第23話 冒険者と商人と

「では、鑑定させていただきましょうかな」

 コンラッド商会の個室でコンラッドは言った。

 手にするものは、遺跡のレア宝箱からドロップしたマントである。黒と赤のリバーシブルになっており、何らかの強化がかかっている事は確かだった。

 どういったアイテムであるかは分かっていない。

 なぜなら調べるには鑑定に出さねばならず、当然だが鑑定料が発生する。前に装備一式を失ったノエルにその余裕はなかった。

 マントの正体が謎のまま放置されそうになっていたところ、コンラッド商会にてコンラッドがマントに気付いた。軽くその冒険話をすると、目を輝かせ嬉しげに鑑定を買って出てくれたのだ。

「ありがとうございます」

「いえいえ、鑑定のお代は今の冒険譚で充分ですな」

「お手間を取らせてしまって申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」

 ノエルは相手が商会の会頭という事で緊張しきって平身低頭である。それは当然の事で、会頭ともなれば上級貴族とほぼ同じ地位だ。

 権力者に横柄な言葉使いで話しかけ、それで何故か気に入られるといった超展開は現実ではありえず、無礼者はそれ相応の扱いしか受けない。

 だから丁寧に話しかけるのだ。

「はっはっは、そう固くならず。鑑定スキルを使うだけですからな、そう大した事ではないのですよ。まあ、それを生業にする方もいらっしゃいますので、あまり大きな声では言えませんがな。さてと――」

 コンラッドはマントを手に軽く集中した。手元が微かに輝き結果が出たらしい。

「ほほう、これはオルクスのマント+2ですな」

「オルクスのマント? いったいどんな効果でしょうか」

「少々お待ちなさいな」

 大股で部屋の書架に行ったコンラッドは軽く腕を組み、本のぎっしり詰まったそこを左右上下にと見回した。そして頷くと、目的の本を引っ張りだす。

 そしてページをめくりながら戻ってくる。

「ああ、ありましたな。死の神オルクスの力を付与されたマント、防御力が高く何より使用者を即死攻撃から防御してくれるそうですな。レアリティはかなりのもので、これが市場に出れば1千万Gは固いですな」

「うぇっ、そんなに高い!?」

「即死攻撃を防げる装備は貴重な上に、+2装備ですな。ふふふ、これはよい品ですので大事に使われるとよろしいかと」

「うっ、命には替えられない。あれ? でも即死攻撃してくる敵は当分先のような……あーもー、どうしよう」

 ノエルが腕組みしながら悩みだせば、コンラッドはそれを懐かしげに見やった。

 きっとコンラッドも同じような経験があるのだろう。利益を取るか実利を取るか悩みに悩み、同時にまだ見ぬ未来へ希望と期待を抱く。そんな事は商会の主にまで上り詰めれば到底味わえない事なのだから。


「さて、本題に入りましょうかな」

 すっと立ったコンラッドが棚から小箱を持ち出してきてテーブルに置き、その蓋を開けた。蝶番の金具が軋み音をさせるような古びた木製の箱だ。中には赤布が張られ、大振りの指輪がひとつ。

 がっしりとした造りは無骨でさえあり、リングの一端の太くなった部分に紋章が彫り込まれ、どうやら指輪型印章のようだ。くすんだ金属に細かな傷が幾つかあって、かなり使い込まれていることが分かる。

「ひとまずこちら、お願い出来ますかな」

 どうやら呪われているらしい。

「指輪も呪われるのですか」

「わりと、よくありますな。これは相続争いの中で亡くなられた方がお持ちになっていたそうでして。受け継がれた方が仰るには、あれですな。夜な夜な呻き声が聞こえてくるのだとか」

「呻きだけなら実害はなさそうなものですけど」

 アヴェラがあっさり言えば、それは本気かとコンラッドは困り顔だ。呪い装備とその解呪について説明してあったノエルも悩みはひとまず置いて口を出す。

「あのさ、それ普通に恐いと思うんだけど。だってさ呻き声だよ、指輪が呻いちゃうんだよ。うん、私なら恐くてあんまり寝られなくなるかも」

「なかなか不気味なものですな」

「そうですよ、不気味ですよね」

 ノエルは頷きつつコンラッドに親しげに話しかけていた。ついうっかり地が出てしまったという事もあるが、相手に気を許させるコンラッドの人徳のなせる部分もあるはずだ。

 テーブルを這うヤトノは興味深そうに指輪を見つめる。

「ふむ、これは呪いではなく取り憑いておりますね。よく熟れ腐った性根の魂、己の財の象徴と執着がこれだったのでしょう。本体のオヤツに丁度良さげ」

「おい、食べるのか?」

「食べるとは少し違いますが、まあ似たようなものでしょうね。では、チャッチャと送り込んで片付けてしまいましょう。ちょいさー」

 尾の一撃が指輪を打つと、辺りに何か声ではない何か絶叫が響いた。それにアヴェラとノエルは身を震わせる。ただしアヴェラの場合は、力の反動で厄が降りかかっただけなのだが。

