第21話 ポーションは健全なお薬です
走るアヴェラとノエル、その後ろにはクィークの群れ。
モンスターに追われ逃げ惑う冒険者といったものは、映画だのアニメで見かける光景なのだが、実際に自分が追われる状況となると最悪だ。しかも、現実は追いつかれる可能性が高いという事も最悪だ。
必死に走る唯一の救いは、ここが初心者向けフィールドでトラップがない事だけだ。
向こうは少しも諦める様子がなく、どこまでも追ってくる。もちろん狙いはノエルに違いないが、先程の女二人よりノエルに価値を見いだした点は見る目がある。
ただし、中には男狙いのクィークもいるそうなので、アヴェラも狙われている可能性もあるが。
「こうなったらヤトノに――」
ヤトノの厄神としての力を使って貰うしかない。前回より数が多いため、それだけ使う力も大きくなり当然だがアヴェラに降りかかる代償も大きくなる。
それでも、この状況から助かるにはそれしかない。
しかしそれを聞いたノエルは、走りながら叫んで否定する。
「それダメだから!」
「背に腹は替えられない、大丈夫だ代償だって耐えてみせる」
「ダメったらダメ、ダメなんだからさ! つまり私が耐えられないかもだから!」
「あー、そういう……」
以前に厄神の気配を間近で浴び、ノエルは乙女の尊厳を決壊させている。前は何も履いていない状態だったが、今はちゃんと下着までしっかり身につけている。この状態では、なおのこと心理的抵抗が強いのだろう。
走りながら叫んだせいでノエルは咳き込みペースが落ち、その手をアヴェラがしっかり掴み引っ張る。もちろん、このままでは駄目なことは分かっている。
いい加減、体力的にキツイ状況だ。
このままクィークと体力勝負をして勝って逃げ切ったとしても、疲れきったそこを別のモンスターに襲われては意味が無い。
「こうなったら戦うしかない! スキルを全部使う気でいこう!」
「それしか無いんだよね!」
「いくぞスピードダウン」
アヴェラは振り向きながらスキルを放ち、そのまま姿勢を低く腰を落とし踏張りながら石床を滑りながら停止した。もちろんノエルも同様だが、少し運悪く膝をぶつけて顔をしかめている。
クィークたちは先頭が転倒した事で、後ろの半分ぐらいが巻き込まれていた。残りも急停止すると押し合い圧し合いしている。
これなら逃げきれたのではと思ったが、もう戦闘開始は止められない。
ヤスツナソードを手に意を決して斬り込む。
一体ずつ確実にしとめる事よりも、とにかく少しでも多くの相手に手傷を負わせる事に集中する。それは多対一の戦闘方法に通じるものであるが、この頼もしくも呪われた剣が相手に呪いを与える事を考えての事だ。
考えていた通り、アヴェラの攻撃を受けたクィークは通常の痛みに加え呪いに悶え苦しみだす。
「スピードアップ、アタックアップ」
スキルを使ったノエルが訓練用の厚い剣を手に斬り込み――加護の影響か運悪く何度か外しつつ――こちらは一体ずつ確実に倒していく。そしてアヴェラも途中から、攻撃スタイルを変更しクィークを確実に狙って倒しだした。
途中危ない箇所もあったが、何とか全部のクィークを倒しきる。
「つ、疲れた……でも思ったよりやれた……」
「もうさ、動きたくないんだよ」
アヴェラとノエルは座り込み、背を合わせもたれ合う。確かな体温に汗で上気した身体の柔らかさを服越しに感じドキドキする。
「御兄様、お怪我をしています。ポーションを使って下さい」
出て来たヤトノが姿を変え少女の姿になると、念入りにアヴェラの身体を確認しだした。
クィークの爪が当たっていたのだろう、いつの間にか腕に軽い傷を負っていた。それまで気付かなかった事から分かるように、ほとんどかすり傷の程度だ。
「この程度なら大丈夫だ」
「ダメです。ばい菌が入ったらどうするんですか」
「ポーションを使っても殺菌効果はないだろ。この程度なら使う必要はない。ポーション代だってタダじゃないんだ」
「そんな事は言わず、早くポーションをキメて元気になりましょうよ。使う度に次も買わねばならなくって、もう買わないと落ち着かないぐらいで購入費にお金が消えていくかもしれませんけど」
「ますます使いたくなくなってきたんだが……」
