第22話 その娘、天運につき

「アタックアップ、スピードアップ」

「アーマーダウン、スピードダウン」

 即座にスキルを放ちオインクへと向かう。

 しかし、アヴェラの放ったデバフは弾かれている。熟練度が低いのかオインクの抵抗値が高いのか、その両方なのかは分からない。何にせよ万全の態勢で突進してくるオインクに挑まねばならぬだけだ。

 先に身軽なノエルが斬りつける。

「っ!」

 だが、オインクの身体に剣が弾かれた。それは単純に皮膚が硬いからというだけではない。相手の勢いに押し負けた部分も大きい。

 続いてアヴェラが斬りつける。

 すれ違い様の攻撃だが、そこは流石に伝説の名工が鍛えたヤスツナソードだ。サックリとした斬味は苦痛の声をあげさせるが、しかし浅い。巨体を避けながらの攻撃では、剣先が辛うじて引っ掛けた程度にしかならなかった。

「呪いは……あまり効いてないな」

「うん、抵抗力が高いみたい。もっと沢山斬るしかないよね」

「今のを何度もやるか」

 アヴェラは冷や汗を浮かべている。

 巨体が全力で突進してくるなど、それは恐怖でしかない。少しでも当たれば大ダメージ確実であるし、何より――前世の死因はトラックにはねられた事だ。トラウマとまでは言わないが、恐怖心はどうしてもある。

 反撃にと暴れるオインク攻撃を避け、それもあって決定打となる攻撃を決められない。幸いにもここには柱が立ち並んでいる。それが障害物として回避に役立ってくれていた。

 だから――動き回りながら疑問が湧いてしまう。

 どうして柱があるのだろうか。これでは、オインクが万全の力を振るえない。巨体の激突に柱は細かな破片と埃を落下させながらも持ちこたえ、アヴェラとノエルの回避に利用されている。

 まるで攻略する切っ掛けを与えているようではないか。これが何か利用できれば勝機が見いだせるのではないか。そんな事を考えてしまい、ノエルの鋭い声が響いた。

「アヴェラ君、危ない!!」

「くっ!」

 気付いた時にはオインクが間近に迫り、腕が振り回されている。とっさに柱の陰へと逃れるものの、しなった腕先の手が当たってしまう。

「ぐうっ!」

 それは肩口に命中した。

 突き飛ばされたぐらいの威力で、殆ど真横に水平移動し頭を柱にぶつけてしまう。額が切れて血が出たようだ。即座にヤトノが騒いでいるので間違いない。

 左腰のポーションを取って飲み干すと、肩の痛みは治癒された。

 オインクは柱に手をかけ、その隙間に身を乗り出し進んでくる。

「仕方ない。死ぬより辛くても死ぬよりはマシ。こうなったら、ヤトノの――」

「待って、私に考えがあるから。だからさ、少し下がって」

「……分かった任せよう」

 アヴェラが素直に従う気になったのは、ノエルの目に強い意志があったからだ。


「ここはさ……私がさ……なんとかするんだから!」

 ノエルは力強く宣言した。

 そもそもの原因は自分にある。逃げると提案してくれたのを止めたせいでクィークに襲われ、そして遺跡内部で迷ってしまい、ついには遺跡のボスと戦闘にまでなってしまった。

 最初の出会いからして助けられてばかりで、剣も譲ってくれたし、戦闘中のミスや加護の影響による不運だって少しも嫌な顔をしないでフォローをしてくれる。

 ここで活躍せねばパーティの仲間でいる資格はない。

 ノエルの決意は自らを追い込んだ。

 彼女に加護を与えるコクニは不運の神として知られる。だが、同時に幸運の神である事はあまり知られていない。ノエルが本当に追い詰められ、さらに自らの意志で前に進もうとするとき、彼女の不運は全て裏返る。

「やってみせねば!」

 突進してきたオインクは、運悪く目に埃が入り目測を誤る。だから、その攻撃がノエルに届く事はない。後ろでまとめた髪を跳ねさせ飛び出すノエルは、手を伸ばし巨体に触れる。そして――。

「アタックアップ」

 最後に残ったスキルをオインクに使用した。

「さあこっち! 私はここなんだから!」

 片目を押さえたオインクは声に反応し全力で突進、それをノエルはギリギリで跳んで回避。手にした剣を振っているが、それは巨体の膝を打っている。おかげで巨体は姿勢を崩し、前方の柱へ身を投げ出すように激突。

 攻撃力が向上したオインクの体当たりは柱を打ち砕く。

 倒れた柱が次の柱へと激突、そして押し倒された柱が次に激突……柱がグルッと一周ドミノ倒しの如く激突していくと、一斉に中心に向かって倒れ込んでいく。もちろんそこにはオインクの姿があり、柱材が次々と激突した。

