◇第三章◇
第24話 動きだした者たち
探索都市というものがある。
それは初め素材を回収できるフィールドの付近に置かれた冒険者の拠点としては発展した。やがて冒険者の支援施設ができ、採取地点から得られる様々な素材を加工し流通させる拠点となり、新米冒険者の養成所まで設立された。
やがて採取だけではなく、世界に遍く存在するモンスターの脅威に対し護衛や討伐、必要な物品の回収や探索など、人々から寄せられる依頼を解決するようになった。そこに所属する者たちは冒険者と呼ばれ、世界にとって経済物流安全とあらゆる面でなくてはならない存在となっている。
大国ハポンに存在する探索都市アルストルは、多数の採取地点を保有する世界有数の探索都市として世界に知られる。他に類を見ない大規模で良質な素材やアイテム、さらには近隣各地から舞い込む様々なクエスト。そういった活動によって生じる富は莫大なものであり、アルストルのみならずハポンの経済を大きく潤わせていた。
そんなアルストルには幾つかの勢力があるのだが、主だったものは三つ。
一つは都市の市長をトップとする冒険者たちの勢力。
一つは領主の大公爵をトップとする王国の勢力。
一つは教会の大司教をトップとする聖職者たちの勢力。
この三つは互いに牽制し競い、しかし全体としては協力しあってアルストルという都市を支え発展させていた。だが、この三つの勢力に跨がり存在する一つの集団については、あまり知られていない。
それは比較的最近誕生したものであったが、共通の敵に対し一致団結していた。
彼らは国を憂えていた、彼らは義憤に憤っていた、彼らは世界を守護りたかった、何より彼らは正義に燃えていた。
そんな使命に突き動かされ協力を誓った者たちが、都市の一角にある上流階級御用達の高級飲食店に集結していた。美味い料理が味わえるのはもちろんだが、接待や会合や商談など密談をするために最適な店だ。
ただし、本当の上流階級からは敬遠されてもいる。
これ見よがしに高級な調度品が飾られ、料理も味よりも希少性や珍しさに拘った素材を使うため、贅はあっても品のない店と思われているのだ。つまり、この店を利用する者は成り上がりであったり、品性に欠ける者が多かった。
とはいえ、会合を開く彼らは真剣だ。
「あの恐るべき邪悪の化身がついに冒険者となった」
その宣言に全員が嫌そうな顔をした。
「これは憂慮すべき事態と言えるのではないか。奴が力を付ければ、それだけ世界に災厄が撒き散らされる事になる。災厄の使者とも言えるべき存在を放置しておいて良いはずがない」
「卒業検定で上手く始末するはずではなかったのか」
「残念だが失敗した。かなりの金をかけて遺跡のボスモンスターを捕獲しぶつけたが、残念ながら返り討ちに遭ってしまった。だが失敗したが、やはり奴は異常で危険という事が確認できている」
さも失敗から結果が得られたように男が言って頷いた。
まるでダメな経営者がよくやる言い訳のようだが、他の者も似たようなものなので何も言わない。もしくは自分が失敗した時の予防線として、他人の失敗を指摘しないようにしている。
「……ところで遺跡モンスターの捕獲はどうやった? 次も上手くやれないのか」
「金に困った上位冒険者を利用した。全員の口封じも含めると、コスト的には見合わんな。その点も今後の課題だ」
「帳簿を誤魔化して用意した予算だ。あまり無駄には使えん、次の手を考えねば」
彼らは様々な組織から自然と集まった者たちで、世界で初めて確認された厄神の加護を持つ者を危険視していた。
厄神は疫病や飢饉、地震や噴火といった様々な災厄をもたらす危険な神だ。
この世界に暮らす多くの人々が安心安全に生きていく為には、少しでも厄神の影響を排除せねばならないと考えている。災厄など遭わないに越したことはなく、災厄に見舞われ愛する人を失うなど絶対に許されない事なのだ。
その為には、厄神の力を持つ危険な存在は世界から駆除すべきなのである。
「しかも奴は既に遺跡をクリアしているらしい」
「早すぎないか!? やはり厄神の力が影響しているのではないか」
「なんとか処分せねば。ところで奴に仲間が出来たらしいが、そいつについてはどうしたものだ?」
