第25話 異世界ってものは手強い

 様々な素材を効率的に回収できる採取地点。

 それは各所に存在し、規模もモンスターも様々。得られる宝物や素材のクオリティも異なり、優良な採取地点が多数存在する国は富み栄える事が出来る。

 それだけに冒険者の育成は重要視され、採取地点の集中する間近には養成所という名の冒険者支援機関が設けられる。そこを巣立った冒険者が各フィールドから財貨の種を持ち帰るといったシステムが確立されていた。

 かくして、未知なるものを求め旅する冒険は廃れ、冒険者たちは日々素材をを回収し続ける。


 アヴェラとノエルは都市にある転送魔法陣を利用し、新たなフィールドへと到着した。移動時間を大幅に縮める事が可能な便利な機能である。

 到着したばかりのそこは小さな部屋だった。

 いきなり屋外の炎天下という事ではないらしい。

「新しいフィールドだとさ、モンスターが変わるんだよね。もうクィークは出ないんだよね」

「そうらしいな。何が出るかは情報を買うしかないけど……」

「お金の余裕がないからさ、それ難しいよね」

「とりあえず討伐クエからすると、ヒースヒェンという名前のモンスターがいるのは確かみたいだ。特徴なんかも少し聞いている」

 扉を開ければ、そこは新たな探索地点だ。

「ここで足踏みはしたくない、頑張ろう」

「そうだね頑張ろー!」

 ノエルが弾むように駆け寄り扉を開け――平原だった。

 丈の短い薄緑色した草が風になびいている。所々に木が存在し、緩い丘陵もあった。遠方を移動する冒険者の小さな姿が見えるぐらいには広かった。

 白蛇状態のヤトノも物珍しげに辺りを見回している。

「ふむふむっ、これは新鮮な草の香り」

「凄いよね、どこか分からないけど遠くの草原まで一瞬で移動できるなんて」

「普通に歩けばきっと遠い場所なのでしょうね」

「にそうだよね……でもさ、転送魔方陣って誰が設置したのだろ?」

「まあ、聞きたいですか? よろしいでしょう教えて差し上げましょう」

「却下、それ却下。絶対に聞きたくないから」 

 ノエルは耳を塞いで騒いでいる。前に同じようなノリで、とんでもない事を聞かされたのだから無理もない。後ろを追いかけるヤトノから逃げ惑っている。。

 なんにせよ、こうして遠方まで一気に移動できる転送魔法陣が使えるといった至れり尽くせり感。

 常識では計り知れない何かがあるのは間違いない。

「絶対の絶対に聞きたくないから」

「仕方ありませんね……さあそれよりも、早く参りましょう」

「そうだね、ここでこうしていても駄目だよね、うん」

 ノエルは訓練用の厚い剣を抜き放った。鞘の合わせが悪いのか、ごりごりと鞘走りの音が響く。剣の中では格安で生産される品のため当然と言えば当然だった。


「よーし、頑張っちゃおう!」  

「その意気です。それはそれとしまして、さて困りましたね。こうまでも見通しが良いとなりますと、私も気軽に姿を変えられません」

「それならさ、あっちの林はどうかな。良さげな感じと思うんだよね」

 ノエルとヤトノが楽しげな様子を嬉しく思いつつ、アヴェラもまた剣を抜く。

 流石に名品を収める鞘だけあって音もなく滑るように抜き放たれる。それを何気ない仕草で振るえば、辺りの草がスッパリ見事に切断された。普通の剣では草のように腰の弱いものを斬る事は難しく、凄まじい斬れ味だ。

 さらに呪いの効果によって、残った草が根元まで見る間に萎れていく。

「ふむ、草刈りに便利そうだな」

 剣を引っ提げ歩きだしたアヴェラにノエルはあきれ顔だ。

「あのさ、それって呪いの剣だよね? 草刈りで便利とかって物じゃないよね」

「ノエルさんの意見には全面賛成ではありますが……しかし御兄様ですから仕方がないことなのです」

「そ、そうなんだ」

「ええ、そうなんです。呪いを便利な道具といった感覚なんですよ、酷いと思いません?」

「なんかさ……感覚間違ってるよね、うん」

 ノエルとヤトノは仲良さげで、アヴェラは新たなフィールドの草原を見やった。世の中を平穏無事に生きるコツは、自分に対する評価を気にしない事なのである。

 草原に生える草は足首程度の丈があった。

 だが、注意深く見れば場所によって人の背丈ほどの長さがあったり、似たような風景ながら緩い起伏の丘が見通しを遮っていたりもする。これは下手をすると方向感覚を失い戻る方向が分からなくなりかねないだろう。