 数え切れない破片が降り注くのだが、しかし側にいたノエルには小さな欠片一つ当たらない。それどころか、まだオインクへの攻撃を続けている。

「せーのっ……!」

 トドメとばかりに振り下ろした剣が頭に叩き込まれ、間違いなくそれは急所に命中したようだ。ビクンッと跳ねたオインクだが、後は力を失い動かなくなる。


 見ていたアヴェラは唖然となった。

「……なにあれ恐い」

「加護が逆転して天運になったようですね。あの状態ですと、ほぼ無敵ですね」

 やがて瓦礫もろともオインクの姿は消え失せ、そこに宝箱が出現した。

 しかもそれは黄金色をしており、いかにもレア感を醸し出しているではないか。

「あっ、宝箱! という事は倒せたんだ。やったね!」

 ノエルは元気よく両手をあげジャンプした。背では一つに束ねた黒髪が乱れるように跳ね動き、質感ある胸も躍動している。何とも元気が良いのは戦闘直後で高揚しているせいもあるのだろう。

「御兄様、あれ絶対にレア宝箱ですよ。ここでレア宝箱が出たなんて、総務課の情報にもありませんでしたよね」

「そうなのか。いや待てよ、レア宝箱ってのはスカウトスキルⅠで開けられるものなのか?」

「とんでもなく低い確率でなら……ですが、今のノエルさんなら間違いなく開けられるのでしょうが……ほら、やっぱり開きましたね」

 その言葉のとおりノエルはスカウトスキルⅠでレア宝箱を解錠してしまう。さらに上機嫌で蓋を開けてさえいるではないか。

「罠もあるはずですが……やはり発動すらしませんね……」

「天運恐るべし」

「ですが、そろそろ効果が切れる頃合いですね」

「何事も程々がいいな」

 アヴェラが近づくと、ノエルは宝箱の中身を取り出したところだった。それは赤と黒のリバーシブルになった布だ。それを両手で広げ眺めている。

「これマントだよね、うん。きっと何か魔法がかかってるに違いないよ、だってほらレアなお宝だからさ。これアヴェラ君が使ったらどうかな?」

「ノエルが倒したから、ノエルが使うといい」

「でもさ……」

「赤色のマントはノエルの方が似合うと思うんだ」

「そうかな、似合うかな! よっし、それなら頂きます。あっ、でも呪われているとマズいよね。戻って鑑定してから身に付けようかな……」

「呪いがあるかは直ぐ分かる。それにかけてはエキスパートがいるな」

 オインクの残した素材を回収していたヤトノを呼ぶと、そのマントを確認させてみる。両手で持ってめつすがめつ眺めやり、ひっくり返し確認するなど念入りだ。

「ふむふむ、呪いについては何もありませんですね。少し強化がかかっているような気配ですね、+1か+2か分かりませんけど。詳しくは鑑定できる人間にでも確認して下さいね」

「成る程、さすがレアアイテム」

「それと宝箱に、まだ何かありますね」

 黄金色の箱の中に手を突っ込むと、ヤトノは差し出すようにそれを掲げた。それをアヴェラとノエルが屈み込んで見つめる。

 鍵だ。

「奥のドアの鍵……普通に考えればさ、そうだよね」

「恐らくそうだろ。出口への転送魔法陣があるんじゃないか」

「うん、そうだよね。じゃあ試してみようよ、もうアレですよ。もう疲れましたからさ、戻って冷たいお水を飲んで塩だけパスタを食べてゆっくりしたいかな」

 ノエルは奥のドアに向かって歩きだし――同時にいろいろな事が起きた。

 バタンッと音をたて宝箱の蓋が閉まる。

 翻っていたノエルの腰巻きが挟まれた。

 歩きだそうとした瞬間の事だったため、止まる事ができず前につんのめる。それでも何とか立ち止まろうとすれば、ばったり倒れた。

「ううっ、痛い。不運……ああっ! 見ちゃだめー!」

 どこがどうなったのやら、その服の下が脱げていた。一応は下着は残っているが、布が貴重な世界が故に布地は極めて少ない。

「御兄様、やっぱり痴女ですよ」

「違いますって! 今の出来事見てましたよね。と言いますか、見ていたなら助けて下さいよ、もうっ!」

 無慈悲な言葉にノエルは倒れたままシクシク泣いた。もちろん顔の痛みもあるが、主に自分に対するイメージの悪化を嘆いている。

「うぅ……なんと言うかさ、やっぱり不運なんだ。あのっ、すいませんけどそろそろ手を貸して貰えます?」

 そんなこんなで辿り着いた扉は、手に入れた鍵で問題なく開いた。さらに予想通り転送魔法陣が存在し、無事にアルストルまで戻るのであった。

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