「我ら商人には耳の痛い事でしたな。財に固執するのは、ほどほどにせねば……そうですな、お礼とは別に一つ差し上げましょう」

 コンラッドは指輪の入った箱を棚に戻しつつ、辺りの引き出しから何かを持って来た。細長い小型の瓶とベルトのようなものだ。

「こちらポーションですが、瓶を少し変えてみました」

「試験管……いえ、何でもないです」

「ニーソ君の提案でして、このような形の方が扱いやすいと。専用のホルダーも合わせて作成してみました。一度、お使いになって感想など聞かせていただければ」

 試作品と言いつつも、商品化一歩手前の状態に違いない。感想云々と口にしたのは、気軽に受け取って貰うための方便だろう。そう思いつつ、アヴェラありがたくそれを貰う事にした。


「失礼します」

 ドアがノックされ、ニーソが飲み物を運んできた。

 ショートの髪は緑を帯び、会釈と共に軽くサラサラ揺れる。幼馴染みの登場にアヴェラは小さく手を挙げ合図をしてみせた。

「やあニーソ、ありがとう――ん? どうした」

 後半部の言葉はノエルに向けたものだ。

 そのノエルは瞬きを何度かしながら、アヴェラとニーソを何度か見ている。

「いえ、なんと言いますかね。随分と親しげだなーと」

「そう言えば話してなかったか。ニーソは幼馴染みで、こちらでお世話になっているんだ」

「あーそーなんだー」

 そして何かいつもと様子の違うノエルに首を捻りつつ、今度はニーソにノエルを紹介した。

「ついでに紹介すると、仲間のノエルだ」

「アヴェラったらダメだよ。ついでなんて言ったら」

 にっこり笑ったニーソにノエルの眉が微かに上がった。

 これは盛り上がってきました、と白蛇状態のヤトノが鎌首を持ち上げ嬉しそうに呟く。それを聞きつけたコンラッドも嬉しげに頷いている。

「まあ、二人とも宜しく頼むよ」

 ただアヴェラだけが理解出来ないまま呑気に笑っている。

 ニーソとノエルは笑顔で会釈をしあった。

「アヴェラとは幼馴染みで、昔からお世話になってるの。よろしくね」

「いえいえ、こちらこそ。そっか、昔はお世話になってたんだね。私も最近ずっとお世話になりっぱなしなので、うん」

「私がここで働けたのも生きてるのもアヴェラのお陰だから、何かあれば全力で協力するつもりなの。だからよろしくね」

「そっか、それじゃあ私と同じだよね。私も人生が危険で危ないところを助けてくれてさ、もうアヴェラ君に人生あげて協力してずっと一緒にやっていくつもりだからさ」

 二人は顔を見合わせ、柔やかに笑い合っている。

 どうや仲良くなったらしいと、アヴェラは安心した。

「良かった、二人とも友達が少ないからな。仲良い相手が出来て本当に良かった」

「御兄様の目は大丈夫でしょうか。流石のヤトノもフォローできません」

「フォロー? 何を言っている、ほら二人とも楽しそうじゃないか」

「ええ、ええ。そうでしょうとも、御兄様にはそう見えるのでしょうね。はあ……まったく仕方ない方ですね」

「お前は何を言っているのだ」

 アヴェラは不思議そうにヤトノを見つめた。


 コンラッドがそっと立ち上がり、アヴェラを手招いた。

「よろしければ別室で解呪をお願いできますかな。数は五個になります」

「あっ、はい。わかりました。それにしても、あまり集まりませんね、もしかして思ったより市場にある呪い装備は少ないのです?」

「いえいえ、それこそ腐るほどありますよ。しかしですな、一度に大量に買い入れてご覧なさい。これは何かあると気付かれてしまうわけですな。そうなれば、あっという間に買い占められてしまいます」

「なるほど、一度に大量に集めると。呪い装備が値上がりしたり、手に入り難くなりますよね」

「ええ、そうですな。さあ、参りましょう」

 コンラッドは穏やかに笑い、アヴェラを促し別の部屋へと歩きだした。

 完璧な解呪の方法があると他の商会が知れば、間違いなくアヴェラを放っておかない。何としても手に入れようとし、手に入らなければ害そうとしだす危険性もある。他人の儲けを認められない者は少なからず存在するのだ。

 だからこそ、呪い装備の解呪は目立たず細々とやる必要がある。こうした考えの出来るコンラッドに出会えたアヴェラはきっと幸運だったに違いない。

 アヴェラとコンラッドが親しさ込みで話しているのだが――二人残されたノエルとニーソもまた女の子同士で話を弾ませだした。アヴェラが言ったように、どちらも友達が少ないため、やはり話の出来る同世代というものは貴重なのだ。

 しかも共通の話題がある。

「アヴェラって普通は知らないような計算方法とか、いろいろ変わった事を知っているでしょ。一緒に居ると面白いでしょ」

「そうだよね、なんだか時々妙な事を言いだすよね。で、何か誤魔化すし」

「あっ、それ分かる。結構勢いで誤魔化そうとするの」

「その時って気まずそうな顔するよね。あれ可愛くて結構好きだな、うん」

「分かる分かる!」

 二人は意気投合して仲良くなっていた。

 その意味ではアヴェラの見立ては間違いがなかったのだが……もし、アヴェラが部屋に残っていれば大いに後悔しただろう。もしくは恥ずかしさで悶死する方が先だったかもしれないが。

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