「奴の仲間になるような者だ。一緒に処分するしかないだろう」
世界を守るため、そして正義を成すためには多少の犠牲は仕方ないのだ。
その考えからアサシンを雇って送り込んでみたり、様々な場所や機会で事故に見せかけアヴェラを殺そうとしている。それで他の者や場所に被害を生じさせており……むしろどちらが災厄をもたらしているのか分からないぐらいだ。
「もちろん次の手は打ってある」
「ほほう、今度は上手く行くのだろうな」
「もちろんだ、近々丁度良いイベントが行われる事になっているからな。今度こそ上手くやる」
「丁度良いイベントだと?」
「ああ、知らないのか。冒険者になったばかりの者が行う――」
そのときドアがノックされ、彼らは一様に押し黙った。会話が中断され不快そうな顔をするが、それも直ぐに消える。なぜなら、若く美人な女性たちが肌も露わな衣装で酒を――ただし値段だけ高く味は二の次――運んで来たからだ。
後は女性たちが隣り座り込み甘えるような仕草で酒を注ぎだせば、顔をだらしなく緩ませ下心満載の顔となる。過去の武勇伝やらヤンチャ話を語りだせば、もうただの宴会へと変わっていくのであった。
◆◆◆
都市の一角にあるケイレブの部屋。
部屋の主である教官と、小柄な少女がテーブルを挟んで向かい合っていた。
少女は金色の髪に金色の瞳。赤い衣を雑に着ながらソファの上で胡座をかき、自分の膝に頬杖をついている。ふて腐れたようにそっぽを向き、口元をへの字にしていた。
そんな様子にケイレブはこめかみを揉みため息を吐いた。
「イクシマ、どうしても嫌なのか」
「いーやーじゃー! さっきから、そう言うとるじゃろって!」
「パーティを組むのは悪い事ではないと思うのだがね」
「じゃーかーらー、何で我がパーテーなんぞを組まねばならん!? そんなん弱い者同士で群れ合うとるだけではないかー」
「いいか、今度のイベントは初心者用の遺跡とは勝手が違うぞ。相手にするのはモンスターというだけではなく、もっと――」
「何が出ようと関係ない。我の力を見せてやる、全てぶちのめしてくれよう」
「いや待て、そういう問題じゃ無いぞ」
ケイレブは自分の額を押さえた。
このイクシマという少女を呼び出し、パーティを組むよう説得しだしたのだが、かれこれ一時間は経とうとしている。しかしどれだけ言っても、話は平行線を辿っていたのだ。
「分かった。パーティーを組むのは、どうしても嫌なんだな?」
「しつこいのー、嫌と言うとるじゃろが!」
「そうか、だったら仕方が無いな……」
諦めた様子のケイレブにイクシマはしてやったりと、膝を叩いてニッとした笑顔をみせる。だが、それも次の言葉を聞くまでだった。
「では、君のお父上に連絡するとしよう」
「ふええええっ!! ま、ま、待て。なんで、そこで父上が出てくるんじゃー」
たちまちイクシマは動揺する。
金色の瞳をした目は大きく見開かれ、両手は頬に当てられた姿。これを絵に描けば、タイトルは間違いなく『叫び』になるであろう。
ケイレブはにやりと笑う。
「君のお父上とは以前に関わった事があってね、それで時々連絡を取っていたりもする。つまり君がこの都市に来たのも、その縁があっての事だよ。それでもし指示に従わない時は、遠慮無く連絡してくれと言われている」
「お前なー! そういうのって狡いぞー!!」
「ふむ、教官に対しお前と言うのか。では、それも連絡しておこうか」
「ま、また言いおったな。こいつ!」
「こいつ?」
「えーい! 分かった分かった、パーテーを組めばいいんじゃろ! 後で組むやつを紹介せよ。仕方がないからパーテーを組んでやる!」
イクシマはひょいっとソファから飛び降りるように立ち上がり、小柄な体格で床を踏み締めノシノシ部屋を出て行った。しかしドアが閉まる前に、ひょっこり顔だけのぞかせる。
「というわけでの、父上には連絡するでないぞ。よいな、我との約束じゃぞ」
ニカッと――それこそ太陽のような――笑ってドアが閉められる。
ケイレブは椅子にもたれかかり、天井を見上げ深々と息を吐いた。
「やれやれ、これで問題児をひとまとめに出来るよ」
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