「とりあえずだ。今日は初めて来たわけだし、先に進むよりはヒースヒェン素材を回収する方に集中しようか」

「そうだよね。でもさ、ヒースヒェンってどんなモンスターなんだろう。ちょっとドキドキしちゃうよね」

「一応はクエスト受注の時に確認で聞いてはいるが、可愛い系の耳が長くてフワフワの毛でピョンピョン跳ねるそうだ」

 その説明を聞いたときにアヴェラが思ったのは、前世にいたウサギだ。

 この世界と元の世界はある程度の共通点がある。呼び名が違うのは当然としても、もしかするとウサギのような姿なのかもしれない。

「可愛い生き物かもしれないな、そうなると倒しにくいな」

「なるほど、確かに可愛いと倒しづらいよね。耳長フワフワピョンピョン……ねえ、あれだよね。ほらさ、きっとあれだよ!」

「ん……?」

 ノエルの示した先を見やりアヴェラは悩んだ。

 確かに耳は長い、毛もフワフワ、ピョンピョン跳ねて動いている。だが勝手に想像していたウサギとは似て非なる生き物だ。

 耳は上に立つものと垂れるもので合計四本。毛は景色に同化するためか薄緑色の縞模様。ピョンピョンは著しく発達した後ろ足を使い直立姿勢で跳ねている。だが、そこまではまだ許容範囲だ。

 問題は面構えで、目は血走しり口には鋭い牙もある。

「認めたくないが認めざるを得ないのか。ここはやはり異世界なんだと……」

 そして狩りを始めた。


 しばらくして――。

「ダメだ、疲れた……」

 アヴェラは汗だくで座り込んでしまう。すかさずヤトノが汗を拭ってやり、さらにはどこからともなく取り出した扇で風を送りだす。

「御兄様、大丈夫ですか?」

「いや、あんまり……新しい場所の壁は厚かった……こっちは大丈夫、ノエルを頼む」

「かしこまりました」

 アヴェラは荒い息を整え、傍らで倒れ込んだままのノエルを見やった。頬を地面につけ、もう完全にグッタリしているではないか。

 なお、二人ともダメージは受けていない。ただ単に疲れ切っているだけだ。

「……何と言いますか、ヒースヒェンってさ……足速すぎ……」

 ヒースヒェンはとにかく逃げ足が速かった。デバフをかけスピードを落とし、そこにバフでスピードアップしたノエルが襲いかかっても逃げられるほどだ。

 二人とも重い防具は身につけていないとはいえ、手には剣がある。その状態で長時間走り続ければ疲労して当然であった。

 結局、戦闘にすらならないまま疲労によってダウンしたのだった。

 ヤトノがしばらく足を揉んで擦ってやると、少しずつ回復してきたのかノエルが顔を上げた。

「ありがとなの……うわっ、あれ見て。なんか腹立つかも」

 周囲の草むらには、遠巻きに囲み様子を見に来たヒースヒェンたちの姿があった。後ろ足で軽く跳ねる様子は、まるで小馬鹿にしているようだ。

「まあ仕方ない、今日の所は勘弁してやろうじゃないか」

「それって何だか負け惜しみだよね。うん、まあ気持ちは分かるけど。でもさ、素材回収のクエストはどうしよう。これ、ちょっと達成できる自信がないんだけど」

「キャンセルすると違約金だから……仕方ない、しばらく保留しておこう」

「ううっ、こんな難しいのならクエストを受けなければよかった……失敗したかもだよね……」

「嘆く前に何か方法を考えよう」

 アヴェラは地面から石を掴み投げてみたが、ヒースヒェンは避ける素振りすらしない。もちろん石はヒースヒェンの頭上を通過し草原に消えた。それさえも何か腹立たしくなる。

「こいつらが積極的に襲って来ないだけマシだが。さて、どう倒す? 挟み撃ちにしても逃げられるだけだし……」

「これってさ、あれだよね。猟と同じやり方をするなら、複数で追い込んで仕留めるしかないと思うよ。だからせめてさ、もう一人ぐらいは仲間がいないと」

「仲間か」

 恐らくそれが一番手っ取り早く確実な方法だろう。

 魔法とか弓といった選択肢は今のところ現実的ではない。どちらも用意するには、お金がかかる上に習熟に時間がいる。それであれば仲間を増やす方が現実的であるし簡単だ。

 だがアヴェラとノエルは揃って息を吐いた。

 仲間を増やす。

 それが難しいと分かっているからだ。なにせ厄神と不運の神の加護持ちパーティなのだから。それを知れば普通は、回れ右して去って行くに違いない。

「まあまあ、頑張りましょうよ」

 さも楽しげに言ったヤトノは、再びアヴェラを扇ぎ風をおくっている。

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