったのだろうか。

 世の中は依怙贔屓という言葉を胸の中で反芻していたため、危うくケイレブの話を聞き逃すところであった。

「話が逸れたけどね、そのイベントで頼みたい事がある」

「はあ、出来る範囲の事でしたら」

「もちろん難しい事ではない。そのイベントでパーティを組んで貰いたい者がいるだけさ」

「そんな事ですか。構いませんよ」

「あっさり引き受けてくれるのはありがたいが、本当にいいのかな。よく考えたらどうかな」

 即答を貰ったケイレブだったが、喜ぶどころか少し心配するぐらいの素振りですらある。

 しかしアヴェラは笑った。

「物事は人と人。教官がわざわざ紹介する相手というなら、もうそれだけで信用しても構わないですので」

「これは一本取られたな」

「もちろん今後もいろいろ便宜をはかって貰えるだろうと期待もしてますし」

「君の信頼が嬉しいね、ああ涙が出そうなぐらい嬉しいよ。それはそれとして、ノエル君に相談しないまま決めていいのかな。別に相談してからでも構わんよ」

「相談する必要はないですよ。こちらの決定は理解してくれますから」

「そうか、君たちの関係が羨ましいよ。今では嫁のご意向を伺わねば、僕はペンの一つも買えやしないのでね」

 嫁の尻に敷かれるケイレブは窓の外を眺め、物悲しげに息を吐いている。だが、アヴェラは特に気にはしない。どうせ既婚者特有の半分惚気なのだから。

「ところで確認したい事がありますけど、よいですか?」

「構わんよ」

「イベントの内容は何です?」

 その問いにケイレブは鷹揚に笑い、指を立ててみせた。

「ああ、言ってなかったね。初心冒険者講習というものだ」

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