「どうしてです!?」
心配するヤトノをいなすうち、呼吸と動悸は平常に戻り気も落ち着いた。そしてアヴェラは背中越しに感じるノエルの存在を味わう事にした。
◆◆◆
「ここってさ、どこなんだろね。完全に迷ってるよね」
「場所がさっぱり分からんな。入り口から遠いのだけは間違いないけど」
「かなり走ってきたからさ、私は戻る自信が全くないんだよ」
「出口を見つけられないまま食糧が尽き飢えて渇いて死ぬ……という話もあったな」
「いやいやいや、恐い想像は止めませんか。そもそもさ、まだここ初心者用の遺跡だよ。そんなことないよ大丈夫だよ、大丈夫だよね。大丈夫と言ってよ」
「大丈夫」
「それ心が籠もってない!」
しかし初心者用の遺跡である事は間違いないので、構造も複雑ではない。マッピングをするまでもなく、進むうちには出られるはずだ。もちろん他の冒険者に遭遇し、頼み込んで出口を教えて貰う事だって出来る。
ただ問題はモンスターに遭遇する可能性があるだけだ。
なにより、やはり迷って道が分からないという事は、気分にずっしり重くのし掛かっていた。
「あいつら絶対に許せんな。戻ったら訴えてやろうか」
「でもさ、どうせダメだよ。前と同じで不問になると思うからさ」
「ケイレブ教官の雰囲気だとそうだろな。今回も同じように――助けるという行動を選んだのは君たちの判断だ、その結果がどうなろうと知ったことでは無い――とか言いそうな気がするな」
「うん似てる」
軽く笑ったノエルであったが、その表情は一転して落ち込んでしまう。上目遣いで心の底から申し訳なさそうな様子となる。
「えっとさ、ごめん。私が助けるとか余計な事を言ったからさ」
「それこそ結果論だ、悪いのはあの二人。ノエルは悪くない」
慰めるものの気落ちしたノエルは、歩きながら項垂れてしまう。白蛇状態のヤトノが顔を出すと、同じくフォローにまわる。
「そうですよ。わかりました、わたくしが呪い殺しておきましょう。もちろん死後は、わたくしの本体の元で未来永劫責め苦を受けられるよう手配しておきます」
「いやいや、そこまでする必要ないからさ。あれっ……もしかして私があの二人の運命を握ってます?」
「もちろんです。さあ、あの二人の運命をどうぞ選んでみましょう。呪いますか、もちろん呪いますよね」
「絶対にヤダ!」
当たり前と言えば当たり前の事だが、ノエルはキッパリ拒否してみせた。
いくら自分を酷い目に遭わせた相手とはいえど、それを地獄に突き落とせるかと言えば、そうではない。これがアヴェラであればゴーサインを出したかもしれないが、ノエルはそんな事は出来ないようだ。
通路の先に木製の両開き扉を見つけた。近づくと誘うように半分開く。
「あのさ、私さ。嫌な予感がするけどさ、これってもう入るしか無いよね」
「戻るという手もあるが、まあ普通は入るよな……入るか」
「了解だよ。でもさ、充分に警戒しようね」
「そうしよう」
扉をくぐると後ろで勝手に閉まる。驚いたノエルが扉をガタガタ鳴らし確認するも開かないらしい。その間にアヴェラは内部を見回した。
中央に道のような空間があり、突き当たりには扉のようなものが見える。そして左右は何本もの柱が等間隔に並んでいた。これまでの場所とは違い、人の手が入ったような造りをしている。
どこか神殿っぽい雰囲気だ。
「おいおいおい……」
アヴェラは重い足音を聞きつけ身構える。
現れたのは大柄な豚の顔をしたオインクだ。マントと腰巻きを身に着け、武器は持っていない。だが、その二の腕ときたらノエルの腰回りより太い。まるで錦絵に描かれた力士のように力強く逞しかった。
「えっとさ、あれってさ。もしかしてだけどさ……」
「もしかせずとも、このフィールドのボスになるオインクだ。やったな、これに勝てば初心者用の遺跡はクリア、晴れて初心者卒業だぞ。勝てればだけど」
「前は勝ったんだよね」
「ヤトノが恐怖させて動けないところを攻撃してなんだけどな。しかも、もっと弱そうだった」
死ぬ気で頑張るか死ぬより辛い目に遭うかの二択しかなさそうだ。
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